休職後の復職に不安や怖さを感じている方へ。精神科医・斎藤環さん「また休んではいけない、と思わないように」
休職後の復職を前に再び他者と働くことに不安を覚える人は少なくありません。
メンタルヘルス不調で休職した労働者の復職後の再病休率は約5割(※1)と言われており、不安を抱えたまま復職をすると、再び無理をしてメンタル不調の再発につながってしまう可能性も考えられます。
今回お話をうかがったのは、人間関係を原因とする「うつ病」や「ひきこもり」支援に長く携わってきた精神科医の斎藤環さん。復職への不安をやわらげるために必要なことを聞きました。
休職後、どうして「対人関係」に不安を感じるのか
ある研究では「メンタルヘルス不調で休職した社員の復職後の再病休率は約5割にのぼる」という調査結果が出ています。休職者が復職する際、どんな悩みを抱えやすいのでしょうか?
斎藤環さん(以下、斎藤) 人によってさまざまですが、悩みの大半は「対人関係」ではないかと。つまり「再び職場で受け入れてもらえるだろうか」という不安が圧倒的に大きいと思います。
休職期間が長くなり、家から出ず人とも会わない生活に慣れていくほど対人恐怖的な葛藤が膨らみ、復職の際につまずく原因になってしまいます。
なぜ休職期間が長くなると「対人関係への不安」が増すのでしょうか。
斎藤 いくつかの理由が考えられますが、最も多いのは、「そもそも休職する以前から無理をしていたから」というケースです。毎日会社に行き、周囲の人たちに合わせながら働くことにストレスを感じていて、それでも努力して“常識的な社会人”であろうと頑張っていた。
しかし、長期の休職によって無理の仕方を忘れてしまい、以前はできていたはずのコミュニケーションもとれなくなってしまう。こうした人は、相当数いると考えられます。
もう一つは「自己評価の低下」です。休職が長引けば長引くほど職場に迷惑をかけている、みんなに負担をかけているという思いが募り、自己評価の低下につながってしまいます。そして、いつしか「みんなが自分を非難している」という具合に、自分の感情を相手に“投影”してしまうわけです。
そうした極端な思い込みに陥ってしまうのはなぜでしょう。
斎藤 長い休職生活やひきこもり生活は、心が幼児に戻ってしまうような「退行(子ども返り)」が起こりやすく、退行は妄想 - 分裂態勢という状態を引き起こすからです。
「妄想 - 分裂態勢」とは?
斎藤 世界を「白と黒」「敵と味方」に分けてしまうような極端な発想に陥りやすい状態のことです。一人でも批判する人がいたら全員が批判しているかのように一般化してしまう。
本来、心が成熟している大人は全てが白と黒では分けられないこと、世の中にはグレーゾーンが多いことを分かっています。そのため、誰かが自分を批判していたとしても「そういう人もいるよね」と冷静に処理できるのですが、心が幼児化するとそう思えなくなる。「全員がそう思っているに違いない」と思い込みを広げてしまうわけです。
ただ、それはその人自身が未熟なわけではありません。休職によるひきこもり生活のように、退行が起こりやすい環境下では誰しもがこうした状態に陥ってしまう可能性があります。
復職前の不安をやわらげるには?ケース別の対処法
復職を前に対人関係への不安を抱えている方に向け、ここからは休職に至ったケースごとに、復職に向けた心の持ちようや対策などを教えてください。
ケース1:顔を合わせるとやけに緊張してしまう、苦手な上司がいる。また同じ職場で働くと思うと、気が重い……(26歳女性)
斎藤 特にハラスメントを受けたのでなければ、苦手意識の大半は思い込みによって生じている可能性があります。休職中は思い込みがエスカレートしやすいので、その上司から言われたネガティブな言葉を思い出し「あの人は私のことがすごく嫌いなんだ」と、より苦手意識が強くなっているかもしれません。
これを緩和する一つの手段が「対話」です。あえてその上司との面談の機会を持つことで、やや暴走気味の悪印象がやわらぐ可能性が高いと思います。自分から面談を希望するのが難しければ別の上司にその場を設定してもらいましょう。
苦手意識を抱いている人と話すというのはストレスを感じそうですし、付き合いをなるべく「避ける」という方法もあると思うのですが、それは悪手なのでしょうか?
