よりよく生きるための土壌を生者や死者と共同で耕しているような豊かな感覚をくれる。RITA MAGAZINE2『死者とテクノロジー』著:中島岳志(編)
RITA MAGAZINE2『死者とテクノロジー』著:中島岳志(編)
憲法の前文が好きだ。初めて意識的に読んだとき、あの言葉が「自分である」気がビンビンとした。憲法の主語は死者であると、政治学者の中島岳志さんは言う。憲法は、歴史の中で様々な失敗を繰り返してきた死者たちからの「戒め」であり、現在・未来の国民を拘束する「重し」として、一時の熱狂や暴走に歯止めをかける。私たちは死者に守られ、死者とともに生きているのだ。
2024年に発刊された、「利他」についての雑誌『RITA MAGAZINE』。第2号のタイトルは『死者とテクノロジー』だ。なぜ利他を考えるときに死者なのか、そもそもなぜいま利他なのか。中島さんの巻頭論考にはこう書かれている。
――その後、私は「利他」という問題に取り組んだ。新自由主義が進行する中、過度の自己責任論が蔓延し、政治的な政策論では問題を乗り越えることができない状況に突入したからだ。(中略)利他的な循環を生み出すためには、私たちは様々なものをすでに受け取っていることに意識的になる必要がある。この「気づき」によって、私たちはよき受け手になることができ、様々な関係性を利他のネットワークに転換することができる。だとすれば、「弔い」は重要な利他行為である。死者たちの営為を意識的に受け取り、その存在を想起する。時に、死者からのまなざしを突きつけられ、自らの行為を見つめ直して、よく生きようとする。この死者との関係性を再構築することこそ、利他を生み出す起点になるのではないか。
本書では、中島さんをふくめ12名の方が死者とテクノロジーについて考察を重ねている。私が特に印象的だったのは、AIによる死者の再現と、弔い方のデジタル化だった。数年前にじいちゃんの葬式で、棺に眠るじいちゃんといよいよお別れをするというとき、「写真を撮ってもいいですよ」と葬儀場の方が声をかけてくれた。失礼じゃないかと思ったけれど、結局じいちゃんの実在が名残惜しくて写真を撮った。カメラロールの中に死んだじいちゃんの顔が入った。こわいとか気持ち悪いとか、冒涜だという人もいる気がするが、同じ場にいた何人かがすんなりと写真を撮っていて、撮影するという行為や携帯するという行為への感覚は、個々人でかなり違うのだなと感じた。
本書をめくると、テクノロジーの進化や生活様式の変化のなかで、死者と向き合う方法や自身が死者になった時の理想像も多様になっていることがわかる。AIによる死者の再現にはじまり、複数枚の写真がスイッチングするデジタル遺影、樹木葬や手元供養の広まり、ドローンで飛ぶ仏像など。そして読み進めるにつれて、死者との関係性にテクノロジーやデジタルを用いることへの嫌悪感が薄らぎ揺らいでいくのを感じる。
作家・平野啓一郎さんは著書『本心』で、母子家庭で育ち、母を亡くした青年の物語を描いた。自分の中で大きな存在の人がいなくなる時は来る。その空白を埋めてくれる人やものことに接続しづらい環境の人がAIで死者を再現したとして、その行為を私たちは否定できようか。もし自分だったなら、もしこんな状況だったなら。そうして想像をふくらませることが、まさに自己責任論への帰結を遠ざけてくれるように思う。自分の中に他者の存在を見つけること、社会の中、規範の中に他者の存在を見つけること。その作業は、よりよく生きるための土壌を生者や死者と共同で耕しているような、豊かな感覚をくれる。
著者:プロフィール
編: 中島岳志
1975年大阪生まれ。北海道大学大学院准教授を経て、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『思いがけず利他』『朝日平吾の鬱屈』『保守のヒント』『秋葉原事件』『岩波茂雄』、共著に『料理と利他』『ええかげん論』『現代の超克』、編著に『RITA MAGAZINE テクノロジーに利他はあるのか?』などがある。
RITA MAGAZINE2 死者とテクノロジー
中島岳志(編)
出版 ミシマ社
定価 2,400 円+税
判型 B5判変形
頁数 232 ページ
発刊 2025年03月18日
ISBN 9784911226179
[テキスト/天野加奈]
1993年大分生まれ。2023年より本屋「文喫 福岡天神」ディレクターとして企画や広報を担当。
大切にしている本は『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂 著/晶文社)