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〝俳優座創立80周年記念スペシャルシリーズ〟現役俳優として2024年も2本の舞台に立つ、養成所第1期生 岩崎加根子 91歳

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〝俳優座創立80周年記念スペシャルシリーズ〟現役俳優として2024年も2本の舞台に立つ、養成所第1期生 岩崎加根子 91歳

第3幕

INTERVIEW 岩崎加根子

撮影=福山楡青/ 取材・文=二見屋良樹

受験科目に数学がないからと俳優座を受験し、
研究生候補から1949年に養成所設立と同時に第1期生となり、
1952年の卒業と同時に俳優座に入団、現在は劇団代表を務める岩崎加根子さん。
91歳の岩崎さんは、在団歴72年目を迎え、まさに俳優座と共に歩む人生と言えよう。
本年も7月と11月に2本の舞台に立つ。
千田是也の近代俳優術の薫陶を受け、日本新劇界の語り部とも言える岩崎さんに
新劇界を牽引してきた俳優座の神髄を語っていただいた。

 岩崎加根子という女優を初めて知ったのは1963年に放送されたNHK大河ドラマ第1作「花の生涯」だった。私は、当時小学生ではあったが、彦根の遊郭きっての売れっ子芸妓・雪野太夫を演じていた俳優・岩崎加根子の印象は、そのとき強烈に私の中に焼き付けられた。舞台俳優・岩崎加根子はまだ知らなかったが、それ以降映画やテレビドラマでいくつもの岩崎加根子に出会った。
 中村錦之助(後に萬屋錦之介)、杉村春子共演映画『反逆児』での徳姫、錦之助の『宮本武蔵 一乗寺の決斗』での吉野太夫、石原裕次郎の相手役を務めた『太陽への脱出』、裕次郎、浅丘ルリ子共演の『花と竜』に『夜霧のブルース』、勝新太郎と共演の『座頭市地獄旅』、熊井啓監督作品で加藤剛、栗原小巻共演の『忍ぶ川』、山田洋次監督『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』など映画五社すべてに出演している。テレビでも木下惠介アワー第一作の「女と刀」、佐久間良子、杉村春子共演の吉屋信子原作の「徳川の夫人たち」、大河ドラマ「春の坂道」での二代将軍秀忠の正妻お江与、レギュラー出演していた「水戸黄門」シリーズなどなど、私は数々の映像作品で、岩崎加根子になじんでいた。俳優座に限らず、文学座、劇団民藝でも、多くの新劇俳優たちが、映画やテレビドラマを支えていたのだ。

俳優座の研究生候補から、俳優座養成所の1期生になる

 岩崎加根子さんが俳優座の試験を受けたのはまだ養成所が設立される前1948年だった。研究生候補に合格し、養成所が設立された49年11月にそのまま1期生として編入された。養成所設立以前にアカデミーというのがあり、すでに先輩の研究生たちがいた。座内発表で田中千禾夫の『おふくろ』という芝居で、峰子という女学生の役を演じた。毎日ホールの創作劇研究会の一作品として上演され、それが俳優・岩崎加根子の初舞台になった。49年の2月だった。養成所ができる前に初舞台を踏んだわけである。

「立華女学園に通っていまして、戦争で校舎も焼けて、憲兵隊員がいた兵舎のようなところを校舎として使っていました。そのころは、授業すらあったりなかったりという時代で、ましてや部活なんていうものもなかったのですが、土曜日の午後はみんな好きなことをやっていいということで、演劇部、音楽部、運動部、日本舞踊部といったものがあったんです。私は子供のころから日本舞踊を少しやっていましたので、久しぶりに戦時下ではできなかった日本舞踊を習おうかしらと思ったのですが、流派が違っていて何かちょっと違うかなと。かといって運動するにはそのころ身体が弱かったので無理かなと。そしたら、演劇部って面白いから見にいらっしゃいと友だちに誘われて見に行きましたらシェイクスピアなんかをやってて楽しそうでした。後に日本テレビのディレクターになられる池田義一さんが先生として教えていらして、今でいう〝イケメン〟のすてきな先生で、みんな憧れちゃって。私もそんな一人で、それで演劇部に入りました。
 学芸会があって、「私が書いたものをやりましょう」と池田先生がおっしゃって、ロシアの民話『雪娘』という作品に出ることになりました。私はただ一生懸命やっただけなんですが、そうしたらお客様から歓声が沸き拍手がおこったんてす。私は本を読むのが好きで、小さいころから誕生日というと、童話なんかをプレゼントされていて、童話の中の人物になったつもりでやるのって面白いんだなと、芝居に興味を持ったんです。だからと言って、俳優になる気なんてありませんでした。  
 学校の制度が6・3・3制という新制度に変わる時代で、私が通っていたのは5年制の女学園で、私は3年生でした。この学校は新制度の導入により中学までしかないので、女学園の卒業証明書があれば高校へ入学できるということでした。そんなときに、池田先生が俳優座の試験を受けたらどうですかと勧めてくださいました。高校へ行くより演劇を目指したほうがいいですよ、と私の知らないところで母の説得に家を訪ねていらしたらしいんです。私にしてみれば寝耳に水で、女優なんてとんでもない、きれいで、何でもできてという人でなければ女優なんて務まらないと思っていましたので、私になれるわけがないと思っていました。それでも、俳優座はとてもアカデミックなところだから、研究生候補として受けてごらんなさい、女学園の先輩の中村たつさんも受験して研究生になっていますよ、と熱心に説得を続けてくださいました。
 中村たつさんはすごい優等生で憧れの先輩でした。中村さんは優秀だからお入りになったのでしょうが、世間も何も知らない、電車だって一人で乗ったことがないのに、無理ですなんて言っていたんですが、池田先生は根気よく勧めてくださって。で、受験に数学の試験がないということもわかって受けることになりました。15歳の子供なんか俳優座にはいらないと言われ、絶対受からないと思っていたのですが、研究生候補として入って、ここでも中村さんの後輩になることができました」

