葉山町長にインタビュー -葉山町長 山梨たかひとの現在地
海と緑が織りなす自然豊かな環境と、穏やかな暮らしが魅力の葉山町。鉄道が通っていないにもかかわらず、「住み続けたい街」ランキング1位の常連となっていることでも、熱い視線を集めています。
古くから御用邸の町、日本の近代ヨット文化発祥の地として知られ、戦後は銀幕スター活躍の舞台となり、若者たちの憧れの町ともなりました。
2025年、変わりゆく時代の中で、住み心地のよさとエシカルな価値観のバランスを模索しながら、町の魅力を守り育てる挑戦が続きます。
葉山町長 山梨 崇仁(やまなし たかひと)氏に、これまでの歩みと未来に描く展望、そして町政に込める思いを伺いました。
これまでの信念、そして現在地
母校である関東学院大学の2013年発行の学報に、山梨町長のインタビュー記事を見つけました。そこには次のような言葉が綴られています。
私が政治の道を志した理由は、人と接することが好きだったから。そして、そのコミュニケーションを仕事にする究極の形が、政治だと思った。時代にマッチした人材が求められるのが政治家で、政治家を職業にすべきではないと思っている。次は国政へチャレンジしようなどとは微塵も考えていない。この仕事が終わったら、漁協に頼んで大好きな海で、漁師のお手伝いをやらせてもらえないかと考えているくらい(笑)。
Q1 当時のお考えから変わったところ、変わらないところを教えてください。
基本的に何も変わってないですね。ところで、漁協さんは厳しい状況で、漁師という職業がさらに縮小してしまうのではないかと心配している。先日東北に行った際、みんなは山菜がどうとかとしゃべっているんだけど、僕は何もわからなくて。海なら1週間いられるんだけど、「山なら即死するね」と笑われました。海は大好きです。
国政への考えなど今でも微塵もありません。いろいろと話はあるが、意に介していない。
そもそも政治は将来を見通す政策とその実行、信念、そして責任を理解している人が立候補して、人々の信託を受けるべきです。どこかの国の話ではありませんが、自分が仕切ればうまく行くとか、驕り高ぶる姿勢や名誉欲など、そういう人は政治に関わってすらいけないと僕は思う。真剣に学び、考え続けても答えがないこともありますから。自らのこと、欲など、ゼロです。
いらないと言われればいつでもやめていいと思っているし、僕自身が任せられると思う人間が現れたらお任せして引くべきと思っている。1期目からはそれは変わらないですね。
引き際は自分で見極める? それとも民意に委ねる?
ある時、「退任したいなら、選挙に出て落選したほうがいい」と言われたことがある。そうすると引き際が綺麗だと。それって自分本位な政治屋の発想ですよね。自分から退任したい、と思った時点で、自分がもうダメな時だと思っているのに。町を任される首長という仕事、選挙に出るという責任を軽く考えているのだなと思いました。
けれども、言われてよくよく考えたんですが、自分が長らく仕事を預かった責任というのもあります。その立場上、いわゆる「後任」、後のことは考え伝えなくてはならないと思う。ただ、自分がいなくなったって行政の土台はしっかりしているし、職員さんには本当に優秀な方が多いので。そう思えば、自分で見極めてスパッと去ることが大事かなと。疲弊した政治家が首長職にいる弊害は計り知れず大きいですから。
コミュニケーションについての考え方
Q2法政大学の大学院で政治学をご専門にされていたとのことですが、もともと政治への関心が強かったのでしょうか?
