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“何をするか”より“誰と出会うか”|元女子サッカー選手・柏野海佑さんが語るセカンドキャリアの築き方

Sports

この連載では、なでしこリーグ1部伊賀FCくノ一三重に所属する常田菜那選手が、現役アスリートができる社会貢献活動を考え、インタビューしていきます。

現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という思いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。

今回のテーマは「女性アスリートのセカンドキャリア」。
元女子サッカー選手の柏野海佑さん(以下、柏野)は、現在デザイナーを本業に、マルシェの運営やアスリートの交流拠点づくりの事業を手がけるなど、さまざまなな場で活躍しています。

現役中から幅広く活動し、引退後の自身のキャリアにもつなげている柏野さん。なかなかいない視点や感性の持ち主である彼女の思考を深掘ることで、女子サッカー選手だけでなく多くのアスリートが抱く“セカンドキャリアの課題解決”のヒントになるのではないかと思い、インタビューしました。

自分の絵がTシャツになった日|好きが最初にお金に変わった瞬間

ーー現在、柏野さんはおもにデザイナーとして活動されていますが、どのような活動をされているのでしょうか?

柏野)自分で“新しいデザインを創り出す”というよりも、プロジェクトごとにチームを組んでデザインを手掛ける『クリエイティブディレクター』として活動しています。いろいろな人と手を取り合いながら1つの作品作りをしていく組織の中で、リーダー的な立ち位置を取りながらチームを動かしていくイメージです。ありがたいことに、さまざまな業種の方からチラシやホームページを作りたいというご依頼をいただいています。

ーーデザイナーとしての活動は現役中からスタートしたと伺ったのですが、どのようなきっかけで始められたのでしょうか?

柏野)小さい頃から絵を描くのが好きで、教室の黒板一面に絵を描いたりもしていました。模写や人の顔を描くのも好きで、選手になってからも描き続けていたところ、大学のアメリカンフットボールチームで活動していた友人から「海佑の絵をTシャツにしてほしい」と言われたのが最初のきっかけでした。

「描いた絵をどうやってTシャツにするのか?」ということを調べることからのスタートでしたが、結果的にできあがったTシャツを見たメンバーから、「チームのTシャツにしたい!」という声をいただき、部員約80人分のTシャツを作ることになりました。

ーー作品が影響力を持って広がっていったのですね。

柏野)部員用のTシャツを作る際に、友人から「海佑の利益はちゃんと取ってね」と言われたことが、いまのビジネスにもつながっています。
趣味で作った私の作品が評価され、利益を生み出せたという“成功体験”がすごく自信になりましたし、「仕事にしたらどうなるのか」ということも考え始めるようになりました。

ーーそうした“ビジネスになる”経験は、なかなかできないすごいことですね。

柏野)友人のアメフトチームを発端に、そのまわりのチームからのデザインの依頼をいただいたり、Tシャツ自体も街で見かけるようにもなりました。個人の依頼から受けていた仕事がチームになり、そして企業とも取引をしていく中で、「これが本格的な仕事になる」という実感が得られました。

自分で学び続け、さまざまなことを吸収しながら成長し、それを仕事につなげることもできるのかと感じています。

常田)才能だけではなく、海佑さんの学ぶ姿勢とコツコツと努力する積み重ねが実を結んだんですね。

現在ではさまざまなデザインを手掛ける柏野さん。

現役選手として“仕事”と“競技”のバランスを模索した日々

ーー女子サッカー選手はまだアマチュアの契約形態も多く、スポンサー企業でお仕事をすることも多いと思うのですが、柏野さんはいかがでしたか?