 20人くらいの候補生がいたが、養成所ができたときには半数くらいになっていたという。中村たつ、森塚敏らと一緒に岩崎加根子は、養成所一期生となる。一年半、研究生候補として勉強してきたからと2年生として編入した。研究生候補時代に、体操、バレエ、音楽、パントマイム、朗読、それに座内発表で芝居を作るということは勉強させてもらっていた。

 養成所は三年制で、まずは英語やフランス語などの語学、映画鑑賞、演劇鑑賞といった座学を学ぶ。研究生候補時代には座学がなかったので、座学は新入生と一緒に勉強した。木下順二、小林秀雄らが講師陣にいた。

劇団員になる前に俳優座公演『桜の園』でアーニャを演じる

 岩崎加根子は、52年に養成所卒業と同時に、俳優座に入団する。養成所時代の51年、俳優座公演として東山千栄子のラネーフスカヤ夫人でチェーホフの『桜の園』が上演された。その演出を手がけた千田是也は「ラネーフスカヤの娘アーニャの役は、若ければ若いほどいい、とチェーホフが言っているから」と言い、「加根子が一番若いんだからおやりなさい」と、なんとまだ俳優座の正式団員になる前の岩崎を舞台に立たせた。推測に過ぎないが、若いという理由だけではない、岩崎加根子の中の俳優としての何かしらの資質を、千田はすでに見抜いていたのかもしれない。

「それまでは、『桜の園』は青山杉作先生の演出だったのですが、新しい演出でやりたいと千田先生がおっしゃっていました。養成所というのは、勉強を重ねて、近代演劇、俳優術というのはどういうものなのかということをしっかりと身につけ理解し、卒業したらすぐにでも俳優座以外でもどこの舞台でも通用する俳優を育てるアカデミーとして設立されました。千田先生は〝衛星劇団〟というものを作りたいのだとおっしゃっていました。他の劇団に所属していても、俳優座で足りない俳優は他所の劇団からでも出演してもらえるような、劇団俳優座の周りにいて、いつでも俳優座の舞台に立てる、ひいては日本の演劇を支えられるような俳優を育てることを考えていらしたようです。あの役はあの俳優にやらせたいというときに、必要とあれば俳優座の芝居に他所の劇団からでも出演してもらう。劇団俳優座の俳優を育てるのではなく、それ以上に日本の近代演劇という大きな視野で、俳優を育成するということで養成所は設立されたのだと思います」

 かつての千田是也は、養成所での勉強中は、他所の芝居に出たりしてはいけないと言っていたという。「僕は前にそう言ったけれども、チェーホフは若い子がやる役だと言っているのだから、加根子がおやり」と、まだ養成所の生徒だったが、岩崎は三越劇場の舞台に立つことになった。岩崎加根子は養成所が設立される前の研究生候補のときに初舞台を踏み、養成所時代に劇団俳優座公演『桜の園』の舞台に立った。

 その舞台を観た映画五社の映画監督たちから、養成所の生徒である、まだ俳優という肩書のない岩崎にいろんな役をオファーされるようになり、多くの映画にも出演するようになった。そのころ、「芝居というのは劇場がなければできないんだから劇団で劇場を持ちたい」という千田是也の夢に賛同し劇場を建てる資金作りのため、東野英治郎、小沢栄太郎、東山千栄子はじめ全員が映画、テレビドラマに出演し、後に映画史に刻まれることになる名作と呼ばれる日本映画を支えてきた。岩崎加根子は、東映、東宝、新東宝、大映、松竹、日活とすべての映画会社に出演している。

『桜の園』で、ラネーフスカヤとアーニャの両方を演じた世界でただ一人の俳優

 1954年4月20日、ついに俳優座劇場が完成して、こけら落としでは、アリストパネスの『女の平和』、こどもの劇場『森は生きている』が上演された。

「こけら落としで『女の平和』を上演しているころだったでしょうか、先輩の女優さんたちから青年座という劇団を作るから一緒に来ないかと誘われたこともありました。日本の創作劇をもっと新しい人たちに書いてもらって上演していきたいという思いで、その後、東恵美子さん、初井言榮さん、山岡久乃さん、森塚敏さんたちは青年座を立ち上げられました。そのときも、私は俳優座で勉強したいということで、俳優座を出ることは考えませんでした。まだまだ俳優座で教わることがたくさんあるという思いだったんですね」

 千田是也の近代俳優術は、その後の岩崎加根子の女優としての基本になっているもので、今でも、演じるときには千田の言葉を思い出すという。そして、在団72年を迎えても、舞台に向かう姿勢は、入団時代から変わらない。

「51年にアーニャを演じることになったときも、どんな気持というより、その役を演じることに一生懸命でした。その後も、演技することに魅力を感じるいうより、毎回、与えられた役と向き合い演じる難しさに直面し、それを乗り越えるのが常に大変だったという歴史です」

 だが、芝居の難しさに直面しても、辛いから芝居をやめようと思ったことはなかったときっぱりと言う。

「この場所にいるものだと自分自身で思い込んでいたんでしょうね。俳優座はわが家みたいなもので」

 アーニャを演じた岩崎は、その20年後の81年の東山千栄子追悼公演『桜の園』では、東山の当たり役であるラネーフスカヤを演じることになる。そのときも、ラネーフスカヤを演じることの感慨というものはなく、とにかくやるしかないということで精一杯だった。

