苦戦するアメリカのWebメディア業界…新たな収入の柱を獲得した「Vox Media」成功のカギとは?
近年、アメリカのウェブメディアは厳しい状況に立たされています。かつて期待された広告収入モデルが伸び悩み、苦境に陥る企業も少なくありません。そんな中、アメリカのデジタルメディア企業「Vox Media」は、依然として健闘を続けています。
Vox Mediaが厳しい状況を乗り越えられている背景には、ビジネスモデルの多様化、そして特に「Podcast事業」の成功がありました。Vox MediaはいかにしてPodcastを収益の柱へと成長させたのか?その成功の裏側と、これからのメディアビジネスのヒントを探ります。
東京ビジネスハブ
TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は野村による音声コラム、2025年4月20日の配信「苦戦続く米ウェブメディア。 Podcastにシフトし生き延びたVoxMedia(野村高文)」を抜粋してお届けします。
「Vox Media」とは? 多様なメディアを運営
Vox Mediaは2011年に設立されたアメリカのデジタルメディア企業です。その傘下には多様なジャンルのメディアが存在します。企業名を冠した主力メディアであるVox.comは、テクノロジーやビジネス動向を中心に報道しているほか、テクノロジー分野を扱うThe Vergeは、ガジェット情報や業界動向を中心に、テキストと動画の両方でコンテンツを展開しています。
その他にも、スポーツや食、不動産に関するメディアなども傘下に収めています。
Vox Mediaのコンテンツは、都市部に住む比較的教育水準の高い層をターゲットとしており、政治的にはリベラル寄りといわれています。調査報道にも力を入れており、ホワイトハウスの記者会見室に専用席を持つなど、ジャーナリズムの世界でも成果を上げています。
コロナ禍で窮地に立たされたウェブメディア業界
2010年代、Vox MediaやBuzzFeed、Huffington Postといったウェブ発のメディアには勢いがあり、「これからはウェブメディアが世界を変えるのではないか」とまでいわれていました。
これらのビジネスモデルの多くは広告収入に依存していました。記事の表示回数を増やし、広告を掲載することで収益を得るというモデルです。
ところが、コロナ禍を機に企業の広告出稿が減少。アクセス数を稼いで広告収入を得るという従来の方法が厳しくなり、多くのウェブメディアが苦境に陥りました。
評価額の下落、他社による買収、そして事業破綻。かつて期待されたウェブメディアは、厳しい現実に直面しています。これはアメリカに限った話ではなく、日本においても同様です。ウェブ上でジャーナリズムを行うことは非常に難しく、コストパフォーマンスが合わないという問題が浮き彫りになっています。
Vox Mediaが生き残る理由
多くのウェブメディアが苦戦するなか、Vox Mediaはなぜ健闘を続けているのでしょうか。
絶好調というわけではありませんが、倒れずに頑張れている理由のひとつが、ビジネスモデルの多様化にあります。
Vox Mediaは、従来の広告収入だけに頼るのではなく、収益源を複数確保する戦略をとりました。例えば、The VergeやVox.comのようなテクノロジーやビジネスを扱う専門性の高いメディアでは、サブスクリプションモデルを導入しました。ユーザーから直接課金することで、収益構造の多角化を図っています。
そして、もうひとつの重要な柱がPodcast事業です。
屋台骨を支えるPodcast事業の成功
Vox Mediaの現在の状況を語るうえで、Podcast事業の存在は欠かせません。数年前の情報ではありますが、Podcast事業からの収益は日本円にして数十億円規模に上ると言われ、今や会社の屋台骨を支える大きな柱のひとつとなっています。
Vox Media内には「Vox Media Podcast Network」というPodcast事業を扱う部門があり、約150から200程度のPodcast番組を運営しています。この内訳は、Vox Media自身が制作する約30の番組と、傘下のSB Nationが扱う様々なチームに関する約100のPodcastをネットワーク化した、ユニークな形態となっています。
代表的なPodcast番組としては、Netflixでも配信されているニュース解説番組『世界の今をダイジェスト(原題:Explained)』の兄弟番組ともいえる「Today, Explained」が挙げられます。これは時事問題を毎日15分で解説する内容で、Podcastとしてだけでなく、全米120以上のラジオ局でも放送されるほどの人気番組です。
なぜPodcastが成功したのか?
興味深いのは、Vox MediaのPodcast事業が、最初から大きな戦略にもとづいて立ち上げられたわけではないという点です。
きっかけは、名物記者や編集者が自身のライフワークとしてPodcastを始めたことでした。オーディエンスや読者と熱心に交流できる場として行われていたものが予想外に伸び、「これはビジネスになるのではないか」という流れになったようです。
当初は個人の熱意に頼る部分が大きかったものの、会社としてその可能性に着目。データを収集し、市場や業界をより深く理解していくなかでPodcastの有望性を確信し、本格的な事業展開へと舵を切りました。
では、Vox MediaのPodcast事業成功の鍵は何だったのでしょうか? 関係者のインタビューによれば、それは「ホストに何もかも全てをやってもらわないこと」だと言います。
記者個人がPodcastを始めると、企画、リサーチ、ゲストのブッキング、収録、場合によっては編集まで、全てを1人で抱え込んでしまう状態になりがちです。Vox Mediaの初期も、編集は制作会社が入っていたようですが、企画立案や出演、ゲストブッキングは記者が行っていました。
しかし、Vox Mediaはこのやり方は望ましくないと考えました。ホストには、出演や自分なりの視点を考える仕事に集中してもらう。そして、リサーチャーやディレクターといった優秀な制作スタッフを番組ごとにつけ、チームでコンテンツを作り上げる体制を構築したのです。
個人の熱意から始まった活動を、会社が後からサポートし、投資を行い、専門的な制作体制を整えることで、多くのヒット番組を生み出し、事業として成長させることに成功したのです。
Vox Mediaの事例から見えること
Vox Mediaの事例は、メディアビジネスを考えるうえでいくつかの興味深い点を示しています。
まず、ビジネスには好調な時期もあれば、厳しい時期もあるということです。2010年代に期待されたウェブメディアのビジネスモデルが、現状では思ったように伸びていないなかで、Vox Mediaはポートフォリオを適切に組み、複数のビジネスモデルを展開することの重要性を示唆しています。
また、Podcastという、事業開始当時はまだ市場が確立されていなかった分野に投資し、それが現在、会社の収益を支える柱のひとつとなっている点は注目に値します。1つのビジネスモデルに依存せず、常に複数の可能性を探ることの重要性がうかがえます。
さらに、個人が面白がって始めた活動を、後から会社がサポートし、事業化していくという流れも非常に興味深い点です。個人の熱意を起点としつつ、組織としてそれを育てていくアプローチは、新しい事業を生み出す上でのヒントとなるかもしれません。
Vox MediaのPodcast事業の成功は、ウェブメディアが直面する課題を乗り越えるための可能性を示しており、今後のメディアビジネスのあり方を考える上で参考になる事例と言えるでしょう。
<野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。
(TBSラジオ『東京ビジネスハブ』より抜粋)