〈箱根人からの伝言〉 母・浜美枝から受け継いだ私の使命…箱根の魅力を世界の旅人へ。
文=金子 森
全国通訳案内士・登山ガイド
◇中東のゲストから教えられた緑の変化
箱根は、都心からのアクセスも良く、豊かな自然と歴史、そして温泉に恵まれた国際的な観光地です。多くの旅行者が訪れるこの地で、私は登山・通訳ガイドとして、ゲストの皆さんと特別な時間を共有しています。
箱根は、富士箱根伊豆国立公園の中心に位置し、四季折々の雄大な自然が楽しめる場所です。活火山の息吹を間近に感じられる大涌谷では、今も噴気が立ち昇る様子をロープウェイから望むことができます。世界中を見ても、これほど間近に活火山の様子を見られる場所は少ないと思います。また、富士山の眺望が美しい芦ノ湖も、西側のエリアには人工物がほとんどなく、自然に溶け込むような没入体験ができる、私の大好きなスポットです。ある年の梅雨時期、中東カタールからのゲストが「箱根が持つ緑の色の種類の多さに驚いた」と語ってくれました。新緑から深緑へと変化する森の色彩は、我々日本人にとっては身近であっても、緑の少ない国の方の目にはとても新鮮に映ったようです。海外からのゲストの感覚を通じて、箱根の魅力を再発見できるのもこの仕事ならではのものです。
◇四百年つづく峠の甘酒茶屋で流した涙
私がこれまで世界33カ国から1200組を超えるゲストを案内する中で感じた箱根の魅力は、美しい風景や温泉だけではありません。それは、人と人との繋がりが生み出す、心の通った旅の体験です。
私がゲストをご案内するとき、必ず立ち寄る場所のひとつが旧東海道の「甘酒茶屋」です。茅葺き屋根の佇まい、囲炉裏のぬくもり、毎日使い込まれて艶を増した巨木のテーブル。そこには、長い年月をかけて育まれた「本物」の雰囲気が満ちています。その空気に触れると、ゲストは国籍を問わず皆一様に感動します。ある時、アメリカから来たご家族が囲炉裏を囲んで甘酒を口にした瞬間、「本当に江戸時代にタイムスリップしたみたいだ」と目を輝かせていました。
そして13代、400年もの間、この茶屋を旅人のために守り続けている山本聡さんのお話にも耳を傾けます。雨の日も雪の日も、旅人をもてなすために暖簾を掲げ続けるその揺るぎない姿に、多くのゲストは「今までこの茶屋を守り続けてくれてありがとう」とストレートな感謝を伝えます。戦後など苦しい時期を乗り越えられてきた茶屋の物語に涙を流すゲストも少なくありません。
国籍を問わず、多くの旅人たちが感動する「甘酒茶屋」の佇まいとおもてなし
◇さらに一歩踏み込んだ箱根の魅力
「旅」という言葉は「賜る」から生まれたともいわれています。昔の旅は、現代とは比べ物にならないほど過酷だったと想像できます。そしてその旅の成功は、山本さんのような街道沿いの人々の温かいもてなしによって支えられていたのだと思います。だからこそ甘酒茶屋は時代や国境を越えて人々の心を打つ、人間の根源的な優しさに触れられる場所だと感じています。
また箱根には寄木細工という、数百年続く伝統も息づいており「箱根の本物」を伝えることで、地域の歴史や伝統の継承に貢献したいという想いもあります。職人と海外のゲストが素材や模様の話で盛り上がっている場面を見た時、「旅の本質は人とのつながりにある」と実感します。地元の人と交わす言葉や笑顔は、きっとゲストの一生の思い出になるはずです。
箱根の伝統工芸「箱根寄木細工」の職人との会話で、海外からのゲストも大喜び
このような素晴らしい箱根の自然と文化を守り、次世代に繋いでいくためには、ガイドとしての活動に加え、私は登山道の補修や自然保護のボランティアにも携わっています。箱根の地で暮らす人、働く人、訪れる人、その全員でこの美しい環境を守っていきたいと思っています。私にとっての箱根はただの故郷ではありません。それは尽きることのない探求の対象であり、日本の豊かな自然、歴史、文化が凝縮された特別な場所なのです。少し奥に踏み入れば、皆さんが知らない箱根がまだまだきっとたくさんあるはずです。新しい魅力の再発見の旅に、どうぞお越しください。
金子さんも参加する「箱根自然保全ボランティア活動」の現場。登山道の補修や階段設置、外来生物の駆除やイノシシが掘った穴埋めといったハードな仕事から、ゴミ拾い等比較的誰でもできる活動により箱根の自然環境が守られている。
金子 森(かねこ しん)
1980年生まれ 神奈川県箱根町出身。
米国の大学を卒業後、帰国。都内での勤務を経て30歳を期に地元である箱根にUターン。
2015年より訪日外国人専門ガイド・Explore Hakoneを始動し、箱根の自然・歴史・文化、それらを育んできた人々との触れ合いを大切にしたガイディングを行っており、これまで欧米豪を中心に世界33か国、1200組以上からのゲストを箱根で案内してきている。
箱根DMOでは、戦略推進委員としてガイド戦略構築、日本版持続可能な観光ガイドライン、地域循環共生圏などサステナブルツーリズム関連の推進にも携わる。
Goldwin Ambassador / Mountain Guide、全国通訳案内士(英語)、JMGA登山ガイドII、野外災害救急法WAFA、Leave No Traceトレーナー