原始的な美しさが宿る炭火調理に、生活することの純粋な美しさが光っている。「ラオスは原始の料理が残る国」──自炊料理家・山口祐加さんエッセイ「自炊の風景」
自炊料理家・山口祐加さんの「料理に心が動いた時」
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴ったエッセイ「自炊の風景」。
山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。東南アジアを旅した山口さん。初めて訪ねたラオスでは、現地ならではの調理法を目の当たりにしたことで、見落としていた大きな気づきに思い至る経験を得たようです。
※NHK出版公式note「本がひらく」より。「本がひらく」では連載最新回を公開中。
ラオスは原始の料理が残る国
2025年の2月から3月にかけて、東南アジアを旅した時のお話。タイ、ベトナムを訪ねようと決めたあと、せっかくなら何も知らない国を旅してみようとラオスにも行くことにしました。結果、3か国の中で最も印象に残ったのがラオスでした。
ラオスの人たちは、今でも日常的に炭火を使って料理しています。「毎日炭火で料理するなんて、大変じゃないのか?」と初めは思っていたのですが、ラオスの人たちの自炊の風景を見せてもらう中で、炭火料理の持つ力にすっかり魅了され、生活のゆたかさとは何か?を考えるまでに至りました。
今回は、古都のルアンパバーンに住むダムさんという40代の女性の食卓を例にお話をしてみたいと思います。ダムさんは現在お母さんと二人暮らしで、お母さんもダムさんも料理が大好き。二日連続で家に招いていただき、一緒に料理を作らせてもらいました。初日の献立はナスのチェーオ(ご飯のお供)、鶏肉のハーブ煮込み、野菜の和え物でした。
市場から帰ってきてまず行うのは、時間のかかる火おこしから。その辺で拾ってきた落ち葉にライターで火をつけ、炭に火を移す間に野菜や他の具材の下準備を進めます。家で育てたという小ぶりなニンニクや唐辛子を串刺しにし、まだ火が弱い炭火の上にのせて食材を炙ります。ナスは丸ごと網の上に置き、転がしながら表面の皮を焼いていきます。
ぷしゅーと音を立てて、皮が丸焦げになっていくナスからは、焼きナスのいい香り。ナスを焼く傍らで、陶器の臼で唐辛子、ニンニクを潰し、塩を加えます。焼き終わったらナスの皮を剝き、同じ臼で潰して最後に刻んだパクチー、ナンプラーなどで味をつけます。
出来上がったチェーオは、指先でつまんだもち米に少しつけて食べます。日本でもよく食べる焼きナスがエスニックな仕上がりになっていて、弾力のあるもち米にペースト状の焼きナスがよく馴染んでとってもおいしい。
鶏肉のハーブ煮込みは、鶏を丸ごとゆっくり茹でて、ハーブとナンプラーで味付けしたシンプルな一品。具材とスープを分けて提供すると、二品になるのもお得な感じがします。野菜の和え物は、ラオスの胡麻和え的な料理で、魚醬を使って味付けするのと、数種類の野菜やきのこを組み合わせるのが特徴です。日本で胡麻和えというと、一種類で作ることが多いですが、複数の野菜を入れることで味が複雑になり、副菜なのにごちそう感があっていいなと思いました。初めて訪れる国で、親しみのある味に出会えてホッとしたことを覚えています。
翌日学んだのは、ピンガイ(ラオス風焼き鳥)と、きゅうりのサラダ、唐辛子のチェーオの三品。ピンガイはラオスの街中でどこでも売られているのですが、ダムさんは自分で作った方がおいしいからと、一から作り方を見せてくれました。ダムさんは丸鶏を見事な手際で捌き、ナンプラーと砂糖少々で20分マリネして、弱火の炭火でじっくり焼きます。
鶏肉の表面がカリカリになり、しっかりと焼き目がついた鶏肉は、強い旨みが感じられて、脳裏に刻まれる味でした。ピンガイを調理する中で鮮明に感じられたのは、フライパンで鶏肉を焼くのとは全く異なる、多層的な時間の流れです。生肉からじわじわとおいしそうに焼き目がつき、空腹を突くような香りが次第に漂ってくる。慌ただしい日々の中では焼けるのに時間がかかると、「早く出来上がらないかな?」と焦る気持ちがあるのに、ラオスの人たちと炭火で料理していると焼ける時間が味わい深く感じられて、魔法にかかったような気持ちでした。
ラオスの人にとっては炭火が当たり前だから、「時間がかかる」とも思ってなさそうでしたし、「もっと早く調理したい」という欲求も感じられず、火をおこしている間に野菜を切ったり、丸鶏を捌いたりとおおらかな時間の流れの中で、効率的に料理していました。炭火での調理は、食材も、それを行う人も原始的な美しさが宿っていて、これまでの取材で感じたことのない、生活することの純粋な美しさが光っていました。
忙しさの中で失ってしまった豊かな時間を、ラオスの人たちにもう一度見せてもらったような心地。またいつか、炭火調理の時間軸と所作の美しさを味わうために、必ずラオスを再び訪れようと心に決めています。
※「本がひらく」での連載は、毎月1日・15日に更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
※山口祐加さんHP https://yukayamaguchi-cook.com/