舞台『No.9』×石井琢磨コラボ連載、最終回は稲垣吾郎が登場!~4度目のベートーヴェンにどう向き合うか? 改めて思う「音楽の力」
世界的な天才音楽家、ベートーヴェンの激しくも悲しい波乱万丈の半生を、彼の楽曲と共に描いていく舞台『No.9 ―不滅の旋律―』。白井晃演出、稲垣吾郎主演で今年4度目の上演を果たすこの舞台の絶賛稽古中の現場に、人気ピアニストの石井琢磨が潜入! SPICEでは、クラシック系ユーチューバーでもある石井さんと、ベートーヴェンを題材とし、2人のピアニストとコーラスが生演奏する舞台『No.9』の特別コラボレーション連載を掲載中だ。
第1弾に白井晃(演出)、第2弾に剛力彩芽、第3弾に崎山つばさ&中尾暢樹と続いてきた本連載、最終回の対談相手はもちろん、主人公のベートーヴェンを演じる稲垣吾郎だ。それぞれが想うベートーヴェン像、そして二人が信じる“音楽の力”とは……!?
4度目のベートーヴェン。今改めて思うその人物像とは?
稲垣:お久しぶりです、2年ぶりぐらいでしょうか。
石井:そうですね、吾郎さんがパーソナリティを務めるラジオ番組(TOKYO FM「THE TRAD」2023年1月放送)に呼んでいただいて以来、です。今日は、いろいろなことを質問させていただきたいと思います。
稲垣:ラジオの時は逆でしたもんね(笑)。あれ以降も石井さんの演奏するピアノ、聴かせていただいているんですよ。僕、家で猫を3匹飼っているんですけど、今日は久々に石井さんに会える!と思って、ショパンの「猫のワルツ」を聴いてから来ました。
石井:ええっ! なんて嬉しいオープニングなんでしょう!(笑)
稲垣:あんなテンポでウチの猫は遊ばないですけど(笑)。
石井:ハハハ! 前回、ラジオの時にも『No.9』の話はちょこっとさせていただいていましたが、今日はたっぷりこの舞台のお話を聞かせていただこうと思っています。昨日、稽古も見学させていただきまして。
稲垣:よろしくお願いします。そう、来ていただいたんですよね。
石井:そうなんですよ。初めて演劇の稽古を見ましたが、本当にすごかった。大変な舞台ですよね。
稲垣:あれでも、まだ稽古の段階なので。でも僕もさまざまな舞台を経験させてもらっていますが、確かにこの作品が最も大変かもしれないですね。実際、上演時間も3時間ほどかかる長いお芝居ですし、ベートーヴェンという人間の感情の起伏の激しさもありますし。それに、この作品はベートーヴェンの若いころ、20代後半くらいから『第九』が完成した後の50代前半あたりまで、という長い期間にわたって描かれる壮大な物語なので。
石井:そうですよね。そして今回は4度目の上演となるそうで、その間ずっと主役を吾郎さんが演じているわけですが。ベートーヴェンに対するイメージって、これまで抱かれていたものと今とで変わったところはありますか。
稲垣:僕も最初は、みなさんが思うように厳格で頑固で気難しい人なのかと思っていましたが、実際に演じてみると、とても繊細で感受性豊かで愛情の強い人だという印象でした。だからこそ、ああいう名曲が生まれたんだなとも思います。とても人間臭い、こんな言い方は失礼かもしれないですけど、チャーミングな人だったんだろうなと思います。石井さんにとってのベートーヴェンは? 今まで、何度も演奏されてきていると思いますが。
石井:僕は、師匠から「孤独を愛することによって、ベートーヴェンの作品はすごくいいものになる」と言われたことがあるんです。
稲垣:へえ~! それは音楽家として演奏する時に「孤独を愛せ」ということ?
