岡山県「湯郷温泉」の”おもちゃの街”としての取組。サブカルコンテンツツーリズムに着目するなど新たな動きも
古い歴史がある美作三湯の一つ・湯郷温泉
岡山県北東部に位置する美作市。中心市街地の南に位置し、吉野川に面した湯郷(ゆのごう)地区には、古くからの温泉街「湯郷温泉」がある。岡山県北部の美作国にある3ヶ所の温泉を総称した「美作三湯」の一つであり、岡山県を代表する温泉地だ。
湯郷温泉の泉質は、窒素ガスを含んだ微弱アルカリ性ナトリウム・カルシウム塩化物泉で、湧出温度は40〜43度。1分間に約450Lの湧出量を誇る。
湯郷温泉の歴史は非常に古く、平安時代前期までさかのぼる。僧侶の円仁(えんにん)が、白鷺が足を湯に浸して傷を癒やしている姿を見て、温泉を発見したという。そのため湯郷温泉は「鷺の湯」とも呼ばれている。
さらに古代において湯郷周辺は、勝田郡塩湯郷(しおゆごう)と呼ばれており、湯郷の地名はこれに由来するといわれる。塩湯は温泉を意味しており、平安以前の古い時代にも温泉があったとされる。そのため、湯郷における温泉の歴史は非常に古いと考えられよう。
また近年は、美作市を拠点に活動する「なでしこリーグ」加盟の女子プロサッカーチーム「岡山湯郷Belle(ベル)」のホームタウンとしても知られるようになっている。
長い歴史を持つ湯郷温泉では、2010年代初頭から「おもちゃの街」としてまちおこしの活動が行われている。また湯郷温泉には、おもちゃに関連する施設が複数所在する。歴史ある温泉街で、なぜおもちゃなのか。どのような取組を行っているのか。
湯郷にあるおもちゃ関連施設の一つであり、もっとも早く開館した施設である「湯郷温泉 てつどう模型館&レトロおもちゃ館」の前館長、永谷 義人(ながや よしと)さんに話を聞いた。
バブルが去り家族客が中心になったことで生まれた「おもちゃによるまちおこし」
湯郷温泉がおもちゃの街として動き始めたのは、2000年代半ばごろ。湯郷温泉は、かつて企業などの団体がおもな顧客だった。高度経済成長期やバブル期には、特に大きなにぎわいを見せたという。しかしバブルが崩壊し、団体客が次第に減少。2000年代以降は、家族客が主要な顧客層に移り変わる。
家族客が顧客の中心に変化したことで、2000年代半ばごろから地元の温泉・観光関係者の中から、家族連れの方が喜ぶような何かができないかという声が出てきたという。このときに生まれたアイデアが、湯郷温泉にある旅館におもちゃを展示し、そこを巡るスタンプラリーイベントだった。
永谷さんは「おもちゃのスタンプラリーイベントが生まれたきっかけは、画家の竹中信清(たけなか のぶきよ)さんでした。竹中さんは神戸市在住でしたが、湯郷にたびたび訪れて絵画の指導をしていた、湯郷になじみのある方。竹中さんは画家と同時に、おもちゃコレクターでもあったのです。竹中さんと地元とのつながりから、おもちゃのスタンプラリーイベントの発想が生まれ、竹中さんも賛同。快くおもちゃの貸出に協力してくださりました」と話す。
こうして2007年に、湯郷温泉でおもちゃのスタンプラリーイベントが開催され、湯郷温泉の温泉旅館関係者や観光関係者が協力した。想定を上回る来客があり、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
手応えを感じた地元有志は、さらなる企画を考える。それが、湯郷温泉 てつどう模型館&レトロおもちゃ館であった。
「静岡県の修善寺温泉には、館内に鉄道ジオラマを敷き詰めた温泉旅館がありました。その施設からインスピレーションを受けたことが、当館が生まれるきっかけだったそうです。もうひとつのきっかけが、栃木県の壬生町。湯郷温泉を発見した円仁法師の故郷です。そして壬生町は大手玩具メーカーの工場があり、『おもちゃのまち』としてまちおこしをしていました。円仁という共通点がある壬生町の取組を参考にし、湯郷でもおもちゃでまちおこしをしても面白いのではないかという話に。こうして湯郷に鉄道ジオラマ・模型とおもちゃを展示する当館の計画が生まれました」
2000年代以降、湯郷では空き店舗が増えたため、湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館は跡地利用策のひとつでもあったという。同館の建物はかつてパチンコ店で、そのあとにビリヤード場として利用されていた場所を活用している。
