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『ヴェニスの商人 CS』が見せる、シェイクスピアの面白さと人間の本質 脚色・演出の松崎史也と翻訳家の松岡和子が対談

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Casual Meets Shakespeare『ヴェニスの商人 CS』舞台写真

シェイクスピア作品をシリアスバージョンとコメディバージョンに分けて演出する、演出家・松崎史也の『Casual Meets Shakespeare』シリーズ。その最新作である『ヴェニスの商人CS』が11月9日に千穐楽を迎えた。これまで『マクベス』『ハムレット』『オセロー』と、悲劇作品から喜劇を生み出してきた松崎。今回は喜劇である『ヴェニスの商人』から悲劇を炙り出してみせる。上演に際して行われた松崎と、彼が敬愛する翻訳家の松岡和子との対談をお送りする。

松岡和子の翻訳が持つ“現代性”

松岡:松崎さんが芝居をはじめたのはいつ頃ですか?

松崎:18です。高校まで名古屋で、日大芸術学部に進学しまして。

松岡:名門ですね。その頃まだ串田(和美)さんはいましたか?

松崎:ちょうど自分が4年生のとき、串田さんが日芸でプロの方と学生と入り混じっての公演を手がけてらっしゃいました。

松岡:私がシェイクスピアの翻訳に関わるようになったのは串田さんがきっかけなんですよ。串田さん演出の『夏の夜の夢』。

松崎:僕が上京して初めて観た演劇も、13年前初めて演出したシェイクスピア作品も『夏の夜の夢』でした。当時の自分が扱って最も理解できる、面白さを掴んで届けることが可能だなと思える作品として選びました。二作目は『ロミオとジュリエット』でした。

松岡:演出はいつ頃から始めたんですか?

松崎:18歳で大学に入ってからずっと演技を続けていて、30歳から演出をはじめました。シェイクスピアを手掛けたのは32歳の時です。……これ、今だから言えるんですけど、実は最初、シェイクスピアがあまり面白いと思えなかったんです。特に大学在学中、18、9歳の頃は戯曲を読んでも芝居を観ても、ピンと来なかった。でもこれだけ愛され続けている作品が面白くないなんてこと、あるだろうかと。ちゃんと理解したい、そのためには上演してしまうのが早いんじゃないかと思ったんです。若さゆえの無礼な考え方かもしれませんが。その時にいろんな翻訳に目を通して、キャストのみんなと声に出してみて、松岡さんの翻訳でやりたいなと思いました。どうしてこんなにいきいきとした翻訳になっているんだろう、と毎回思います。俳優をやっていらしたのかな、と。

松岡:小学校で『チルチルミチル』をやるならミチルに選ばれるような学芸会少女ではあったんです。高校の時も小さなグループでお芝居をやっていました。大学では、恩師であるC・L・コールグローヴ先生に週1本ペースで英語の戯曲を読まされたんです。最初はね、シェイクスピアからは逃げていた。でも先輩から引き戻されて、シェイクスピア研究会で『夏の夜の夢』のボトムを演じたの。

松崎:そうなんですか! ボトム面白いですよね。

Casual Meets Shakespeare『ヴェニスの商人 CS』舞台写真

松岡:戯曲から入ったものだから、読んで頭に浮かぶものを実際に作る演出ってなんて素敵なんでしょう、と。それに英語で戯曲を読むけれど、考えるのは日本語じゃない? だから、翻訳をしたいという気持ちも同時に生まれてきたんです。

松崎:戯曲をたくさん読んで夢想していた期間に、上演のイメージを膨らませていたんですね。松岡先生の翻訳は俳優が口に出したくなるように翻訳されているし、ジョーク一つとっても改訂される度に変化していますよね。翻訳の現代性についてはどれくらい意識されていますか?

松岡:戯曲翻訳を仕事にするようになっても、シェイクスピアを訳すなんてこと、全く考えてなかったんです。でもいきなり串田さんから依頼が来た。「一作くらいならバチも当たるまい」とやってみたら、次から次へとどんどんやることになった。出版社からではなくて、演劇の現場から依頼が来たんですよね。

松崎:そうか! 最初から現場で翻訳をしていたわけですね。

松岡:現場からの依頼ということは、日本語の問題だろうと。シェイクスピアは坪内逍遥が翻訳してから100年も経っていて、その間も何人もが翻訳してきたのだから、新たな解釈の余地なんてもうないはず。ただ日本語のアップデートをしたいということなんだろう、と最初は考えていました。つまり現代性ってことよね。