石井:そうなんです。『No.9』を拝見すると、耳が聞こえなくなっていく中でのベートーヴェンの孤独感を吾郎さんが演じていらして。やはり、舞台もそこがキーポイントになっているのかなと思ったのですが。
稲垣:まさに、そうですね。だけど彼の孤独や苦悩、そういったものを僕はまだまだ理解しきれていないので、もっと感じて演じなきゃいけないと常日頃思っているところなんです。というのも、僕はあまり落ち込んだりしない性格で、孤独とは無縁な人間だし、楽天的なマインドで生きているので(笑)。ベートーヴェンの苦悩のすべてを理解することが、僕には難しい。だけど、人に伝えなきゃいけない立場としては、自分自身があまり孤独になりすぎちゃうのもどうなのかな、とも思うんですよね。これはピアニストも同様なのかもしれませんが。だってあくまでも我々は俳優であり、ピアニストであって、目の前にお客さんがいるんですから。そこは、フラットな部分も必要じゃないですか。
石井:表現者としては、そうですよね。ちなみに僕の中では、彼って周りに人が大勢いた人間だと思っていまして。
稲垣:意外とそうなんですよね、孤独といってもいつも人に囲まれていて。
石井:常に人に見られていて、見られてきたからこそのプレッシャーがあったんじゃないかと思うんです。「良い作品を作る」「評価され続けなければならない」そういう苦悩が、一番のキーポイントになっているのではないかと。
稲垣:そう。芸術家だから、他人がどんな音楽を聴きたいかとか人の評価なんて気にせず、自分の芸術をひたすら追求していくのかと思っていたら、ベートーヴェンは違うんですよね。意外と大衆にウケるものとか、人の目を意識していて。芸術家のイメージとは、逆じゃないですか。
石井:そうなんですよ。
稲垣:実はベートーヴェンって、今で言うヒットチャートみたいなものを、すごく気にするタイプだったんじゃないかって思うんです(笑)。
石井:アハハ! それ、すごく面白い考え方だと思います(笑)。これも師匠に言われたことですが、作曲家というのは楽譜を書いた時点で創作活動は終わらない。その楽譜を誰かが演奏してこそ、作品として昇華するんだ、と。
稲垣:なるほどね。
石井:つまり僕たちピアニストが演奏することが、ベートーヴェンの創作活動の一翼を担っているという考えにもなるわけです。
稲垣:ああ、それは素敵ですね。曲を作っただけでは、終わりじゃない。だからこそ時を越えて今でも愛され、きっとこの先も何百年、何千年と聴かれ続けていく。そういう意味では、僕も大丈夫ですかね、その一員になれてますか?(笑)
石井:もちろんですよ!(笑) この『No.9』を、もしもベートーヴェン様がご覧になったとしたら、きっと喜んだと思います。
稲垣:そう言ってもらえると、嬉しいです。だって誰を意識するかって、もちろんお客様も大切ですけど、どこか天国で見てくれているベートーヴェンの目も意識しちゃいますから。
自分にはない部分があるからこそ、憧れもする
石井:ベートーヴェンの作品を演奏する際、ピアニストとしては一滴のエッセンスが必要になってくるのが難しいところでもあるのですが……
稲垣:そのエッセンスとは、自分の?
石井:そうです。ベートーヴェンの作品って、とても余白が多いんですよ。
稲垣:ほほう。
石井:たとえばドビュッシーの場合は、とんでもなく指示が細かいんです。だけどベートーヴェンはテンポ感とかは書いてあるけど、演奏者に預けている部分が大きいんです。
稲垣:へえ。そうか、余白か……。そのエッセンスというのは、どうやって考えていくんですか? 例えばベートーヴェンの時は。
石井:おそらく俳優さんと同じだと思います。というのも、『No.9』を拝見して、役づくりをするにあたってベートーヴェンという人に対して深く掘っていっているんだろうなあ、と吾郎さんの演技からすごく感じて。
稲垣:ありがとうございます。
石井:ベートーヴェンが歩んだ人生や追い求めていたものを役づくりに生かしていると思うんですけど。
稲垣:まさに、そうですね。
石井:それと同じなんです。その曲を作曲した年に彼自身に何があったのかとか、当時の環境とか。きっと当時はろうそくの灯りで楽譜を書いたり、演奏をしていたんだろうと思うんですよ。
稲垣:そうか、なるほどね。それについては、考えていなかったな。
石井:それで、ろうそくの灯りで演奏することを実践してみた友人がいるんです。「ベートーヴェンの気持ちがちょっとわかった」と言っていました。
稲垣:へぇーっ! それは面白いな!(笑) それは、僕が役をイメージすることにもつながる話です。
石井:あとベートーヴェンがもし現代に生きていたら、間違いなく最先端の音楽を作っていると思っていて。
稲垣:うん、確かに最先端を意識していますもんね。僕らからするとクラシック音楽ではありますけど、当時としては最先端。
