Wキャストで2役 松本幸四郎は「勝負」、尾上松也「まずは憧れるのをやめる」~歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』製作発表記者会見レポート
2024年11月30日(土)~12月26日(木)に新橋演舞場、 2025年2月4日(火)~25日(火)に博多座にて上演される歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』の製作発表記者会見が9月28日(土)、東京都内で開かれた。松本幸四郎、尾上松也、脚本を手掛ける中島かずき、演出のいのうえひでのりが出席。歌舞伎俳優や歌舞伎の独自技法を取り入れ、17年ぶりに蘇る本作の展望などを語った。
『朧の森に棲む鬼』はシェイクスピアの『リチャード三世』を下敷きに、源頼光とその四天王が大江山に住む鬼神・酒吞童子を退治するという「酒呑童子伝説」の世界を融合させた究極の悪を描く物語。2007年に松竹と劇団☆新感線がタッグを組み上演された。今回は歌舞伎の新たなるステージを目指す“歌舞伎NEXT”の二作目として実現する。
会見では、松竹の山根成之副社長が「2000年より劇団☆新感線さんと松竹が共同公演を行い、『朧の森に棲む鬼』はその第5弾として上演した演目。このたび“歌舞伎NEXT”として上演されます」 と挨拶。9年ぶりとなる”歌舞伎NEXT“公演に期待を寄せた。
中島は「初演は17年前と聞いて、改めて驚いている」と感慨深げ。「『朧の森に棲む鬼』は以前から歌舞伎NEXTとして上演するという話はあったが、コロナ禍などがありこのタイミングに」と打ち明けた。脚本については「一番変えているのはシュテンとキンタ。キンタは阿部サダヲくんの役だったので彼の個性にかなり寄っていたが、今回は右近くんということで違うアプローチで造形。シュテンについては真木よう子さんが演じておりましたが、今回は染五郎くんということで立役に変更しています」と語った。
「『朧の森に棲む鬼』は、いのうえ歌舞伎ファンの間でも人気が高いほうの作品。僕自身もよくできているんじゃないかと自画自賛している(笑)」といのうえ。「もう一度やる意味、歌舞伎化する意味がなくてはならない」とし、「『阿弖流為』をやったとき、どう歌舞伎にしたらいいのか悩んでいたが故・勘三郎さんに『歌舞伎俳優がやれば歌舞伎になるよ』と言っていただいた。今回はさらに歌舞伎ならではの派手な演出を盛り込み、滝での立廻りなど前回好評だった部分は残しつつ、よりダイナミックになるのでは」と、現時点での演出プランを明かした。
松本幸四郎と尾上松也は、主人公ライに加え、対峙する武将・サダミツの2役をWキャストで演じる。初演時にもライを演じた幸四郎は「今回は寒い時期に滝のシーンをやることになるので大変そう(笑)」としつつ、当時の公演中に娘が誕生したという縁から「(この日身に着けていた)アクセサリーは娘から借りました。手錠モチーフのネックレスを持っていたことについては、帰ってから家族会議です」とのエピソードを披露。作品の世界観に合わせたカラーコンタクトや手の甲に貼った「朧」のタトゥーシールも自ら用意し、気合をアピール。Wキャストによる出演については「これは勝負です。勝たせてね」と隣の尾上松也に語り掛けた。
これに対し松也は「今、こうして普通に立っているように見えるかもしれませんが、幸四郎さんとのWキャストはプレッシャー。『勝負です』と言われたときは勘弁してくれと思いました(笑)」と心境を吐露。歌舞伎NEXT第1弾の際も出演を熱望していたが日程の都合でかなわず、今回の出演には喜びもひとしお。「幸四郎さんがこれまで携わってこられた作品のなかでも『朧の森に棲む鬼』は非常に印象的。僕だけじゃなく、若手俳優皆が憧れた役どころです。大谷翔平さんの名言を心に刻み、まずは憧れるのをやめて挑戦する心持で稽古と本番を迎えたい」と熱を込めた。
会見では質疑応答も行われた。主なやりとりは以下の通り。
ーー17年ぶりの上演、新たにパワーアップする部分は?