松崎:まさにそうですね。

松岡:それなら劇作家がやってもいいのに、と最初は思っていたんですよ。ただ、観客としてシェイクスピアを観ていたとき、特に女性の言葉遣いが過度に女らしくて、気にはなっていた。こうして女性の私にその役目が回ってきたのだったら、最低限女性のキャラクターの言葉を、女性の俳優が腑に落ちた状態で発せられるよう、女性の観客が観ていて引っかからないように翻訳しようと、それを自分に課したんです。いざ始めてみたら、「あれ、この解釈でいいの?」という部分がけっこう出てきて。

松崎:なるほど。

松岡:でもそこを変えるのは、すっごく勇気がいるわけ。だから手に入る限りのテキストを集めて、知る限りのネイティブの人たちに聞いて、納得して初めて新しい解釈をしていきました。幸い、デヴィッド・ルヴォーさんの『マクベス』やオックスフォード・ステージカンパニーのジョン・レタラックさんによる『ロミオとジュリエット』では、演出家に聞ける状態にあった。シェイクスピアを翻訳する前、『ドレッサー』の時に演出家のロナルド・エアーさん、稽古場通訳さんとともに稽古場にいて、その場でどんどん私の訳を英語に逆訳していったことがあった。怖さもあったけど、そうやって鍛えられたんですよね。

松崎:すごく腑に落ちました。松岡さんのあの翻訳は、そういう現場から生まれたものだからこそ、現代性が伴うのかもしれませんね。

松岡:アカデミズムの世界と、エンターテインメントの現場とを翻訳という形で橋渡しするのが役目なのかなという自覚は、何本かやるうちに芽生えてきましたね。

“試す系”の物語、『ヴェニスの商人』への挑戦

松岡:松崎さんはこれまで、「この作品をコミカルに演出するなんてありうるの?」という悲劇を扱ってきたでしょう? 『MACBETH SC』を両バージョン拝見して、コミカルバージョンが「本当に笑えるのにちゃんとマクベスだ」とびっくりしたし感動しちゃったんですよね。こういう扉の開け方ってなかったから。今回『ヴェニスの商人』をシリアスなものとして演じるというのは新しいチャレンジですよね。

松崎:自分でもチャレンジだと思っています。これまで『マクベス』『ハムレット』『オセロー』をシリアスとコメディに分けて上演してきました。悲劇の中にある喜劇性を抽出して、コメディバージョンを作ってきた。本来、ひとつの作品に両方あるから面白いわけで、こうして切り分けることはナンセンスだと思います。それをあえて分けることで、逆側がそれぞれ浮かび上がる気がして。上演を重ねてお客さんもこれを楽しんでくれるようになった手応えがあって、今回初めて、逆も成り立つはずだという仮説のもと、挑戦しています。幸い『ヴェニスの商人』には悲劇性が含まれているので。

松岡:シェイクスピアの作品って、実は全部そうなんですよね。

松崎:おっしゃる通りです。

松岡:だから、『Casual Meets Shakespeare』シリーズは、私の感覚では分けているという感じがしないの。シェイクスピアの作品に松崎くんが拡大鏡を当てて悲劇的なものを拡大して見せる。今度は同じ作品の別の角度から拡大鏡をかざして喜劇的なものを見せる。よくぞこんな演出をやってくれたな、と思います。

松崎:それはありがたいお言葉ですし、実際そのようにも思っています。わかりやすく伝えるために分けてはいますけども、やればやるほど、シェイクスピアは本当に伝えたいことを、遊び心を持ってどちらの面からも忍ばせているなあと感じます。ある現象を喜劇的にも、悲劇的にも捉えられるということ自体が、人生のあらゆる場面で作用してくるなとも思います。

松岡:本当に細かく読めば読むほどそう。今、カルチャースクールで生徒さんと一緒に『リア王』を読む講座を持っているんです。細かく読むから、いつ終わるかわからない講座(笑)。すると、あんなに悲惨な芝居でも、本当に笑えるところがあると気づくんですよね。『ヴェニスの商人』もそうだけれど、シェイクスピアが描くのは一言で言ってしまうと、人間の愚かさ、なんですよ。

松崎:はい(深く頷く)。

松岡:愚かしさが喜劇的に転ぶ場合もあれば、悲劇的に転ぶ場合もある。その愚かしさの最たるものが、自分が見えてない、わかってないということ。……実は私、『ヴェニスの商人』ってずっと苦手だったんです。すごい作品だとは思うけど、好きではなかった。2011年に青木豪さん演出でD-BOYSが『ヴェニスの商人』を上演したんです。その時、この機会になぜ苦手なのかをちゃんと考えようと思ったんです。で、わかりました。これが人を試す芝居だからなんですよ。

松崎:なるほど!

