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なぜ、差別や排除が生まれるのか。│社会モデルとセットで学びたい合理的配慮とは?世の中の「ふつう」を見つめ直す。野口晃菜が語るインクルーシブ社会

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なぜ、差別や排除が生まれるのか。│社会モデルとセットで学びたい合理的配慮とは?世の中の「ふつう」を見つめ直す。野口晃菜が語るインクルーシブ社会

障害者の人権が保障されていなかった

――そもそも「インクルーシブな社会」とは、どんな社会でしょうか。

野口晃菜さん(以下、野口):インクルーシブな社会とは「多様な人がいることが前提となっている社会」と、私は定義しています。日本語でいうと「包摂する」といった意味合いが強いですね。ポイントは、既存の社会の枠組みに多様な人たちを頑張って入れていくのではなく、既存の枠組み自体を多様な人に合わせて変えていくということです。

――「インクルーシブ」という言葉が注目されるようになった背景について教えてください。

野口:教育の分野においてインクルーシブという言葉が使われ始めたのは、2014年に「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」という国連が採択した条約に日本が批准したことが大きなきっかけでした。この条約において、障害のある子どもがインクルーシブ教育を受ける権利があることを保障することが示されています。最近よく聞かれる「合理的配慮」という言葉も、この権利条約が土台にあります。

この条約が生まれた背景には、長らく障害のある人の権利が保障されていなかったという状況がありました。これまで障害のある人の制度は健常者がつくっていて、「障害のある人たちは保護されるべき存在」という考えが土台にありましたが、この条約は障害のある人たちが権利を行使すべき主体であることを踏まえて、障害のある当事者たちが中心となってつくったものなのです。

日本ではこの条約を批准してから、締結に向けて国内法制度の整備の一環として、2016年に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が施行されました。

――この10年で制度が整備されつつありますが、この動きを野口さんはどんなふうに見ていますか。

野口:まだまだ整備されていないところもありますが、やはり「差別を禁止する」ことが法制化されたことは大きいですね。これまでは自分には関係ないと思っていた人に対しても「差別してはいけないよ」と言えることですから。

また教育においては障害のある子もない子もともに学ぶべきという方針が示されていますから、社会の目指すべき方向性について、みんなが共通認識を持ちやすくなったというのは一歩進んだのかな、と思います。

一方、法律をつくるだけでは、会社や学校などの現場は変わっていかないので、そこを地道に浸透させていくような方策はまだまだ必要です。

――障害者差別解消法が2024年4月に改正されて、事業者による合理的配慮の提供が義務化されました。これも大きな前進ととらえてよいのでしょうか。

野口:もちろん大きな前進です。ただ私は「合理的配慮」という訳は別の訳が良いのではと思っています。もともとの言葉は“reasonable accommodation”ですから、「合理的調整」という訳の方が望ましいのではないでしょうか。配慮という言葉自体、「してあげるもの」「してもらうもの」と上下関係を示してしまい、実際この言葉による誤解はいろいろなところで目にします。

自分も我慢しているんだから、お前も我慢しろ

――合理的配慮を求める障害者の人に対して、健常者から「ずるい」「わがまま」といった声があがります。そういう人の心理的背景にあるものは何でしょうか。

野口:まず合理的配慮という概念がわかりにくいということ。この概念を理解するには「社会モデル」とセットで知る必要があります。

社会モデルとは、障害のある人に何かしら日常生活の中で困難さがある時、この困難さはその人の障害そのものにあるのではなく、そもそも社会が障害のない人を中心につくられているから困難が生じているものと考えます。

――社会モデルとは、具体的にどのようなものでしょうか?