斎藤 避けているうちは、いつまでもその恐怖から逃れることはできません。できれば対面での解決をはかってほしいと思います。
ただ、思い込みではなく実際にハラスメントと感じる発言や態度があった場合は、一刻も早くハラスメント対応の窓口など然るべきところに相談をしたり、別の上司に打ち明けたりしてください。なかなか声を挙げづらいかもしれませんが、外側にハッキリとした原因がある場合、本人のマインドセットだけで解決することはできません。
自分の思い込みなのかハラスメントなのか、判断がつきづらいケースもありそうです。
斎藤 そうですね。なのでそういった場合もまずは客観視できる立場の人に相談してください。なかには、マイクロアグレッション(自覚なき差別)のように、ハラスメントとまでは言えなくても、言葉の端々に攻撃性を滲(にじ)ませてくる人もいます。
いずれにせよ、自分の胸に秘めているうちは何も解決しませんし、口に出すことでいくらかは気持ちが軽くなるはずですから。
ハラスメントが原因で休職に至ったとしても、復職前までにそれを会社が認めてくれない、何も対応してくれない場合はどうすればいいですか?
斎藤 その場合は、医師に相談しましょう。診断書という公文書に「ハラスメントが原因である」と書かれれば、会社側もさすがに何も対応しないわけにはいきませんし、復職の際の条件を有利にすることができるはずです。
職場の産業医から紹介された医療機関だと、診療情報が会社に筒抜けになってしまうのではないかと心配される方もいますが、通常、そんなことはあり得ませんので安心していただきたいです。
ケース2:休職前、初めてマネージャー職に就き、業務量の多さやプレッシャーなどから無理がたたり休職に至る。周囲に何も告げられないまま急に休職してしまったため、気まずい……(33歳女性)
斎藤 休職前に本人から説明できなかったとしても、会社側から上司や部下など同じチームのメンバーにはある程度は事情が伝えられているはずですから、そこを気に病む必要はありません。
また、休職したことについて謝罪する必要はないと考えますが、なんとなくギスギスしてしまうようなら、メンバーに状況を説明する機会を設けた方がいいと思います。
このケースでも、まずは対面で話す機会を設けるべきなのですね。
斎藤 はい。それから、この方の場合は業務量が増え無理がたたって休職に至ったということですので、リワーク制度を活用してほしいですね。リワーク制度とは、メンタルヘルスの不調で休職した人がスムーズに復職できるよう、医師のアドバイスを受けながら“リハビリ”する仕組みです。
会社にそうした制度がなくても、担当医にお願いすれば意見書を書いてくれます。「復職後しばらくは時短勤務から始め、段階を踏んでペースを上げていきたい」「場合によっては部署の変更も考えてほしい」など、具体的な復職プログラムを盛り込んだ意見書を出してもらいましょう。
先ほどの診断書もそうですが、医療機関にかかることは治療以外にも有益な点が多いです。専門機関が持つさまざまなノウハウやリソースを、ぜひ活用してほしいと思います。
このケースだと復職後はいったん、マネージャー職から外れる可能性が高く、いわゆる“出世コース”から外されてしまったような挫折感を覚えてしまうかもしれません。そうした負の感情は、どのように消化すればいいでしょうか?