「千田先生は、チェーホフは喜劇で、喜劇というものはどういうものなのかということを考えてやりたいとおっしゃっていました。そして、ラネーフスカヤは落ちていく女だと。滑り落ちていく女だというので、公演のポスター・チラシも私が滑り台から落ちる画像になっています。たとえば気取った女がつまづいて、あたふたとする。当の本人にとっては悲劇でも、それを傍から見ている人にとっては、滑稽に映る、喜劇になる。チェーホフはそういうことを言いたくてこの芝居を書いたのではないかと」

 千田からは、東山千栄子のラネーフスカヤではない、東山千栄子がやらなかったこと、やれなかったことをやれということで、自分で想像しながらやってごらん、と言われた岩崎。

「あの時代に自由奔放に生きてきた女が何もかもなくしてしまったときでも、それでもケロッとパリに帰っていっちゃうんだよ、そういう女なんだよと。だから、売却を迫られ私の大好きな桜の園よさよならって泣くんだけど、桜の園が売れたときにも、あの小作人の小僧が買ったというときでも、嘆いてはいるんだけど、今泣いたカラスがもう笑った、っていうふうに泣くだけ泣いて、ケロッとしてパリに戻っていくそんな女なんだよと。そして、アーニャを演じた女優がラネーフスカヤをやるなんて、古今東西ないらしいよ、とも言われました」

 自分の演技を外側から客観的に見なくてはいけないと思うと言いながらも、自分を見せるのではなく、その役を演じるというのが大切だと思うと言う。

「私という女がこの女の役をやる、その女になったつもりでやってきました。千田先生はよく、〝つもり〟でやりなさい、その人間になったつもりでおやりなさいとおっしゃっていましたが、その言葉は、私が演技する上で、すごく当てはまっていたように思います。だから、演出家によって、どう演じるかもずいぶん違ってくるのでしょうね」と、安部公房演出による舞台のことを語ってくれた。

「一時、安部公房さんにもいろんな作品を書いていただき、人間とも猿とも違うウエーという生物をめぐる話の『どれい狩り』という作品は、55年、67年に千田先生の演出で上演されています。あるとき、安部公房さんが、僕の戯曲をずっと千田さんの演出でやっていると、〝千田流〟になってしまうと。本をわたしたら、それは演出家のものだから、作家の立場からは何も言えない。僕は安部公房としての芝居がやりたいと俳優座に書くことをおやめになって、ご自身で演出もなさる安部公房スタジオを発足なさった。新劇合同公演で、安部さんの3作品をオムニバス上演したときに芥川比呂志さん、鈴木瑞穂さん井川比佐志さんたちが出演なさって、私も悦ちゃん(市原悦子)と一緒に『鞄』という作品に出演しました。そのときに、安部さんの演出を受け、演出家が違うと演じ方も違ってくるし、作品自体もこうも違ってくるのかと思えるほど別のものになるということを体験させていただきました。鞄には何が入っているのかということで、想像力を駆使しなければいけない難解な芝居でした。身体が痛くなるような経験をしたのは初めてでした」

 そして、再び千田演出の『桜の園』について。

「同じ『桜の園』でも青山杉作先生と千田先生とではやり方、演出も違っていまして、いきなり「真似するな」と千田先生から言われました。真似しているつもりはなかったのですが、アーニャでご一緒させていただいたときの東山先生の演技、独特のセリフ回しが私の中に自然と染みついていたのでしょうね。千田先生は言葉遣いがどうだこうだとかいちいち細かいことはおっしゃいませんが、自分の中から出てくるものの大切さということをおっしゃっていたのだと思います。桜の園が売れたと聞いてラネーフスカヤが泣くということを考えないで加根子のラネーフスカヤだったら、ということを考えてみてごらんと指導してくださいました。私の中から生まれるラネーフスカヤを引き出してくださろうということなんですね」

 それこそが、千田是也がいうところの近代演劇における俳優にとってのリアリズムなのかもしれない。

在団72年を迎え、さらに意欲的に舞台に向かう

 岩崎加根子は俳優座公演以外にも、多くの外部公演にも出演している。松本幸四郎(現・白鸚)、松たか子、松本紀保、串田和美らと共演し、岩松了作・演出で岩松も出演した『夏ホテル』、こまつ座公演の井上ひさし作『頭痛肩こり樋口一葉』、浅丘ルリ子、原田美枝子、仲村トオルらと共演した『羅生門~女たちのまぼろし~』、大地真央主演のミュージカル『プリンセスモリー』、松本幸四郎(現・白鸚)主演の山崎正和作『世阿弥』など外部出演も多彩だ。そして98年のひょうご舞台芸術公演『エヴァ、帰りのない旅』では、紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞している。大賞、最優秀作品賞、最優秀演出家賞(栗山民也)など、多くの部門で最優秀に輝いた作品だった。

「俳優座の舞台とは違う俳優の方たちとの共演ということで、相手役が違うというのはずいぶんと惑わされることがありますね。難しいのですが、難しいことが面白いのよね。考えなければいけないことがたくさんあって、あんな返され方をしたら、どういう具合に受け止めればいいのかなんて、俳優座の舞台では体験できない難しさという面白さでしょうか」

 難しいことが面白いという感覚を持てる岩崎加根子は、やはり頭のてっぺんから爪先まで俳優なのだ。
 そして、80周年のアニバーサリー・イヤーである2024年、岩崎加根子には2本の舞台が予定されている。7月の『戦争とは…』、11月の『慟哭のリア』である。『慟哭のリア』の上演時には、92歳になっている。
『戦争とは…』は、30年近く俳優座で毎年上演されている作品で、俳優たちが面白いと感じたり、興味をもった作品をもちより、公演作品が決まる。岩崎加根子は、初回から出演している。

