ジャンププラスの野球漫画二作が対照的で、どちらも非常に面白い件
この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。
・ジャンププラスの「野球・文明・エイリアン」が大変面白いです
・数ある野球漫画の中でも、「異星にワープして、野球をやるために文明を作ってしまう」という展開はかなり異色だと思います
・あとヒロインのにいなさんが可愛いです
・野球に関するひたすら細かい知識を、にいなさんがもの凄い早口で喋っているところ、とても好き
・ところで同じジャンププラスに載っている「サンキューピッチ」も超面白いです
・この二作、同じ野球漫画でありながら、読み味や作品の特徴が極端に違っていて読み比べると脳がバグります
・「野球・文明・エイリアン」と「サンキューピッチ」が同じ媒体で同時期に読めるの、かなり奇跡的な事態だと思いますので皆さん読んでください
以上です。よろしくお願いします。
さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。いつものことですが、PR記事ではなく、単にしんざきが書きたくて書かせていただいているだけです。
皆さん、野球漫画ってお好きでしょうか?
野球漫画というジャンルは、数あるスポーツ漫画の中でもそこそこ人を選ぶようで、「全然読まない」という人と「よく読む」という人が、かなり明確に分かれているような肌感があります。
しんざきが最初に読んだ野球漫画は、確か「県立海空高校野球部員山下たろーくん」だった筈なんですが、それ以降もちょこちょこ野球漫画を読んでいます。
グラゼニもH2もラストイニングも逆境ナインも好きなんですが、「特に好きな野球漫画を二作あげろ」と言われれば、散々悩みつつ最終的には甲斐谷忍先生の「ONE OUTS」と押川雲太郎先生の「アウトコース」を挙げると思います。あと「砂の栄冠」も結構好き。
そんな野球漫画歴のしんざきが、最近「なんだこれ超面白い」と感じた二作が、いずれもジャンププラスに掲載されている、「野球・文明・エイリアン」と「サンキューピッチ」です。この二作、それぞれ非常に面白いものの、同じ「野球漫画」なのにほぼ真逆かなと思えるくらい方向性が異なっていて、同じ時期に同じ媒体に載っているのが相当稀な事態なんじゃないかと思うんですよ。
野球・文明・エイリアン
サンキューピッチ
既にご存知の方も多いとは思いますが、まず両作品を簡単に紹介させてください。
「野球・文明・エイリアン」の面白さについて
「野球・文明・エイリアン」は、最近ジャンププラスで連載が始まった野球漫画で、一言で表現すると「野球漫画のような形をした何か」です。
主人公の高次くんは、野球について何ひとつ知らない理系青年だったのですが、ある時野球大好き(控え目な表現)美少女であるにいなさんと出会って恋に落ちます。
ところが二人は突如異星にワープしてしまい、異星人であるヤルルたちに助けられます。しかし、当然のことながら異星に野球はありません。24時間野球を摂取し続ける生活が当然で、実の母親に「あの子は野球がないと死ぬの!」と言われるほどの野球愛の持ち主であるにいなさんの精神を守るため、高次くんはヤルルたちに野球を教えようとします。
と、ここまでのあらすじだけで、今井達也のスライダーかっていうくらいキレがある変化球の野球漫画だということはお分かりいただけると思うのですが、その面白さは変化球どころかド直球ストレートです。
まずこの漫画、「異星SFサバイバル」と「野球愛」という二つの要素が密結合していて、どちらの方向から読んでも楽しめるんですよ。野球/SFのスイッチヒッターです。
当たり前ですが野球をする前にまず生存しなくてはいけないので、ヤルルたちの協力を得つつも、高次くんたちは様々な工夫をして、暮らしを便利にしようとします。
例えば石鹸を作ったり、魚を採る道具を作ったり、紙を作ったり。高次くんの豊富な科学知識に基づいたサバイバル感については、「Dr.STONE」あたりと通じる楽しさがあります。
色んな工夫で、徐々に暮らしの基盤が整っていく描写、まさにCivilizationです。こういうの大好き。ヤルルの意志も確認しつつなので、一方的な押しつけになっていないところも好印象です。
更に、それら「文明作り」が「野球をするため」の努力とシームレスに繋がってもいることがこの漫画の特色です。「ゼロから野球をやるとしたらどうするんだ?」という読者の疑問に、「そこからか」というレベルで丁寧に答えてくれます。
