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「息子が好きになるのは男性だ」気づいた母は、なぜ偏見を持たなかったのか【忘れないよ、ありがとう③】

Sitakke

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「こころが男性どうし」のふうふ、ちかさんときみちゃん。
2人が歩んできた、家族の道のりです。

連載「忘れないよ、ありがとう」
(最新話公開を前に、家族のこれまでを改めてお伝えします)

普通って、なんだろう

産着やおむつを用意して、我が子の誕生を待ち望む、新婚の「ふうふ」。

左がきみちゃん、29歳。からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。右が3歳年上のパートナー、ちかさん。からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけだといいます。

2人は、「こころが男性どうし」のふうふです。

連載「忘れないよ、ありがとう」ではこれまで、結婚や妊娠への想い、病院の挑戦についてお伝えしてきましたが、きょうは2人を応援する人たちについてお話します。

白い紙に大きく書かれた、「希」の文字。

2人の間に宿った、赤ちゃんの名前に使う漢字です。

「将来、希望にあふれた子に育ってほしいっていう思いがあって」

もう一文字、羅針盤の「羅」という字を組み合わせて、「羅希(らき)」と名付けることにしました。

「人を希望に導けるようになってほしい」。そんな想いを子どもの名前に込めた背景には、2人がこれまで関わってきた人たちへの気持ちが影響しているのではないかと感じました。

2人が出会ったのは、札幌のバー。すすきのの中心部から少し西、市電通り沿いにある、「7丁目のパウダールーム」です。

ちかさんはここで週に何度か働いていて、きみちゃんはもともと、お客さんでした。

オレンジのかつらをかぶっているのがちかさん、座っているのがきみちゃん(2020年)

7丁目のパウダールームは、「セクシャルフリーの女装サロンBAR」。客もスタッフも、自分が好きな格好をして過ごすことができます。性別にとらわれず、仕事の話でも恋愛の話でも自由にできる空間です。

2021年12月中旬。店のママである満島てる子さんに会いたいと、ある人が訪れました。

右が満島てる子さん

ちかさんのお母さん・みゆきさんです。みゆきさんは、ちかさんときみちゃんの「愛のキューピッド」であるてる子さんに、お礼を言いに来たといいます。

クリスマスも近いとあって、みゆきさんはてる子さんに、ツリーが描かれたお菓子をプレゼント。てる子さんも、みゆきさんへのお菓子を用意していたため、思いがけず「クリスマスのプレゼント交換」のような雰囲気に。

「久々に会った婦人会みたいなノリ…」てる子さんの一言で一気に場が緩みます。

しかし、2人の表情が引き締まる場面も。ちかさんときみちゃんについて、インターネットに書き込まれていた言葉の話になったときです。

「妊娠して子宮があるなら女だ」
「どういうことかわからない、気持ちが悪い」…。

てる子さんは、社会にまだまだ性のあり方の固定概念があり、「LGBT」という単語は広がっていても、当事者の姿として浸透していないと感じたといいます。「案外生きていて普通のカップルってあまりいないと思う。男女の組み合わせが多いだけで、どんなカップルでも紆余曲折があって普通じゃないはず」

わたしは正直、みゆきさんにも息子への葛藤や混乱があるだろうと、勝手に想像していました。ほかの取材で、「同性が好きだとカミングアウトしてから親と疎遠になってしまった」という人の声も聞いていたからです。

しかし、みゆきさんの反応は落ち着いていました。「私は普通がわからない。普通と言われている人達も考え方も違うし、どこをみて普通ってなるのかなって深く考えることがある」

息子は男性が好きだと気づいたとき

笑顔や話し方が、優しくて穏やかなみゆきさん。さらにまなざしはとてもしっかりしているところが、ちかさんにとても似ていると感じました。

みゆきさんは、ちかさんを産んですぐに離婚しているため、母と息子の「二人三脚で生きてきた」といいます。持ってきてくれたアルバムをめくりながら、「小さいときは目に入れても痛くない成長ぶりでした」と話す顔は、自然とほころんでいました。

「息子が好きになるのは男性だ」と感じたのは、ちかさんが小学校高学年くらいのとき。頻繁に家に遊びに行く同級生の男の子を「大好きだ」と言っていて、「男友達としてだけじゃなくて違う目線で見ているかなと感じた。なんか真剣さが違っていた」と振り返ります。

みゆきさんは、小学生のちかさんをよく自分の職場に連れて行っていましたが、同僚から、ちかさんが話すときの手つきが「女性らしく」、「大きくなったらそっち方面の店で働くんじゃない?」と言われたといいます。それをみゆきさんは、懐かしい思い出話として振り返っていました。「それならそれで、ナンバーワンになってもらわないと困るわ!」と笑って返していたといいます。