石井:そうなんですよ。ピアノを改良したりするのも、新たなことへの挑戦でしょうし。今までの形を破壊してきたという破壊者な面もわりとあって。
稲垣:破壊して、また構築して。
石井:ベートーヴェンを演じるにあたっては、癇癪持ちであれだけずっと怒っていたら演じるのも大変だと思うんですけど。
稲垣:もうね、大変ですよ。だって僕は普段あまり怒ったりしないタイプなのに、ベートーヴェンって基本的にずーっと激高してるというか(笑)。感情の起伏が出せるのは気持ちいいってこともあるけど。石井さんもおっとりされている印象ですけど、たとえば『月光』の第2楽章に行く時にはガーッて激しくなるでしょう? ある意味、気持ち良かったりしませんか。
石井:はい、それはあるかもしれないですね(笑)。
稲垣:自分として生きている時には、湧いてこない感情じゃないですか。
石井:ないですね(笑)。
稲垣:僕もそうなんですよ。あんな感情、僕自身にはないんです。
石井:でも、ないからこそ憧れたりしますよね。
稲垣:それはわかります。僕も憧れてはいるんですよ、あんな風に生きてみたいなって。だけどあそこまで感情をむき出しに表現することって現代を生きている身としては、なかなかできない。今度、石井さんの演奏するベートーヴェンも聴いてみたいです。
新キャストも迎え、常に新鮮な気持ちで向き合いたい
石井:ピピアニストも同じ曲を演奏することはありますが、舞台はかなりの公演数があるし、しかも今回は4度目の再演。そうやって何度も演じることで、役づくりというものは変わったりするものなんですか?
稲垣:そうですね。まず、4度目の再演とはいえ初めてご覧になるお客さんも多いでしょうし、自分の中でもちゃんと「鮮度」は保っておきたいと思っています。だからマンネリ化しちゃいけないし、前回の成功体験みたいなものをなぞっていくのも良くない。
石井:ほぉ~。
稲垣:だけど繰り返していると、どうしても一種のルーティンみたいになるというか。目をつぶっていてもできるくらいになるまで稽古しているしね。それはたぶん、ピアノもそうですよね。みなさんきっと、本当は目をつぶっても弾けるでしょう? だけどそうなると、心が動いていないのに勝手に口が喋っていたりするようになる。それって危ないんです、相手の話が聞けてないのに機械的に会話ができてしまうので。
石井:何度も同じやりとりをしていると。
稲垣:そう、だからそこをちゃんと毎回リセットして、新鮮な気持ちでやろうという思いを常に持っています。それはお客さんが変わることでリセットされることもあれば、今回みたいに新しいキャストの方が加わることで初心に戻ったりすることもあります。
石井:なるほど。
稲垣:逆に、石井さんはどうですか? だって、子供の頃から何度も弾いている曲だってあるでしょう。
石井:フレッシュさ、というのは非常に難しいですよね。僕の中では、必ずしもずっと向き合っていなくてもいい、というのがセオリーでもあって、それはつまり、「いったん離れてみることも大事」だと思っています。今回の吾郎さんみたいに4回公演を重ねるとしたら、その合間にある充電期間が僕にとってはすごく大切です。というのも、ピアノで自分を表現するためには、いろいろな経験が必要ですから。
稲垣:あぁ、なるほど。
石井:その期間は曲のことを、わざと忘れて過ごしたり。
稲垣:あえて封印して。
石井:その上で、いろいろな経験をします。美術館に行ったり旅行をしたり、海を見たり空を見たり。そうすると、青色が一色じゃないことに気づけたりする。
稲垣:お~、素晴らしい。
石井:そうやってさまざまな経験をしたことが、また戻ってきた時に作品をフレッシュにしてくれるんです。そう考えると、逆に寂しいんですよ、ピアニストって。常に一人なんで(笑)。
稲垣:そうかあ!(笑)
石井:自分以外の要素で、変えてもらえることが少ないというか。
稲垣:今の僕だと共演者やお客さんの力があったりするけど。ピアノがパートナーということになると、孤独ですよね。
石井:孤独です。その孤独をどこまで愛せるか、ということですね。
ベートーヴェンの「音楽の力」に助けられ、同時に振り回されている
石井:改めて、こうして4度の上演を重ねているこの作品の最大の魅力とはどういうところだと思われますか。
稲垣:そうですねえ、なんだろうなぁ……ストーリー展開も含め、もちろん総合力だとは思いますけれども。でもやはり、ベートーヴェンが生み出した音楽の力だと、僕は思いますね。『第九』を始め、ベートーヴェンの音楽はどれも飽きさせないですし、いつ聴いても色褪せることがない。何度演じていても、『第九』が流れた瞬間にゾクッとする感覚というのがあります。今でも。
石井:そうですか!