こうして設置に向けて動き出した同施設は、湯郷温泉旅館協同組合が出資。ジオラマ制作には、企画関係者と親交のあった京都精華大学の堂野 能伸(どうの よしのぶ)教授が協力することに。マンガ学部や建築学科の学生が制作に全面協力し、半年かけてジオラマづくりに打ちこんだ。
また鉄道模型は、各地の鉄道ファンが寄付に協力したという。こうして2008年12月に「湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館」がオープンする。約20m2の館内に、鉄道ジオラマ・模型のほか、昭和玩具などのおもちゃを合計約300点を展示した。
同施設には全国の鉄道ファンが訪れるほか、子どもたちにも好評だった。温泉ではなく、同施設を目的に湯郷を訪れる子ども連れの客もいたという。
なお、おもちゃのイベントが初開催された2007年には、ほかにも動きがあった。岡山県北部に伝わるおとぎ話「さんぶ太郎」をモチーフにした足湯「湯郷ポケットパーク ふれあいの湯」のオープンだ。さんぶ太郎は県北部の現 奈義町から、京の都まで三歩でたどり着いたという伝説がある巨人。三歩が「さんぶ」の名前の由来だといわれている。そのさんぶ太郎の足跡の形をした、ユニークな足湯である。
2010年前後に相次いでおもちゃに関する施設がオープンしたことで「おもちゃの街」宣言へ
湯郷温泉でのおもちゃによるまちづくりが、本格的にスタートしたのが2010年である。市内北東部の東粟倉地区(旧 東粟倉村)に1995年オープンした「現代玩具博物館・オルゴール夢館」が、2010年3月に湯郷温泉の観光案内所敷地内の空き店舗に移転。同施設はからくり人形やヨーロッパの積み木などの世界のおもちゃ、古く貴重なオルゴールなどを展示する。
同月には美作市制5周年記念事業として、湯郷温泉街に巨大な「湯郷温泉からくり時計」が設置された。「さんぶ太郎」がモチーフになっており、昼間1時間ごとに巨大なさんぶ太郎が現れるものだ。
さらに同年5月に湯郷温泉てつどう模型館&レトロ館は、岡山市在住の水島 昭(みずしま あきら)さん一家の協力も得る。水島さんは企業経営者であると同時に、家族そろっておもちゃを集めるコレクターでもあった。水島さんのおもちゃコレクションの寄贈を受け、これによりミニカーやフィギュアなども展示されるようになり、同館の展示数は約5万点に拡大した。
また同年9月には、おもちゃイベントに協力してきた竹中信清さんが、自身のコレクションを展示する「あの日のおもちゃ箱 昭和館・小松崎茂美術館」をオープンする。
温泉街に「湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館」「現代玩具博物館・オルゴール夢館」「湯郷温泉からくり時計」「あの日のおもちゃ箱 昭和館」といったおもちゃに関連する施設があることから、湯郷温泉旅館協同組合は2011年2月に「おもちゃサミット」の開催に至る。
同サミットには、鳥取県や兵庫県からもおもちゃに関する関係者も参加した。そして同サミット内で湯郷温泉旅館協同組合により、2011年2月に「おもちゃの街宣言」が行われる。湯郷温泉を本格的に「おもちゃの街」としてアピールしていくことになったのだ。
同時におもちゃのイベント「おもちゃフェスティバル」も開催。おもちゃフェスティバルは好評を博し、同年以降も毎年開催されるようになった。おもちゃフェスティバルは3〜4日間開催され、もっとも多いときは約1000人の来場者があったという。
イベント規模を縮小や事業承継により、今後も継続可能な形を模索
「おもちゃの街」宣言でさらなる盛り上がりを見せた湯郷温泉。おもちゃフェスティバルも毎年恒例になった。しかし、その盛り上がりを打ち消す事態となったのが、2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行(コロナ禍)だ。観光業界はコロナ禍で大打撃を受け、湯郷温泉の観光客数は激減する。イベントの開催も自粛される中、おもちゃフェスティバルも自粛せざるを得なくなった。
湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館は湯郷温泉旅館協同組合が運営していたが、観光客の激減を受け、組合による運営負担が大きくなり、存続の危機に陥ったのである。そこで当時同館の館長を務めていた永谷さんは、一大決心をする。