松岡:人を試すって、ダメじゃない? しかも一番大事な「愛しているかどうか」を試す。ポーシャはすごい女性だと思うけれど、100%好きになれないのはここだって。バサーニオだって、アントーニオの愛を試している。で、「試す系」と名付けたんですけど、これがシェイクスピアにはけっこうあるんです。リアだって娘の誠実さや愛とかを試している。『アントニーとクレオパトラ』では、クレオパトラが愛を試した結果アントニーは死んでしまう。彼女はそういう致命的な過ちを犯す。だから、シェイクスピア自身が元々戯曲の中にシリアス、コミカルどちらにも転ぶ人間の愚かさという要素を入れているわけですよね。松崎さんはすごくいいところに目をつけていると思うし、悲劇と喜劇、それぞれを拡大することでシェイクスピアの本質がはっきり見えてくるなと思います。

松崎:嬉しい……。そのお言葉こそが、このシリーズをやってきた最大の報酬です!

Casual Meets Shakespeare『ヴェニスの商人 CS』舞台写真


シェイクスピアを活きのいい現代劇に

松岡:悲劇になりうる『ヴェニスの商人』をこのシリーズでやるのはぴったりですね。シェイクスピアが生きていた時代は、それこそこの作品で観客が本当に大笑いができたと思うんです。当時のイギリスの人々にとっては「自分たちの社会から弾かれるべき人」がはっきりしていたから。でも今は違う。

松崎:シェイクスピアはそういった遅効性の毒を仕込んでいたように思うんですが、どう思われますか?

松岡:そうだと思いますよ。シェイクスピアのすごさを手っ取り早く知るには、ネタ本を読むことなんです。彼の戯曲には元となるネタ本があって、『ヴェニスの商人』のネタ本では、シャイロックに当たる人物には名前すらないんですよ。「ユダヤ人の金貸し」としか書かれていない。シェイクスピアは彼に名前を与えた。そして彼の人間宣言を書いた。

松崎:実際シャイロックのセリフはあまりに真に迫っていて、喜劇としては邪魔ですよね。

松岡:シェイクスピアは当時、稽古と次作の執筆、さらにその次のリサーチを同時に行っていたはずで、計算して周到に脚本を書く余裕なんてないんですよ。だからシャイロックの裁判の場面はネタ本通りなの。「血を一滴も流してはいけない」というのも全部同じ。なのに、ネタ本と比べたら紙芝居と生きた人間がいるくらいの違いなんです。本当に物語に血を通わせたのはシェイクスピアなんですよね。

松崎:すごいですね。

松岡:でもこうして時代によってシャイロックの見方は変化するけれど、シャイロックが完全にいい人になってしまうと、それもまた違うんですよね。あくまでも金儲けのために人を殺してもいいと思っている人間であることはブレてはいけない。そこはちゃんと戯曲に書かれているわけだから。

松崎:本当にそう思います。

松岡:要するにどっちもどっち。善と悪に分けると、シャイロックが悪で、アントーニオ、バサーニオ、ポーシャが善なんだけれども、善の方が人種差別するし人を試すし(笑)。見事な相対化というのかな。

松崎:我々自身もどうしてもマジョリティの側に行きたがってしまうし、気づかずにその力を行使していることもあるし、もちろん逆に自分がマイノリティな立場になって許せないと思うこともある。状況によって考えは変わるなと感じています。だから、自分たちが愚かであるということを知り続けるしかない。32、3歳の頃、恋愛のコミカルさは共感しやすくて、届けやすいからと『夏の夜の夢』を演出した。そこから人の愚かさ、ままならなさを人生で経験して、それを演劇に変換する術がわかってきた今『ヴェニスの商人』をやっている。そう思うと、18、9歳でシェイクスピアを面白がれないのも無理はなかったなと思いますね。

松岡:ふふふ。

松崎:改めて振り返ると、こうしてシェイクスピアの面白さに出会わせてくださった一人でもある松岡さんにお会いできるだけで嬉しくて幸せです。神様みたいな存在だと思っています。

松岡:そんなそんな。私こそ松崎くんのような人がいてくれて嬉しい。戯曲は読んで面白いという面ももちろんあるけれど、やっぱり生きている人がやるのがいいですよね。昔の戯曲であっても、上演されればその瞬間にもう現代劇になるわけだから。

松崎:そうですね! シェイクスピアを1作品でも通れば、すごく理解できたり、面白くなったりする。この演劇の共通財産を、若い我々ももっと楽しんでいいんじゃないかと思います。

松岡:若い人がチャレンジングなことをやって、こんなにも活きのいいシェイクスピア作品が今上演されていることが、本当に嬉しいです。

(左から)脚色・演出の松崎史也、翻訳家の松岡和子

取材・文=釣木文恵

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