人に世話になってスポーツをやらせてもらってきて、その恩返しがしたくて人が好きだなという思いがあったから人事コンサルタントになって、人の真ん中にいたいと思っていました。でも人事コンサルをやっている間に、ビジネスとして人に関わることに疑念が生まれてしまって。
その時期を経て、商売ではなく人とぶつかれる仕事と考えた時に、政治の世界があるのではと思ったんです。
人の中で生きる仕事がしたい。人の気持ちを理解したい。人がどう動くのかを考えるとか、政治は人がぶつかり合って、人しか介在しない究極の形ではないかと考えていました。
小さい頃、都内に住んでいて、渋谷のハチ公前で演説する政治家は見ていましたから、発想もシンプルなのか。若いですよね。政策を立案して、街を前に進めるという大きなミッションと責任があるのに。
コミュニケーションと言っても、人と人の間には軋轢もあり、衝突もあります。それも含めて「人が好き」「コミュニケーションが好き」と言ってしまえるのは大胆だと思いました。どういうところが好きなのでしょうか?
もともとウィンドサーフィンというセーリングの選手でした。セーリングって、もちろん自然が相手なのですが、人同士の技術とか体力の差が詰まってくると、僕の捉え方では、クレバーな人が強いんです。クレバーな人が勝つんですよ(笑)。人より一瞬でも早く風や波を掴み、人をブランケットや航跡に入れて速度を落とさせる。ゴールでは頭1個出れば勝ち。タイムはないんです。
※山梨町長はウィンドサーフィンの全日本学生選手権で団体・個人部門ともに優勝を経験しています。
結果的に自分はそこそこ速かったのかな。そういった経験を経て、自然が好きで、人と戦うことも好きで。自分が執着できることが分かったんです。また、風を読む——船出とよく言いますが、昔から人は自然を相手に船を進めることを人生の例え言葉にしてきた。セーリングの先を読む力は人生の根幹に通ずるんだなぁとも理解しました。
そして、自分はセーリングを通じて人より前に出ることばかり考えていた分、逆にこうしたら人を前に押せる、人はハッピーになれる、安心してくれるということも分かる。人事コンサルをしている時にふと感じたんです。人のいい面も悪い面も含めて飲み込める。人が好きなので、なんとかしてあげたい時って、本当にモチベーションも高いんですよ。
町議会議員、町職員、町民。それぞれ立場の異なる人々と日々関わるなかで、コミュニケーション上大切にしている姿勢や心がけはありますか?
その人の立場を可能な限り理解すること、その人の目線になること。
役場でも「課長と呼ばないで、部長と呼ばないで」と言っています。人間のコミュニケーションの最大の障壁はお互いにレッテルを貼って見ることだと思っていて。役職で人を見る、立場や制服で人を見る、肌の色や性別で人を見る。そうではなくて、みんな同じようにお父さんお母さんがいて、自分自身の考えや感情があってという前提に立って、どこまでお互いに向き合えるかが常に大切だと思っていて。
互いの間にあるいらないもの、そのそぎ落としに時間をかけることをコミュニケーションでは大事にしています。そしてダイレクトな、腹の中の思いが繋がる瞬間まで諦めないということを常々考えています。
山梨たかひと"らしさ"とは
Q3 これまで町長として13年間にわたり様々な取り組みをされてきたなかで、もっとも「自分らしさ」が反映された政策を挙げるとしたら?
自分をこれほど見てこなかった期間はないから、ほとんど"らしさ"はないと思っています。いつも町のことばかり考えてました。でもそうですね、しいて言えば、13年前に当選させてもらって、当時ごみ政策に大きな問題を抱えていたことから、1か月間、ほとんど毎日当時のクリーンセンターに通いました。作業後の会議室に集まってもらうのですが、ペンやノートを持たずに難しい顔をしている人たちがたくさんいて、「戸別収集やりましょう」と話したら、「そんなものできないよ、町長」と大きな声で言われたのをよく覚えている。
「やってくれたらうまくいきます、大丈夫です」と言い続けたのは、部活の時の「絶対俺たち勝つんだ!」というのと同じ気持ちで、"自分らしさ"といえばそうだったのかなと。なんとか前を向いてもらって、みんなでやろうよという。
※葉山町は2014年6月、ごみ減量のため県内で初めて無料での家庭系ごみの戸別収集を開始しました。
「鎌倉市・逗子市・葉山町ごみ処理広域化実施計画」のこと
鎌倉市、逗子市、葉山町の2市1町はごみ処理で広域連携を図っており、葉山町で県内唯一生ごみを堆肥化処理できる新しいクリーンセンターを建造し、現在逗子市のごみ処理施設で焼却処分されている逗子市と葉山町の可燃ごみから、生ごみ約3200t分を分別収集して処理する計画となっています。
計画として、新クリーンセンターは2025年3月に本格稼働する予定でしたが、工事の遅延により稼働開始が8月に延期されることになりました。
その結果、逗子市は生ごみの分別収集を無期限で延期。3月以降、逗子市のごみ処理施設に余力ができることを見越して、逗子市に可燃ごみ受け入れを依頼していた鎌倉市へも影響が及びました。
画像出典:葉山町役場
クリーンセンター再整備事業への向き合い方
Q4 クリーンセンター再整備事業について、逗子市や業者との調整、議会や町民への説明など、非常に難しい状況にあると受け止めています。こうした局面において、山梨町長ご自身は「政治家として」、どのようにこの課題に向き合い、決着を図ろうとしているのでしょうか?
