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「部屋と人。#106 小林一誠」

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「部屋と人。#106 小林一誠」

部屋とは、そこで暮らす人の暮らしぶりや趣味嗜好、人柄までもが現れる唯一無二の場所。似ている部屋はあっても、おそらくこの世に全く同じ部屋はひとつも存在しません。「この人ってどんな人なんだろう、どんなものが好きなんだろう」。その答えがきっと部屋にはあります。Thingsの新シリーズ『部屋と人。』では、私たちと同じ新潟に暮らす人たちの、こだわりの詰まった「自分の部屋」をご紹介します。

第6回は、カセットテープショップ「ATARI RECORD」の運営をしながら、「mama」というアーティスト名で音楽制作も行っている小林一誠さんです。以前企画に出演してもらったKajiwara Naokiさんのご紹介で、取材をお願いすることになりました。長岡造形大学から橋を渡って車で10分。大学の教授が所有しているというアパートに到着し、部屋へ案内してもらうと、室内にあったのは楽器や家具のみ。キッチンやバスルームはどこにも見当たりません。いったいどんなふうに生活をしているのか、まずは聞いてきました。

企画/プロデュース・北澤凌|Ryo Kitazawa
イラスト・桐生桃子|Momoko Kiryu

――この部屋にはキッチンやバスルームが見当たりませんが、どうやって生活をしているんですか?

「1階にある共有スペースのなかにあるんですよ。ここの物件は、もともと長い間空いていたアパートだったらしいんですけど、造形大の教授が中心となってリノベーションした場所なんです。いまは所有者も教授に変わって、家賃も格安で借りることができています。でもあまり知られてないみたいで、学生で住んでいるのは僕ひとりなんですよ」

――知る人ぞ知る場所なんですね。少し不便なところもある気がするんですけど、どこか気に入ったところがあったんでしょうか?

「ここへ来る前に住んでいたアパートの日当たりがあまり良くなかったんです。だから早めに引っ越したいと思って探していたときに知人が教えてくれて。僕は建築専攻だったので少し変わった形式の建物に興味がありましたし、日当たりの良さが気に入って入居を決めました。家賃や内装に文句はなかったんですけど、とくに寒い時期は1階へ降りていくのがきつかったですね」

――実はちょっと寒いなと思っていました(笑)。小林さんはこの部屋をどんなふうに使っているんですか?

「ここは居住スペース兼音楽制作をするための部屋として使っています。僕はアーティストのBrian Enoが大好きなんですけど、彼が作るような音楽を自分なりに、カセットテープを使って表現してみたいと思ったんです。この部屋にはいくつかの音楽機器があって、試行錯誤しつつのんびりと制作を進めています」

――聞いたところによると、カセットテープの販売もやっているんですよね?

「そうですね、ここへ入居した年に『ATARI RECORD』というオンラインショップをスタートしました。はじめた理由は単純に、もっといろんな人に自分の好きな音楽を聴いて欲しいという気持ちからでした。周囲に聞いてもらうだけであれば「聴いてみてよ」で済むことなんですけど、そこからもう一歩踏み込んで人へ届いて欲しかったのでショップという形態をとりました」

――部屋作りをしていくうえでなにか意識したことはありましたか?

「『居心地を良くし過ぎない』ことと『視点を増やす』ことは意識しました。もちろん、身体を休められるようにある程度の余白は作りましたけど、あくまで自分の制作が捗るような家具のレイアウトを考えました。あとは視点をいくつか用意するために、ソファと椅子、ベッドを置いて『座る場所』を増やしたんです。僕の作りたいアンビエント(環境音楽)な音楽は生活の延長線上にあると思っているので、自分の生活空間をいろんな角度から見ることのできる視点作りは大切でした」

――なかでもお気に入りの「座る場所」があれば教えてください。

「主に制作スペースとして使っている場所なんですけど、什器や緑の机は『leave me alone』のミムラさんに協力をしてもらって一緒に作りました。どちらもすぐに取り外しできるようになっていて、納得がいくまで何度も場所と高さを変えてようやく落ち着いた位置なんです。席の周りにあるCDやカセットテープ、書籍は制作のための資料として使うことが多いので、手を伸ばせば届く場所に置いています」

――小林さんが音楽に興味を持ったきっかけは?

