生成AIで「人月ビジネス」に陰り? 問われるSES・SIerの存在意義とエンジニアの生存戦略
GPT-4.5、Gemini 2.5 Pro、Claude 3.7 Sonnet――生成AIの進化が止まらない。
今やコード生成やドキュメント整備、業務設計に至るまで、AIが手助けする時代だ。生成AIを活用した業務改善や開発支援の成果事例は、枚挙にいとまがない。
では、SESやSIerといったクライアントワーク型の開発現場ではどうだろうか。同様の動きがあってもおかしくないはずだが、目立った活用事例はなかなか聞こえてこない。
この疑問に対して、400以上の企業や自治体で業務変革や組織開発を支援した沢渡あまねさんは「生成AIの活用と人月ビジネスは、そもそも構造的に相容れない」と語る。
構造的な“相性の悪さ”とは、一体何か。AI時代のクライアントワーク型ビジネスの行方と、その中で「選ばれ続けるエンジニア」になるために必要な視点と行動について、沢渡さんに聞いた。
あまねキャリア株式会社
代表取締役 CEO
沢渡 あまねさん(@amane_sawatari)
作家・企業顧問/ワークスタイル&組織開発。『組織変革Lab』『あいしずHR』『越境学習の聖地・浜松』主宰。あまねキャリア株式会社CEO/一般社団法人ダム際ワーキング協会 共同代表/大手企業 人事部門・デザイン部門ほか顧問。プロティアン・キャリア協会アンバサダー。DX白書2023有識者委員。日産自動車、NTT データなど(情報システム・広報・ネットワークソリューション事業部門などを経験)を経て現職。400以上の企業・自治体・官公庁で、働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演を行う。主な著書:『新時代を生き抜く越境思考』『EXジャーニー』『組織の体質を現場から変える100の方法』『「推される部署」になろう』『バリューサイクル・マネジメント』『職場の問題地図』『マネージャーの問題地図』『業務デザインの発想法』 趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング 推進者
目次
SES・SIerの“構造的な壁”が、AI活用を滞らせるAI格差の分水嶺は、現場ではなく経営にある「御用聞き」のSES・SIerは、もはやこれまでPCのスクリーンだけではなく、外の世界にも目を向けよ
SES・SIerの“構造的な壁”が、AI活用を滞らせる
近年、AI活用の議論が盛んになっている一方で、SESやSIerの現場ではAI活用がなかなか定着しない。この課題に対して、私は技術やツールの話以前に「働き方そのものの構造」に目を向ける必要があると感じています。
そもそも、「AIを活用する」とはどういう状態か。私は、「AIを使って意思決定を行い、その結果として業務上の成果を生み出している」ことだと考えています。
例えば、システムトラブルが起きたときに「この問題の解決方法を教えてください」とChatGPTに尋ねる。ここまでは多くの人ができていますし、実際に有益な情報も得られるでしょう。
でも、AI活用の本質はその先にあります。
AIが返してくれた情報や提案を、自分の頭で吟味して、最終的に選択肢を選び、判断し、動く。ここまで踏み込んではじめて「活用」と呼べると、私は思っています。
ところが、SESやSIerの現場に目を向けると、こうした「意思決定」を行う場面が極端に少ない。そもそものビジネスモデルが、「仕様書通りに作る、要件通りに動く」ことに最適化されている。言い換えれば、他者が決定した判断を遂行する働き方が基本です。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。ただ、そのような構造の中で日々仕事をしている人たちに、いきなり「AIを使って意志決定をしてください」と言ったところで、それはあまりに急で無理があります。
SESやSIerの現場でAI活用が進まないのは、技術的な遅れでも、意欲の欠如でもない。日々の業務において「意志決定が求められるシーンが限られている」ことが問題なのです。
AI格差の分水嶺は、現場ではなく経営にある
とはいえ、すべてのSES企業やSIerがAI活用に出遅れているかといえば、決してそうではありません。
目先の利益だけでなく、「今後どのような強みをもって、どういうビジネスモデルで生きていくのか」を明確に描けている企業は、たとえ受託型であっても、AIのような即効性のないテーマに対して、きちんと時間とお金を投じています。
受託型のIT企業ではありませんが、例えば長野県の伊那食品工業では、売上の一定割合を研究開発に充てています。他にも、業務時間の10%を「自由な挑戦」に使ってよいと制度化している企業もある。
