マドンナは高校球児だった?【ライヴ・エイド40周年】ひたむきな前のめりパフォーマンス
1980年代屈指の音楽コンテンツ「ライヴ・エイド」
ご存知『ライヴ・エイド』。アイルランドのシンガーソングライター、ボブ・ゲルドフの呼びかけにより数多のミュージシャンが集結した、アフリカ難民救済チャリティコンサート。今やクイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)でその存在を知った方も多いだろう。
そのコンサートはロンドン郊外のウェンブリー・スタジアムとフィラデルフィアのJFKスタジアムで開催され、英国と米国から全世界に生中継された1980年代屈指の音楽コンテンツ。紹介するエピソードには事欠かないが、今日はマドンナ出演の一幕を紹介しよう。
“ここが勝負どころよ” と挑んだマドンナ
時は1985年7月13日ーー 今からちょうど40年前、前年に「ライク・ア・ヴァージン」の世界的大ヒットをかましての出演である。司会のベット・ミドラーに "なんでアタシがこの娘を紹介しなきゃなんないの〜" と嫌味たっぷりのMCを受けての登場であった。
そう、楽屋では既に女王さま気取りのスーパースターだったと言われているが、YouTubeにアップされている当時のバックステージ映像を観るとよく分かる。マドンナはこの大舞台を前にして、パフォーマンスの段取り確認に “いっぱいいっぱい” だったのではないか。全世界中継を見据え、“ここが勝負どころよ” と挑んだマドンナ。ステージ裏の社交辞令に時間を割く余裕など無かったのだろう。
たった3曲のパフォーマンスは、とにかくひたむきで一所懸命
この時のライブ映像を見てもらえばわかると思うが、ここに今の私たちがイメージするクールなマドンナはいない。ファッションやモードとは縁遠いアメリカ中西部出身のお姉ちゃんが精一杯お洒落して、全力で歌って、全身で踊っているのである。その姿はまさに高校球児ばり。
しかも、1980年代の “いわゆるロックイベント” であるが故に客のノリが悪いのなんの。でも、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、彼女はバンドとダンサーを従えステージ狭しと動きまくるのだ。恐らく、これだけ大きな会場でのパフォーマンスは初めてだったろう。恐ろしいくらいの気合いの入り方だし、タンバリンの多用も半端じゃない(笑)
▶ Holiday
▶ Into The Groove
▶ Love Makes The World Go Round(当時未発表曲)
たった3曲でパフォーマンスは終了となったが、とにかくひたむきで一所懸命。なんと言っても、世界中で大ヒットしている最中のアルバム『ライク・ア・ヴァージン』から1曲も演奏しなかったことに、彼女の “強気” が伝わってきた。あれからちょうど40年。マドンナはずっと攻め続けている。
Updated article:2025/07/13
Previous article:2016/02/13