【学びの多様化学校】「変わるべきは子どもではなく、大人」 ある校長の言葉が、子育ての悩みに刺さりすぎた
不登校の児童・生徒の新たな学びの場「学びの多様化学校」について。大分県「玖珠町立くす若草小中学校」を取材。全3回の3回目。
【▶画像を見る】タブレット純 「学校でうまくやれなくても生きてればいい」中学生の1割以上が不登校──。そんな危機的状況から、わずか1年足らずで開校した大分県の「くす若草小中学校」。そこでは、子どもたちの「やりたい」という思いを何よりも尊重し、「対話」を徹底するユニークな実践が重ねられていました。
小原猛校長への取材から見えてきたのは、大人が“教える”のをやめたとき、子どもたちが自ら輝き始めるという教育の原点でした。
目の前で川に流されている子どもたちを見捨てることはできない
──くす若草小中学校は、準備期間1年弱で開校されたとお聞きしました。まずは開校までの経緯を教えてください。
小原猛校長先生(以下、小原先生):玖珠町(くすまち)は、大分県の山間部にある小さな町なのですが、2023年の実態調査で不登校になっている中学生が11%もいることがわかりました。文部科学省の調査によると2023年度の全国の中学校における不登校の割合は約6%だったので、かなり多いと言えます。
開校時より校長を務める小原猛校長先生。教職員も生徒も「自分の呼び名は自分で決めよう」と、自身も学校では「たけしさん」と呼ばれている。 写真提供:くす若草小中学校
小原先生:そんな状況に梶原敏明教育長が、「何とかしなければならない」という危機感を抱き、学びの多様化学校に白羽の矢を立てたのが2023年7月のころ。
驚くべきは「来年2024年4月に開校しよう」と決断されたことです。開校まで1年弱というのは、普通では考えられないスピードなのですが、「目の前で、川に流されている子どもたちを見捨てることはできない。今、救わなければいけない」と考えられたんですね。
“不登校”に対する思い込みを捨てる
──小原校長先生は、2023年度まで、行政で長く人権教育に携わってこられたとのことですが、2024年4月に校長に就任してからは、どのように学校づくりに取り組まれたのでしょうか?
小原先生:着任してすぐ、学校教育目標を職員全員で決めました。それに当たって、まずは「不登校の子どもはこんな子だという決めつけを一切取っ払おう。生徒は“不登校児”ではなく、この学校を選択してくる“一人の子ども”なんだ」という認識を共有しました。そもそも「不登校」という言葉を使うのはやめようと。
「不登校」って、どこか別の視点から見ている人が使う言葉ですよね。その言葉に、子どもも親も、おじいちゃん、おばあちゃんも、かかわりのある人みんなが苦しめられてきた。
学校に「行かない」子もいれば、「行けない」子もいる。実際は一人ひとりみんな抱えているものが違うのに、第三者によって「不登校」という言葉で一括りにされてきたんです。
ゆったりとした空気が流れるくす若草小中学校。校長先生は子どもたちから「たけしさん」と呼ばれ親しまれている。 写真提供:くす若草小中学校
──「みんなが主役の学校」という教育目標には、一人ひとりに向き合おうという先生方の思いが込められていたんですね。
小原先生:そうなんです。一人ひとりを大切にしたい、尊重したい。だからまず手始めに、「自分の呼び名は自分で決めましょう」ということにしました。私も着任した2024年4月1日に初めて先生方と顔を合わせたときから「たけしさん」と呼んでもらっています。
呼び方は、「なんでもいい」とか「決められない」という子もいるのですが、「決まるまで待つよ」と伝えています。小さなことのようですけど、自分のことを自分で決めていくというのは、とても大事だと思っています。
探究の野菜作りより。探究活動は生徒たちの「やってみたいこと」を軸に組み立てる。こちらは「YASAI(やる気最強行くぞ遊園地)プロジェクト」と銘打ち、育てた野菜を道の駅で売り、収益金で遊園地に行くことを目指す。 写真提供:くす若草小中学校
毎日朝と夕方に設けた「対話」の時間
小原先生:また学校では、異年齢集団でのクラス編成や、学び直しを目的に自由進度学習の時間を取り入れるなど、イエナプランのエッセンスを取り入れています。
なかでも特に大切にしたのが、「対話」です。毎日「朝対話」、「夕対話」という時間を設けて、各クラスで対話を重ねています。テーマを設定して、それぞれが思うことや考えたことを自由に話し、聴き合う時間です。
──「対話」というのは、最初から全員できるものなのですか?