人間と体の構造が違う異星人にボールを投げさせるとしたらどうするかとか、野球場を作るために投手・本塁間の距離である18.44mをメートル原器なしでどう計るかとか、変化球を投げるにはボールにどんな工夫をすればいいかとか、野球知識と科学知識に基づいた文明的な工夫が目白押し。
ヒロインのにいなさんのキャラクターが出色で、あまりにも野球愛が強すぎて生活どころか人間としての全存在が野球に投入されているようなヒロインでして、ありとあらゆる言動に野球知識が絡んでくるし、その言動による情報量も物凄いんですよ。
にいなさんが野球について語り始めると、ほぼページの三分の二が野球に関する情報で埋め尽くされます。ネーム作るのどんだけ大変なんだろうってレベルです。
吹き出しが野球ボール型になっているコマは衝撃的でした。あと、壁画に祈ってる時、にいなさん一人だけ神主打法になってるのも好きです。
高次くん自身「野球について語っているにいなさんめちゃくちゃ可愛い」と言っているのですが、「好きなことについて語る人」を見ているのはそれだけで楽しい。この辺り、にいなさんの発言に息をするように滑り込んでくる豊富極まる野球ネタを読み解くだけでも、十分この漫画は楽しめる、と言ってもいいと思います。
高次くんの科学知識と、にいなさんの野球への熱愛。この二つが、そのまま「文明作り」と「野球普及」という二つの漫画要素に繋がっていて、「野球・文明・エイリアン」という漫画を形作っている、とも言えるでしょう。
「やきゅ」という謎の効果音が、にいなさんがキャッキャしている時ごく普通に描写されているところも好き。あと、二話に一話くらいの頻度で一緒に温泉に入っているのも大変仲良しで良いと思います。
直近、ヤルルたちにも様々な謎がありそうで、SFサバイバル要素も強くなりそうな予感がしつつ、にいなさんの野球蘊蓄にひたれる展開、是非とも未読の方にも味わっていただきたい次第なのです。
「サンキューピッチ」の面白さについて
次に「サンキューピッチ」ですが、最近ジャンププラスで連載が始まった野球漫画で、一言で表現すると「野球漫画のような形をした何か」です。
この作品の舞台は神奈川県横浜市。恐ろしい才能の持ち主でありながら、肘の負傷とイップスから「一日三球しか全力で投げられない」という桐山が、県立高校のキャプテンである小堀と四番の広瀬に出会うところから話が始まります。
「弱小の高校野球チームが強力な助っ人を得て甲子園を目指す」という筋書きは王道の高校野球なんですが、その展開は凄まじいまでの「心理戦極振り」。
それも、試合どころか、試合前の練習や作戦相談、スタメン選びからもの凄く濃密な駆け引き、心理戦が繰り広げられるという徹底っぷりです。もちろん、「最強だが三球しか全力投球できない」という桐山に課せられた縛りが、試合でも駆け引きに効いてくるんですが、むしろ試合中よりも試合周辺の駆け引きの密度の方が高い。
ちょうど、この記事を書いている時点で7/7までの全話無料キャンペーンをやっているので、野球を知らない方も是非読んでみていただきたいんですが、最序盤の展開、伊能がスタメンを狙うために策謀するシーンだけでも、既にもの凄い駆け引きが展開していると思われませんか?「三球」という縛りを情け容赦なく突こうとする伊能と、それを阻止しようとする桐山、広瀬。最序盤から超熱いですよね。
あと、伊能がバットをペロペロ舐めてるシーン意味不明過ぎて好き。
私、始めは「まだ試合も始まっていないのに、ここまで濃密な駆け引きを書いてしまっていいのか……!?」と思っていたんですが、おそらく違うんですよね。「濃密な駆け引きを描こうとする時、別に舞台が試合である必要はない」んです。
作者さんがあまりに心理戦描写が得意過ぎて、試合でなくても熱い駆け引きが書けてしまう。前作の「ハイパーインフレーション」でも心理戦描写が凄かったですよね。
キャラクターにもとにかく味があり過ぎます。桐山や広瀬は元より、初期から「一見すると穏やかで気弱な眼鏡少年のように見せておいて、一皮めくるとド鬼畜」という気配を漂わせておいて、最近その正体を顕著にしてきた小堀。21話のスタメン選抜の話、「そこまでやるか」以外にいいようがない鬼畜っぷりなので、是非読んでいただきたい次第なのです。
一見不遜で自分勝手、甲子園に行って本を書くだけのために野球をやっていると豪語する伊能。彼の行動と策謀も非常にいい味出してるんですが、生意気で上を上とも思っていないような態度を見せつつ、彼、思考内で他人をバカにする時でさえちゃんと「○○先輩」って敬称つけてるんですよね。一見練習をサボっているようで彼なりの鍛え方をしている点も含めて、実は作中で一番生真面目なのでは説ある。
