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印象派は“外”だけじゃない ― 「印象派―室内をめぐる物語」(レポート)

アイエム[インターネットミュージアム]

印象派というと、光あふれる屋外風景を思い浮かべがちですが、彼らが描いたのは自然だけではありません。19世紀後半、近代都市パリの生活の中で、室内という私的な空間にも関心を寄せ、そこに人間の心理や日常の親密さを表現しました。

国立西洋美術館で開催中の「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」では、オルセー美術館の名品を中心に約100点の作品を紹介。若きドガの《家族の肖像(ベレッリ家)》をはじめ、マネ、モネ、ルノワール、セザンヌらが描いた“もうひとつの印象派”を堪能できます。


国立西洋美術館「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」会場入口


展覧会は1章「室内の肖像」から始まります。19世紀のサロン(官展)や美術市場を席巻した肖像画は、印象派にとっても重要な表現手段でした。

アトリエや文筆家の創作の場を描いた肖像では、交友関係や芸術理念を示唆する小道具を配置。家族を描いた集団肖像では、親愛の情や心理的なドラマが繊細に描き出され、子どもを中心とした近代的な家族観も浮かび上がります。


1章「室内の肖像」 「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年


1866年、小説家ゾラは雑誌でマネの作品を擁護し、翌年にはその評論を冊子として出版しました。マネは感謝を込めて、ゾラの肖像画を制作します。

羽ペンやインク壺が職業を象徴しているほか、浮世絵や屏風など日本美術の影響も見られ、当時の西洋画壇に吹き込まれた新風を感じさせます。


エドゥアール・マネ《エミール・ゾラ》1868年 オルセー美術館


ドガの《家族の肖像(ベレッリ家)》は、本展で待望の初来日となる傑作です。モデルはフィレンツェに亡命していた叔母の家族で、喪服をまとった叔母と娘たちが印象的に描かれています。

厳粛な叔母と沈んだ叔父、お行儀の良い長女とお転婆な次女。登場人物の性格や心理関係までもが、表情やポーズ、配置によって巧みに表されています。


エドガー・ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》1858-1869年 オルセー美術館


2章「日常の情景」では、家庭や仲間内の団欒が描かれます。印象派の画家たちは、奏楽会や読書、針仕事など、私的な室内のひとときを題材にしました。

神話や歴史の物語を離れ、実在する女性の生活空間を舞台にしたこれらの作品では、人間関係や室内特有のくつろぎが表現されています。


2章「日常の情景」 「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」展示風景、国立西洋美術館、2025年


ルノワールの《ピアノを弾く少女たち》は、寄り添ってピアノを奏でる少女たちを描いた人気作です。

19世紀当時、ピアノは裕福さと文化的教養の象徴であり、上流階級の嗜みでした。優雅で理想的な家庭像を描いたこの作品は、ルノワール後期の柔らかな筆致と穏やかな色調をよく示しています。


ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノを弾く少女たち》1892年 オルセー美術館


同じくルノワールの《大きな裸婦》では、ふくよかな身体を穏やかな光と色彩で包み、伝統的なテーマを新たな視点で再解釈しています。

横たわる女性のくつろいだ姿は、アングルやマネの作品とは異なる、親密でやわらかな印象を与えます。


ピエール=オーギュスト・ルノワール《大きな裸婦》1907年 オルセー美術館


3章「室内の外光と自然」では、戸外と室内をつなぐ空間が取り上げられます。

アルベール・バルトロメ《温室の中で》は、画家の妻が温室に足を踏み入れる姿を描いた作品。明暗のコントラストと鮮やかな彩色が印象的です。

展覧会では夫人が着用していたサマードレスも展示し、当時の生活文化を伝えます。


(左)《アルベール・バルトロメ夫人のドレス》1880年 オルセー美術館 / (右)アルベール・バルトロメ《温室の中で》1881年頃 オルセー美術館


陶磁器の絵付師ランベールと販売業者ルソーが制作した「セルヴィス・ランベール」は、北斎や広重、暁斎ら日本の絵画からの引用が見られます。

平皿のバッタの図案も、森春渓の画譜『肘下選蠕』あるいは『春渓画譜』に由来すると考えられています。


アンリ・ランベール(絵付)、ウジェーヌ・ルソー(企画販売元)「セルヴィス・ランベール=ルソー」より(左から)平皿 藤沢 1873-1875年(1873年頃原型) / 平皿 燕 1873-1875年(1873-1875年頃あるいは1884年以降) / 平皿 バッタ 1884年以後 / 平皿 佐州塚原雪中 1873-1875年(1873年頃原型) オルセー美術館


最後の4章「印象派の装飾」では、自然を室内に取り込む新しい芸術形式が紹介されています。

モネの「睡蓮の間」に代表されるように、絵画や装飾芸術の境界が曖昧になると、画家たちは生活空間を彩る装飾作品を制作しました。

モネ《七面鳥》は、実業家オシュデの邸宅を飾るために描かれた作品です。群れを堂々と捉えた大胆な構図は、印象派初期の躍動感を伝えます。


クロード・モネ《七面鳥》1877年 オルセー美術館


印象派の支援者でもあったカイユボットは、園芸への情熱を作品に注ぎ込みました。

《ヒナギクの花壇》は自邸の壁面装飾として構想され、白い花々が一面に広がる画面は、のちのモネの「睡蓮」を予感させます。


ギュスターヴ・カイユボット《ヒナギクの花壇》1893年頃 ジヴェルニー印象派美術館


印象派の画家たちが見つめたのは、光の中の風景だけではなく、身近な室内に息づく人間の営みでした。

150年を経た今も私たちに静かな共感を呼び起こす作品の数々をお楽しみください。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年10月24日 ]

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