なぜ『アプレンティス:ドナルド・トランプを創った男』は黙殺された? ─ ハリウッドの忖度と萎縮、板挟みのセバスチャン・スタン
「今までで一番大変な仕事でした。ありとあらゆる障害に行く手を阻まれた」。
俳優セバスチャン・スタンは、映画『アプレンティス:ドナルド・トランプを創った男』についてこう語る。ドナルド・トランプを演じるというだけで、周囲から「やらないほうがいい」と言われた。従来のイメージに陥らないようにトランプを演じることの難しさに直面した。撮影で各地を飛び回りながら、長年にわたるトランプの変化を演じることに心を砕いた。
しかしその先に待っていたのは、ドナルド・トランプ本人が上映阻止に動くという事態だった。ハリウッドはこの事実に萎縮しただけでなく、その後、この作品をほとんど黙殺したのである。
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『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』が世界初披露となったのは、2024年5月のカンヌ国際映画祭だった。スタンや監督のアリ・アッバシ、共演のジェレミー・ストロングも現地に向かったが、トランプが「製作者も配給者も訴える」と訴訟をちらつかせたことで、上映権は宙に浮いた。ハリウッドの大手スタジオは手を引き、最終的に米国公開権を購入したのはインディペンデント映画会社のBriarcliff Entertainmentだった。
本作はRotten Tomatoesで批評家スコア82%を記録し、批評家にも高い評価を得ている。ところが、米国では大統領選直前の2024年10月11日に公開されるも広報活動に苦戦し、オープニング興行収入はわずか161万ドル。脚本家のガブリエル・シャーマンは、「ハリウッドの圧力があった」と語っている。
大統領選の直前、少なからぬスターたちは──ロバート・デ・ニーロやハリソン・フォード、マーク・ハミル、アーノルド・シュワルツェネッガー、テイラー・スウィフト、レディー・ガガ、そしても──トランプ再選を阻止すべく、民主党候補のカマラ・ハリス支持を訴えた。その一方、共和党支持と思われるスターたちは、SNSなどでのバッシングを避けて自らの主張をほとんど語らなかったのである。
しかし、それでも大統領選はトランプの勝利に終わった。ハリスとの差はわずかだったが、それ以降、ハリウッドで反トランプの言葉はほとんど聞かれなくなったのである。2025年1月のゴールデングローブ賞授賞式も、いつになく政治的なメッセージやジョークは少なかった。まるで、トランプについて口にすることがタブーになったかのように。
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大統領選のあと、“トランプについて語るのはよそう”という認識がハリウッドの水面下で広がっていたことは確かだ。2024年11月下旬、『アプレンティス』の上映イベントで、スタンは米Varietyの対談企画「Actors on Actors」のオファーを受けたものの、無言の圧力で仕事が流れてしまったことを明かしている。
「僕と一緒に出てくれる役者が見つからなかったんです。この映画(『アプレンティス』)について語ることを彼らは恐れたんですよ。それ自体は別にいいし、誰かを非難しているわけではありません。パブリシストや代理人たちが怖がりすぎて、その壁を越えられなかった。けれども、この話題を怖がったり、不快に感じたりするようになったら、本当に大変なことになります。」
このことは、Varietyの共同編集長ラミン・セトゥーデが「セバスチャンの発言は事実」と認めたことで裏付けられた。「我々はスタンを『Actors on Actors』に招待しましたが、“ドナルド・トランプについて話したくない”という理由で、他の俳優たちがペアを組みたがらなかったのです」。
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のちにスタンは、のポッドキャスト「Award Circuit」にて、このことを「残念ではあったけれど、特別に驚きはしなかった」と振り返っている。
「(映画について)うれしいメールをもらうこともあるし、イベントやパーティーでは、“今年一番好きな映画だ。君たちは素晴らしい”と言ってもらえます。それでも、この映画を公に支持するかといえば沈黙されてしまう。それがつらかった。スタジオのCEOや幹部、俳優仲間、監督たちが、公の場で“素晴らしい映画だった”と言ってくれるだけでいいんです。今でも、アリ・アッバシという監督の素晴らしさには誰も触れてくれません。(業界には)そういう躊躇があり、『Actors on Actors』の出来事はまさしくその一例だと思います。」
スタンは、「言いたくないことがある人たちがいるのは理解します。しかし、仕事という観点でいえば、どのような映画であれ、これは自殺行為です」と訴える。
また、米でも「芸術性と創造性において、私たちは言論の自由を守らなければいけません」と強調。「言論の自由とは、選択的ではなく全面的なものでなければいけない。“これは言っていい、これは言っちゃダメ”なんて状態が普通になってはいけません」。
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ロイ・コーン役のジェレミー・ストロングも、業界関係者を「この映画に触れることを恐れ、この映画に加担しているとみなされることを恐れている」と批判。「ストーリーテリングの役割は鏡を掲げることであり、人々を快く楽しませることだけではありません。私たちが生きることと、これほど関連性のあるテーマはありません。業界に受け入れられないのは本当につらいことです」と述べた。
話題の発端となった2024年11月、スタンは米New York Timesの「Stop Pretending Trump Is Not Who We Are(トランプが我々の一員ではないかのよううなフリはやめよう)」という記事に言及し、「これがこの映画を理解する唯一の方法」だと語った。「選挙が終わった今、この人物から目をそらすことはできません。きちんと観察して、何がこの人物の原動力なのかを理解すべきではないでしょうか?」
なお、スタンやストロングの発言と前後して、俳優のエドワード・ノートンはポッドキャストにて『アプレンティス』を支持することを公言。二人の演技に全面的な賛辞を送り、アリ・アッバシの仕事に注目していると。ほんの少しずつ、業界の状況は変化を迎えつつある。
映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は公開中。
Source: Variety(, ), , IndieWire(, )