ことほど左様に、ひと癖どころか255癖くらいありそうなキャラクターたちが織りなす、虚々虚々虚々虚々実々くらいの駆け引きが、「サンキューピッチ」の最大の味わいだと考えるわけです。その点、(読み味は全然違うものの)甲斐谷忍先生の「ONE OUTS」と共通の面白さがあるように感じます。
あと、コマの端々で、ついでのようにキレッキレのネタが乱舞するのも大好き。「チャリで行け!」とか「へー事実ってこうやって歪められるのかー」とか好き過ぎる。
上述した通り、ちょうど折良く全話無料キャンペーンもやっています。まだ22話までしか出ておらず、追いつくのも容易かと思われますので、皆さん是非。
二つの作品の対比
さて。ここまででお分かりいただける通り、同じ「野球」というスポーツをテーマにしながら、「野球・文明・エイリアン」と「サンキューピッチ」は、かなり極端に話の方向性が違いますし、読み味も「真逆」といっていい程違います。
・野球という競技をハックするサンキューピッチと、野球をするためのインフラをハックする「野球・文明・エイリアン」
・「勝敗」に徹底的にこだわるサンキューピッチと、「勝敗」を発生させる段階までいくのが当面の目的の「野球・文明・エイリアン」
・舞台は王道ながら心理戦極振りなサンキューピッチと、舞台は異星なものの「野球の楽しさをみんなに広める」という展開は王道な「野球・文明・エイリアン」
・登場人物の大半が人間ではないが、キャラクターに癖はなくみんな素直な「野球・文明・エイリアン」と、登場人物の大半が人間だが、キャラクターに癖と二面性があり過ぎるサンキューピッチ
・好青年理系眼鏡が主人公の「野球・文明・エイリアン」と、純朴風ド鬼畜眼鏡が主人公のサンキューピッチ
・ヒロインであるにいなさんが無尽蔵の野球知識を持っている「野球・文明・エイリアン」と、ヒロインなのか議論の余地がある阿川先生が野球について何も知らないサンキューピッチ
まさに描写のランダウンプレイ。この二作、続けて読むと脳がバグります。これだけ方向性が極端に違う、けれど同じジャンルの漫画が、同一時期に同一媒体に載ることって結構珍しいんじゃないでしょうか。
と、まあ様々な側面からこの二作の対照性については語れるわけですが、一つ重要な共通点としては、「野球」という舞台で新たな可能性を探り、「野球」の見せ方をそれぞれのやり方で追求している漫画である、という点があげられます。
「野球」は広いんだ、同じ「野球」でもこんなに色んな楽しみ方があるんだ、という作り手の思いが、勝手にこちらに伝わってくるようです。
また、どちらの作品も、「丁寧過ぎる程野球についてきちんと読者に説明してくれる」という点も共通点かと思います。「野球・文明・エイリアン」では当初野球素人だった高次くんが聞き手になって、にいなさんの野球知識を学んでいきます。一方、「サンキューピッチ」では、監督のくせに野球についてド素人な阿川先生が、呆れられつつ野球についての説明を受ける役になっています。
野球のルールって結構複雑なので、この辺を自然と読者に伝えられる作りになっているのはとても上手いと考えます。まあ、にいなさんの話は初心者向け知識を三段階くらい突き抜けているんですが。
「野球」を分かりやすく見せてくれるし、「野球」以外にも楽しみどころが豊富にあるということで、「今まで野球漫画を読んで来なかった」人にこそお勧めしたい二作でもあって、これだけ対照的な作品を同時にもってきたジャンププラス編集部さんは間違いなく「どんな嗜好の持ち主でも野球漫画好きにさせてやる」という野望をお持ちなのではないかと考える次第なのですが、考え過ぎである可能性は否定しません。
なお、ついでのように言及してしまうのは大変申し訳ないのですが、ジャンププラスは王道中の王道野球漫画である「忘却バッテリー」も擁しており、こちらも大変面白いです。一方本誌で始まった「ハルカゼマウンド」も「王道から外れた」選手たちを集めて王道を歩むという展開が面白そうでもあります。
ここ最近のジャンプの野球漫画押しは、読者としても野球ファンとしても大変楽しませていただいているところであり、皆さんにも是非お読みいただければと思う次第なのです。
みなさん、野球知識を語り倒すにいなさんを見て幸せになりましょう。
今日書きたいことはそれくらいです。
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【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo:Joshua Peacock