再整備事業にはいくつかのフェーズがあるんです。1点めは工事。共和化工さんに委託しているんですけれども、経費精算の話が残っている。
2点めが生ごみの収集。3月から始めて、町民の皆様の中にはまだ慣れや理解が浸透し切れていない、と仮定して、できる限りのバックアップ策を用意しています。可燃ごみを週1日、生ごみを週2日にしているんですが、基本的にはみなさんによく協力していただき、出してくださるごみそのものの性状も良く、うまく回っている。けれども可燃ごみ週2日のほうがいいという方は一定数いらして、ご理解が得られていないと思っています。町民生活に負担をかけていないか気になっているところがあり、ご負担と感じている方には1件1件様子を確認させていただき、どこまでフォローしていけるのかが残課題と思っている。
3点めはまず逗子市さんと鎌倉市さんにお詫びしなければなりません。生ごみ処理施設の完成が約5か月遅れてしまいました。広域連携しているので、広域でのあり方の難しさを感じている。逗子市さんの、うちに「ごみの委託処理をお任せしますよ」というところに踏み込めない課題を解決しきれていないので、その交渉をしっかりやっていかなければならない。
順調にはいっていませんが、感情がもつれているようなことではないし、話ができない関係ではないので、役場全体で問題1つ1つに対して向き合っていく丁寧さで紐解く、積み上げる、それに決して諦めない気持ちさえ持っていれば、大きな問題ではないと思っています。
画像出典:葉山町役場
逗子市は葉山町に対し損害賠償請求を検討しているようですが。
工事が5か月遅れたのだから、葉山町としたら申し訳ないと思っています。そこで、葉山町議会でも逗子市さんと鎌倉市さんにご迷惑をおかけしてはいけないということが去年の夏、最優先課題になっていて、役場担当者から逗子市さんに「うちが(遅れる期間は葉山のごみと一緒に)民間委託をして予定通り全量受け入れます」という申し入れに行っているんです。
僕自身も2024年11月に逗子市の桐ケ谷市長と直接面談をした際に、「安心してください、予定通り全量受け入れられます。市民には(説明会など済んでいることから変更などの)一切ご迷惑かけませんから」という話をしていました。
僕らとしてはこのように、一般的な課題解決上の施策は提案してきたつもりでいます。
物価が上がっているので、工事費がものすごく上がって、中野サンプラザの再開発が取り止めになったりしていますが、葉山町は共和化工さんが頑張ってくれて、金額は上がったがやってくれた。
画像出典:葉山町役場
工事は進んでいて、5月には試験運用、8月から本格稼働。でも逗子市さんはそこではなく、最終的な金額がすべて共和化工さんと折り合いがつくまで払えないというスタンス。
共和化工さんとの最終的な金額確定まで、どのくらい時間がかかるのか分かりませんが、物価上昇にともなう工賃の増額など、第三者の意見もいただく可能性を踏まえるとかなり時間がかかります。「これは葉山町が払うべき、払わなくていい」というのが決まる。その金額を逗子市さんに持っていって、「これは払ってよ」「いや、払わないよ」というやり取りが発生するのかもしれない。
だからと言って、施設が稼働して処理が始まって、基本的な施設費と処理費はお支払いする話が(共和化工側と)まとまっているのに、その物価変動による増額分の金額がまとまらない限り、逗子市は循環型社会形成にともなう生ごみ分別をせず、葉山町にごみを入れませんというのはちょっとまだ理解ができていません。逗子市さんのご判断が独自特有のものなのか、一般論なのかも分かっていないのでこれから話し合って学ばせていただき、妥協点を探りたいですね。
