現役眼科医が開発、スマホの「光」と「カメラ」で眼科診療 OUI Inc.
「世界では白内障が原因で失明する人が多い」と聞くと、日本人にとっては意外かもしれないが、開発途上国では医療水準や経済的な理由で白内障が放置されるケースが少なくない。慶應義塾大学医学部発のスタートアップ、OUI Inc.(ウイインク、以下OUI)は、こうした社会課題の解決を目指す現役の眼科医が創業。開発途上国でも広く普及しているスマートフォンに着目し、スマホのライトとカメラを眼科診療ができるように最適化する外付け式のプロダクトを開発した。共同創業者でCEOの清水 映輔氏に、創業の経緯やプロダクトの特徴について聞いた。
<font size=5>目次
・ベトナム農村地域で直面した社会課題
・スマホの光源やカメラを医療水準に
・日本や海外での導入実績は
・眼の「健康経営」で企業提携に積極的
ベトナム農村地域で直面した社会課題
―スマートフォンで眼科診療ができる革新的なプロダクトを開発しました。どのような社会課題の解決を目指したのですか。
OUIを同期の眼科医と3人で創業したのは2016年ですが、製品のアイデアを思い付いたのは2017年10月、NPO法人「Fight For Vision (FFV)」の活動でベトナムの農村地域を訪れた時の経験によるものです。
清水 映輔OUICo-Founder & CEO2013年慶應義塾大学医学部卒、眼科専門医・医学博士。東京歯科大学市川総合病院、慶應義塾大学病院などに勤務。2016年に同級生の眼科医3名とOUI Inc.を起業。ベトナムでの白内障手術ボランティア参加をきっかけに、安価で誰でもどこでも眼科診察が可能な「Smart Eye Camera」を発明、学術化の後に医療機器としての実用化に成功。
当時、眼科医として働きながら、白内障手術のボランティアに参加していたのですが、農村地域には白内障を診察するための診断機器がありませんでした。眼科診療では通常、スリットランプ(細隙灯顕微鏡)という専用機器を用い、患者さんの眼球にスリット光という細い光を当てて診断しますが、現地には代替品としてペンライトを持って行って診察するような状況でした。
ただ、ペンライトは精度が悪いですし、電池も粗悪だったため、使っている途中で電池が切れてしまう。そのため、現地の方々は手持ちのスマートフォンのライトを使い始めたんです。高性能な眼科診療機器はないけれど、スマホは普及している。ただ、スマホのライトも眼を診るのに最適化されているわけではない。この時、「ここに何かしらの細工をすれば、眼を診察できるようになるのでは」というひらめきが生まれ、製品開発へとつながっていきました。
先行研究を調べたところ、すでに世界では同様の取り組みの事例がありましたが、形にはなっていませんでしたし、全然上手くいっていないように見受けられました。それなら自分たちが成功させよう、という思いでした。
―製品開発はどのように進めましたか。
最初は3Dプリンターやレーザーカッターのある工房で自分たちで試作品を作ったのですが、何の知識もなく、分からないことを調べながらだったので大変でした。プロトタイプが完成したのは2019年6月で、開発着手から数えて約1年半かかりました。誤解を恐れずに言えば、医師のスタートアップの特性として、スタートアップの事業に生活の全てがかかっているわけではないので、開発期間がどのくらいになるか最初は分かっておらず、反対にどれだけ時間がかかってもいいから納得いく製品を作ろうと考えていました。
私は当時、眼科医として2年目、3年目ぐらいの年次だったのですが、普通であれば眼科の勉強だけするのが当たり前のところ、そのようなステレオタイプとは異なることをしていたので、周囲から少し違う目で見られていたとは思います。
それでも、眼科医として数年目の年次の人間が、世界の失明をなくせるようなアイデアに気付いたというところが一番大きくて。眼科医からすると、患者さんが失明するということは、内科の先生などにとって患者さんがお亡くなりになるのと同じことなんです。それを考えると、通常のキャリアとは違うかもしれませんが、眼科医としての目的は同じだと思っています。
image: OUI
スマホの光源やカメラを医療水準に
―どのような機能を持つのか、製品の特長を教えてください。
当社の主要製品は「Smart Eye Camera」(以下、SEC)というスマートフォン装着型の眼科医療機器です。スマホに外付けするアタッチメントになっています。特徴的な機能は、スマホのカメラと光源のみを利用し、診断に必要な「光の形」に変換したり、「拡大して撮影」したりすることです。臨床研究などの結果として、既存の細隙灯顕微鏡と同等の性能があることが証明されていて、白内障や緑内障などの眼科疾患を診断することができます。眼科の専門医でなくても、非常に簡単に使用することができるのも特徴です。日本国内にも類似の製品はありますが、デバイス自体が大きく、重量があるものだと約40倍ほど重かったりします。当社の製品は、ポケットに入れて持ち歩けるサイズと軽量さも特徴です。
