【庭園アーカイヴ・プロジェクトの「終らない庭のアーカイヴ Incomplete Niwa Archives 004:Fugetsu Four Seasons Version」】4つのモニターに映し出される「浮月楼」庭園の春夏秋冬。点群データと映像の見事な共演
静岡新聞論説委員がお届けする、アートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の料亭「浮月楼」内の「浮月花寮」で7月25日から展示が始まった、庭園アーカイヴ・プロジェクト(リーダー・原瑠璃彦静岡大人文社会科学部准教授)の常設展示「終らない庭のアーカイヴ Incomplete Niwa Archives 004:Fugetsu Four Seasons Version」を題材に。
静岡大人文社会科学部の原瑠璃彦准教授は、日本特有の海辺の表象「洲浜」のありようを掘り下げた「洲浜論」(作品社)で、2023年度の芸術選奨「文部科学大臣新人賞」に選ばれた、気鋭の人文学者。専門は日本庭園と能楽である。
日本各地の日本庭園を対象に3Dスキャンや映像撮影、立体録音、DNA解析などさまざまな技術を用いてデータを取得し、アーカイブ化する活動「庭園アーカイヴ・プロジェクト(GAP)」を主導する立場でもある。
2019年にスタートしたプロジェクトの成果は公式サイト(https://niwa-archives.org/)をご覧いただきたい。山口市の常栄寺庭園、京都市の龍源院庭園などが点群データを基に3Dビジュアル化されていて、ユーザーはカーソルを動かして庭園内を自在に移動できる。ところどころに置かれたポイントをクリックすると、現場で採集した映像や写真が見られる。石庭を構成する石の一つ一つだけでなく、植わっている植物や鳥や昆虫なども対象になっている。
庭については「不動」のイメージがつきまとうが、原さんは「常に動き続けている」とする。今回の常設展示のパンフレットにそう書いている。植物の姿の変容、木々や茂みに集まる動物たち、池や水路を流れる水の量の多い少ない。季節の移り変わり、時の流れに応じた庭園の変化をアーカイブ化する、というこれまで誰もやったことのなかった試みが進行している。
そんな興奮を抱えて「浮月楼」内の「浮月花寮」2階に入る。空調で冷やされた空間に、横長のモニターが四つ、並んでいる。モニターは春夏秋冬の「浮月楼」の庭園の姿と点群データによる映像が交互に映し出される。
水面が揺らめく池の向こうに見える茶室は、季節によって見え方が違う。左から二つ目のモニターに映される夏の風景は、植物の物理的な量が大きく、色の密度も濃い。同じ画角なのに、視覚情報から受ける印象がこうも違うのか。
そんな感慨にふけっていると、四つの画面はそれぞれが点群データに置き換わる。視点がどんどん茶室に寄っていく。「ぶつかる」と感じるのもつかの間、視点はいつの間にか茶室の向こう側にたどり着いている。点群データの映像は虚実の境を行き来することができる。
いつしか、4つのモニターが一つの画面となって、庭園全体を上空から映し出す。点群データによる映像だ。鳥の目が水辺の近くに降りてくる。そのまま、池を取り囲む建物を一つ一つ視界に入れながら動き回る。静けさの中で点群データの「点」の一つ一つがまたたいているように見える。
ふと右を見ると、窓の外はモニターの庭園の「現物」がある。「本物」がすぐそこにある環境でこの映像を見られるぜいたくさ。明治時代にこの庭園を造った小川治兵衛の美意識が、2020年代のテクノロジーと響き合う。まさに体感するにふさわしいインスタレーションと言えよう。
(は)
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■庭園アーカイヴ・プロジェクト「終らない庭のアーカイヴ Incomplete Niwa Archives 004:Fugetsu Four Seasons Version」
会場:静岡市葵区紺屋町11-1 浮月楼内「浮月花寮」
開館:午前10時~午後6時 ※入場無料
休館日:月、火曜日
会期:8月31日(日)まで