みゆきさんは、「まわりの男の子と違う」と気にするのではなく、ちかさんの個性を丸ごと自然に受け止めていたのです。

ちかさんが20歳の頃、「彼氏に会いに行く」と言われたときも、「不思議じゃなかった」といいます。

なかなか受け入れることができない親もいる一方で、みゆきさんがちかさんの個性を自然にとらえているのは、どうしてなのか…。

「なぜ偏見を持たなかったと思いますか?」と単刀直入に聞くと、みゆきさんは少し悩みながら、ぽつりと答えました。

「大切な自分の息子、…の幸せ、信頼もしているし」

「息子は男性が好き」と思っていたら、生涯のパートナーに選んだきみちゃんは、「こころは男性、からだは女性」であったことも、「びっくりもしなかった」といいます。「可愛い男の子だな」と感じたくらいで、すぐに歓迎しました。

今は3人で買い物に出かけるほど仲がいいといいます。「2人のうれしそうな姿を見ていると、一緒にうれしくなる」と笑顔で話していました。

人と人が結ばれる幸せに、性別は関係あるのか…。

みゆきさんが、考えた末にはっきりと発した言葉に、わたしは心を打たれました。

「1人の人間として信頼し合って恋が芽生えて、そういう形になったって、ただそれだけのことじゃないかと」

てる子さんも、大きくうなずきました。

「ばあちゃん仲間」

この日は、ちかさんも出勤日。人を笑わせるのが好きなちかさんは、いつも個性的なメイクや衣装でお客さんを楽しませています。みゆきさんも、そんな息子の姿を笑って出迎えます。

てる子さんは、ちかさんときみちゃんふうふのほほえましいエピソードを話し出しました。

ちかさんのダイエットのために、優しいきみちゃんは野菜たっぷりの脂肪燃焼スープを作っていること。でもお腹がすいたちかさんは、スープだけでは足りずに、結局ピザやコーラを食べてしまうこと。

みゆきさんも、「きみちゃんは自分も仕事があるのに、毎日ちかのお弁当を作ってるんだって!」と楽しげに話します。2人がきみちゃんを褒めちぎるのを、ちかさんはうれしそうに聞いていました。

羅希ちゃんが生まれる予定日は、もう1か月ほど先に迫っていました。みゆきさんは、「これから育てていくにあたって、色んなことに向き合わなきゃいけない壁もあると思う」と言いながらも、「ばあちゃんとしては、見守っていきたいな」と力強く話しました。

てる子さんも「自分も、もう1人のばあちゃんとして」と、みゆきさんに少し頭を下げました。てる子さんは店のママとして、スタッフを子どものように思っているため、「ちかに子どもができるのは、孫ができるような気持ち」だといいます。

するとみゆきさんはてる子さんのほうを向き、きみちゃんのお母さんも含めた自分たちのことをこう言いました。「3人ばあちゃん」

てる子さんは一拍呼吸を置き、「ばあちゃん仲間ということでよろしくお願いします」と深く頭を下げました。

常連客も待つ、羅希ちゃんの誕生

常連客のくらんさんがやってきました。てる子さんの指示を受けながら、ちかさんがビールを準備します。

3年ほど前から店に通ってきたくらんさんも、ちかさんときみちゃんを近くで見守ってきたうちの1人です。

「友達ふうふが子どもを授かったんだということが純粋にうれしい!男どうしのふうふだからとか、きみちゃんがトランスジェンダーだからうれしいっていうのは、特にない」

「常連みんなが近所のお姉さんお兄さんみたいな感じ」「(ちかさんもきみちゃんも)お父さんであり優しいお母さんでありっていう印象だから、すごく面白い子育てになるんじゃないかな」

くらんさんの言葉を、ちかさんは噛みしめるように、うなずいて聞いていました。

今の社会では、ちかさんときみちゃん、羅希ちゃんがぶつかる壁は、多いのかもしれません。それでも、この日の取材で、3人には味方が多くいることがわかりました。その存在は、3人のこれからを照らす「希望」のようで、そんな人たちに支えられた3人は、社会の壁を打ち壊す「希望」となるように感じました。

会えるのは、もうすぐ

マタニティフォトの撮影(2021年12月)

「こころは男性どうし」のふうふの妊娠。取材を始めたときは気を張っていましたが、2人や周囲の様子を見ているうちに、いつしか明るい未来しか想像しなくなっていました。

きみちゃんのおなかが膨らむにつれ、羅希ちゃんに会えるわくわくも膨らみます。

しかし、年の瀬に2人から届いた知らせは、信じたくないものでした。

連載「忘れないよ、ありがとう」

文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。

編集:Sitakke編集部IKU

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