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AI時代に「技術力」は再定義されるのか。まつもとゆきひろが明かす不変の三要素

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AI時代に「技術力」は再定義されるのか。まつもとゆきひろが明かす不変の三要素

「近い将来、ほとんどのソフトウエアのコーディングにAIが使われるようになるだろう」
ーーAnthropic CEO ダリオ・アモデイ , 2025年3月 ダラスでの講演にて

「1年以内に、AIがMetaの開発作業の半分を処理する」
ーーMeta CEO マーク・ザッカーバーグ , 2025年4月 LlamaCon 2025の講演にて

コードを書くことが、エンジニアの仕事ではなくなる。そんな時代が、もう目の前まで来ている。

プログラミングがエンジニアの専売特許ではなくなったとしたら、この先エンジニアは何を武器にキャリアを描いていけば良いのだろうか。

今回その問いに答えてもらったのは、プログラミング言語・Rubyの生みの親であり、長年ソフトウェア開発の最前線に立ち続けてきたまつもとゆきひろさん。

30年以上にわたってソフトウェア開発の現場に立ち続けてきたまつもとさんは、これからの時代に求められる技術力をどう捉えているのだろうか。

Rubyアソシエーション理事長
Ruby開発者
まつもと ゆきひろさん(@yukihiro_matz)

プログラミング言語Rubyの生みの親であり、一般財団法人Rubyアソシエーション理事長。株式会社ZOZOやLinkers株式会社、株式会社LIGなど複数社で技術顧問などを務めている。オープンソース、エンジニアのコミュニティ形成などを通じて、国内外のエンジニアの能力向上やモチベーションアップなどに貢献している。島根県松江市名誉市民

目次

AIに開発させるには、まだ自分で書ける力が必要真の技術力は、いつの時代でも変わらない課題に向き合いやり抜く経験が、折れない技術力を磨く

AIに開発させるには、まだ自分で書ける力が必要

ーーアプリケーション開発の現場でもAIが活用されるようになっていますが、まつもとさんはAIがプログラミングをすることに、どのような印象をお持ちですか?

プログラミングに関して言うと、現時点のAIにはまだまだムラが多いです。とはいえ、専門学校などで基礎を学んだ人と同程度のスキルレベルはあるのではないでしょうか。

特にアルゴリズムに関する知識は豊富で、「この関数のこの部分を、こういうアルゴリズムで修正してほしい」といったタスクを与えると、かなり的確な出力をしてくれます。さらに読解能力にも優れているので、「このコードの問題点を解析して教えて」といった依頼も得意です。

一方で、創造的な作業や文脈を深く理解するようなタスク、たとえば「この関数を切り離して、再利用可能なかたちで新しく実装してほしい」といった複雑な依頼になると、現状のAIでは対応が難しいという印象があります。

というのも、軽量Ruby処理系「mruby」の開発にAIを使ってみたのですが、思うようにいかなかったんですよ。

私は「プログラムサイズを小さくするために、mrubyのコンパイラ部分を他の要素から切り離してほしい」というタスクをAIに依頼したんです。参考ファイルも丁寧に提示して、「必要ならここからコピーして」と補足も明記しました。

にもかかわらず、AIはなぜか一からRubyのパーサーを書き始めてしまった。「『Hello, world!』ができるようになりました」「次は代入文を作ります」なんて報告が来て……。これじゃ一生かかるな、なんて思いました(笑)

「既存のファイルを活かして作ってください」と軌道修正を指示しても、「これは複雑ですね」と言ってゼロから書き直そうとする。2時間ほど格闘した末、最後には「思ったよりだいぶ難しいですね」と諦められてしまいました。

ーーとなると、開発業務の効率が劇的に向上するわけではない?

AIは定型的な処理や過去のパターンを踏襲する作業に強いので、「テトリスを作って」といった単純な依頼はお手の物です。

ただ、実務としてのプログラミングの場合、「新しいものを作ってほしい」という依頼が一般的ですよね。その上、会社ごとに異なるビジネスロジックや要件を組み込む必要もあります。

ですから「この処理はこう動いてほしい」「このパターンは除外してほしい」といった設計意図をAIに明示する必要がありますが、自分の中で完成形が思い描けていないと適切な指示を出せません。つまり自分で書ける力がないと、AIに書かせることも難しいということです。

ーーAIを使いこなすためには、やはり一定の実装力が必要だということですね。

AIは自分の代わりにコードを書く“手”ではあっても、何を作るか、どう作るかを決める“頭”にはなってくれませんからね。だからこそ、使いこなす側には、設計の意図を理解し、的確に言語化する力が求められます。

ただ、その点で一つ懸念しているのが、若手エンジニアの成長機会です。

若手の場合「この仕様通りに作ってください」と指示されたタスクをこなす機会が多いですよね。あらかじめモジュールとして切り出されたパーツに対して、仕様を読み取り、手を動かしていく流れです。

そうやってタスクをこなしているだけでは、「そもそもこのモジュールをどう設計するべきか」や「全体としてどう組み立てるか」といった視点が育ちにくくなります。

かつては、実装や設計に自分で取り組むプロセスが、技術力を育てる基盤になっていました。ところが、AIが代わりにやってしまうようになりつつあることで、若手が自分の頭で考えて作る経験を積み、エンジニアとして成長する難易度が上がっているのも事実です。

これは、業界としてしっかり向き合うべき課題だと感じています。

真の技術力は、いつの時代でも変わらない

ーーでは、これからの時代の「技術力」とはどのような能力を指すと思いますか?

