「はきはき」「ひらひら」…H音のオノマトペのイメージとは? 言語学者・秋田喜美さんが日本語のオノマトペを徹底解剖!【NHK俳句】
「H音」で始まるオノマトペのイメージとは?
秋田喜美さんの解説を紹介!
これまでP音(ぱらぱら)、T音(たらたら)、K音(からから)、S音(さらさら)を扱ってきた当連載。今回はH音(ひらひら)です。H音の独自性とは何なのでしょうか?
2024年度『NHK俳句』テキストに掲載の「オノマトペ解剖辞典」は、新書大賞2024(中央公論新社主催)で大賞を受賞した『言語の本質』の共著者で言語学者の秋田喜美さんによる連載です。
オノマトペは「ふんわり」「ひらひら」など擬態語や擬音語の総称です。
様々なオノマトペを俳句とともに徹底解剖するこの連載で、日本語への興味を深め、俳句作りのヒントも学んでみましょう。
今回は『NHK俳句』テキスト2024年9月号から、「H音」のオノマトペに宿るイメージについての解説を一部公開します。
阻害音 H音で始まるオノマトペ
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「はっはっ」と「はたはた」に共通する「は」のイメージは何でしょう? 片や猪(いのしし)の息遣いを表し、片や蝶が羽を開いたり閉じたりする様子を表します。
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第一回(四月号)でオノマトペの「型」の話をしたのを覚えているでしょうか。「はっはっ」は「は」という一拍語根に促音を付け、繰り返した形。「はたはた」は「はた」という二拍語根を繰り返した形です。H音始まりのオノマトペは、語根の種類によってかなり違った意味を持ちます。
一拍語根のオノマトペとしては、「はっはっ」以外に「ふんふん」や「ははは」「ひーひー」「ふーっ」「へへへ」「ほっ」などが挙げられます。いずれも息を吐く音を写しており、「ふーん」「へぇ」「ひゃーっ」のような感動詞と近い関係にあるオノマトペです。
一方、二拍語根のオノマトペは、「はたはた」「はきはき」「ひらひら」「ふわふわ」「へろへろ」「ほろほろ」など。蝶の羽、月光、梟の子の羽、薄いワンタン、散る山吹に共通するのは、優美な弱々しさです。偶然ながら、同じく優美で弱々しい様子を表す「儚(はかな)い」という形容詞もH音で始まります。「はきはき」というオノマトペはむしろ強い印象を与えますが、透き通ったプラスのイメージはH音始まりの他のオノマトペと共通しています。
さて、タ行・サ行に続き、ハ行もまた複数の子音から構成されています。ヘボン式ローマ字にするとha hi fu he ho なので、「ふ」のHが違っていることがまずわかります。このHは唇を突き出して発音する音で、五段をすべてこれで発音するなら「ふぁふぃふふぇふぉ」となります。「ふっくり」「ふわふわ」「ふつふつ」に見られる柔らかく膨らむイメージは、この突き出た唇から来るのでしょう。
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ハ行は日本語の歴史を強く反映しており、一拍語根と二拍語根で意味が異なるなど日本語独自の精密な意味体系を発達させています。
『NHK俳句』テキストでは、ハ行に隠れたもう一つの異質なH音や、それを活用した俳句についてなども紹介しています。
講師
秋田喜美(あきた・きみ)
1982年、愛知県生まれ。名古屋大学文学部准教授。専門は認知・心理言語学。著書・編書に『オノマトペの認知科学』『言語の本質――ことばはどう生まれ進化したか』、Ideophones Mimetics and Expressives など。
※掲載時の情報です
◆『NHK俳句』2024年8月号より「オノマトペ解剖辞典」
◆イラスト:川村 易
◆参考文献:『現代俳句擬音・擬態語辞典』(水庭進編・博友社)/『擬音語・擬態語辞典』(山口仲美編・講談社学術文庫)/『日本語のオノマトペ:音象徴と構造』(浜野祥子著・くろしお出版)