「ずっと朗読として続けてきましたが、昨年から芝居になったんですよ。出し物も、さまざまな視点から戦争を見つめる作品で、昨年は『ボタン穴から見た戦争』という、ノーベル文学賞受賞作家のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの作品で、大人とはまた違った位置から戦争を見つめていた子供たちの眼に気づいた作者が、第二次世界大戦時に、子供たちだった200人以上の白系ロシアの人たちに取材した証言集です。朗読よりも、芝居にした方がいいのではないかと思いました。それまで、有志たちが自分が発表したいというものを持ち寄ってやっていました。言葉のかけあいみたいなことはありましたが、芝居としてやったのは、昨年が初めてでした」

 岩崎も子供時代に戦火を体験している。本箱の本が全部焼けてしまい、泣きじゃくったという惨い体験をした。そんな目に合っていて、今更そんな嫌な話をしたくないと思っていた。きっかけは、日本に戻ることを許されなかった中国残留婦人という13歳以上の女たちの事実を描いた92年の『とりあえずの死』の群馬県・前橋での旅公演先で、明日が旅公演最後という前日の朝、俳優座創設者の一人である村瀬幸子が亡くなったことによる。村瀬は最後まで、この舞台に立ちたかったに違いない、そんな思いが強く感じられたと岩崎は当時を振り返る。そして、村瀬の代役を務めた中村美代子が、俳優座として何か戦争に関わる本を読む会を有志が集まってやろうと言い出し、95年からリーディング・シリーズ『戦争とは…』を続けてきて、2023年に初めて本格的に舞台化と相成った。戦争反対を声高に叫ぶのではない。伝わらない事実を、多くの人に伝えることができたら、という試みである。本年は『被爆樹巡礼』『犬やねこが消えた』という、もっとも弱いものたちが見つめた戦争の事実を伝える作品を上演する。

 92歳を迎えての舞台『慟哭のリア』は、〝明治末期の炭鉱を舞台に日本の闇を炙り出す誰も見たことのない「リア王」〟と謳う作品である。東憲司の翻案と演出が楽しみだ、と岩崎の気持はすでに舞台に向かっている。東憲司は、劇団桟敷童子の代表で、劇作・演出・美術を手がけ、2012年には『泳ぐ機関車』ほかで、紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞し、『泳ぐ機関車』は鶴屋南北戯曲賞も受賞している。社会の底辺を生きる人々を描いた骨太で猥雑な群像劇に定評があり、自らが生まれ育った炭鉱町や、山間の集落に生きる人々をモチーフにしたパワー溢れる舞台が演劇界でも異彩を放ち、偉才と注目されている。この2月から3月には、火野葦平の『花と龍』の脚本を手がけ、鵜山仁の演出により、劇団文化座公演として俳優座劇場で上演されたばかりだ。『慟哭のリア』は、まさに〝伝統と革新の共生〟の具現化された舞台になるに違いない。作品について語るとき、岩崎の声は勢い艶をおび、瞳も輝きを増しているように見える。

 岩崎は芝居とは別に「台本を読もう会」という企画も実施している。不定期ではあるが、俳優座の有志があつまって、開催している。次回は「チェーホフの短編集より」として3月30日の開催が決まっている。その後8月にも開催が予定されている。

 7 0年以上の芸歴を誇り、さまざまな舞台に立ってきた俳優・岩崎加根子に代表作はと問うのは愚問かもしれない。ただ、岸田國士戯曲賞や、紀伊國屋演劇賞個人賞に輝いた劇作家であり演出家である岡部耕大が岩崎加根子に書き下ろした四季四部作は、岩崎にとっても思い出深い作品だと言う。82年の『肥前松浦女人塚』、84年の『華やかな鬼女たちの宴』、86年の『聖母(マドンナ)の戦き(おののき)ありや神無月』、90年の『ふゆ-生きて足れり-』である。いずれも、女がどういう生き方をしてきたかを描いた作品である。

 岩崎加根子を舞台に向かわせる原動力とはいかなるものであろうか。

「役をつけてくださるのだったら続けられるかぎりはやらなくちゃ、という思いでしょうか。やれるかどうかはわからないですけどね」とお茶目に笑う。

 劇団にはそれぞれ個性があるが、俳優座での自身の歴史を振り返ってみて、俳優座受験を勧めてくれた池田義一氏が言ったように、俳優座はやはりアカデミックな劇団だと思うと。 「いろんな勉強をさせていただきました。そして今も勉強中です。70年以上にわたり、この芝居は何を言いたい芝居なのか、この人間は何を考えているのか、芝居で役をもらったときに、その人物の人生に頭をめぐらし、本を読んだりもして、その役に近づいていった、そんな俳優人生です」と。

 実は、岩崎加根子さんは、河内桃子さん、渡辺美佐子さんとともに〝新劇三大美人〟と言われていたと、当時を知る人からきいたことがあった。それをお伝えすると、「そんなこと言われたことなんてありません」とびっくりした表情で「確かに桃子(河内さん)が入団するとき、今度俳優座に美人が入ってくるぞ。俳優座には美人がいないからねえ、なんて言われたことは思い出しますが」とテレた様子。

 ウイットに富んだジョークや駄洒落で、周りをなごませるとても軽やかな雰囲気をまとった素顔の岩崎加根子さん。91歳の俳優からは、透明感のある十代の少女のようなピュアな精神が伝わってきた。100歳の岩崎加根子の舞台を観たくなった。