技術を用いて問題を解決する能力」だと思います。

この能力は、単なるプログラミングスキルではなく、いくつかの能力が集まって成り立つ複合的な力です。具体的には、問いを立てる能力、選択肢の中から最善を選んで決断する能力、責任を取る能力などに細分化できます。

これらの力は、AIがいくら進化しても、すぐに代替されるものではありません。

ーー「プログラミングの上手さ」や「難易度の高い実装ができる」といった従来の技術力とは大きく異なりますね。

そうですね。ただ「技術力」の本質は、AIの登場以前から何も変わっていないと考えています。

例えば、コンピューターが誕生した当時のプログラマーたちは、プログラムを紙に書き、それを数字に変換して、物理的なスイッチでコンピューターに入力していました。彼らにとっての「技術力」には、機械語やアセンブリ命令を正確に扱う記憶力や、複雑な操作手順を的確に実行する力も含まれていたはずです。

やがて、FORTRANのような高級言語と、それを機械語に変換するコンパイラが登場しました。1950年代、その仕組みを「人工知能だ」と評する声もあったほど、当時のプログラミング体験を一変させる革新でした。結果、私たちプログラマーはアセンブラを一行一行書かなくても、より複雑で、より本質的な問題解決に集中できるようになったのです。

特定のスキルは、ツールの進化と共に淘汰される宿命にあります。しかし、「何を解決すべきかを考え抜き、その解決に向けて技術を使いこなす力」は、どれだけ技術が進化しても求められ続けるものだと思います。

ーー先ほど「技術を用いて問題を解決する能力」は複数の力に細分化できるとおっしゃっていましたよね。詳しく教えてください。

大きく分けて三つの能力に分けられると考えています。

まず一つ目が、「問いを立てる能力」。現状のAIには身体感覚がなく、「もっとこうだったら便利なのに」という欲望や欲求を持ちません。AIが「この問題を解決すべきだ」と提案してきたとしても、それは人間がどこかでインプットした情報を学習し、それらしく答えているに過ぎないでしょう。どんな課題を解決すべきか、最初の問いを立てるのはいつの時代も人間の役割だと思います。

次に重要なのが、「数ある選択肢の中から最善を選び、決断する能力」です。AIは、組み合わせ論として無数の選択肢を提示できるかもしれません。しかし、スマートフォンのUIデザインが時代と共に変化してきたように、「こちらの方が人間にとって魅力的で訴求力がある」といった価値判断や美意識は、AIの中からは自発的に生まれません。どのソリューションを選ぶのか、最終的な意思決定は私たちの手に残ります。

そして最後が、「責任を取る能力」。もし開発したシステムに不具合やトラブルが起きたとして、AIのCGアバターによる謝罪では、人々の怒りや不安はなかなか収まらないでしょう。生身の人間が前線で対応してこそ、事態が前に進み始める。これは倫理や感情に関わる領域であり、簡単には代替できない本質的な価値だと思います。

課題に向き合いやり抜く経験が、折れない技術力を磨く

ーーまつもとさんがこれまで出会ってきた中で「この人は技術力があるな」と感じたのはどんなエンジニアですか?

問題を見つけ、どうアプローチするかを考え、ソリューションを導き出し、実装して形にする。そうした一連のプロセスを自分で引き受けて、きちんと完遂した人には、確かな技術力があると感じます。

自ら課題を発見する場合もあれば、チームからアサインされたタスクをこなすケースもあるでしょう。いずれにしても「自分の問題」として主体的に取り組み、途中で投げ出さず、最後までやり切る実行力と粘り強さこそが、技術力の証だと思います。

ーーただ先ほどのお話だと、ジュニアエンジニアが本質的な技術力を身に付ける難易度は上がっているわけですよね。どのように技術力を付けていったらよいのでしょうか?

とにかく、ソフトウエアをたくさん作ってみる」ことに勝るものはありません。私自身もそうやって技術力を身に付けてきました。

30数年前の私は、「まあまあ書けるよね」という程度のプログラマーでした。今、こうして偉そうなことを言えるのは、そこから30年以上の間、ずっと現場でプログラムを書き続けてきたからです。

たくさん失敗し、さまざまなツールを使い、数え切れないほどの問題を解決してきました。その繰り返しの結果が、今の私を形作っています。

ーー経験が何よりも強いということですね。

そうですね。経験から得た知識こそが、技術力の土台になると考えています。

世の中ではどんな問題が起こり得るのか、人間は本質的にどんなものを求めるのか。そうした知識は、人間の認知や欲求に根ざした普遍的なものですから。

また、過去に似た問題に挑んだ人たちが、どの言語やフレームワーク、アーキテクチャーを使い、どのように解決してきたのかといった知恵も、自分の引き出しになります。「あの人がこれで解けたなら、自分も応用できるかもしれない」という知識の積み重ねが、地力を育ててくれるんです。

私たちのような過去の世代を「段階的に学ぶことが許された世代」としてうらやましく思う若いエンジニアもいるかもしれません。確かに、AIに代替されるフェーズもあります。

ですが、今の方がインターネットもAIも、使えるリソースは圧倒的に多い。過去よりもずっと恵まれた環境があります。

私たちが時間をかけて経験から学んできたことも、今は一気にキャッチアップできる時代です。むしろ「おじいちゃん世代にはできなかったことを、自分たちがやってやる」くらいの気概で、AIもうまく活用しながら、自分の手でたくさんの問題を解決していってほしいですね。

取材・文/今中康達(編集部)

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