柏野)異例だったのかもしれませんが、私は自ら個人スポンサーを募り、その資金をもとに活動していました。得意な“絵”を活かして自分のビジョンをプレゼン資料に落とし込み、“デザイン”と“サッカー選手”の両面を企業にアピールしていましたね。

常田)選手自身がスポンサーを獲得することは、いまの選手でもなかなかいませんよね。仕事という意味では、所属チーム次第で仕事が決まってしまい自分がやりたい仕事をできるかわからない、という環境にいる選手も多くいます。いずれにせよ、お金をいただく企業への“恩返し”のために積極的に動いていくことが大切だと私は感じています。

柏野)まさにそうですね。当時の私は、自分のやりたいことを最優先にしつつ、クラブにとっても、スポンサー企業にとっても三方良しである必要があると常に考えていました。
「1社で100万円の協賛」よりも、「100人の1万円の協賛」にしたいという考え方を持ち、協賛でできた“人との繋がり”が、試合会場の集客にも繋がり、クラブにもプラスになるような効果を期待していました。

時間がかかったとしてもこちらから企業に足を運んでプレゼンさせていただくことで、想いが伝わり、応援してくれる人が増えるきっかけにもなる行動ができていたと思っています。

常田)サッカー選手として集客の部分で貢献できているということは大事ですね。SNSの活用やクラブでの活動だけでなく、自らいろいろなところに足を運び、一人ひとり丁寧に関係を築いてくことでファンは増えていくのだと改めて感じました。

大怪我と出会いが導いた、引退という決断

ーー柏野さんは、女子サッカーチームで活躍したのち、『マッチャモーレ京都山城』男子チームで現役を引退されました。引退を決めたきっかけは何だったのでしょうか。

柏野)もともと、男子チームでのステップを経てWEリーグのチームに入ることを目指していました。ステップアップのための移籍も考えていた矢先にアキレス腱を断裂する大怪我をしてしまって・・・。治療に専念せざるを得ず、移籍も難しい状況になりました。長いリハビリを経て復帰できたのですが、またその次のシーズンに備える自分を想像したときに初めて“引退”という言葉を意識するようになりました。

ーー最終的な引退の決め手はあったのでしょうか?

柏野)次のシーズンに向けてチームとの面談をする1週間前、偶然にも私が憧れていたデザイン会社の社長さんとお会いする機会に恵まれました。お話するうちに「うちの会社でやってみないか」と声もかけていただいたんです。サッカーを続ける限りはその会社で仕事をすることは難しく、競技をやり切りたい気持ちもあったのですごく悩んだのですが、これからの長いキャリアを考えたときにこのチャンスをつかむ決断をしました。
これまで選手として活動しながら、“副業”としてやってきたデザインを“本業”にすることに大きな不安もありましたが、こうして評価してくれる人がいて、支えてくれる人がいたことは私にとっては奇跡だと思い飛び込むことにしました。

常田)すべてが繋がっているような出会いですね。でもそれも柏野さんのこれまでの取り組みと想いが引き寄せたように感じます。

柏野)引退することを監督に伝えたとき、「“今ここだ”と引退を決め切れる選手の方が少ない。その決断ができたことが素晴らしいし、尊敬する」と言われたことは、今でも強く心に残っています。

常田)自分自身が納得して引退できるのはとても魅力的ですね。私もそんな風に競技を終えたいです。

競技を終えても続いていく「繋がり」|マルシェとアスリートハウスが描く未来「サッカーで培った力は新しい舞台でも活き続ける」

ーー現在はデザイン業に加え、持続可能なマルシェの運営やアスリートの交流拠点づくりにも携わっているとお聞きしました。

柏野)『アースリズムマーケット』という、音楽と食を融合させたというマルシェを運営しています。「ゴミゼロの循環型マーケット」のための取り組みだけでなく、過去1000以上の出展者、コンテンツ、3000人以上の来場者がいらっしゃるフェスの要素を取り入れた1つのマーケットを作っています。

ーーこの活動にはどんなきっかけがあったのですか?