「俳優座」の名前に込められた、


近代俳優術の確立という志


文=杉山 弘


企画協力・写真&画像提供:劇団俳優座

 劇団俳優座は2024年2月に創立80周年を迎える。戦争と思想弾圧で傷ついた演劇の復興に大きな役割を果たし、数多くの俳優や劇作家、演出家を輩出した歴史ある老舗劇団の一つであり、重厚な社会派作品をはじめ、生活感あふれる軽妙な喜劇から前衛的な実験作まで、現代劇上演の先頭に立って演劇界を牽引するリーダー的な存在として戦後演劇史に輝かしい成果を残してきた。

▲俳優座演劇研究所付属俳優養成所の6期生の川口敦子は、「千田是也先生が俳優座養成所を作られた目的として、その当時新しいとされた近代演劇のリアリズムの芝居ができる教養豊かで、身体的訓練も出来上がった近代俳優を育てあげようというお考えをお持ちだったと思うんです」と言っている。また、4期生として入所した仲代達矢によると、養成所は三年制で、男女合わせて1クラス50名だったという。最初の1年間は、英語やフランス語、音楽鑑賞、演劇鑑賞といった時間に充てられ、演技を教えてもらったのは、2年目の後半からだったとも。その仲代は、75年に俳優を育成する無名塾を妻の宮崎恭子氏と主宰し、役所広司、益岡徹、若村麻由美、真木よう子、滝藤賢一らを輩出している。千田是也の意思は受け継がれている。写真は稽古場での千田是也。後方は、10期生の長谷川哲夫で、同期には中野誠也、西沢利明、砂塚秀夫らがいる。

◆受け継いだ築地小劇場のDNA◆

 日本演劇史の視点から見ると、江戸時代に大衆芸術として発展したものの、明治期になっても芝居と言えば「歌舞伎」を指していた。文明開化と共に西欧から流入した近代演劇の影響を受けた「新劇」が大きな花を咲かせるのは、1924(大正13)年に誕生した築地小劇場以降になる。築地小劇場では小山内薫や土方与志を中心に、戯曲を尊重し、調和を重視したアンサンブルの芝居の上演に主眼を置き、29年の解散までの6年間で84回計117本に及ぶ国内外の現代劇を上演している。この築地小劇場のDNAを色濃く受け継いだのが、戦時中に結成された俳優座だ。10人の創立メンバーのうち、青山杉作は築地小劇場で22本を演出し、研究生一期生だった千田是也は第1回公演『海戦』(24)から舞台に立ち、二期生の東山千栄子、岸輝子、村瀬幸子もメンバーに名を連ねている。千田は「俳優にとって納得のいく仕方で芝居を上演する機会を持ちたい」と近代俳優術の確立の必要性を説き、リアリズム演劇を基礎から作り直そうと志した。その思いがそのまま劇団名となり、劇団の方向性ともなった。

▲チェーホフ『桜の園』のラネーフスカヤ夫人と言えば、東山千栄子の当たり役として知られており、1963年の俳優座公演まで約310回も演じている。写真は右から東山、小沢(後に小澤)栄太郎、浜田寅彦、杉山徳子(後にとく子)。51年の公演で、ラネーフスカヤの娘アーニャを演じたのが岩崎加根子だった。そして、81年の東山千栄子追悼公演『桜の園』(千田是也演出)では、岩崎が東山から受け継ぎラネーフスカヤを演じた。アーニャとラネーフスカヤの両方を演じたのは、少なくとも日本では岩崎ただ一人ではないだろうか。さらに、96年の千田是也追悼公演(増見利清演出)、2015年の劇団俳優座70周年記念公演(川口啓史演出)でも、岩崎がラネーフスカヤを演じている。

 本格的な公演活動は終戦直後の1946年3月で、第1回公演ゴーゴリ『検察官』では青山が演出し、小沢栄太郎と東山が市長夫妻を演じている。眞船豊『中橋公館』(46)や『孤雁』(49)に東野英治郎が主演し、久保栄『火山灰地(第一部)』(48)、モリエール『女房学校』(50)、ストリンドベリ『令嬢ジュリー』『白鳥姫』(同)、チェーホフ『桜の園』(51)、シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』(52)などの創作劇、翻訳劇に、創立メンバーを中心に、信欣三、永井智雄、浜田寅彦、木村功、松本克平、中村美代子、大塚道子、東恵美子、初井言栄、岩崎加根子、関弘子らが舞台に立った。本公演のほか、地方公演、創作劇研究会、こども劇場を企画し、51年には15公演444回で観客数34万8557人の記録も残っている。

▲高校3年のとき、俳優座公演モリエールの『女房学校』の千田是也を観て感激し、新劇を志した仲代達矢は、約30倍の難関を突破して52年に4期生として養成所に入所し、55年にイプセン『幽霊』のオスワル役で、新劇新人賞を受賞している。起き抜けのような視点の定まらぬ瞳、抑揚のない低音、ヌーボー然とした風采から、仲間たちからは〝モヤ〟と呼ばれていた。57年には養成所2期生の先輩女優・宮崎恭子氏(隆巴の名で脚本家、演出家としても活躍する)と結婚し、後に夫婦で無名塾を主宰することになる。黒澤明、豊田四郎、小林正樹、市川崑らを始めとする映画界の巨匠・名匠と言われる監督たちの数多くの作品に出演し、さまざまな賞に輝いているが、俳優座のさまざまな作品に出演し、舞台俳優としても確かな印象を残している。64年の『ハムレット』『東海道四谷怪談』、70年の『オセロ』、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞している74年の『リチャード三世』『友達』、毎日芸術賞と、芸術選奨文部大臣賞を受賞した『どん底』と『令嬢ジュリー』のジャン役、77年の『ジュリアス・シーザー』などなど、まさしく俳優座の顔と言える俳優である。典型的な二枚目俳優だが、温厚で誠実な役柄から、虚無感を漂わせる役、哀愁を帯びた役、冷徹で無慈悲な役柄と、さまざまな味わいを持ち合わせた芸域の広さが魅力である。俳優座退団後の舞台でも、文化庁芸術祭賞優秀賞受賞のイプセンの『ソルネス』、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した93年の『リチャード三世』、民藝の奈良岡朋子と共演し文化庁芸術祭賞大賞と読売演劇大賞選考委員特別賞受賞の『ドライビング・ミス・デイジー』、92年には日本シェイクスピア賞男優賞、芸術文化勲章シュヴァリエに輝き、2015年には文化勲章を受章。74年の劇団俳優座創立30周年記念公演の『リチャード三世』には、写真の岩崎加根子のほか、村瀬幸子、滝田裕介、近藤洋介、木村俊恵、山本圭、栗原小巻も出演している。

