ノウハウをいっている本はつまらない?「お笑い派」と「武闘派」の人たちが自己啓発本について話す座談会。
生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第13回。「昔からハウツーやノウハウにすがるタイプ」と水野さん。そんな自分を否定しつつも「モテたい」の一心で「笑い」の道をつきすすんできた。‥‥と、そこから広がる尾崎さんと古賀さんの思いがけない話。
糸井
今日の最初のほうに「自己啓発本には面白いものだけじゃなく、つまんないものもけっこうある」という話がありましたよね。つまんないのってどういうものなんですかね。
尾崎
結局ね、ノウハウを言ってる本はつまんないんですよ。「こうやったら金持ちになれる」とか。
古賀
ああー。
尾崎
だけど水野さんの『夢をかなえるゾウ』でガネーシャが最初に言うのって「トイレ掃除しろ」「靴を磨け」「コンビニで寄付しろ」とかなんですよ。それ、ノウハウじゃないんです。
別にそれで金持ちになれるわけじゃないけど、その先に得られるものがあって「そこに気づけ」ってガネーシャは言うわけじゃないですか。
そういうノウハウじゃない自己啓発思想ってあって、そこを伝える本はやっぱり面白いんですね。
糸井
はい。
尾崎
だから水野さんがさっき、ユーモアを交えつつ『夢をかなえるゾウ』が臭いとか言ってましたけど(笑)、僕はまったく臭いなんて思ってなくて。
むしろ、こんなに遠回りな自己啓発本って他にないと思うんですよ。遠回りであることがすごく尊いなと。
糸井
水野くんも最初作ったものはつまんなくて、面白くしようとしたらこうなったという。
水野
そうですね。面白くないとほんとに売れないなとも思いましたし。
まあ、僕はもともと自分に自信がないから、「ありとあらゆる武器を出し切らねば」というスタンスが基本にあるんです。
「好きな人にモテたい」という思いも、それを叶えるにはオシャレとか、イケてるかとか、数字も必要だし。でも一方で女性は優しさを求めもする。じゃあそこでやれることはすべてやってやろう。そんなふうに考えて、行動していったわけですけど。
だから同じように、最初の365個の習慣の本だと「これだとまだ売れない」「まだモテない」。そう思って自分の出し切れる新しさとか、ギャグとか、感動とかを乗せつづけた結果、こうなった感じなんです。
糸井
水野さんは「分析して、どうにかする」という部分で、すごい修練してますよね。
水野
そこはもう執念というか(笑)。それも自信がないからだと思うんですけど。
あといま尾崎先生から「ノウハウ本はつまらない」という話がありましたけど、僕は昔からハウツーとかノウハウにすごくすがる人間だったんですよ。
そういう自分について「めちゃくちゃ気持ち悪いな」と気づいているところはありつつ、それしか道がなかったんで、その道を突き進んで。
糸井
どんなふうに、いまに至るんですか?
水野
もともと僕の中学高校時代って、世の中で「笑い」が力をすごい持ちはじめた頃なんです。
当時のモテる4要素って「イケメン」「喧嘩の強さ」「オシャレ」そして「笑い」。そのどれかがないと絶対にモテない。勉強がどれだけできても全く関係ない。
で、自分のなかにやっぱりどうしようもなく「モテたい!」というエネルギーが沸いているわけですね。
とはいえ自分はイケメンじゃないし、喧嘩も強くないし、オシャレでもない。
そのとき松本人志さんが出てきて、『寸止め海峡』というお笑いライブの最後に「イケメンもいるし、スポーツ選手もいる。だけど自分はそうじゃない。でも、俺には笑いがある」と。そんな野暮なことを、バーンと言ったんです。
10代の僕はそこでウワーッと打ちのめされて「すげぇ‥‥‥‥笑いだ!」みたいな。そういう光の一点に出合って。
だから僕は自分の生存のために「笑い」がすごく重要だったから、そこからもう、ノウハウやハウツーの気持ち悪さを思いながらも、なんとか「笑い」を掴み取るために、無我夢中で。『たとえことば辞典』とかを熱心に読んだりしながら、自分なりに上を目指したんです。
糸井
モテる要素として「笑い」がガーッと広がった時代に戦ったんだね。
水野
はい。まぁ、のちに松本さんは「笑いは才能のある奴しかやっちゃダメだ」みたいな発言もされてて、「おいおいー、おいおいー」とかも思ったんですけど(笑)。
だけど、とにかく僕は「笑い」のノウハウを自分なりに一所懸命学んできて、そのとき見つけたことを、うまくおすそわけできてるかわかりませんけど、とにかく書いたのが、処女作『ウケる技術』ですよ。
「笑いとは、天性のものではない。ノウハウで、努力して手に入れられるスキルなんだ!」という、まさに「外は変わらないけど内は変えられる」というメッセージが込められた自己啓発本になりまして。
そのときに帯の言葉を書いてくれたのが、糸井重里さんだったんです。その歴史があって、今日のこの場に至るという。ですから僕も実は1本の線でつながっております。
古賀
一大叙事詩(笑)。
水野
だから今日はもう「何が起きるんだろう?」「何を喋ろう?」みたいな。
糸井
つまり水野くんは自己啓発の精神のもと、「技術」という言葉に代表されるような職人仕事をずっとしてきたってことだね。
水野
僕としては、もうそのつもりで。
尾崎
ちなみにですけど、僕もお笑い出身で。
水野
‥‥え?