「私個人が、湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館の経営を承継することにしました。今にして思えば、勇気のいる決断だったと思います。しかし、水島昭さんご一家や竹中さんをはじめ、おもちゃのイベント等に尽力してくださった方の思いを無駄にしたくなかったのです。なにより、イベントや湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館に足を運び、喜んでくれる子どもたちのためにも施設を残したいと思いました」
「それに長く湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館で働いていると、幼いころからたびたび訪れていた小さな子どもが、大きくなって進学や就職の報告に来てくれたりするんです。子どもたちのためにも、必要な施設かなと思います」
またおもちゃフェスティバルは、主催を湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館に移行。規模が大きくなって地元への負担が大きくなっていたこともあり、主催を変更し規模を縮小することで、今後も持続可能な形にしたのである。規模を抑える代わりに、開催数を年1度の開催から隔月開催に変更。運営形態を変更しても、コロナ禍後のおもちゃフェスティバルには、1回3〜4日の開催で約800人の来場がある。ゴールデンウィーク等の連休と重なった場合は、1200人以上の来場があったという。
さらに永谷さんは、湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館の運営を引き継ぐと同時に、後継者探しも始めていたという。「自身の年齢を考えると、私が中心となって運営できる期間は限られていると思います。私が運営を引き継いだのは、あくまで中継ぎ。ですから、運営を引き継いですぐに後継者探しも始めたのです」
その後、無事に若い世代の後継者が見つかったという。2025年4月には永谷さんから後継の方に館長の職が移り、今後は事業を承継する予定だ。「館内にドリンクサーバーを設置するなど、今までの私たちでは気付かなかったことに取り組んでくれています。若者ならではの感性を、大いに生かして欲しいですね」と永谷さんは期待を寄せる。
湯郷温泉の個性あふれるおもちゃ関連4施設
ここで湯郷温泉にある、おもちゃに関する主要4施設の概要を紹介したい。
【湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館】
鉄道ジオラマと鉄道模型、プラレール、昭和の玩具など約300点を展示する施設としてオープン。2010年5月に岡山市の水島昭さんから、家族で集めたミニカーやフィギュアなどのおもちゃコレクションの寄贈を受け、総展示数は約5万点に。
Nゲージ鉄道ジオラマは、約20m2の巨大さを誇る。オープン時に京都精華大学の大学生が制作したものに加え、利用客から寄贈されたものもある。自身の鉄道を模型を持ち込んでのレンタル走行も可能(入場料とは別途に利用料が必要)。広大なジオラマであるため、実在する日本の鉄道と同じように新幹線は最大17両編成、在来線は最大27両(一部区間は28両)編成を実現できるのが、同館の強みとのこと。今では全国から鉄道ファンがやってくる。
隔月で開催されているイベントでは、水島さんのコレクションの中からおもちゃをプレゼントする抽選会が子どもたちに好評だ。
※参考:
湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館
https://www.spa-yunogo.or.jp/mokeikan/
【湯郷温泉からくり時計】
湯郷温泉街の東部、湯郷こども園の南側にある。高さ7.9m、幅4.3mの巨大時計で、毎日8時〜21時の間、毎時0分ごとにからくり寸劇が上演される(約4分間)。寸劇は湯郷温泉を発見したとされる円仁法師や、美作市ゆかりの剣豪・宮本武蔵に関するもの。また美作に伝わる巨人「さんぶ太郎」も登場し、時計上部が開いてさんぶ太郎が出現するという演出が見どころだ。
【現代玩具博物館・オルゴール夢館】
1995年に美作市東粟倉地区(当時は東粟倉村)で開館し、2010年3月に湯郷温泉に移転オープンした。からくり人形やヨーロッパの積み木などの世界のおもちゃを展示する。100年以上前に製造されたオルゴールも注目の展示物だ。おもちゃにまつわる話や遊び方を、パフォーマンスとともに紹介する「おもちゃショー」が人気。