◆劇団、俳優養成所、劇場の三本柱◆

 これらの公演活動に加え、49年には演劇研究所付属俳優養成所を開設して若手演劇人の育成にも本格的に着手し、16期生が最後となった67年の閉鎖までに約600人を演劇界に送り出した。さらに、演劇研究所の建設のために確保していた六本木の土地を使って、活動の拠点となる劇場建設にも積極的に打って出る。50年代は日本映画の黄金期でもあり、プロの演劇人は映画界から引っ張りだこで、東野や小沢、千田をはじめ劇団員はギャラの70%を収めて劇場建設に邁進した。その苦労もあって54年4月に客席数400の俳優座劇場が誕生。現代劇を上演する自前の専用劇場の誕生は、45年の東京大空襲で焼失した築地小劇場以来のことだった。こけら落とし公演はギリシャ悲劇『女の平和』を青山の演出で上演し、100人近い出演者が舞台に立って賑やかな船出を飾った。

▲平幹二朗は、53年に養成所5期生として入所し、56年に俳優座座員となり、同年『貸間探し』で舞台デビュー。養成所の同期には木村俊恵、今井和子、藤田敏八、ジェームス三木らがいる。57年には千田是也主演のモリエール『タルチュフ』にも出演している。その後も田中千禾夫作、千田是也演出の59年『千鳥』、小沢栄太郎演出による64年『東海道四谷怪談』に出演し、スケールの大きさを感じさせる演技で、仲代達矢、加藤剛とともに俳優座の若手ホープと目されるようになる。そして65年には千田是也演出のゲーテの代表作とされる長編戯曲『ファウスト(第一部)』に主演し好評を得た。千田是也もメフィストフェレス役で出演しており、写真のグレートヒエン役の岩崎加根子のほか、市原悦子、河内桃子、川口敦子、近藤洋介、さらに、小沢栄太郎、三島雅夫、永井智雄、滝田裕介、田中邦衛、新克利、加藤剛らも出演。まさに俳優座オールスター共演といった印象である。68年にはフリーになり、数々の映像作品にも出演している。特にテレビドラマではNHK大河ドラマ「樅ノ木は残った」「国盗り物語」「武田信玄」をはじめ7作品に出演するなど、大作ドラマの主演俳優としてのキャリアを重ねた。同時に、浅利慶太演出『アンドロマック』を皮切りに劇団四季の客員として『ハムレット』『狂気と天才』などに主演し、舞台俳優としての高い評価を得ている。76年に蜷川幸雄演出『近代能楽集 卒塔婆小町』に出演して以来、『王女メディア』『近松心中物語』『NINAGAWAマクベス』『タンゴ・冬の終わりに』『テンペスト』『リア王』など、蜷川芝居の常連主演俳優として数多くの作品に主演し、海外公演でも賞賛された。舞台での受賞も多く、84年には『王女メディア』『タンゴ・冬の終わりに』で芸術選奨文部大臣賞、2001年には『グリークス』『テンペスト』で読売演劇大賞最優秀男優賞、05年に『ドレッサー』で紀伊國屋演劇賞個人賞、09年に『リア王』『山の巨人たち』で朝日舞台芸術賞アーティスト賞、読売演劇大賞最優秀男優賞、11年には『サド侯爵夫人』『イリアス』で菊田一夫演劇賞演劇大賞、12年には『エレジー』で文化庁芸術祭賞優秀賞などに輝いている。平幹二朗もまた、千田是也の俳優育成により、見事な花を咲かせた俳優であった。

 劇団、養成所、劇場。創立からわずか10年で三本柱を手にした俳優座の歩みは、戦後の現代劇の歩みそのもので、千田をはじめ、青山、小沢、田中千禾夫らそうそうたる演出家の下、俳優の個性を生かした舞台表現で現代演劇の基礎を固め、新時代の到来に若者が呼応する形で人気俳優も次々と生まれていく。田中千禾夫『千鳥』(59)、鶴屋南北『東海道四谷怪談』(64)、ゲーテ『ファウスト』(65)などの平幹二朗、安部公房『幽霊はここにいる』(58)や『巨人伝説』(60)の田中邦衛、シェイクスピア『十二夜』(59)、トルストイ『アンナ・カレーニナ』(60)の河内桃子、ブレヒト『セチュアンの善人』(60)や『三文オペラ』(62)の市原悦子、小山祐士『黄色い波』(61)、チェーホフ『かもめ』(74)の中野誠也、シェイクスピア『ハムレット』(64)、『オセロ』(70)、『リチャード三世』(74)で仲代達矢が躍動したほか、シェイクスピア『ハムレット』(71)、トルストイ『戦争と平和』(73)の山本圭、田中千禾夫『マリアの首』(73)の佐藤オリエ、シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』(77)、イプセン『野鴨』(78)の加藤剛、チェーホフ『三人姉妹』(68)、ブレヒト『コーカサスの白墨の輪』(80)の栗原小巻、シラー『メアリ・スチュアート』(83)の川口敦子、と枚挙にいとまがない。