例えば、ニュースでも取り上げられた事例として車いすインフルエンサーの中嶋涼子さんが体験したお話があります。

2024年3月に中嶋さんは都内の映画館で特別な劇場のグランシアターを利用しようとしましたが、そこに車いす席がなかったため、従業員の方が運ばれたそうです。しかし、映画鑑賞後に従業員から今後の車椅子を運ぶことを断られてしまったという事実を中嶋さんがSNSで発信したところ、中嶋さんに対して多くの批判や誹謗中傷が集まりました

まず、そもそもそのシアターが障害のない人、つまりマジョリティを中心に設計されているために、車いすユーザーにとっては利用ができないということを認識しなければなりません。建物だけでなく、制度やサービスもマジョリティ向けになっています。そのため、障害がない場合は当たり前に利用できても、障害があるが故に利用できない状況、つまり社会の側に「障壁」がたくさんある状況です。この障壁を障害者差別解消法では「社会的障壁」と呼び、この社会的障壁を除去するために合理的配慮があるのです。

ですから、ただ「困っているから助けましょう」ということではありません。なぜなら、障害のない私は何の努力もせず、グランシアターを使えるにもかかわらず、それを使えない人がいることは、やはり不公平ですよね。その不公平を最大限なくしていこうというのが合理的配慮です。そもそも今の社会が、障害のない人を中心につくられていることを知らないと、「この人だけ配慮されてずるい」「助けてあげたのに感謝がない」といった声が出てくるわけです。むしろ、これまで障害のない人が「配慮」されてきたし、「ずるかった」と捉えられます。

――なるほど。社会モデルを理解していないがために、「ずるい」といった気持ちになってしまう場合があるのですね。

ほかにも、障害のある人をバッシングする人は、自分自身も何かしら抑圧を受けている可能性もあるかもしれません。

例えば、障害のある人が合理的配慮を拒否されたことを発信すると、同じ障害のある人から「自分はこれまで我慢してきたんだから、あなたも我慢すべきだ」と言われる、と聞いたこともあります。

今の日本社会では、社会から抑圧を感じている人は障害ある人だけではありません。我慢が美徳という日本の社会的風潮も相まって、ありとあらゆる人が抑圧を感じているのではないでしょうか。先ほどの映画館の例も、映画館の従業員=労働者という立場に共感して「運ぶ人がかわいそう」という論調が少なからずありました。

それは、やはり自分が労働者として抑圧を受けているからなのではないでしょうか。例えば、お客さんからのそれに対して組織が守ってくれなかったりといった視点で見た人が、従業員の立場として共感したのかもしれません。

労働者としての抑圧をなくすために、声を上げた人に矛先が向いているのですが、それは違います。障害のある人の合理的配慮に対応する労働者に負担が偏ってかわいそうと思うなら、経営者に言えばいい。経営者に負担が偏ってかわいそうと思うなら、国に言えばいいんです。

合理的配慮が義務化される前から、合理的配慮をする民間事業者に助成を出す自治体もあります。ですからお金がなくて、経営者がかわいそうと言うなら、そういう助成を使えばいい。もし助成のない自治体なら、助成をつくるように働きかけたらいいと思います。なぜなら法律をつくったのは国です。こういう法律をつくった以上、それができるようにしてくださいと国に求めてもいいのです。

ですから抑圧を受けている人が抑圧を受けている人の口をふさぐのではなく、抑圧を受けている人たちが連帯して、今の抑圧を産んでいる構造を変えていけたらと思うのです。

マイノリティとしての原体験が今の活動につながっている

――そういったことはなかなか当事者でなければ気付きませんが、野口さんがいち早くこの分野に関心を持たれたきっかけは、何だったのでしょうか。

野口:私が「インクルージョン」障害という分野に関心を持ったきっかけは二つあって、アメリカで学生時代を過ごした経験が大きいですね。

私は小学校6年生の時に父の転勤でアメリカに引っ越し、高校3年生までの7年間、現地校に通っていました。その前は埼玉県の小学校に通っていて、障害のある人も外国にルーツのある人もいない、同質性の高い学校環境の中で育ちました。

しかし、アメリカの学校では、同級生に車椅子ユーザーの子がいたり、隣のクラスに脳性麻痺の子がいたり、また当時のアメリカはADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける人が増えていて、「私ADHDなんだ」と言う子も友達にいました。

その中で私は、「日本ではどうして障害のある人に出会わなかったんだろう、もしかしたら同じクラスにいたあの子もそうだったかもしれない。とにかく先生はあの子のことをずっと怒っていたな」と。そういうことを不思議に思い、日本における障害のある子の教育に関心を持ったというのが、きっかけです。

――もう一つはどんなきっかけでしょうか?