稲垣:そこが、ずっと続けていける魅力なのかな。それほど、ベートーヴェンの音楽が偉大なんだろうとも思います。本当にありがたいことにこうして4度目を迎えられましたが、自分自身は飽きていないし、まず一番に音楽の力によって助けられている。押されてもいる。いまだに、ベートーヴェンという名の嵐に振り回されている感もある。
石井:アハハハ!
稲垣:これ、台詞にもあるんですけどね(笑)。「追い求めても追い求めても、すごく遠い存在である」。そういう掴みきれない感覚もあります。
石井:吾郎さんの演じるベートーヴェン像には、音楽の創始者というか、そういう印象も感じます。
稲垣:僕もピアノが弾けたら、また感じ方が違うんでしょうけど。だけどなんだか怖ろしいほどの音楽の力、感じませんか。もちろんそれはベートーヴェンだけの話ではないですけど。
石井:そうですね。僕も音楽の力には、とんでもないものがあると思います。今、ピアノを弾けたらとおっしゃいましたけど、この舞台では吾郎さんは指揮もなさっていて、そこも見どころの一つだなと思っていますが。
稲垣:いやいや! ちょっと、指揮も教えてほしいですよ! ピアニストの方も指揮をやるイメージがありますけど、石井さんは?
石井:いやいやいや、勉強はしましたけれども……。
稲垣:ピアニストも、指揮の勉強をするんですか。
石井:指揮法といって、一応オーケストラを前に振ったこともあります。
稲垣:まだ僕も正解がわかっていないので、いろいろとご指摘をいただくんです。『第九』は手は横に行かないはずだ、とかね。まあ、いろいろな考え方があるし、しかも今は偉大な指揮者の映像も見れますから形だけはとりあえず、見よう見まねで勉強していますけど。どんなことが大切なのか、教えてほしいです。おそらくプロから見たら、僕の指揮はちょっとずれてるだろうから。
石井:いやいや、それが素晴らしかったんですよ。それで僕、すごくびっくりして。
稲垣:そんなことないでしょう。ともかく今回も、もうちょっとがんばります(笑)。だってやはり音楽をされている方、詳しい方も大勢観に来てくださるでしょうし、フィクションだと言ってもなるべく嘘のないようにしたいですし。指揮ができることはすごく楽しいのですが、僕自身は、指揮者って性格的に合ってないとは思うんですよ。全員がこちらを向いている真ん中に立つとか、こういう仕事をやっているわりに、とても苦手なことでもあるので。指揮者の性格とか資質って、どうなんですか。人にもよるでしょうけど。
石井:僕はオーケストラと何回か共演させていただいていますが、指揮者もいろいろな方がいて、リハーサルの仕方もさまざまです。そういえば、昨日稽古を見ていて、演劇の場合は演出家の方が指揮者に近いと思いました。
稲垣:ああ、そうでしょうね。今回で言えば、白井さん。
石井:全体を見て、細かな指示も出し、大きな指示も出し、交通整理をするみたいな。そういう感じです。
稲垣:うんうん、わかります!
石井:もう一つ、個人的に気になっていることがあるんです。ちょっと答えづらいかもしれませんが、吾郎さんがベートーヴェンを演じる上での内面の話で。『No.9』の劇中にも何度か出てきますが、「耳が聞こえなくて雑音が入らなくてよかった」という時と、「耳が聞こえないからストレスで苦しい」という時があって。この対照的なベートーヴェンの気持ちを、吾郎さんが繊細に表現されていたのがとても印象的だったんです。本当のベートーヴェンの気持ちはおもんばかるしかないですけど、演じてみてどっちだったと思いますか?
