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代々エゾシカ猟を生業にしてきた猟師親子の仕事と夢【北海道・浜中町】

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北海道東部、釧路管内にある浜中町。酪農と漁業を基幹産業とするこの町に、代々エゾシカ猟を生業とするハンター一家が暮らしています。当代を務める3代目はエゾシカの「命をいただく」ことの意義に自問自答しながら、エゾシカ猟から食肉加工、販売までを手がけ、教育活動も行っています。若き4代目は先代の知識と経験を継承すべく技を磨きながら、エゾシカ猟を通じた更なる事業化を目指し奮闘しています。浜中町でエゾシカ猟の理想のカタチを追い求めるハンター親子の思いに迫ります。

前提として知っておきたい、エゾシカが道東での暮らしに与える影響

牧草地で群れをつくるエゾシカ。傍目からみればのどかな光景にも見えるが……。

北海道では今、増えすぎたエゾシカが駆除の対象になっています。北海道の調査によれば、2022年のエゾシカの推定生息数は約72万頭。一時期に比べて生息数は減少しましたが、近年はまた上昇傾向にあります。その理由はエゾシカの高い繁殖力に加え、気候変動で積雪期間が短くなり、積雪量が低下したことで餓死する個体が減ったからだと分析されています。越冬する個体が増えたことに加え、狩猟者が減少していることも、その傾向に拍車をかけています。

その結果、エゾシカの採食で森の植生が変化し、踏みつけによる生態系への影響も危惧されるようになりました。ほかにも、北海道の基幹産業である酪農業に欠かせない牧草の食害が問題化し、農林業の被害額は2021年度だけで実に44億8千万円にのぼります。(出典:北海道『エゾシカ推定生息数』『エゾシカ対策係』)

そして、生息数の増加は地域民の暮らしにも影響をもたらしています。北海道警察によると、2022年にエゾシカに起因した交通事故は過去最高の4480件に達し、そのうちの1205件(26.9%)が釧路方面(釧路・根室管内)で発生しているのです。(出典:『エゾシカが関係する交通事故の発生状況(令和4年中)』)

オスの成獣にもなると体長は190センチメートル、体重は150キログラムになるエゾシカ。衝突した際の被害は甚大なもので、乗用車がエゾシカと衝突した際には鋭利なツノがフロントガラスを突き破り、運転手や助手席の人間に致命傷を負わせることもあります。自動車社会の北海道ではエゾシカは日常的に危険な存在でもあるのです。

エゾシカとの衝突事故は、10月以降が突出して多い。日暮れが早くなることに加え、発情期を迎えたエゾシカが活動的になる時期が重なるからだ。そのため、釧路・根室管内の道路では注意喚起の標識をよく目にする。
釧路と根室を結ぶ国道44号線は、道内屈指のエゾシカとの事故多発地帯。写真左側の路肩に、エゾシカよけの柵があるのもご覧いただけるだろうか。

エゾシカを敬い、真剣に向き合う3代目のエゾシカ猟

岩松 邦英(いわまつ くにひで)さん(56)。150頭の乳牛を飼養する酪農家兼、代々続くハンターの3代目。

2007年(平成19年)に自身で鹿肉を解体処理して販売する「アウトドアアシスト岩松」を設立した岩松邦英さんは酪農、代々続くエゾシカ猟、そして鹿肉加工を生業にしています。

広大な原野のなかにある「アウトドアアシスト岩松」入り口の看板。

北海道では2014年3月に「北海道エゾシカ対策推進条例」が制定され、捕獲等による個体数の管理や捕獲個体の有効活用推進といった「自然と人のよりよい共生の在り方」が考えられてきましたが、邦英さんはその前からエゾシカ猟師として、ハンティング後の生物資源の有効活用を実践してきました。

「アウトドアアシスト岩松」では、環境省が定める『鳥獣保護管理法』に基づく「認定鳥獣捕獲等事業者」としてエゾシカを狩り、自宅敷地内にある保健所から認可を受けた施設で解体を行います。狩猟後わずか1時間以内という、ほかでは真似することのできない、抜群の鮮度を保ったままで食肉加工する方法を確立しています。