小原先生:コミュニケーションが苦手な子がいたり、対話というものをしたことがない子ももちろんいます。そのため年度初めは、その日の気分に近いイラストのカードを見せ合ったり、ソーシャルスキルを身に付けるゲームを織り交ぜたりします。そこから徐々に慣れていくようにしました。
テーマは先生が決めることもありますが、次第に子どもたちからもいろいろなアイデアが出てくるようになります。
対話の時間は、毎日さまざまなテーマで話し合う。写真のように端末を活用することも。ボールを持っている子が発言するというルールを設け、誰もが安心して発言できる場を保障している。 写真提供:くす若草小中学校
安心感で満たされると子どもは自分から話し始める
小原先生:対話をする上で大切にしているのは、価値観の違いを認め合うこと。ありのままの自分の気持ちを話していいし、聴く側はそれを尊重するという視点に立つことです。
対話を重ねていく中で、2年間引きこもっていたときの気持ちをふと話せるようになった中学部の子もいました。安心感で満たされたとき、子どもは自分から話し出します。それこそが対話の価値だと思っています。
──対話の力はすごいんですね。「話し合う」というより、「聴き合う」というイメージなのでしょうか。
小原先生:話において「聴く」ことはとても大切ですね。一方で、本校には校則やルールがないのですが、子どもたち自身が必要性を感じて、対話の時間に「給食の片付けは順番でやろう」というような決まりをつくることもあります。
自分が過ごしやすくなるためには、みんなが過ごしやすい環境でなくてはなりません。対話をしている中でそういうことにも気がついて、ルールを作ろうとなるわけですね。
「ルールがあるから守る」のではなく「必要だから作る」
──「ルールがあるから守る」のではなく、「必要だから作る」のですね。学校のルールは、ただ大人が守らせていることが多いですよね。
小原先生:そうなんです。効率的にやろうと思ったら、何でも大人が決めて守らせたほうが早いから。でも、この学校ではそうじゃない。どんなことでも、どんなときでも、子どもたちの「思い」が先にある。
例えば先日、学校のお祭りの日の当日、屋台チームの子が体調不良などで何人も欠席してしまったんです。先生たちも「どうしようか」と悩み、朝対話のときに子どもたちの意見を聞いたんです。
そこで、翌日の日課と入れ替えることが決まりました。翌日に延期したので、休んでいた子たちもみんな来られて、本当に楽しそうでした。
子どもたちとの対話から1日遅れで開催されたお祭り。当日は地域の人も巻き込み大いに盛り上がった。 写真提供:くす若草小中学校
「学校に泊まりたい」という子どもの声に応える
──対話というのは、やはり少人数だからこそできることなのでしょうか?
小原先生:人数の問題もあるかもしれませんが、肝心なのは、一人ひとりの子どもに向き合おうとする姿勢だと思います。
対話の時間だけでなく、ちょっとした雑談の中でも「そんなふうに考えているんだね」と考え方や価値観を認めていく。するとみんな過ごしやすくなります。ありのままでいいという感覚に向かっていく。
ここに通っている子どもたちは、転校という手続きを踏んで来ていますから、「学校に行きたい」「学びたい」「友だちと遊びたい」という明確な意思表示をしているわけです。その気持ちに、心からの安心安全を提供することでこちらも応えたい。
そのためには、「できない理由を考えるのではなく、できるための方法を考える集団になろう」と繰り返し先生方に伝えてきました。
例えば、去年実現した、学校にお泊まりするプロジェクトはまさにその象徴でした。
ここに来るまでほとんど学校に行けなかった女の子が、ある日「学校にお泊まりしたい」とつぶやいたんです。それに対して先生たちは、「何とかしてできる方法を考えよう」と動いてくれました。
「学校に泊まりたい」という一人の女子児童の呟きから実現したお泊まり会。 写真提供:くす若草小中学校
小原先生:正直、宿泊施設に泊まりにいくという選択肢もありますし、そのほうが効率的です。
でも出発点は、学校に嫌なイメージを持っていたかもしれない子どもの「学校に泊まりたい」という声だった。それを実現するのが私たちの役割だと先生たちは思ったんです。
布団を運ぶのが大変なため、お泊まり会で使う布団は災害用に準備されている簡易ベッドを役場からレンタルした。 写真提供:くす若草小中学校
小原先生:先日、子どもたちから「今年もやりたい」という声があり、今度は自分たちで役場に電話して、ベッドのレンタルをしていました。
そういう姿を見たときに、大人はよく「子どもが変わった」と言ったりしますよね。でもそれは、「変わった」のではなく、「成長」なんです。「前はダメだったけど、今は良くなった」のではなく、子どもは常に成長している。
ですから私たちも、子どもを変えようとするのではなく、本来持っている成長しようとするエネルギーを、ちゃんと発揮できる環境を整えることを心掛けています。指導ではなく、伴走支援ですね。
それでもやはり登校できない子はいます。でも、それを自己責任にはしません。来られないなら、私たちの関わり方や取り組みが、その子にとっての安心安全に値していないと考える。
「こういう学校だから頑張ってきてください」ではなく、一人ひとりに向き合いながら取り組みを作っていくのです。
変わるべきは子どもではなく、大人であり、学校であり、社会なのかもしれません。私たちもまだまだ未成熟なところがいっぱいありますが、伴走支援という立ち位置を追求していけば、できることがもっともっとあるんじゃないかと思っています。
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自己選択・自己決定や対話など、学びの多様化学校で行われている実践は、不登校の子どもたちだけでなく、すべての子どもが必要としていることではないでしょうか。
不登校ではないけれど、毎日辛い思いを抱えながら学校で過ごしている、ギリギリのところで踏ん張っている子どももたくさんいます。
すべての子どもが無理せず通える学校の在り方や、親の関わり方のヒントが、学びの多様化学校にあるのかもしれません。
取材・文/北京子
玖珠町立くす若草小中学校
住所:大分県玖珠郡玖珠町森3889
電話:0973‐72‐4141