稲垣:うわあ、すごく良い質問だけど、すごく難しい質問ですね。
石井:ですよね。答えはないですし(笑)。
稲垣:でもこれってピアニストの方も、きっと考えることですよね。
石井:そうなんです。それで、誰も知り得ないベートーヴェンの内面をどう感じて、舞台であの繊細な表現をしているのか、ちょっと聞いてみたくなって。
稲垣:「今はもう耳が聞こえないんだから、この自分を受け入れるしかない。その上で前向きに考えれば逆に、余計な音を遮断して自分の音楽に没頭できるじゃないか」。そういう風に、彼は解釈してるんじゃないかなと思って僕は演じていますね。ちょっと無理もしているとは思いますけど。でも、そういう状態でなければ、あのような楽曲が生まれなかったのかもしれないとも思うし。2幕の前半あたりでは強がりを言っている感じなんですけど、終盤に同じような台詞を言う時にはもう達観しているような気もする。耳が聞こえなくなったこの世界で自分は神と通じ、それで『第九』が生まれてくる――という風に演じようかな……と、今、思いました(笑)。
石井:アハハ(笑)。
稲垣:石井さんから良いアドバイスをいただけて、嬉しいですよ。
石井:僕も吾郎さんから、ピアノ演奏する上でのヒントをもらえた気がします。だって、ベートーヴェンを演じたことのある人って、世の中でも少ないと思いますし!
稲垣:それはそうか(笑)。だけど僕も、本当にたくさんのヒントとアドバイスをいただいたので、今回は4回目にして、また新たな『No.9』として、新たなベートーヴェンを演じられそうです!
石井:楽しみにしています。ありがとうございました!!
インタビューを終えて
石井:改めて今日は本当にありがとうございました。
稲垣:いや~、いろいろ聞けて、感動しました。楽しかったです! 4度目の上演を迎えられて本当に嬉しいんですけど、ただやはりマンネリでは良くないし、どういう気持ちでまた演じようかなとちょうど思っていたところだったので、石井さんの新たな視点からの意見がいただけて、参考になりました。モチベーションが上がるというのはこういうことですね。石井さんも幼少期の頃からベートーヴェンと向き合ってこられて、僕よりも長い時間ベートーヴェンについて考えてきているでしょうし、俳優には見えていない音楽の世界もお持ちなので。今回、いいアドバイスをたくさんくださったので、改めて演じることが楽しみになりました。
石井:いや~、そんな、光栄な言葉をいただけるなんて! 僕も、とても楽しかったです。やっぱりお話をしていて感じたのは、波長というものがあって、それが深い部分のベートーヴェンに対しての愛情というところでつながっているように思えて仕方がありませんでした。
稲垣:アハハハ、そうですよね。
石井:吾郎さんの言葉で、一番印象に残ったのは「音楽の力」。やっぱり、ここですよね。ベートーヴェン自身も絶対に音楽の力というものを信じていたと思いますし。その言葉が今の稲垣吾郎さんの口から出てくると、もうベートーヴェンが言っているんじゃないのかな?って思ってしまうくらいで。早くも役が乗り移っているかのように、自然なトーンで聞こえてきたことにびっくりしました。
稲垣:それは、ありがとうございます(笑)。
石井:いや、ホントに、まるでベートーヴェンと喋っているような……
稲垣:僕だって、そう思いましたよ。
石井:でも、そういえばカーテンコールの映像を拝見した時、ちょっとまだ役が抜け切れていないようにも見えて、これはどっちなんだろう?って思ったんです。
稲垣:ああ、カーテンコールの時点では、実は僕自身は既に冷静なんですけどね。お客さんがまだそういう気持ちで見てくれているだろうから、あまりにも急に物語の世界から目を覚まさせてしまうと悪いと思っていて。
石井:そうか、なるほど。
稲垣:だから僕とベートーヴェン、両方です(笑)。だけど演劇の場合はカーテンコールにも、いろいろな考えがあるんですよ。役ではない、俳優の素の姿で挨拶してほしいという方もいらっしゃるし。だけど白井さんと僕らとで作りあげた物語世界をできればあまり崩したくはないという、白井さんの美学みたいなものもありますのでね。
石井:今のそのお話だけでも、みなさんがどうやって強いベートーヴェン像を作っているかが伝わってきます。カーテンコールまで、徹底しているんですね。
今日は本当にありがとうございました!
聞き手=石井琢磨 取材・文=田中里津子 撮影=山口真由子