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こころが男性、妊娠して病院を訪れたら… どこからが「区別」か「差別」か【忘れないよ、ありがとう②】

Sitakke

Sitakke

「こころが男性どうし」のふうふ、ちかさんときみちゃん。
2人が歩んできた、家族の道のりです。

連載「忘れないよ、ありがとう」
(最新話公開を前に、家族のこれまでを改めてお伝えします)

からだは女性、こころは男性。おなかに赤ちゃんが

「赤ちゃんの心臓が動いているのが、確認できますね」

薄暗い診察室で、青白く光る画面に映る、新しい命。エコー検査を受けるきみちゃんは、静かに真っすぐ画面を見つめていました。赤ちゃんは元気に育っていますが、きみちゃんの表情は少し硬いままです。

29歳のきみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。きみちゃんのパートナー・ちかさんは、3歳年上。からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけ。

2人は、「こころが男性どうし」のふうふです。

2人の間に宿った新しい命を、記者の「わたし」が見つめる連載、「忘れないよ、ありがとう」。前回は、2人の「法的な結婚」に対する葛藤と、妊娠がわかったときの戸惑いについてお伝えしました。

ただ、「こころが男性どうし」のふうふの妊娠に初めて向き合うのは、2人だけではありません。今回は、2人の気持ちとからだに、病院がどう向き合っていたか、お伝えします。## 妊娠をした「僕」の葛藤

2021年11月19日。きみちゃんの30週目の妊婦健診です。

きみちゃんは、自宅がある千歳市から1時間ほどかけて、札幌医科大学附属病院の産婦人科に通院していました。

パートナーのちかさんは、なるべく健診に付き添うようにしていますが、この日は仕事。自分を「人見知り」だというきみちゃんは、最初はわたしとほとんど話さず、目線もあまり合わせません。

産婦人科の待合室は婦人科と背中合わせで、その場にいるのは、ほとんどが女性。男性の姿は、数人の医師と、妊婦に付き添うパートナーを数人、たまに見かける程度でした。きみちゃんはのちのインタビューで、「女性だけの科だから、視線が気になった」と話していました。

健診では主に、尿検査、血圧測定、エコー検査、医師の問診という流れで行われました。きみちゃんがふだん、男性用トイレを使用しているのを聞いていた病院は、尿検査では男性用トイレに案内していました。

「だいたい1500グラムくらい、平均よりは小さいところですね」担当は、新開翔太(しんかい・しょうた)医師。30代で、穏やかな語り口が印象的でした。

問診中のきみちゃんは、説明にうなずくものの、ほとんど新開医師と目線は合わさず、結婚指輪を右手の指でなぞるようにさわっていました。

新開医師が「ちょっと元気ないように見えるけど、大丈夫?」と気遣うと、きみちゃんはかすかに聞こえる程度の声で、「…はい」と返事をしました。

この日は医師の診察のあと、病棟を担当する助産師と、別室で面談が行われました。この病院では、トランスジェンダー当事者の妊娠・出産を担当するのは初めて。病院側も、こころは男性であるきみちゃんのニーズを、真剣に汲み取ろうとしていました。

「からだの変化はどう受け止めている?」
「相談できる人はいるの?(当事者の仲間で)妊娠とか出産とか経験している人はいるのかな」
「こういうワードを言われたら嫌だとか、こういう対応が嫌だとかもないかな…?」
助産師はうつむき加減のきみちゃんの表情を確かめながら、そして言葉を待ちながら、ゆっくりと質問していきます。

「下から産むのはどう?抵抗感とかは…ないわけではない?」
助産師のこの質問に、きみちゃんはしばらく沈黙し、涙を拭うような仕草で顔をこすりながら、答えました。

「…(抵抗感が)無いっていうか…想像がつかない…」

「妊娠・出産」は、こころが男性のきみちゃんにとって、望んだことではありながら、自分のからだが「女性」である現実を突きつけられる体験でもあります

例えば健診では、「内診」を受けることも必要になります。内診とは、脚の部分が自動で開く診察台に下着を脱いだ状態で寝て、医師が直接指や器具で子宮の状態を確かめる、婦人科では大切な検査です。

わたしは女性のからだに生まれ、こころも女性と自認していますが、婦人科で内診を受けるときは、恥ずかしさやしんどさを感じることもあります。ましてこころは男性のきみちゃんなら、どうでしょう。