ただこの話は市民や町民の皆さんが生活に困窮したり、一人で涙を流すような話ではない。行政同士で話し合えばいいことです。そういう意味でさほど問題というふうにはとらえていないとお答えしました。ただ、自然循環の流れつくりがそもそもの目標で、試験稼働でもとても質のよい堆肥ができています。循環型社会形成のため、温暖化ガス排出抑制のため、地球環境のため、全力で協力をお願いしていきます。
トランプ政権の影響
Q6これからの町政において、町民の皆さんに「ここを見てほしい」「ここに注目してほしい」と思うところがあれば教えてください。
町役場が担うセーフティネットとしての機能については、葉山町は官民の連携、何よりも地域の見守りやご近所の顔の見える関係のおかげで、総合力がとても充実していると思っているんです。町制施行100周年に105の事業、34,000人が参加ですから。とんでもない大きさで「町を想う気持ち」が溢れている町ですよ。
一方、行政にあっては公共施設、建物の老朽化が大きな課題で、この点には長期的に真摯に向き合っていかなければなりません。多大な経費は将来への負担になりますし、施設は町の姿を決める大きな要素にもなります。将来の町民の皆様に対して、大きな責任があります。いまを生きる町民のみなさんには取り組みのすべてをお見せしつつ、より良いもの、より安くつくる知恵や方法があればぜひご教示いただきたい。常に直接話したいです。この姿勢は役場の職員さんも共有しています。
次にこれからの葉山町がどうあるべきか、という点では、葉山町という名前、地理的な優位性などの葉山町が持つ力をどれだけお伝えし、発揮できるかが、葉山町としての勝負だと思っています。たとえ人口が減っても葉山好きが集まる町ではあり続けたい。品格と互いを尊重する人々の住む穏やかな町でありたいです。
その1つとして、先日、消防車が不足し社会問題になっているウガンダに、葉山の消防車を送ったんです。また、10月には大阪万博に行って僕がプレゼンする機会があったりとか、過去を振り返れば、東京オリンピック2020では、イギリスセーリングチームの監督と江ノ島の別の大会の際に会場で会って、葉山を紹介したことからホストタウンにもなりました。英語に精通した町民の方々におもてなしの最前線を担っていただいたり、子どもたちとのイギリスチームとの接点をたくさん持てたことは、感謝してもし切れません。
このようなつながりは、従来であれば、神奈川県や国を通してやっていた話を町独自で、私や町の人々の人脈で繫がり始まっています。
国内ではなく世界に向けて、町のアイデンティティを発信していくことを当然としていますので、これからは世界の中のHAYAMA。もしそれらに触れられた住民の方には、ぜひ誇り楽しんでもらいたいと思っています。
これからフェアトレードへの取り組みを始めようとしているんですが、サステナビリティに関していま、葉山町の位置づけはそこそこ高い。環境配慮の「はやまエシカルアクション」をやってきたので、加えてフェアトレードへの取り込みも始め、僕や町の環境団体の皆様が主体的にプレゼンをすることで、この町が持っている環境分野での圧倒的なアドバンテージを発信していくことが大きな価値になっていく。
葉山町オフィシャルインスタは充分力を発揮してくれ、発信力は蓄えてきました。そこに載せる彩りを大きくはサステナビリティで葉山の価値を定着させていく段階です。
トランプ政権の方針により、アメリカのESG(環境・社会・ガバナンス)やDEI(多様性・公平性・包摂性)政策が逆行する可能性がありますが、影響はありますか?
