「出汁」と「マシ」と「梨」、鼻をつまんで普通に発音できるのはどれ? 言語学者・秋田喜美さんが日本語のオノマトペを徹底解剖!【NHK俳句】
「N音」で始まるオノマトペのイメージとは? 秋田喜美さんの解説を紹介!
「なよなよ」「にょっぽり」「のらり」…オノマトペは擬態語や擬音語の総称です。
2025年度『NHK俳句』テキストに掲載の「オノマトペ解剖辞典」は、新書大賞2024(中央公論新社主催)で大賞を受賞した『言語の本質』の共著者で言語学者の秋田喜美さんによる連載です。
様々なオノマトペを俳句とともに徹底解剖するこの連載で、日本語への興味を深め、俳句作りのヒントも学んでみましょう。
今回は『NHK俳句』テキスト2025年4月号から、「N音」のオノマトペに宿るイメージについての解説をお届けします。
共鳴音 N音で始まるオノマトペ
――――
「出汁(だし)」と「マシ」と「梨」、鼻をつまんでも普通に発音できるのはどれでしょう? 答えは「出汁」。「マシ」と「梨」は、頭のMとNが言いにくくなるはずです。なぜでしょう?
――――
MとNは鼻音(びおん)といって、鼻に呼気を通すことで発せられる音です。そのため、鼻をつまむと発音しにくくなるのです。鼻音は、口腔に加えて鼻腔でも共鳴が起こるため、籠った感じのする音です。鼻音始まりのオノマトペに、「もたもた」「もわっ」「のろのろ」「のそのそ」「のんびり」「のっしのっし」など重くゆったりとした動きを表すものが多いのは、この共鳴空間の広さゆえと考えられます(前回見た、共鳴音に共通の気圧変動の緩やかさもこの意味に貢献しています)。今回の句例のうち、キリンの頸が伸びる「ぬっ」、湾の波がうねる「ぬめらぬめら」、さらには青鷺が羽を搏つ「のったり」は、重くゆったりとした動きの例と言えそうです。
N音で始まるオノマトペに限定してみると、他にしなやかさ・滑らかさや粘着性・ぬめりという意味がよく見られます。コスモスが風に揺られる様子を表す「なよなよ」や、富士山の聳える様子を表す「にょっぽり」は滑らかさの例、オランダ塀の手触りを表す「ねっとり」は粘着性の例と考えられます。いずれも共鳴音一般が持つ「柔らかさ」からの拡張として捉えられる意味です。
一方、句例の「にっこり」の他、「にっ」「にこにこ」「にやにや」「にんまり」など、笑顔を表すオノマトペには共通して「に」が用いられます。これは、「に」を発音すると口角が上がり笑顔のようになるためと考えられます。かつて、写真を撮る際に「1+1は?」と訊いて「に(2)」と言わせるのが流行ったのと同様です。
『NHK俳句』テキストでは、オノマトペと一般語に同じ音を用いることで、音のイメージの効果を倍増させる技法について明らかにしていきます。
講師
秋田喜美(あきた・きみ)
1982年、愛知県生まれ。名古屋大学文学部准教授。専門は認知・心理言語学。著書・編書に『オノマトペの認知科学』『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』、Ideophones, Mimetics and Expressives など。
※掲載時の情報です
◆『NHK俳句』2025年4月号より「オノマトペ解剖辞典」
◆イラスト:川村 易
◆参考文献:『日本語のオノマトペ──音象徴と構造』(浜野祥子著・くろしお出版)/『現代俳句擬音・擬態語辞典』(水庭進編・博友社)/『擬音語・擬態語辞典』(山口仲美編・講談社学術文庫)
◆トップ写真:gotoshoji/イメージマート(テキストへの掲載はありません)