「小学5年生のときに年の離れた兄から借りたCDを聴いたことがきっかけでした。それから兄の影響でギターの練習をするようにもなったんです。それで小学校が主催の公民館の発表会で、人生初のライブをやったんですよ。思い返すと恥ずかしいですけど、あのライブをやったからこそ人と作る音楽の楽しさを知れた気がします」

――この部屋には何本かギターがあるみたいですね。とくに思い入れのある1本ってありますか?

「これですかね。ギターをはじめて間もない頃に、兄から初心者でも弾けるコードが載った雑誌と一緒に借りました。ギターを集めるようになって累計で14本くらいになりましたけど、この1本にはいろんな思い出が詰まっているんです。でも、貸してもらっただけで未だに僕が持っていることを兄が知っているかはわかりません(笑)」

――さきほど制作した音楽は「カセットテープを使って表現したい」と話していましたが、どうしてテープなんですか?

「アンビエント音楽のはじまりは、『Brian Enoがテープに録音したところからはじまった』という話もあるくらいふたつの関係性は深いんですよ。それに僕が好きなアーティストやジャンルの曲はテープでリリースされることが多いので、アプローチは勉強になるし、まだまだ可能性を感じるんですよね。国内でもカセットテープ専門店が少しずつ増えてきていて、新潟の佐渡島も盛り上がっているみたいです。聴いていくとテープならではの良さを知ってもらえると思います」

――小林さんの考えるテープの良さについても教えてください。

「実はカセットテープって、いろんな記録媒体のなかでもとくに外部からの影響を受けやすいんです。収録中のほんの些細な音を拾ってしまったり、プレイヤーの扱い方によっても流れる音が変わってきたり。録音するときの回転数を変えることによって、予想していた音とは違う面白いイレギュラーが起きることもあります。あとは、テープを出している人ってパッケージにこだわる人もいて、音からヴィジュアルまで面白いという幅広さに可能性を感じています」

――お話しできる範囲で、いま制作中の曲について教えてもらえますか。

「いま作っている曲では、僕がこの部屋のなかで過ごした日々を表現できたらなと思っています。曲中はギター以外に、レコーダーでとった窓際からの音や自分が生活している音も入れる予定です。自分の生活を録音しはじめた頃は、聴いていてむずがゆいし、他人みたいだけど自分っていう妙な違和感がありました。でも、音を通じて自分を客観的に見ることで、『自分を取り巻く環境』と『自分はどんな人間なのか』についてそれまで以上に深く考えることができました」

――今年で4年生ということですが、これからこんな部屋にしていきたい、住みたいという展望はありますか?

「卒業後は岐阜へ引っ越しをして、hotaruという作家さんが運営している音楽ショップ『CATNOISE』で音楽の修業をしようと考えているんです。お店の運営の仕方からブランディングまでいろいろと学ばせてもらいつつ、制作のインスピレーションも得られたらなとも思っています。向こうへ行ったらいま以上に作業へ没頭する時間も増えると思うので、機材を置けるスペースは確保したいですね。それと、部屋にキッチンとバスルームは欲しいです(笑)」

取材をしたとき、彼はこの部屋から岐阜に引っ越しをする直前でした。それから少し時間が経った今年の年明け、曲がアップされたことを知り音源を再生してみると、温かい日差しを浴びてゆったりと過ごす休日のような音が流れてきました。部屋を見てその人の人柄や性格、生活を想像することはありますが、音から生活をイメージする、という体験はとても新鮮でした。彼がこれから新しい環境のなかでいったいどんな曲を作るのか、次のアップが楽しみです。(byキタザワリョウ)

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