葉山は180度真逆なところにいます。考え方は一切変えません。
まずトランプ政権はアメリカ社会がはらむ課題を国民が彼に期待し彼に寄せた結果です。その課題って、人が成熟した社会を作っていこうとしても、必ず生じるひずみのことで、外からでは分からないアメリカの潜在的な不満や不安があると聞いたことがあります。
日本でも昭和の時代のように、どんちゃん騒ぎして人に迷惑をかけてしまったが、結果的に助け合って仲間意識は強まった、みたいに、問題にリアルで向き合って、人とリアルで熱く触れ合うことが、今の時代はなかなかそういうことができなくなってしまったと思います。
ICTの進展により、個が重視されるようになった反面、人との繋がりが弱くなって、社会の力が弱まっている。結果として、個人それぞれがなんとなく、無意識含めて、強いリーダーシップを求め始めたのではないでしょうか。
これはアメリカのみならず、日本も当然直面していると思っていて。そういう社会の変化、見えない難しさがあることに対し、「葉山だけは違う!」と言いたいし、実際そうなので、それを守りたいんです。
人口減少社会にあって、社会が小さくなるのは明白です。当然今まで通りの行政サービス、福祉機能ですら「我慢してくれ」というのがこれからの時代の社会変化である中、葉山町の皆様はごみ分別のように、一定程度は我慢してくれる。けれどもそれによって環境負荷が大きく軽減できて、葉山の生ごみが葉山の土となって野菜を育て、また人々の口に入る。
循環型社会へシフトするタイミングはもう近くまで来ています。そして多くの皆様が「いままでから変わらなければ維持ができないんだ」と体感してくれることで、理解し、積極的に協力くれる先進的な住民たちがこの町にはたくさんいらっしゃる。
その結果、人が自然と一体となって、ちょっと手間だけど、本当のサスティナブルを実践できる「こんなに生きやすい町が葉山なんだよ」と知って欲しい。それが今繋いでいきたい葉山の磨かれてきた価値であり、将来に責任ある僕の思いです。
町制施行100周年に寄せて
Q7 葉山町は2025年1月、町制施行100周年を迎えました。この100年で葉山はどう変化してきたとお感じですか?そしてこれからの100年、葉山がどのような町になっていくことを願い、描いておられるでしょうか?
これまでも、これからも変わらないと思っています。変わらないために、社会が変わることで、葉山の自然や人々の穏やかな暮らし、癒しの町は維持できる、だから変わりません。
町が持っている最大の魅力を守っていく、それは自然を守っていくことと同義。自然と繋がった人たちの暮らし、自然に畏怖の念を抱き、時には自然に楽しませてもらう、そんな人たちがこれからもこの町に住んでくれれば、この町の魅力は変わらずに続いていく。
人口を超える約34,000人が参加し祝った100周年、葉山好きがたくさんいるんだとあらためて実感しました。
全部で105のイベントがあったんです。平均3日にいっぺんイベントがあった。すごいことですよね。
葉山町、次の100年に向けて
インタビューを通じて印象的だったのは、山梨町長の言葉の端々ににじむ「人へのまなざし」でした。
葉山町がこれからも、海と緑と暮らしやすさと、静かな誇りに満ちた町であるために、次の100年に向けて町政の歩みは続いていきます。
山梨たかひとプロフィール
生年月日:1977年3月16日
学歴:関東学院大学経済学部経済学科卒業、法政大学大学院政治学研究科政治学専攻修了
趣味:ゴルフの練習、釣り
弱点:酒が飲めない
【略歴】
大学卒業後は約4年間、スポーツ選手として活動
引退後は都内のベンチャー企業に人事コンサルタントとして従事
2007年4月 葉山町議会議員就任
2011年4月 再選
同年12月 議員辞職、町長選挙出馬
2012年1月 葉山町長就任(現在4期目)
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