食べる力を支える“勝負めし”の知恵― アスリートと高齢者に共通する「栄養」と「工夫」 ―
こんにちは、大八木京子です。前編では、私が30年アスリートを支えてきた日々の中で感じた「料理に込める思い」や「食卓が与える心のケア」についてお話ししました。 後編では、もう少し実践的な視点から、これまでの思いを軸に調理の工夫について、私の経験を交えながらお伝えしたいと思います。
栄養士として介護施設向けに献立を考えていたこともあり、そのときの経験が、いまの“勝負めし”の基礎になっていると感じています。年齢も体力も違う人たちを、同じように「食べる力」で支える。そのヒントは、特別な食材や調理法ではなく、日々の台所にあるんです。
今回の記事では、「食べること=生きる力を支えること」という想いを軸に、アスリートにも高齢者にも共通する“体と心を守る栄養”について、より具体的な工夫や考え方をご紹介します。介護をする方も、される方も、あたたかなごはんを通じて元気になってほしい。そんな思いを込めて、レシピとともにお届けします。
「食べること=生きる力を支えること」
長年の寮母生活のなかで話していた「食事はほっとできる時間であってほしい」という言葉には、単なる料理の提供を超えた意味が込められています。厳しいトレーニングを終えたアスリートたちが、心からくつろげるひとときを持てるように——そんな想いから、日々の食事に心を込めてきました。
たとえば誕生日には、一人ひとりに手書きの手紙を添えたスイーツを贈っていました。単なる栄養補給ではなく、「あなたの存在を祝う」というメッセージを、料理という形で届けていました。食事は、人と人とをつなぐコミュニケーションの場であり、誰かが自分のことを思って用意してくれたという実感が、食べる力、さらには「生きる力」に直結します。
実際に、ある選手から「寮で京子さんの料理を食べていたら風邪をひかなくなった」「身体が大きくなった」と言ってもらったことがありました。そうした言葉は、食事が「体と心の両方に届いている」ことを実感できる、大切な記憶として心に残っています。
寮で普段出しているハンバーグ、成人の日に出すちらし寿司……行事食や季節メニューも取り入れています。
また、食卓の雰囲気や空気感も極めて重要です。湯気の立つ味噌汁の香り、仲間とともに囲む夕食、安心して話せる雰囲気——それらが複雑に絡み合って「美味しい」という感覚を形成します。そうした目に見えないおいしさが確かに存在していると感じます。
これは、介護の現場にも通じる普遍的な考え方です。たとえ豪華な食材や手の込んだ調理ができなかったとしても、「どんな思いでその食事が用意されたか」が、受け手の気持ちに与える影響は計り知れません。食事とは、単なるエネルギー源ではなく、「私は大切にされている」と感じさせる機会にもなるのです。
疲れている日も、落ち込んだ日も、温かくやさしいごはんが心を癒してくれる。そして、誰かが自分のためにそれを作ってくれているという事実が、日々を生き抜く力をそっと支えてくれる——そんな食卓の奇跡を、介護のなかでも育んでいけるはずです。
高齢者介護に活かす、実践メニュー3選
以下にご紹介するのは、「家庭料理」と「栄養ケア」の両立を叶える、工夫を取り入れたメニューです。
メニュー
栄養ポイント
工夫点
豆腐ハンバーグのあんかけ
高たんぱく・やわらか
野菜入り/嚥下も安心
はんぺん入り肉団子の野菜あんかけ
たんぱく質・ミネラル補給
はんぺんでふわふわ食感/野菜の彩りで食欲アップ
冷やしそうめん(鶏ささみ・おくら・トマト添え)
炭水化物・ビタミン・たんぱく質補給
冷たく喉ごし良好/ささみ・野菜トッピングで栄養バランス◎
豆腐ハンバーグのあんかけ
豆腐ハンバーグに、柔らかく煮た茄子と大根おろしのソースをかけており、優しい味わいと食感を意識し仕上げています。
材料(2人分)
木綿豆腐:1丁
鶏ひき肉:150g
玉ねぎ(みじん切り):1/4個
にんじん(すりおろし):1/4本
片栗粉:大さじ1
茄子:1本
もやし:1/3袋
和風あんかけ(出汁+しょうゆ+みりん+片栗粉+大根おろし)
作り方
水切りした豆腐と鶏ひき肉を混ぜる
玉ねぎ・にんじん・片栗粉を加えて成形
両面を焼いて中まで火を通す
ハンバーグを焼いたフライパンで、8等分に細く切った茄子ともやしを炒める
茄子がしんなりと柔らかくなったら、和風あんかけの材料を加えて煮詰める
焼き上がったハンバーグに、茄子ともやしのあんかけをかけて完成
はんぺん入り肉団子の野菜あんかけ
魚のすり身であるはんぺんと鶏ひき肉を合わせた、たんぱく質豊富でふんわり食感の肉団子。野菜のあんで包むことで栄養価も高く、やさしい味わいに仕上がります。
材料(2人分)
鶏ひき肉:100g
はんぺん:60g(1/2枚)
卵:1個
玉ねぎ・にんじん・しいたけ:各少量
出汁・しょうゆ・みりん・片栗粉
作り方
はんぺんをちぎって鶏肉・卵と混ぜ、団子状に丸める
フライパンで焼くか、ゆでる
細切り野菜を出汁で煮て、あんを作り肉団子にかける
鶏肉とトマトのサラダ風冷やしそうめん
シャリシャリとしたトマトのめんつゆが新鮮な一品。冷たくゆでたそうめんに、鶏肉とオクラの彩りが映える、暑い時期にも食べやすいメニューです。
材料(2人分)
そうめん:3〜4束
サラダチキンまたはささみ:100g
トマト:1個(角切り)
オクラ:2〜3本(ゆでて輪切り)
めんつゆ(3倍濃縮):30ml
冷水:200ml
作り方
トマトは角切りにしてめんつゆと合わせ、冷凍庫で冷やす
そうめんは茹でて冷やし、水気を切る
鶏肉とオクラをのせ、冷たいつゆをかけて完成
誰かのために作るごはんは、必ず力になる
トップアスリートの世界でも、介護の現場でも、「食べることの意味」は決して変わりません。食事は単なるエネルギーの摂取行為ではなく、人生を支える「基盤」であり、心と体の両方を穏やかに整える「習慣」であり、「営み」です。どんなに緻密に栄養計算された食事でも、心が伴わなければ、人を本当に元気づけることはできません。
「必要な栄養を、優しく、楽しく、美味しく、届ける。」30年間、毎日続けてきました。「勝負めし」には、特別な食材や高価な道具はありませんでした。それでも、選手たちはそのごはんを楽しみ、時に慰められ、また次の一歩を踏み出していきました。
数字では計れない思いやりとまなざしがこもった一皿。それこそが、食事が持つ本当の力だと思います。食欲が落ちたとき、心が折れそうなとき、言葉にできない不安を抱えているときでも、食卓に向かう時間が「安心」と「喜び」に変わるならば、それだけで人は前を向けるでしょう。
介護の現場は、しばしば正解のない選択の連続だと思います。しかし、食事を通して「あなたのことを思っている」というメッセージを届けることは、誰にでもできる支援のひとつ。それぞれの現場で、食事に込める想いをかたちにしていきましょう。
「勝負めし」は、決してアスリートだけのものではありません。高齢者の毎日を支え、介護する側にも希望を与える「やさしい力」として、これからも多くの現場で生き続けていくはずです。