【土井裕泰監督「片思い世界」】 タイトルそのものがギミック。単なる「恋愛映画」ではない
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区のシネシティザートなど各地で4月4日から上映中の土井裕泰監督「片思い世界」を題材に。脚本は土井監督と「花束みたいな恋をした」でタッグを組んだ坂元裕二さん。主演は広瀬すずさん(静岡市清水区出身)、杉咲花さん、清原果耶さん。
映画公開3日目に書くコラムとしては、慎重にネタバレを避けなければならない。ただ、この映画はかなりそれが難しい。始まって10分以降を詳細に語ろうとすると、どうしてもネタバレになる。
改めて映画のチラシの文面やネット上にあるあらすじを読む。なるほど。ネタバレしていない。何度も見た公式の予告編を見る。震撼した。確かに何も明かしていない。坂元裕二さんの特集を組んだ「キネマ旬報」2025年4月号を読み返す。こちらはチラリと核心部分がのぞくが、それでもこの映画の「秘密」は全面的に保たれている。
若く才能がある3人の女性俳優のキャスティングありきだったという本作は、製作に関わった一人一人がこの「秘密」を大切に共有しているさまが伝わってくる。作品を大事に大事にくるんで手放した、その瞬間の顔つきが浮かんでくる。
あらすじは公式の引用に近い形で紹介するのがいいだろう。
美咲(広瀬さん)、優花(杉咲さん)、さくら(清原さん)は東京の片隅、古い一軒家で共同生活を営んでいる。毎日、朝ご飯を食べて仕事、学校、バイトに出かけ、帰宅後は夕食、リビングでのおしゃべり。寝室にはベッドが三つあって、目覚まし時計で3人同じ時間に起きる。美咲には通勤バスで見かけたちょっと気になる人(横浜流星さん)がいて、そのことに気づいた他の2人は一歩前に出るよう美咲に促す。
映画のタイトルそのものにギミックが含まれている。「片思い」は、誰もがパッと頭に浮かぶ恋愛要素だけではない。つまり、この映画は単なる「恋愛映画」ではない。どちらかと言えば「喪失と回復」の映画である。ただ、坂元さんの脚本は「喪失」と等価の「回復」は与えない。それなのになぜかすがすがしい。
主演3人の演技は緩急が巧みで、キャラクターの造形も魅力的だ。場面ごとにトリオ、組み合わせの異なるデュオで物語が構成されるが、最も心に残るのはそれぞれの「独白」である。独白だから他の人物からの打ち返しはない。「片思い」のゆえんはこのあたりにも隠されている。ただ、観客はこうした独白に対して強烈なシンパシーを抱く。そういう意味では「片思い」ではない。パラドックスが、作品の輝きを強めている。
最後に小さいネタをいくつか。3人が所属していた児童合唱団が使うリハーサル室のアップライトピアノは静岡県が誇るヤマハ製である。3人が夜、ストリートバスケに興じる場面があるが、元バスケットボール部の広瀬さんのドリブルはさすがに手慣れている。児童合唱団の指導者として田口トモロヲさんが出てきて、合唱コンクールで指揮棒を振る。パンク歌手時代の彼を知る者は「ずいぶん遠くに来た」と感慨深くその姿を見つめるだろう。
(は)
<DATA>※県内の上映館。4月6日時点
金星シネマ(伊東市、5月28日から)
シネプラザサントムーン(清水町)
シネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市)
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
藤枝シネ・プレーゴ(藤枝市)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズ サンストリート浜北(浜松市浜名区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)