鹿肉の解体施設。「猟期である冬(10月~2月)は、外部の狩猟者から突然解体依頼の連絡が入ることもあって、休む間もありません」と話す岩松さん。今回は繁忙期の最中、取材に応じてくれた。

また、エゾシカを銃で仕留める邦英さんは、常に「クリーンキル」を心がけています。エゾシカが痛みを感じることなく、苦痛を与えず、死んだことも気づかせないよう急所を打ち抜く。首から上の頸椎を何十メートルも離れたところから、一発でエゾシカを仕留めるハンティング技術は30年以上の経験と熟練した腕がなせる技です。

「私は酪農家としての顔もありますから、大切に育てた牧草を守らなければなりません。毎年の被害も決して少なくはありません。生活がかかっているので、命がけで守らないといけないのです。そして、それはエゾシカも同じです。そのエゾシカの『命をいただく』のですから、無駄にしていいものは少しもありません。肉は最高のスピードで、最高の処理方法と技術を駆使して出荷しています。肉だけではなく、内臓や骨、皮まで一切無駄にすることはありません。ツノや皮は工芸品として加工する業者に。内臓や骨は犬用のドッグフードとして利用されたりしています。皮ひとつにしても、処理や温度をおろそかにしてしまうと、バクテリアの影響で保管中に穴が空いてしまう。それだけデリケートな命をすべて全うさせること。それが狩猟者としての信念です」

そう、邦英さんは話してくれました。

さまざまな職業体験を得て、大切なことに気がついて猟師になった4代目

邦英さんの息子で4代目の竜世(りゅうせい)さん(26)。父の背中を見て「後継者になろう」という訳ではなく、自分なりの目的をもってエゾシカ猟の仕事に励んでいる。

竜世さんは地元の中学校を卒業後、一度は工業系の仕事に就くことを目指して高等専門学校(高専)に進学しました。高専に通うなかで、卒業することが目的になってしまった状況に疑問を感じるようになった竜世さんは、5年生に進級する前に自主退学、放浪の旅に出たのです。全国津々浦々、時には海外へ。沖縄県ではサトウキビを狩り、伊豆諸島の青ヶ島では塩の製造、鳥取の農家や岩手の企業で働き人生の経験を積みます。

「いろんな仕事をして気づいたのは、自分が一次産業の仕事が好みだということ。それに父の仕事の意義や命の意味が、外に出ていろいろな仕事を経験してわかったという感じでした」

竜世さんは幼いころ、邦英さんのエゾシカ狩りのことはよく知らなかったし、見に行くこともなかったといいます。邦英さんも、

「竜世が小さいころ、狩りや加工場に連れていくことはしなかった。重いからね。背負うものが。命だから。それに滴った血や骨ってグロいでしょ。だから、子どもにこの仕事を継げと言ったことはなかった。酪農の仕事は、手伝ってもらっていたけどね」と話します。

それにもかかわらず、26歳になる竜世さんのエゾシカ解体経験は5年を越え、狩猟免許も2022年2月に取得しました。その年の夏からは自らも狩猟へ出向き、自身で仕留めたエゾシカはすでに100頭を越えています。

エゾシカの枝肉。一頭のエゾシカを解体するのに、ひとりだと15分、2人なら10分もかからないそう。「血抜きしてから枝肉にするまで、いかに早くするかが肝心。食べるときの味や食感がまったく違ってきます」と、竜世さんは話してくれた。
衛生管理の基準である約24時間の冷却環境と、その間の熟成を経て切り分けられるエゾシカの肉。その直後に工場内にある機械で真空パックを施し、早ければ即日、全国各地に出荷される。色が黒く見えるのは、牛肉に比べ鉄分が3倍も含まれるから。

10月下旬から2月上旬、エゾシカの活動がハイシーズンを迎えると、岩松さん親子が仕留めたエゾシカ以外にも、ほかのハンターが持ち込んだ個体の処理も請け負います。多い日には10頭近く捌くこともあるのだとか。ただ、持ち込まれたエゾシカの中には血抜きや内臓の後処理が不十分だったり、時間が経過していたりで、「飼っている犬もおこぼれにあずからない」状態のものも少なくないそう。