もう一つは、私自身のマイノリティとしての原体験です。私は「なんで自分は日本人なんだろう。日本人でいることがカッコ悪い」と悩み、欧米人に憧れていた時期がありました。

そんなある時、同じクラスに発音がアメリカ人の発音とは異なる日本人の男の子がいて、彼の発音を先生も一緒になってクラス中がバカにするといったことがありました。私もうまく喋れないのに、マジョリティになりたいから、一緒になって彼をバカにしたんです。

その時の私は、日本人差別、そして白人中心社会・英語話者中心社会を内面化していたなと感じます。私と同じ日本人の子を発音がアメリカ人と異なるからといじめに加担したことは、障害のある人が障害のある人をバッシングするのと同じ構造なんだと気付いたんです。障害マイノリティの自分としての私は抑圧されていて、同じマイノリティの人にバッシングの矛先が向かっていたわけです。

そうであれば、誰が変わっていくべきかというと、マイノリティではなくマジョリティです。マジョリティのほうが、そもそも特権があるからです。努力しなくても、いろいろな配慮を受けているのはマジョリティです。マジョリティが社会を変えていかなければ、結局、何も変わらないのです。

マジョリティがマジョリティに働きかける

――マジョリティにできることは、どんなことでしょうか。

野口:大事なことは「マジョリティがマジョリティに働きかけることを増やす」ことです。もともと人は、マジョリティとマイノリティに分けられるものではありません。

私は障害においてはマジョリティですが、性別においてはマイノリティです。その両方を兼ね備えていますが、より変わらなければいけないのは、マジョリティ性を持つ自分です。マジョリティ性のある私がマジョリティ性のある人に働きかけることで、社会の構造を変える行動を増やしたいと思っています。

――マジョリティの特権を使うとは、具体的にどのようなことですか?

具体的に言うと、私には全盲の友人がいます。彼に本を薦めると「電子書籍ある?」と聞かれて、そこで初めて私は「本を読むときに電子書籍があるかどうかを確認しなくてよい」という自分のマジョリティであるが故の特権に気付くわけです。でも、電子版のない本もいっぱいある。そうなった時に私は彼に対して本を代わりに読むこともできるけれど、書籍が当たり前に電子化される社会になるように、例えば出版社にメールをする、などをして社会の側に働きかけます。

日本は、とかく「障害のある人に思いやりを持って接しましょう」という話になりやすいのですが、非障害者を中心とした社会から障害のある人も前提とした社会にするには、どうしたらいいかということを考えて、そのための行動をしていくことが大事だと思います。

――障害のある方個人をサポートすることだけが重要なのではなくて、社会構造に対して行動するのが大事なんですね。

そうですね。先ほどの映画館の例なら、車椅子ユーザーが困っている時にその場で解決策を一緒に考えるのはもちろんそうなのですが、「車椅子ユーザーが映画館をもっと使いやすくするべき」と一緒に声を挙げる行動が大切だと思っています。重要なのはマジョリティに働きかけること。より権力のあるほうに働きかける。これは誰にでもできることです。

先述した全盲の友人は、視覚障害という部分ではマイノリティなので、マジョリティの私が声を挙げる。でも彼は性別ではマジョリティで、私がマイノリティなので、彼は女性差別について声を挙げることができる。そんなふうにお互いに自分のマジョリティ性のある部分においては、マジョリティに働きかけていく、そんな関係性でありたいと思います。

もしも障害のある人が困っている場面に出くわした時も、マジョリティがマジョリティに働きかけるというスタンスを忘れないでほしいですね。

例えばエレベーターが混んでいて車椅子ユーザーの人が乗れないのなら、「エスカレーターを使える人はエスカレーターを使いましょう」と言うこともできます。差別を受けている、不均衡、不公平という場面があったら働きかける。女性軽視も同じです。

もちろん、その場で実践できないこともあると思いますが、だからこそ、その時にできる最大限の行動をしたいです。ハラスメント発言にみんなが笑っている時、「それハラスメントですよ」とは言えないかもしれませんが、笑わないことはできる、とか。あとから「こういう場面があって、こうしたかった」と発信するのも一つですね。

場面、場面によって、そのやり方は自分で選べますが、私はより社会を変えていく方向性の行動ができるといいな、いつもそう思っています。

取材・執筆:池田純子
撮影:徳山喜行

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