「自分で望んだ妊娠」だと話していたきみちゃんですが、からだが女性であるからこそ必要な検査や、どんどん膨らむ自分のおなかを受け入れられているのか?わたしは常に、心配な思いがありました。

しかし自宅に戻ると、きみちゃんが妊娠して感じているのは、不安だけではないことがわかりました。

「鼻がぺちゃってなって、ちかさんいわく、きみちゃんに似てるって」

きみちゃんは、母子手帳と、エコー写真を見せてくれました。赤ちゃんの顔を指さし、「きょうは正面を向いていた、恥ずかしがらなかったですね」と、この日初めてわたしに笑顔を見せました。

きみちゃんはつぶやきました。「…はやく、会いたいなって思います」

このときにカメラに見せたきみちゃんの笑顔は、わたしがこれまで見てきた中で、いちばんやさしい顔をしていました。

出産予定日は、2022年の1月24日。赤ちゃんに会えるまで、あと2か月と少しに迫っていました。

「僕」の妊娠に向き合う、若手医師と病院の挑戦

病院にとっても、手探りの挑戦でした。

「心が男性の人であれば妊娠は希望しないはずだと思っていた。FtM(女性のからだで生まれたが、男性として生きることを望む人)の人が妊娠したというのはどういうことなんだろうと…。身構える感じはあった」

新開医師にとっては、トランスジェンダーの当事者と接するのも初めて。先行症例を調べても、道内の例は見当たらなかったといいます。

新開医師は、女性ならではのからだの変化に、きみちゃんが「違和感がないかなというのは慎重に聞き取りを行った」といいます。病院のスタッフ全体が、きみちゃんを「お母さん」とは呼ばず、名字で呼ぶように徹底するなど、きみちゃんの気持ちを尊重しようとしていました。

しかし、すぐには結論が出せない課題もありました。「ほかの妊婦への配慮」との両立です。

出産などのために妊婦が入院する病棟は、女性専用に作られています。そして妊婦の異変にすぐに気が付けるように、病棟内は見通しのいい構造になっていて、体調など特別な理由がない限り、大部屋に入ることがほとんどです。

そうした妊婦のこころとからだに配慮した構造が、きみちゃんにとっては、「男性用トイレがない」「ほかの妊婦の視線が気になる」など、過ごしにくい理由になってしまうのではないかと、新開医師は考えていました。

「ほかの妊婦さんたちにとっても、髪型や服装など自己表現が男性のきみちゃんと、同じ病室や病棟で大丈夫かは検討する必要がある」と話し、きみちゃんを含めどの妊婦にとっても安心して過ごせる環境を作るためにどうしたらいいか、真剣に悩んでいる様子でした。

妊婦たちと同じ病室に「妊娠中の男性」?

病院に向かうちかさん

12月3日。妊娠34週目の健診には、仕事を休むことができたパートナーのちかさんも付き添いました。

新開医師はいつものように穏やかな口調で、きみちゃんとちかさんの表情を交互に確かめながら、ゆっくりと話していきました。

「大学病院全体の方針としてはGID(性同一性障害)の人には個室に入ってもらうことをお願いして…。ただ、個室料金は本人の負担になってしまいます」

産婦人科で個室を利用すると、1日に6000円ほどかかるといいます。

実はこのとき、赤ちゃんの「逆子」の状態が続いていることもわかっていました。逆子とは、赤ちゃんの頭が下を向いていない状態のこと。出産時までこの状態が続くと、難産になるリスクが高いとされています。

入院はいつからいつまでか、帝王切開にするのか…お産はなかなか、予定通りには進まないもの。個室料金も、何日分に膨らんでいくかわかりません。

「意見とか確認したいことがあれば、後から更新もできるから、おっしゃってくださいね」。新開医師は、病院の方針を伝えるだけでなく、2人の本音を聞こうと気遣っているように見えました。

「どこまでが許容ができて、どこからはやめて欲しいのか」…。口数が少ないきみちゃんの本音を聞き出そうと、試行錯誤を重ねてきた新開医師。

初めてトランスジェンダーの患者を担当する中で、妊婦との信頼関係を作り上げる大切さを、改めて実感したといいます。インタビューでもいつも、時折目をつむり、間を置きながら、熟考し答えていました。

個室について、きみちゃんとちかさんは、「仕方ない」と言いながらも、「GID(性同一性障害)だから別室っていう、そこはなんともいえない」と少し煮え切らない思いもこぼしていました。