古賀
そうなんですか。
尾崎
小学校5年生までは、お笑いを追求しようと思ってて。
水野
ええー(笑)。
糸井
最高(笑)。
尾崎
小学校5年までは人を笑わせることに命をかけていたんです。僕の時代は欽ちゃんなんで、当然、浅井企画かなんかに入って、欽ちゃんと一緒にやるのかなと思ってたんですけど。
だから水野さんの『夢をかなえるゾウ』を読んで、「あ、この人は『笑い』の人だ!」って、同じ匂いを感じたんですよ。学会発表とかもいま、ほとんど落語のようにやってて。
糸井
はぁー。
水野
いや‥‥はい(笑)。これ、なんなんですか、これ。
尾崎
だからこの『14歳からの自己啓発』も、実はある意味で「笑い」の本なんですよ。
糸井
たしかに文体に「笑い」が入ってますからね。今日はこの人に会うんだと思ったら、僕は安心感があって楽だったんです。
古賀
そうですよね。
糸井
一方で古賀さんは、「勇気」という言葉がすごく重い人だと思うんですけど、気持ちの話をいつもしたい人ですよね。
古賀
はい。たぶん僕はそこが、いまの水野さんの話と全然違うところで。
僕は「笑い」とかではなく、出身が体育会なので。あの‥‥「努力」とか「根性」とかが、大好きな人間だったんですよ。
「毎日腹筋1000回する」みたいなのが大好きで。「鍛えられた自分の腹筋が、嬉しくて仕方ない」みたいな人間だったから(笑)。
当時の自分ってたぶん、全部を腕力で解決しようとする人間だったと思うんです。
糸井
困ったなぁ(笑)。
古賀
まぁ、そこでの腕力って「いざとなったら腕相撲で勝負しようぜ」みたいなことなんですけど。
だけどそういう道を進んでると、他の要素はけっこうどうでもよくなってきて。自分の体に対する馬鹿な自信があって、「最後、核戦争が起きたら、生き残るのは俺だよな」「みんな死んでも俺は生き残るよな」って。
糸井
どうだろう(笑)。
水野
ねえ。
尾崎
それで言ったら‥‥僕も武闘派なんですよ。
古賀
あっ、そうなんですか。
水野
‥‥いやいや、ちょっと待って!(笑)尾崎さん、「全部の話にのっかるタイプの人」っていう可能性すら、いま出て来てて。
尾崎
ほんとに僕、武闘派で。プロレスからはじまってるんですけど、柔術をやってるんです。5段で、師範で。自分で道場を開く資格も持っているんですよ。
水野
へぇー。
古賀
へぇー。
糸井
(笑)それ、書いといてほしかったですね。
尾崎
普通の人相手なら、もし殴りかかってきたら2秒ぐらいで‥‥。
古賀
怖い(笑)。うかつなこと言えない。
糸井
すごいね。土台にかかわる話です。
水野
急にぶっこんできましたね。
尾崎
お笑い出身で、武闘派出身だから、このおふたりとは絶対話が合うんですよ。
糸井
なるほど、今日はそういう人たちが集まって。
古賀
ああ(笑)。
糸井
いやあの‥‥僕、いまちょっと置いていかれそうになりました。けっこうすごみがありました。
水野
これはもう、置いていかれてもしょうがないんじゃないでしょうか。尾崎さんの急なぶっこみがすごすぎて。お笑いまではいけても、まさか武闘派でもあったって。
尾崎
(笑)
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(13)「お笑い出身と、武闘派出身。」)
古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。
水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。