これらはすべて、「新しい知見を得ること」「変化に触れること」に時間とコストを割くという、組織の明確な意志があるからこそ成立している制度です。AI活用の推進とは、こうした変化への投資と同義なのです。
その一方で、案件対応に追われ続け、業務に直接関係しないことにコストをかける余白すらない企業も少なくありません。
特にSESでは客先常駐の働き方が主流で、セキュリティー上の制約からChatGPTのような外部サービスにアクセスすらできないケースもあります。経営層が「学ぶ時間は不要」「現場は言われたことをやればいい」と考えている限り、AIに触れる機会は当然生まれません。
「業務でAIを活用できる人」と「一度も触れられなかった人」という体験格差は、現在進行形で着実に広がっています。
この格差を生んでいるのは、個人の努力不足ではなく、環境を整える責任を負う側、つまり「経営判断」そのものなのです。
「御用聞き」のSES・SIerは、もはやこれまで
ここまで述べてきたような環境格差や体験格差が広がる一方で、そもそも「従来型のビジネスモデルが今後も成立するのか?」という根本的な問いも、見過ごせない状況になってきています。
かつてのSESやSIerのビジネスは、「顧客の要件を正しく実装すること」が価値の中心でした。事実、大量の人材が必要とされ、案件も次々に舞いこんでいた時代には、それで十分ビジネスが回っていました。
しかし今、状況は激変しています。
生成AIの台頭により、「正しく実装する」という業務は自動化の対象となり、単純なコーディングの価値はどんどん下がっている。加えて、少子高齢化の影響で「人」というリソースそのものが希少になっている。
さらに見逃せないのが、ユーザーや企業側の変化です。彼らもAIを使いこなし、自社で要件定義から設計・実装までを担う「内製化」を進めています。かつて外部に委託されていた「考える仕事」や「設計する仕事」の多くが、今では自社内で完結している。
こうした構造変化の中で、「これまで通りのやり方を続けていれば安泰」と考えるのは、もはや幻想に近いと言えます。
SESやSIerにおいて、単に決められたことを形にするだけの仕事は確実に減っていく。自ら考え、価値を生み出す領域へとシフトしていかなければ、淘汰されていくのは時間の問題でしょう。
今、エンジニアに求められているのは「指示を正確にこなす力」ではありません。むしろ、顧客や社会が抱える曖昧な課題に向き合い、それを言語化し、最適な解決策を構想し、周囲を巻き込みながら実行まで導いていく力です。
私はこうしたスタンスの人や組織を「ファシリーダー(ファシリテーター+リーダー)」と呼んでいます。
「ファシリテーター」として周囲の関係者と協働しながら課題を整理し、「リーダー」として自分の意志でその未来に責任を持つ。それが、これからのエンジニアにとって不可欠な姿勢だと考えています。
PCのスクリーンだけではなく、外の世界にも目を向けよ
「AIを活用する」という行為は、突き詰めれば「人間らしさを追求する行為」と言えます。
もはや、定型的な作業やルーティンはAIに任せられる時代。そんな中で人間に残る役割とは、課題を見つけ、問いを立て、誰かと共に解決策を模索し、未来を描いていくことではないでしょうか。
そのような「まだ正解が存在しないもの」に向き合うときに発揮されるのが、人間ならではの感性と想像力です。
AIの進化によって、世の中の「こうしたい」と「こうすればできる」の距離は、これまで以上に縮まっています。だからこそ、ITに関わる私たち自身が、社会や人々の課題にどれだけ近づけるかが問われている。
では、その一歩をどう踏み出すか。私は「ITの世界から一歩外へ出てみる」ことを強くおすすめします。
お気に入りのカフェに通う、地域活動に参加する。そんな日常の中で「もっとこうすれば良くなるのに」と感じた違和感や、「こういうアイデアがあったら面白い」と思った気づきを、素通りせずに言葉にしてみる。
そうした体験を積み重ねることで、「相手の立場で考える」「先回りして喜ばれる提案をする」といった感性が自然と磨かれていきます。
このようにして身についた感性や視点は、チームで正解のない課題に取り組む際にも生きるでしょう。期待と役割をすり合わせながら、並走して価値をつくっていく。これは、「言われた通りに動く」下請け型の働き方から、「ともに考え、ともに創る」共創型の働き方への転換でもあります。
いまは、ある意味で大きなチャンスです。自分でハンドルを握って運転するような体験を少しでも増やしていけば、キャリアの選択肢が大きく広がる可能性にあふれている。
現役エンジニアのみなさんには、技術だけに閉じず、社会と向き合い、問いを持ち続けてほしいですね。
取材・文/福永太郎 写真提供/あまねキャリア 編集/今中康達(編集部)