思いを歌声に乗せて【春山嘉夢一ビリー】~”世界水準のダンサー” 四者四様のビリーを観る④〈ミュージカル『ビリー・エリオット』上演中〉
1984年、炭鉱閉鎖に対抗するストライキに揺れるイギリス北部の町を舞台に、バレエ・ダンサーを目指す少年と彼を取り巻く人々を描き、大ヒットした映画『リトル・ダンサー』。エルトン・ジョンが音楽を手がけたそのミュージカル版『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』は、2017年の日本初演以来広く愛される作品となっている。三度目の上演となる今回も、長期トレーニングとオーディションを勝ち抜いた子役たちが大活躍。主人公ビリー・エリオット役で4人が日替わりで登場するが、世界各地のミュージカル『ビリー・エリオット』カンパニーにも携わってきた演出補エド・バーンサイド氏と振付補トム・ホッジソン氏は、開幕直前インタビューで彼らを「世界水準のダンサー」と評している。4人のビリーのうち、春山嘉夢一が主役を務める回を観劇した(8月4日12時半の部、東京建物Brillia HALL)。
春山のビリーは好奇心旺盛で、未知なる世界を知りたい、そうすることで自分の世界を大きく広げていきたいとの願望が、相手に投げかけるセリフの端々からうかがえる。また、歌声に自身の思いを乗せるのが上手い。そして、冒頭のしょんぼりとした姿から、幼くして母を亡くした喪失感を濃厚に感じさせるビリーである。
亡き母が彼宛てに遺した手紙をウィルキンソン先生(この回演じていたのは濱田めぐみ)に声に出して読んでほしいと彼が頼むところから始まる「The Letter」における歌唱でもそんな喪失感がよく表現されており、濱田のウィルキンソン先生と思い出の中のお母さん(大月さゆ)がそこに加わっての美しいハーモニーとなった。ロイヤル・バレエ・スクールへと旅立つビリーが思い出の中のお母さんにさよならを告げる「The Letter Reprise」でも、母への別れ難い思いが痛切で、胸を打つ。自分のすべてを出し切るかのような「Electricity」での歌唱とパフォーマンスも心に残る。
1984年に11歳という年齢設定であるビリー・エリオットと、1972年生まれの筆者は同世代であり、1982年にカナダのオタワに引っ越して見聞きした80年代初頭の英語圏カルチャー、その空気がこの作品にちりばめられているのを非常に懐かしく観た。ウィルキンソン先生が歌い踊る際のレッグウォーマー姿はまさに80年代ファッションだし、ビリーと親友マイケルが女物の服を着て「♪自分を表現して何が悪いの」と歌い踊る「Expressing Yourself」には、1982年にデビューして世界的に人気を博したイギリスのポップ・バンド、カルチャー・クラブのヴォーカル、ボーイ・ジョージが斬新な女装とヘアスタイルで話題を呼んでいたことを思い出す。
このミュージカルの最後で、炭鉱閉鎖に抗議しての炭鉱夫たちのストライキは失敗に終わり、将来的には彼ら全員失業するであろうことが示唆されるが、1982年にデビューしたイギリスのポップ・デュオ、ワム!のデビュー曲は失業問題がテーマだった。子供だった時分、何気なく見聞きしていた事柄の背景を知ることができ、この『ビリー・エリオット』という作品も含め、時代を映し、時代を伝える文化の力を改めて認識した思いである。
この回、ビリーのおばあちゃんを演じていた根岸季衣は、過酷な人生を生きてきた人間の不屈の魂と、あり得たかもしれない別の人生へのはかない憧憬を「Grandma’s Song」のパフォーマンスのうちに見せた。このナンバーで「♪自由!」と歌い上げるおばあちゃんの存在もまた、ビリーの人生観に大きな影響を与えているのであろうことを思う。炭鉱夫の一人ジョージ役の芋洗坂係長の温かみとおかしみ、炭鉱夫たちの力強いコーラスの中で存在感を示すビッグ・デイヴィ役の辰巳智秋の声も印象に残った。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)