【中村 中 ライブレポート】ゲストは一青窈!次々と繰り出される “ゾッとする歌謡曲”
一夜限りのライブ「第一回歌謡サスペンス劇場」
シンガーソングライター中村 中が、6月1日に日本橋三井ホールで、一夜限りのライブ『第一回歌謡サスペンス劇場』を開催した。Re:minderで2回に渡り掲載された中村のインタビュー
では、自身のルーツには歌謡曲があり、“自分は何者なのか”、“どう生きていったらいいのか” という悩みから解放されるヒントを歌謡曲からもらったと語っている。その中村が初めて挑む、新たなスタイルのライブである。
開演前には、荒木由美子の「ミステリアス チャイルド」や藤圭子の「新宿の女」など、ディープな歌謡曲が流され、今回のテーマである “ゾッとする歌を愛する人たちのライブ” にふさわしいBGMに早くも期待が高まる。
次々と "ゾッとする歌謡曲" を歌い続けていく
ステージが暗転すると、天井から吊り下げられたミラーボールにスポットが当たり、真っ暗なステージ上に中村が登場。だが、ライトは中村の顔を映さないまま、ヘビーなロックアレンジを施したオープニング曲、弘田三枝子「人形の家」を歌い出す。
顔も見たくないほど
あなたに嫌われるなんて
という有名な歌い出しにかけて、シンガーの顔にスポットを当てないという大胆な演出が施された。
愛されて捨てられて
忘れられた部屋の片隅
と、ぽつねんと歌が終わり、続いて中村自身のナンバー「部屋の片隅」。恋人の部屋に散らばる過去の想い出の煩わしさを “終わった恋なら忘れてしまおう” “一緒に捨てにゆこう” と歌う。自分だけを見てほしい傲慢さと背徳感が混ざり合う曲だ。中村は濃紺の外套をまとい、まるで60年代のクラブシンガーのような佇まいで、次々と "ゾッとする歌謡曲" を歌い続けていく。
全身スパンコール姿に変わり、ルンバ調にアレンジされた伊東ゆかり「小指の想い出」、三浦弘とハニーシックスのムード歌謡「お嫁にゆけないわたし」はシャッフルビートに、いしだあゆみの「あなたならどうする」はスウィングにと、往年の歌謡曲ファンには周知の名曲が、アレンジを変えて次々と披露されていく。特に「あなたならどうする」に関しては、前述のインタビューで、
「あの歌は、自分の元から大切な人が去っていったシチュエーションを歌っていますけど、途中までは歌の中での出来事が歌われていたのに、突然サビで「ところであなただったらどう立ち回る?」と聞き手に委ねてくるような歌詞になっていて驚きました」
と語っており、歌謡曲の構造の面白さが、中村のパフォーマンスによって伝わる演出となっていた。
モダンな衣装をまとった一青窈が登場
「火曜サスペンス劇場」のオープニングテーマが中村 中流にアレンジされた「歌謡サスペンス劇場のテーマ」を挟んで、今回のゲスト、一青窈が登場。モダンな衣装をまとい、代表作「もらい泣き」を中村のキーボード演奏とともに披露。ここからいよいよ "ゾッとする歌謡曲" のディープゾーンに突入していく。
森田童子の「ぼくたちの失敗」で歌われる人生の重みに続いては、ちあきなおみが88年に発表した「紅とんぼ」を一青窈が思いたっぷりに歌い上げる。この曲は、新宿駅裏にある酒場 “紅とんぼ" の閉店の日、ママとお客のやり取りを歌にしたドラマ仕立てのナンバー。演劇的な表現力がないとなかなか挑むことが厳しい難曲を、絶妙の歌唱で体現した。中村のアコースティックギターの響きもやるせない。
一転して、しばたはつみが大野雄二と組んだ1975年の名盤『シンガーレディ』より「ショウガール」を。演歌調から華やかなショウビズ・ナンバーへ、サウンドは目まぐるしく変化しつつも、根底にある歌謡曲ならではの表現がキープされているのが、このライブの醍醐味といえよう。
歌謡曲の "深読みの面白さ" をステージで体現