▲チェーホフの戯曲『三人姉妹』は、田舎町に赴任した軍人一家の三姉妹を主人公に、ロシア革命を目前とした帝政ロシア末期の知識階級の閉塞感を描いた物語で、主役の三姉妹のキャスティングはいつも話題だ。1968年の上演では主役の三姉妹を演じたのは長女オーリガに河内桃子(写真右)、次女マーシャに岩崎加根子(左)、三女イリーナには、前年のNHK大河ドラマ「三姉妹」で人気急上昇の栗原小巻(中)という配役だった。そのほかにも、平幹二朗、三島雅夫、浜田寅彦、中谷一郎、井川比佐志、そして野村昭子、古谷一行も出演している。河内桃子は、東宝の専属女優として1954年の『ゴジラ』などに出ていたが、演技を勉強し直すために58年に東宝を退社し、俳優座養成所8期生として入所した。同期には山﨑努、水野久美、嵐圭史、小笠原良知、松本典子らがいる。59年に正式に俳優座に入団した。入団の年に出演した『十二夜』では、オリヴィア役を演じ、令嬢らしい品の良さと無邪気さを凛とした姿で演じ、すでに大輪の女優との評判も立った。その後も、62年、63年の『三文オペラ』、66年の『アンナ・カレーニナ』、デズデモーナを演じた仲代達矢主演の『オセロ』、79年に加藤剛が主役を演じた俳優座35周年記念公演『マクベス』、大塚道子、中野誠也、永井智雄らと共演した80年の秋元松代『山ほととぎす ほしいまま』、ポーシャを演じた82年の『ヴェニスの商人』など、清純な役から、汚れ役、精神を病む役、愛のため心を狂わせる役といった幅広い芸域で、翻訳劇から、創作劇まで多彩な舞台に立った。80年にはイギリスを代表する劇作家ハロルド・ピンターの『背信』で、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞している。96年に中野誠也、同期生の小笠原良知と共演した『ゆの暖簾』が最後の舞台になった。新劇の世界から銀幕の世界へと戻るのではないかとも思われたが、舞台の虜になり、最後まで俳優座を離れることはなかった。

◆80周年「伝統と革新の共生」を理念に◆

 その一方で、巨大になった劇団ならではの悩みも多く、俳優座劇場や地方での公演には限りがあり、なかなか活躍の場を得られない若い演劇人たちは俳優座を飛び出し、新しい劇団を旗揚げしていく。青年座をはじめ、仲間、新人会(現:朋友)、三期会(同:東京演劇アンサンブル)などが誕生したほか、佐藤信や斉藤憐、串田和美、吉田日出子らの養成所出身者で結成された自由劇場は「アングラ演劇」と呼ばれる新しい演劇運動を起こしていく。その中で94年の「座・新劇」公演が忘れられない。木下順二『風浪』、秋元松代『村岡伊平治伝』、宮本研『美しきものの伝説』と、新劇の財産的演目3本を5劇団が合同して上演した。骨太のドラマ、簡潔で無駄のない美しいせりふ、エネルギッシュな俳優の演技は、「これぞ、新劇」の力量を示す濃い内容で、当時のトップランナーだった蜷川幸雄や野田秀樹が演出した舞台に勝るとも劣らない演劇の魅力を解き放った。

 この94年には半世紀にわたって代表を務めた巨星・千田是也が他界する。若手演出家の伸び悩みや演劇の多様化で劇団は曲り角にたたされたが、本公演と並行して稽古場を使った「ラボ公演」で実験的な芝居を試み、演技研究生の募集を再開して活動を再活性化させた。今世紀に入り、演出の眞鍋卓嗣がトルストイの『ある馬の物語』(2011)や劇作家・横山拓也とコンビを組んだ『首のないカマキリ』(18)、『雉はじめて鳴く』(20)、『猫、獅子になる』(22)などで高い舞台成果を残したほか、俳優の森一が「修復的司法」を題材にしたオーストラリア演劇の『面と向かって』(21)、『対話』(23)を演出して新生面を切り開くなど、意欲的な創作劇、翻訳劇の上演で活気を取り戻し、2022年には第56回紀伊國屋演劇賞の団体賞受賞へと結びつけた。

 創立80周年の記念公演は「伝統と革新の共生」を基本理念に15公演19作品(23年4月~26年3月)がラインアップされている。イプセン『野鴨』、ブレヒト『セチュアンの善人』などの近代劇から、瀬戸山美咲、桑原裕子、長田育恵の新作まで、多彩なラインアップとなっている。中でも24年2月に上演する『スターリン』は、落合真奈美、村雲龍一、中村圭吾の若手演出家3人が競作する刺激的な企画だ。俳優座100周年に向けての大いなる助走が始まろうとしている。

すぎやま ひろむ
1957年、静岡市生まれ。81年に読売新聞社入社。芸能部記者、文化部デスクとして30年間にわたり演劇情報や劇評の執筆、読売演劇大賞の運営などを担当。2017年に読売新聞社を退社し演劇ジャーナリストとして「読売新聞」「テアトロ」「join」などで原稿を執筆。公益社団法人・日本劇団協議会常務理事。読売演劇大賞、ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、日本照明家協会賞の選考委員、共著に『芸談』(朋興社)、『唱歌・童謡ものがたり』(岩波書店)など。