また「オルゴールコンサート」では、スイス製シリンダー式オルゴールやドイツ製ディスク式オルゴール、オートマタ(からくり人形)などが楽しめる。おもちゃづくりができる「おもちゃ教室」や同館収蔵の積み木やおもちゃで遊べる「プレイルーム」や「ままごとコーナー」などもある。
※参考:
現代玩具博物館・オルゴール夢館
https://toymuseum.wixsite.com/official
【あの日のおもちゃ箱 昭和館・小松崎茂美術館】
湯郷ゆかりの画家で、おもちゃのイベント開催に尽力した竹中信清さんが館長となってオープンした施設。おもちゃ・アンティークのコレクターでもある自身のコレクション約350点を展示する。飛行機や戦車・バイク・ブリキのおもちゃを展示するほか、コレクションは幅広く、大正から昭和初期の生活道具や漫画・雑誌までそろう。
また、空想科学・戦記物・プラモデルの箱絵などのイラストで知られるイラストレーター・小松崎 茂(こまつざき しげる)の作品も展示している。展示されている作品数は約300点におよび、遺作の『戦艦大和』などの貴重なものもある。
※参考:
あの日のおもちゃ箱 昭和館・小松崎茂美術館
https://www.spa-yunogo.or.jp/showakan/
「温泉むすめ」とのコラボがきっかけでサブカルチャーコンテンツも
コロナ禍による危機を乗り越え、おもちゃの街としての取組を続けている湯郷温泉。近年は新たな動きもあるという。
2022年、湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館の開館から15年ほど経ち、鉄道ジオラマにも経年劣化が見られるように。そこで修繕とともに、ジオラマを湯郷温泉周辺の景観を再現したものにリニューアルしようという計画が生まれた。クラウドファンディングで資金を募り、目標を達成。順次、ジオラマの刷新にあたっている。
また、日本各地の温泉を活性化させる「温泉むすめ」というプロジェクトがある。各地の温泉をモチーフにしたキャラクターを、各温泉ごとに制作。キャラクターのグッズ販売やイベントなど、多面的に展開する。湯郷温泉でも、温泉むすめのキャラクター「湯郷 美彩(ゆのごう みさ)」が制作された。
「温泉むすめがきっかけになり、湯郷温泉では新たに『サブカルチャーコンテンツを用いたコンテンツツーリズム』に活路を見いだしました。アニメや漫画とおもちゃは密接な関連があるため、相乗効果を期待できたのが理由です。たとえば温泉むすめ以外に、湯郷温泉独自のキャラクター『湯鷺 ほのか(ゆのさぎ -)』の制作があります。ほかにも、2024年10月に湯郷温泉を舞台に『岡山サブカル文化祭 in 湯郷温泉』を開催。コスプレや同人誌販売、ヒーローショーなどのさまざまな企画を行い、大盛況でした」
地元企業による「湯郷だがし館」のオープンなど、新たな動きにも期待
湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館の敷地内には、別棟でボウリング場とカラオケを併設した施設があったが、2024年に閉鎖していた。しかし跡地に地元の美作市の企業が、新たに大型だがし店を核とした複合施設「湯郷だがし館」のオープンを決めた。
「おもちゃとだがしは、どちらも子どもが喜ぶもの。同じ敷地内ですし、相乗効果があるのではないでしょうか」と永谷さんは期待する。湯郷だがし館は、2025年8月のオープンを予定している。
永谷さんは今後実現したいこととして、湯郷温泉にある旅館内でのおもちゃの展示を挙げる。
「旅館それぞれに独自の雰囲気やこだわりがあると思うので、おもちゃの雰囲気と合うか合わないかという課題があるかもしれません。当館にあるおもちゃの種類は多岐にわたるので、何かしらマッチングするものがあれば置いて欲しいなという思いがあります。湯郷温泉は『おもちゃの街』としてアピールしたのですから、温泉を訪れた方におもちゃの街らしいおもてなしができれば喜ばれるのではないでしょうか」
おもちゃの街としての魅力を生かしながら、サブカルチャーコンテンツなど新たな展開を見せる湯郷温泉に注目だ。
※取材協力:
湯郷温泉てつどう模型館&レトロおもちゃ館
https://www.spa-yunogo.or.jp/mokeikan/
湯郷温泉観光案内所
https://www.instagram.com/yunogoonsen/