斎藤 それは至極まっとうな感情の動きですし、なかなか消化しきれるものではないと思います。ただ、マネージャー職の業務の負担に耐えられずに休職に至ったという事実があるわけですから、そこは受け止めるしかありません。
むしろ自分の適性を知る良い機会になった、別の方向性を探るきっかけになったと捉え、あまり引きずらずに切り替えていくことが大事かなと思います。
ケース3:昔から頼まれたら断れないタイプで、仕事となるとなおさら。自分のキャパシティ以上の業務を抱え続けたことで体調を崩し、休職に至る。働くことは好きなので早く復帰したいが、また「断れない性格」でキャパオーバーになるのではと不安がある……(32歳男性)
斎藤 この方の場合、「NO」が言えないという課題がはっきりしているので、「認知行動療法」のアプローチが有効と考えられます。
認知行動療法とは、凝り固まってしまった自身の考え方に気づき、ストレスの原因と上手に付き合えるようになることを目指す心理療法のこと。自分が苦手なシチュエーションをイメージし、10段階に分けて作成した「不安階層表」を元に、最もストレスが少ない順に取り組んで一つひとつ乗り越えていくというプロセスが一般的です。
なるほど。このケースでは、どのように対応していくのがよさそうでしょうか?
斎藤 「NO」と言いやすい相手・内容から段階的に「断る」ことへの耐性をつけていきます。
例えば、「いつも1人でやっている家事の分担を提案してみる」、次は「気の置けない友人に普段とは違う遊びを提案してみる」などからやってみてはどうでしょう。そして「同僚から提示されたタスクの期日をこちらの都合にあわせて調整してもらう」……というふうに少しずつ負荷を大きくしていきます。
まずは自身の「断らない性格」という問題を明確に意識した上で、それをスモールステップで段階的に乗り越えていけば、変われる可能性がかなり高いと思います。
「元に戻る」ではなく、人生の仕切り直しと捉える
今回挙げた3つのケースに限らず、共通して押さえておきたい、復職に向けたポイントがあれば教えてください。
斎藤 まず、復職直後は「会社に戻るための実験期間」のように捉えてほしいと思います。あくまで実験ですから、まだ早ければもう一度休んだっていい。「また休職してはいけない」と思い込むことは、むしろ無理をしてしまうきっかけとなります。
復職というと「元に戻ること」と考えられているフシがありますが、そうとは限りません。休職に至るほどのつらい経験は、自分は何が苦手なのか、どんな弱点があるのかを知る機会だったとも言えます。
ですから、元に戻ることを目指すのではなく、休んだことをきっかけに仕事のやり方を変えてみたり、ライフスタイルを少し見直したり、「新しい要素を携えて再出発する」といった考え方がいいのではないでしょうか。
「新しい要素」というと、どんなものが挙げられますか?
斎藤 例えば、趣味や好きなことを見つけ、遊び仲間など職場以外の居場所をつくっておくこと。
また、「復職できたからもう必要ない」と思わず、予防の意味合いで、定期的に治療やカウンセリングに通うのも良いでしょう。相談をせずに限界を迎える、ということがないように、日頃から話を聞いてもらう習慣をつくっておくのもおすすめですよ。
復職をしたとしても、再休職という選択を取らざるを得ない場合もあるかと思います。なるべく休職を繰り返さないためのアドバイスはありますか?
斎藤 休職を繰り返す要因の一つに、休職中、精神的にしっかりと休めていない可能性があると考えられます。
精神的な安静とは何もしないで家でじっとしていることではなく、「イヤなことをせず、好きなことをする」ということ。うつ状態を訴えて会社を休んでいる人が遊びにいったり旅行したりするのはけしからんといった風潮がありますが、むしろ仕事のことは忘れて思いっきり遊ぶべきなんですね。
人と会わず家に引きこもって過ごしていると、先ほどお伝えした「思い込み」が促進させてしまい、復職への心理的ハードルを高めてしまう恐れがあります。ですから、家族でもいいし、親しい友人でも構いませんので、誰かしらと一緒に好きなことをして過ごしてみてください。
取材・文:榎並紀行イラスト:二本松マナカ編集:はてな編集部