柏野)アースリズムは、コロナ禍をきっかけに、オンラインで『ゴミ拾いコミュニティ』が立ち上がったことがスタートです。最初は身近な7人から始まった活動が、同じ想いを持つ人たちの間に広がり、やがて多くの参加者が集まるようになっていきました。マルシェを本格的に始めた際にはクラウドファンディングにも挑戦し、わずか4日間で目標を達成。当日は約1,000人もの方が来場され、大きな反響を呼びました。その後も継続的にイベントを開催し、これまでに25回を超える取り組みが続いています。

私自身が関わるきっかけになったのは、その活動の中で行われたイベントのトークショーに、アスリートとしてゲスト出演したことでした。当時、代表の想いや“人と人がつながることで社会をポジティブに循環させる”という理念に強く共感し、出演を機に正式に事業にジョインすることになりました。
現在は、デザインやブランディングの観点からこの活動を支え、より多くの人が“小さな幸せ”を感じられる空間づくりを担っています。

常田)人にも環境にも良い影響を与えられて、そこで繋がりを広められる画期的なマーケット。素敵ですね。私もぜひ一度行ってみたいです。

柏野)『アスリートハウス』は、アスリートやスポーツ関係者が集うコミュニティスペースです。現役選手から引退後のキャリアを模索するアスリートまで、幅広い人たちが集い、互いの経験や考えを共有しています。
とくにセカンドキャリアに悩むアスリートにとっては、多様な分野の人々と交流しながら新たな視点を得る“対話と気づきの場”になっています。現役中にはなかなか話せない悩みや課題を打ち明け、次の一歩を見つけるきっかけを生み出しています。

常田)アスリートは普段、自分とは異なる分野の人と話す機会が少ないので、こうした場があることで気軽に相談できるのはとても心強いですね。

ーー柏野さんの活動で、サッカー選手であったことが今に活きている!と思う瞬間はありますか?

柏野)もちろんあります。一つは、「人との繋がり」です。デザイナーの活動では、さまざまなチームからご依頼をいただくのですが、競技を続けてきたからこそ出会えた人たちがたくさんいると感じます。何もない状態で起業してお客さんを集めることは難しいですし、サッカーをやっていなかったら人脈も相談できる人も少なかったと思います。
試合で勝って喜び合ったり、負けて一緒に泣いたり、喧嘩したり、優勝を目指して一つになれたり、そういう仲間はなかなかいません。サッカーを通して生まれた絆や信頼がある人たちと仕事をできているということは、私にとっての大きな財産だと思っています。

常田)私は引退後のキャリアを考えたときに、ほかの社会人と比べたら“スタートが遅れた”という不安もありますが、競技の中で培った繋がりや競技を続けてきたからこそ得られたものが多いというお話を聞くと、逆にいい位置でスタートできることもできるのかなと感じます。

柏野)私の場合、敬語やメール文面など、社会人としてのスキルは劣っているかもしれません(笑)。でも、元アスリートだからこそ集中力やコミュニケーション力が長けていたり、礼儀など自然に経験を活かせていることも多いと思いますし、「さすが元アスリートだね」と評価していただくこともあります。

常田)私の中の不安が一つ消えました。アスリートだからこそ自然と培われてる能力が社会に出て活きることが多くあるんですね。

「何をするか」より「誰と出会うか」〜セカンドキャリアに必要な思考とは〜

ーー柏野さんが考える、現役選手がセカンドキャリアに対して持っておくべき思考や取り組んでいた方がいいと思うことはありますか。

柏野)私はたまたま絵が得意で、趣味で描いていたものが現役中からお仕事につながりましたが、没頭しすぎて競技に反映してしまった時期もありました。一人ひとり活動の仕方は違うという前提ですが、何より一番考えないといけないことは、自分の競技のことだと思っています。

しかし、競技に集中しながらでも人とのつながりを持っておくことを大事にしてほしいと思います。実はアスリートは、一般企業で勤めていてもなかなか繋がれないような方と関わる機会が多いと思っています。所属クラブのスポンサー企業の社長とのお話の機会などは、貴重なものですよね。お会いする方の意見や考えをたくさん吸収して、自分に何が向いているのか、何がやりたいのかを見つけるきっかけを見つける時間をとることもいいのではないかと思います。

常田)サッカーをしているからこそ出会える人との時間をどう捉えて、自分自身の思考やキャリアにどう落とし込むのかが大事なんですね。それに加え、どれだけ自分で外の世界を見て、足を運ぶこと、競技外の人と会う機会を大事にできるかが大切だと思いました。
本日は貴重なお話ありがとうございました。

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