「短歌も日本語だということを忘れない」──短歌初心者のお悩み相談【NHK短歌】
「NHK短歌」テキストより、短歌作りのお悩み相談をご紹介
「NHK短歌」テキストに連載中の「短歌のペイン・クリニック」は、短歌の初心者の方からいただいたお悩み相談に対して、歌人の先生がアドバイスをお届けする人気企画です。
今回はテキスト2025年1月号より、高齢になってから短歌に出会った読者の方への、染野太朗先生のアドバイスをご紹介します。
短歌のペイン・クリニック
【今月のお悩み】
高齢になってから短歌という新しい趣味に出会いました。たくさんのことを一度にできないので、一つだけ心がけるとしたら何かありますか? アドバイスが欲しいです。
先生より
短歌を作ったり読んだりすることの上達のために、あるいは継続のために、心がけるべきことをたった一つに決めるというのはとても難しいことですが、あえて挙げるなら、私ならまず「短歌も日本語であることを忘れないでください」とお伝えします。
短歌が日本語だなんて当たり前ではないかと思われるかもしれません。でも私は、特に短歌を始めて間もない方が、短歌を難しいものととらえすぎていたり、優れた作品を作ろうと過剰にこだわったり、また、たった三十一音に内容を詰め込みすぎたりして、その結果日本語として不自然な、ひとりよがりの作品を作ってしまうという例を、たくさん見てきました。短歌だからと言って「き」「けり」といった文語助動詞を必ず使わなければいけないのでしょうか。使うとしても、それらの語の使い方や意味は本当に身についていますか。また、自分の言いたいことや五七五七七の音数にばかりとらわれて、それがきちんと人に伝わるかどうか、自分でもわからなくなってしまったりすることはないでしょうか。
もちろん、日常では使わない言葉や言い回しを取り入れて作品を作ることも短歌のたのしみのひとつです。それから、人に伝えようとして作るばかりが作歌の正解ではありません。でもそれが短歌という表現形式に振りまわされた結果だとしたら、あまりよいことではないように思うのです。
とんぼには名がありません、太い尾に海のひかりを曳いて飛びます
柳 宣宏(やなぎのぶひろ)『与楽』
無名のとんぼが広い世界を、矜持をもって自由自在に生きている。示唆に富む作品です。難しい言葉や複雑な言い回しは使われていません。描かれている内容もシンプルです。でもとても素敵な短歌だと私は思います。
私たちは例えば、人に何かを伝えるとき、考えごとをするとき、自他やものごとを理解しようとするときに言葉を使います。短歌もそれと同じだと、まずはとらえてみてください。言葉の先には、短歌の理想形ではなく、自分や他人がいるはずです。短歌を難しくとらえる必要はないのです。伝えよう、理解しようとする思いをまずは大切に、そのための日本語を模索し、その豊かな世界を自由自在に飛び回っていただきたいです。
「NHK短歌」テキスト2025年1月号では、番組に寄せられた作品の入選歌紹介、選者(川野里子、俵万智、大森静佳、枡野浩一)による短歌講座、人気連載「#短歌写真部(カン・ハンナ)」や「穂村弘 あの人と短歌(ゲスト:杉田協士)」など、充実の内容で短歌を楽しむヒントをお届けしています。
◆『NHK短歌』2025年1月号 うたびと横丁「短歌のペイン・クリニック」より
◆文 染野太朗(そめの・たろう)「まひる野」「外出」「西瓜」
◆トップ写真提供:イメージマート(テキストへの掲載はありません)