「持ち込まれた限りは、仕事として解体はしますが、おいしいわけがないエゾシカ肉が流通し、これがエゾシカの肉の味と思われるのがつらいですね。時間が経過し鮮度が落ちたエゾシカの肉を解体・加工し、弊社が販売することは絶対にありません」と話す竜世さんは、若くして「職人」の域にあると取材を通じて感じました。

発送作業を行うのは竜世さん。高い加工技術と抜群の鮮度の良さから、全国のジビエ料理店からの注文が絶えない。また、オリジナルのソーセージ、サラミ、ジャーキーや缶詰は浜中町のふるさと納税返礼品にも採用されている。

※ジビエ:フランス語で、狩猟で捕獲した野生鳥獣の肉や料理のこと

3代目の願い。「命への向き合い方」を次世代につなぐ

3代目の邦英さんは今、「ハンター不足問題」と並行して起こっている「あること」を憂慮しています。

「今、ハンティングの資格をとる若者の中に、動機が不純な人が増えたなと感じてます。『お金になるんでしょ』『ジビエって、儲かるんでしょ』という動機だけで始める若いハンターが増えた気がしていて。あとはエゾシカを撃つことを楽しむだけで、殺した後は適切な処理をせず、残滓にして生態系を壊してしまう『ゲームハンター』も増えていることを、強く危惧しています。

昔は狩猟をして『命をいただく』ことは、生活の一部でした。命を粗末にするハンターはいなかったのです。『クリーンキル』の技術は持っているのが大前提。そのうえで『ハンティングすることは、命をいただく』『命をつなぐ』ということ、この想いは竜世に受け継いでもらいたいですね」

そう話す邦英さん。4代目・竜世さんへの思いと共に、命をつなぐ活動は野山や加工場といった仕事の現場にとどまりません。別の場所で次世代にも広く継承しようと活動しています。

岩松さん親子は浜中町の隣り、別海町の別海高等学校で行われる「Wild Animal Education in Hokkaido(北海道野生動物教育)」の一環で、2023年9月に行われた「ジビエ料理教室」に協力しています。エゾシカのモモ肉を提供し、実際に調理をするなどの教育活動にも尽力しています。

(別海高等学校ホームページ:別高日記 2023.9.25より)

4代目の夢。エゾシカの魅力をもっと知ってもらう

身近なようで、実は縁遠いエゾシカの肉を味わってもらえるよう、地域のイベントに積極的に出店する竜世さん。

先代が築いたエゾシカ猟師としての生業を4代目として継承中の竜世さん。彼自身はどう考えているのでしょうか。

「まず、自分に出来ることの足元を固めてからですね。地元の方でも馴染みの薄い『エゾシカ肉』を、もっとPRしていきたいです。地域のイベントでも出品していますが『はじめて食べる』という人がまだ多いですから。小さな子どもにサイコロステーキにしたエゾシカ肉を食べさせてあげると、何度も何度もおかわりに来てくれて。子どもは正直ですからおいしくないと食べてくれません。『え?これシカなの』って驚きますけど、うれしいですよ。子どもに『おいしい』って認められると」

牧草を食べて育ったエゾシカは、牛肉に比べカロリーは3分の1、脂質は10分の1、タンパク質は2倍のヘルシー食材。(写真提供:アウトドアアシスト岩松)

さらに竜世さんは食肉加工販売だけではなく、皮やすべての素材を浜中町の特産品として地域ぐるみで販売していきたいといいます。

「今は道外のタンナーさん(加工業者)に依頼している皮などの素材の加工を、製品化・販売まですべて浜中町でまかなえるといいなと思っています。駆除される存在のエゾシカですが、この『いただいた命』で町に活気をもたらす産業がつくれたらうれしいです。もちろん何でもかんでも自分だけではできないというのも、全国を巡っていろいろな産業に触れて学びました。まずは今、自分にできることを追いかけます。地固めをしっかりしていきます」

頼もしい伝統と技術の継承が、北海道・道東で確実に進んでいます。

イベント出店を行う、3代目・邦英さんの妻であり4代目・竜世さんの母である明美さんとともに。

株式会社 アウトドアアシスト岩松 
北海道厚岸郡浜中町姉別北116

TEL 0153-68-6221
ホームページ:http://www.outdoor-assist.jp/
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文・撮影:なーしぃ

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