劇団俳優座 創立80周年 LINE UP

2024年2月10日に創立80周年を迎えた劇団俳優座。80周年の前後3年間(2023年4月~2026年3月)を創立記念事業として、〝~伝統と革新の共生~〟を基本理念に15公演19作品の新作の上演が始まっている。これまでの作品の再演で全国巡演も実施されている。今後の上演予定スケジュールをご紹介しよう

2024~先人たちとつながり今を考える~
『野がも』
新劇の始まりともいえるイプセンの作品を、現代を照射する視点で描く

作:ヘンリック・イプセン
翻訳:毛利三彌
演出:眞鍋卓嗣
出演:加藤佳男、塩山誠司、清水直子、安藤みどり、志村史人、斉藤淳、八柳豪、野々山貴之、釜木美緒 他
公演劇場:俳優座スタジオ(5F)
公演期間: 2024年6月7日(金)~21日(金)

特別公演 戦争とは…Vol.30『被爆樹巡礼』『犬やねこが消えた』
もっとも弱いものたちが見つめた戦争の真実

作・写真:杉原梨江子(『被爆樹巡礼』)
作:井上こみち(『犬やねこが消えた』)
絵:ミヤハラヨウコ(『犬やねこが消えた』)
脚本:原田一樹(劇団キンダースペース)
演出:菅田華絵
出演:岩崎加根子、中村たつ、阿部百合子、遠藤剛、青山眉子、松本潤子、天野眞由美、平田朝音、安藤みどり、藤田一真、小泉将臣、増田あかね、椎名慧都、髙宮千尋
公演劇場:俳優座スタジオ(5F)
公演期間: 2024年7月15日(月・祝)~21日(日)

『セチュアンの善人』
劇団俳優座80周年・俳優座劇場70周年・桐朋学園芸術短期大学60周年、伝統と革新の共生

作:ベルトルト・ブレヒト
脚色・演出:田中壮太郎
翻訳:市川明(大阪大学)
ドラマトゥルク:新野守広(立教大学)
出演:荘司肇、遠藤剛、青山眉子、中寛三、伊東達広、松本潤子、加藤佳男、山本順子、坪井木の実、八柳豪、加藤頼、小林亜美、小泉将臣、森山智寛、椎名慧都 他 桐朋学園芸術短期大学の学生たち
共同制作:桐朋学園芸術短期大学
共催:俳優座劇場
公演劇場:俳優座劇場
公演期間: 2024年9月20日(金)~28日(土)

『慟哭のリア』
明治末期の炭鉱を舞台に日本の闇を炙り出す誰も見たことのない「リア王」
脚本:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
翻案・演出:東憲司(劇団桟敷童子)
出演:岩崎加根子、阿部百合子、可知靖之、片山万由美、川口啓史、森一、渡辺聡、瑞木和加子、斉藤淳、荒木真有美、小田伸泰、野々山貴之、田中孝宗、山田定世、増田あかね、関山杏理、丸本琢郎 他
共催:俳優座劇場
公演劇場:俳優座劇場
公演期間: 2024年11月1日(金)~9日(土)

LABO公演Vol.41『教育』

40年振りの財産演目上演、新進演出家が挑む教育の暴力性
作:田中千禾夫
演出:中村圭吾
出演:加藤佳男、瑞木和加子、野々山貴之、椎名慧都、稀乃 他
公演劇場:俳優座スタジオ(5F)
公演期間: 2025年2月7日(金)~15日(土)

2025~未来へつなげる 人間の可能性を考える~
『瀬戸山美咲書き下ろし作品』
瀬戸山美咲×劇団俳優座 初コラボ、出生前診断を取り上げる
作・演出:瀬戸山美咲(ミナモザ)
公演期間: 2025年6月

特別公演 戦争とは…Vol.31『ボーイ・オーバーボード~少年が海に落ちたぞ!~』
本邦初演のオーストラリア演劇。ただひたすら「サッカーがしたい」幼い兄妹の小さな願いは叶うのか
作:モリス・グライツマン
脚色:パトリシア・コーネリアス
翻訳・ドラマトゥルク:佐和田敬司(早稲田大学)
構成・演出:菅田華絵
出演:岩崎加根子、遠藤剛、青山眉子、松本潤子、天野眞由美、藤田一真、小泉将臣、増田あかね、椎名慧都、髙宮千尋 他
公演期間: 2025年8月

『イバラのしげみ-a thorn bush-(仮)』
桑原裕子×劇団俳優座 初コラボ、DVシェルターを舞台に人間の葛藤を描く新作書き下ろし
作・演出:桑原裕子(劇団KAKUTA)
公演期間: 2025年9月

『ふたりの公理(仮)』

160年解けない数学界の難問「リーマン予想」 その解明から未知と向き合う新作書き下ろし舞台。長田育恵×眞鍋卓嗣珠玉のタッグ
作:長田育恵(てがみ座)
演出:眞鍋卓嗣
公演期間: 2025年11月

LABO公演Vol.42
生命の尊厳をテーマに次代を担う演出家2人が描く2作品
『100歳の少年と12通の手紙』
脚本:エマニュエル・シュミット
翻訳:阪田由美子
演出:落合真奈美
出演:山本順子、八柳豪、荒木真有美、田村理子 他

『ベイビーティース』
脚本:リタ・カルニュイ
翻訳・ドラマトゥルク:佐和田敬司(早稲田大学)
演出:菅田華絵
出演:島英臣、𦚰田康弘、小澤英恵、藤田一真、髙宮千尋 他
公演期間: 2026年2月

〔問〕劇団俳優座 03-3470-2888(10:30~18:30土日祝除く)
※情報は一部変更となる可能性があります。

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