こころの性とからだの性が違うために、こころもからだも女性に生まれた人よりも、追加でかかる金銭的な負担。「仕方がない」とみるのか、「不平等」とみるのか。「不平等」ならば、どうしたらいいのか。

近年、性別は男性と女性だけで分けられないことは、広く知られるようになってきたと思います。しかし、トイレや更衣室など、当たり前のように2つに分けられてきた公共施設は、大きな課題となっています。

何が必要な「区別」で、どこからが 「差別」になるのか…。当事者の中でも、ひとりひとり考え方は違います。わたしは様々な当事者の方に取材して考え続けていますが、「こうするべきではないか」という答えはまだ、出せずにいます。

多くの人が出入りをする病院で、「誰もが安心できる環境」を整えるためにはどうしたらいいのか。病院もまた、時代の過渡期に立たされているのだと感じました。

「僕」の妊婦健診に付き添う、パートナー

この日の健診では、赤ちゃんはエコーでもわかるほどぐいぐい動いて、3Dにすると鼻や口、握りこぶしまではっきりと見えました。元気に動く赤ちゃんの様子をみて、きみちゃんは笑い声をあげることもありました。

きみちゃんとちかさんは、健診の後、病院の近くにある洋菓子店を訪れました。ちかさんはスイートポテトとリンゴジュース、きみちゃんは生チョコレートのケーキとホットミルクを注文しました。

注文したものが運ばれてくるまでの間、2人は撮ったばかりのエコー写真に釘付けです。
「誰に似てる?」「ほっぺのたれ具合がきみちゃんに似てる」。

ケーキが運ばれてくると、わたしの目の前で1口づつ「あーん」を繰り広げます。その雰囲気は、目の前のケーキを凌駕するほどの甘さで、見ているこちらも思わず笑みがこぼれました。

取材中、パートナーのちかさんが、きみちゃんと同じ目線で、妊娠と向き合おうとしていたことが印象的でした。

健診の日はできる限り仕事を休んで、付き添っていました。エコーに映る赤ちゃんの元気な様子をみて安心したり、逆子のため出産予定日が変わるかもしれないと聞くと、診察室のカレンダーを見ながら医師に質問したりと、きみちゃんと一緒に一喜一憂しているように感じました。

「妊娠・出産は女性だけのものではない」。これは、こころが男性で妊娠したきみちゃんからだけではなく、ちかさんの姿勢からも、わたしが学んだことです。

ちかさんは付き添うことで、赤ちゃんの成長を実感しているように見え、きみちゃんはひとりのときよりも、心の葛藤が和らいでいるように見えました。

それぞれ事情や考えがあるので、「絶対に誰かが付き添うべき!」と言えるものではありませんが、妊娠・出産は、おなかに命を宿した本人だけのものではありません。例えば職場は、「付き添いたい」というパートナーの希望をできるだけ叶えられるようにするなど、社会全体で妊娠している人を「ひとりにしない」姿勢が大切なのではないでしょうか。

もし、あなたが妊娠して入院したとき、同じ病室に「妊娠中の男性」がいたらどう思いますか?「その人は個室に入るべき」と思うなら、そのお金は、本人、病院、行政…、誰が負担すべきだと思いますか?

新しい命の存在が、わたしたちに問いかける課題です。

真冬とともに近づく、「僕ら」の新しい命の誕生

2021年12月17日、34週の健診。札幌市内は大雪に見舞われ、街中には渋滞も発生しました。きみちゃんは車の運転を諦め、ちかさんとともに千歳市からJRと市電を乗り継ぎ、吹雪の中、病院にやってきました。

個室を見学したり、理想の出産について考える「バースプラン」を記入する紙を渡されたり、出産の日がどんどん迫っていることを実感する日でした。

赤ちゃんの誕生予定まで、およそ1か月。

「年明けには生まれるんだなって思いますよね」とわたしがつぶやくと、きみちゃんは「2人の時間も大切にしたいなって思います」と口元を緩めながら、助手席に座るちかさんの後頭部をちらっと見つめていました。

「2人」で過ごす、最後の年末年始。家族「3人」になる日を、2人も病院のスタッフたちも、少し緊張しながらも、楽しみに待っていました。

しかし、年越しを待たずに、2人は予期せぬ形で出産を迎えることになります。

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連載「忘れないよ、ありがとう」

文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。

編集:Sitakke編集部IKU

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