「ショウガール」の演奏を終えた2人は「私たちって、歌、上手いよねー!」と声を揃える。会場も熱烈な拍手が沸く。MCかと思ったこの言葉、なんと既に台本に書かれた台詞だったそうだ。「good morning N°5」の澤田育子脚本による劇中劇「代筆屋の女たち」のパートがごく自然に始まっていた。中村 中と一青窈が代筆屋に扮して、事情を抱えた人々からの依頼に優しい嘘で応えてゆくという愉快な掛け合いを披露するが、実は2人がそれぞれ代筆したラブレターは代筆屋同士でのやりとりだった…、そしてある楽曲に繋がっていくという見事なオチ。歌われたのは太田裕美の「木綿のハンカチーフ」である。中村がインタビューで語っていた通り、歌謡曲の "深読みの面白さ" をステージ上で体現するような一幕であり、爆笑劇中劇の中、いつの間にか深読みから導き出された、ゾッとする結末に迫っていく様子は、まさしく謎解きサスペンスの様相。このパートが本編のハイライトとなった。
中村と一青の共作による「あひるの涙」を披露し、一青は大きな拍手で送り出される。続いては通称 "歌サスバンド” の紹介へ。真壁陽平(ギター)、大坂孝之介(キーボード)、千ヶ崎学(ベース)、榊原大祐(ドラムス)と、中村のライブやレコーディングではお馴染みの凄腕メンバーが紹介されていく。
八代亜紀のために書き下ろした「命のブルース」
今回のセットリストは、中村自身が書いた楽曲と往年の歌謡曲が混じり合っているが、ライブのスタッフやミュージシャンたちから「カバーとオリジナルの境目を感じない」という声が上がり、それが中村自身、ありがたかったそうである。まさにそういった歌謡曲マインドを感じさせる中村のナンバー「裸電球」を挟んで、昨年、逝去された八代亜紀への想いを語り、八代の代表作「舟唄」を切々と歌い上げた。さらには、八代が2015年に発表したブルースアルバム『哀歌 -aiuta-』のために、中村が書き下ろした「命のブルース」を。
「苦しみを歌にして乗り越えようとする感覚は、暗い歌の必要性を歌謡曲から学んでいたので書けた曲だと思っています」
インタビューでそう語っていた通り、この曲の中村のボーカルは圧倒的で、鳥肌が立つ思いだ。この圧巻の歌唱をもって本編は幕を閉じた。
中村 中と一青窈の中に存在する歌謡曲的マインド
鳴り止まぬアンコールの声に応え、再びステージに登場した中村と一青は、あみんの名曲「待つわ」を絶妙のコンビネーションでデュエット。これに続き、中村の「未練通り」、一青の「茶番劇」をメドレーで披露。2人に煽られる形で、会場は一体となって手振りで応える。この3曲に共通するのは、歌謡曲では定番のテーマ "未練"、または心の中に宿る復讐心である。
3曲とも発売された時期はバラバラであるが、同じ「歌謡曲」の匂いの中にあり、中村 中と一青窈の中に、歌謡曲的マインドが間違いなく存在していることがわかる。また、2人とも頭抜けた歌唱力の持ち主であるため、歌謡曲の表現に新たな光を当てることが可能だったことも納得。
そして一青窈の畢生の名曲「ハナミズキ」へ。そのボーカルの圧倒的な説得力に会場は静まり返り、歌い終えると万雷の拍手が鳴り響く。ラストに歌われたのは中村の名曲「あいつはいつかのあなたかもしれない」。社会や人々への鋭い視線と痛い指摘、そして魂の救済までを包含したこの曲こそが "ゾッとする歌謡曲" のマインドを持つナンバーであるのかもしれない。現代社会を生きる者にとって、この歌が放つメッセージこそゾッとする部分である。
大盛況のうちに幕を閉じた『第一回歌謡サスペンス劇場』。またいつか曲目を変えて、歌謡曲の奥深さを伝えるライブの開催を心待ちにしたい。
Information
中村 中 ライブツアー「ACOUSTIC TOUR阿漕な旅2024-次の賽を投げる-」開催決定!
▶ 公演概要
サポートミュージシャンとして、ギタリスト・真壁陽平(浜松・福岡公演は不参加)を迎え、7月6日(土)福島公演を皮切りに全国12ヶ所・15公演で開催します。
▶ オフィシャルサイト:
https://atarunakamura.com/contents/741700?type=01