いのうえ:今の時点で考えている歌舞伎的アプローチがうまくいくと、見たことのないシーンがいくつか出てくるはず。挑戦し甲斐のあるシーンなので、僕自身もワクワクしています。
中島:いのうえくんも言っていましたが、脚本的にも意外に出来がいいんです(笑)。あんまりいじるところないかなと思っていたんですが、ずっと当て書きをしていますので、やっぱり歌舞伎俳優の皆様に合わせた修正、直しを入れたつもり。ライに関してはWキャストですので、ライというキャラクターをしっかり置いてお二人がどう色をつけてくれるのかを楽しみにしています。
幸四郎:改めて17年前の映像を見て……僕、いいんですよね(笑)。当時は不安のなかでやっていたのでしょうが、ビデオには「そんなことないよ」と声をかけてあげました。そこを忘れるのが、今回の心構えかな。新たな挑戦という気持ちでライとサダミツを演じるつもりでまずは稽古に臨むつもりです。歌舞伎俳優としての引き出しをどれだけ開けることができるのか。歌舞伎にどれだけの魅力、どれだけの表現方法があるのかを踏まえた上で参加したいと思います。
松也:ご一緒することが決まってご連絡したとき、幸四郎さんは「前回より進化した歌舞伎NEXTを見せようね」とおっしゃっていました。物語、構成が良いものになる方向性はすでに見えていますし、どうブラッシュアップできるかは大変な作業ではありますが自分としてはとても楽しみ。いのうえさんの構想をどれだけ体現できて、一緒に出ている歌舞伎チームで、何を取り入れて表現することが歌舞伎と劇団☆新感線が融合することの意味があるのか楽しみながら、苦しみながらでも、時間をかけて皆で作り上げていきたいです。
ーータイトルにちなんで、自分が鬼だなと思うところは?
幸四郎:ないなぁ(笑)。ある?
松也:幸四郎さんは主語なし鬼です(笑)。長年ご一緒しているので言いたいことはわかるようになってきましたが、初対面の方はどうぞお気を付けください(笑)。僕自身は、朝が苦手。それこそ鬼のように機嫌が悪いんです。今後は気を付けます……。
ーー先ほど中村勘三郎さんの言葉に背中を押されたというお話があったが、『阿弖流為』を経てその言葉を実感したシーンはあった?
いのうえ:ありますね。勘三郎さんはもちろん、七之助くんの存在も。清純な女の子のような鈴鹿という役だったのですが、女方じゃないと出ない独特の情感があったんです。女優さんがやると、あんなまっすぐなものにはならない。あれほどまでに響かなかった。幸四郎さんがパーカッションの人と細かく打ち合わせしていたのも印象的でした。ツケ打ちとドラムが入る、ギターがガンガン鳴りながら六方を踏む……新しいことをやっている実感がありました。そんないくつかの瞬間があって、より歌舞伎の魅力的なところを今回はできるだけ、さらに増やしたいという思いなんです。
中島:『阿弖流為』は神と人の話でもある。女方の方が演じることで、この世のものではない何かが現れる瞬間があった。びっくりしましたね。人間が人間じゃないものに行く方法は歌舞伎の中にあるのかもしれないと思いました。今作でも、このお二人(幸四郎と松也)には人を超えるものになっていただけるかと。
ーーライとサダミツ、Wキャストによる効果は?
いのうえ:ライは尋常じゃなくハードな役。幸四郎さんがやったのは17年前ですし、もうそれなりの年齢になられていますし(笑)。Wキャストについては、最初はそこのケアをするためにスタートして、若手でブイブイ言わせている松也くんにライをお願いしようというお話に。幸四郎さんがやるときは松也くんがサダミツをやることになったのですが、じゃあ松也くんがライをやるときはどうしようかという話になったら「俺が出る」と言い出して。結局、休みにならないじゃないかと(笑)。両方違う魅力のものになる、そこが1本みたらもう1本見たくなるという趣向になるのではないでしょうか。
中島:サダミツは、1幕で立ちはだかる最初の敵役。真っ向からお二人が芝居をやられるでしょう。その日、サダミツとしてライを見て思うところを、おそらく次の日にアンサーとしての自分が演じるライに出る……これが毎日積みあがっていって、終わるころには相当大変なことになっているのではないでしょうか。
同じ2役をWキャストで演じることについては「お互いに自分のライがベストだと思い合い、認め合った上でそれ以上のものを目指す」(幸四郎)、「大先輩ではありますが、ライバルでもありチームであるというところで切磋琢磨して公演を盛り上げたい」(松也)と力を込めた。このほか、幸四郎と松也がファンを公言するプロ野球チームの巨人に関する話題など、和やかな一幕も。報道陣や参加者からは楽しげな笑い声が上がっていた。
取材・文・撮影=潮田茗