ソフトウェア面では、撮影時の調整機能や画像管理をはじめ、遠隔診断やAI診断が可能なところまで作り込んでいます。プロトタイプが完成したのは2019年6月と申し上げましたが、製品を公式に販売し出したのは2022年からです。ハードウェアが完成してからも引き続きソフト開発を行い、納得いくクオリティまで作り込みました。
image: OUI
日本や海外での導入実績は
―日本国内や海外での導入実績を教えて下さい。
日本では100台以上導入されていて、半分は眼科医、もう半分は離島や僻地など眼科医がいない場所で使われています。
実際の使用例としては、新型コロナ流行時の緊急事態宣言中、当初は翼状片が疑われた伊豆諸島の神津島の女性の患者様を、自己免疫性角膜潰瘍と診断することができ、本来であれば東京での受診が必要だったところを、島にあるステロイド点眼の処方で治すことができたという症例がありました。こちらの症例に現地で対応したのは眼科の専門医ではなく、SECで撮影した眼の画像を元に、医師と医師が遠隔相談することで診断から完治までを島内で完結できたという事例になります。
そもそも東京都の離島は、人口の多い大島と八丈島以外、眼科医は常駐していなくて、その2島も週に1度眼科医が来るだけなんです。眼科医が常駐していないと、先ほどのような症例に対してなかなか対処できないですし、患者様自身も東京の方々とはちょっとマインドが違う。「お医者さんならなんでも診れるんでしょう」というマインドの方は多く、現実問題として、そうした期待に応える必要があるわけです。
また、能登半島地震の発生後には、当社のメンバーが医師会と共に被災地に赴き、災害医療のお手伝いをさせていただきました。被災地の状況などにも配慮しながら、医療活動を行えるのがこのスマートアイテムなのかなと思っています。
―海外はいかがでしょう。
海外では60カ国以上で計200台以上が導入されています。開発途上国が中心で、東南アジアや中南米、アフリカの国が多いです。海外に関しては、学会など学術的な露出がすごく効果的なので、私たちは論文だったり、学会発表だったりをすでに100本以上出しています。もちろんこれはマーケティング目的だけじゃなく、エビデンスファーストの考え方が最初に来ていて、しっかりとしたエビデンスを出しながら、海外での普及を進めていくという方法を取っています。
image: OUI
眼の「健康経営」で企業提携に積極的
―日本企業とのパートナーシップや協業としてはどのような形を考えていますか。
眼科検査に特化した企業向けメディカル眼科検診訪問サービスの「Mobile Eye Scan(モバイルアイスキャン、以下MES)」といった新しいサービスは、「健康経営」を考えている企業にとって非常に有用なものになると考えています。
現在の健康経営はメンタルヘルスや成人病などに焦点が当たっていますが、次に来るのは確実に眼です。老眼やドライアイなどは労働生産性の低下にもつながりますから。ですので、新しい健康経営のアイデアやサービスとして、われわれも眼科関連のソリューションを提供していきます。そういったことにご興味がある企業や、企業向けに健康サービスを提供しているような会社との連携は積極的に行っていきたいです。
MESの最近の事例では、とある大手IT企業からの依頼を受けて本社オフィスまで出向き、約300人の従業員を対象に検診を実施しました。そうしたところ、1人の方から翼状片が見つかったのです。そのまま放っておけば視力低下につながりますが、検診で発見できたため手術を行い、その後、回復へと向かいました。
このようにMESは、視力や眼圧を図るだけの通常の健康診断では発見できないさまざまな眼の疾患を早期発見することにつながります。精度の高い検診ができるので、企業検診に熱心な企業の健康経営にダイレクトに刺さるサービスになると思います。
―「世界の失明を50%減らす」をミッションに掲げています。今後の事業展開はどのように考えていますか。
日本国内と世界展開を同時並行で進めていきますが、まずは日本での成功を考えています。世界の国々はこれから先進国化していくので、すでに先進国である日本でベースを作り上げ、それを他の国々で導入していくというイメージです。
直近の売上高は助成金も含めて約8000万円ですが、今後は採用も増やしていき、5年後、10年後には10億円以上の売上を達成したいと考えています。
従業員数なし