「兄弟の関係性を超えた愛」「感情の収まりがつかない」ジャック・タン&ジン監督が『ブラザー 富都のふたり』を語る
泣ける!でもツラすぎる!! 『富都のふたり』インタビュー到着
世界中の映画祭を席巻し、製作国のマレーシアと台湾で100万人動員の特大ヒットを記録した映画『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』が、全国順次公開中だ。
アカデミー賞国際長編映画賞のマレーシア代表にも選出された本作。日本でも劇場公開されるや、現地のリアルがにじみ出たロケーションや貧しい兄弟の切実なストーリーが話題に。ウー・カンレンとジャック・タンという、現在のアジアを代表する俳優陣の熱演にも大きな反響が寄せられている。
本作は美しい兄弟愛を描きながらも、不安定な生活への焦燥や社会への不信・不安、そして冷淡な現実がもたらす厳しい結末を容赦なく突きつける。鑑賞後は拭いようのない痛みや切なさに襲われ、しかし富都(プドゥ)の混沌とした街とそこで暮らす人々のたくましい姿が、ぼんやりと瞼に蘇る。
映画のキービジュアルにもなっている「ゆで卵」のやり取りや、クライマックスの独白など印象的なシーンの数々について、作品プロモーションのため来日した弟アディ役のジャック・タンと監督のジン・オングが語ってくれた。
ジャック「二人の絆には兄弟という関係性を超えた愛があるはず」
――映画を観終えて、“不公平な世の中も愛があれば乗り越えられる”という監督のメッセージに深い感銘を受けました。
ジン・オング(以下ジン):そう仰っていただいて、とても励みになります。これまで私はプロデューサーとして、人と人との情愛に注視した作品を制作してきました。そういう意味では本作でも兄弟の愛を描くことで社会のさまざまな断層に切り込みつつ、それらを愛で包んでみせたらと考えました。
――たしかに物語は悲劇的な結末かもしれませんが、魂の半分のようにも思える、もう一人の大切な存在に出逢えたアバンとアディはある種、奇跡のような幸福を掴んだように感じます。
ジン:この世の中には様々なかたちの愛が存在します。この兄弟の愛は、そのうちの一種類であって、ほかとは多少、異なっているかもしれないけれども、やっぱりそれは特別なものに違いない。そういう愛の力を、日本の皆さんに観ていただいて、そう感じ取っていただければ嬉しいです。
――アディ役のジャック・タンさんは、アバンとアディの“愛”について、どのようなことを念頭に置いて演じられましたか?
ジャック・タン(以下ジャック):身分証を持たない二人が、富都(プドゥ)に生きるということは、彼らはまるで幽霊のような存在だといえます。そんな二人の絆には、兄弟という関係性を超えた愛があるはずだと理解して演じました。
――アバン役のウー・カンレンさんとはどのようにして兄弟役を深めていったのですか?
ジャック:ウー・カンレンさんは当初、とても無口な人という印象でした。だから、二人の親密な関係をどう作っていけばいいのか、少し心配していましたが、撮影の1ヶ月半前からともに手話の勉強をして、一緒に鶏を捌き、時には僕が運転手になって、車でクアラルンプールの街を走ったり、富都の街を散歩したりしましたが、そのときにはすでに僕たちは完全にこの物語のアバンとアディそのものでした。ゆっくりと兄弟の絆を深めていった感じです。
ジン監督「主演の二人が“兄弟の絆”を育んでいってくれた」
――ジン監督はキャスティングの段階で、アバンとアディにはウー・カンレンさんとジャック・タンさんがぴったりだったと仰っていましたが、それまでお二人とは面識があったのですか?
ジン:ジャックさんとは長い付き合いで、よく知っていましたが、ウー・カンレンさんとは全く面識がありませんでした。だから、まず弟役にジャックさんをと念頭に思い描いて、そして兄役を誰に? と考えていたところ、2020年に台湾のマーケットにこの企画を提出するにあたって、兄役の候補者に“ウー・カンレン”と記しました。
すると彼の友人がそのことを知って、ウー・カンレンさんに“こういう映画でこういう物語がある”と打診してくれると、彼はこの物語にとても感動して、演りたいと言ってくれたんです。こうしてジャックさんとウー・カンレンさんとの共演が実現しました。
――二人の関係性の深まりを目の当たりにして、当初の脚本からこういう風に変えたらより物語が膨らむんじゃないかとか、当初イメージしたものとはまた違うものが生まれてきたところはありましたか?
ジン:脚本自体はさほど書き替えることはありませんでした。すでに脚本に書かれている目標を目指して、二人が兄弟の絆を育んでいってくれたわけですから、その点に関してはあまり変更はなかったんです。ただ、アバンが刑務所に面会に来たお坊さんと会話するシーン、そこは大きく手を加えました。
――というのは?
ジン:実はあのシーンは最初、脚本に書いていたのは3行程度でした。けれどもウー・カンレンさんから、これではとても感情の収まりがつかないと言われたので、撮影を続けながら台詞を書き加えたり、書き直したり、結局30回ほど変更を重ねて、あの完成したシーンになりました。
ジン監督「“食べること”が、いかに人間にとって重要であるか」
――一方で兄弟がふざけあうシーンには非常に自由な雰囲気が流れている感じがして、即興演技やアドリブもあったんじゃないかなと想像もしました。
ジャック:アドリブは結構ありました! たとえば、兄弟がマニーさん(タン・キムワン)と3人で食事をするシーン。どういう意図でこのシーンを撮るのか、どういうシーンにしたいのかという大体のテーマだけ監督が説明してくれて、それ以外は3人のアドリブで進められました。唯一、おでこにゆで卵をぶつけて、マニーさんが“痛くないの?”と訊ねる台詞、それだけは脚本にありました。
――そしてマニーさんのおでこにもゆで卵をぶつけるシーンも?
ジャック:それも僕のアドリブです(笑)。そこでマニーさんも“何すんのよ”と応じるように、そこでは即興でのやりとりが結構、ありました。
――私が心に残ったシーンのひとつに、アバンが刑務所でお坊さんと面会したとき「もうこれ以上、生きたくない」と絶望の感情を露わにした後、刑務所の看守に「命ある限り、生きなきゃいけない」と告げられて、それまで手を付けなかった食事をようやく食べる。それは、アバンの胸中で何かが変化したからこそと感じられたわけですが、そうして振り返ると映画には料理するシーン、食事するシーン、そしてもちろんゆで卵のシーンと、食にまつわる描写が散りばめられていて。「食べることは、生きること」という言葉もありますが、ジン監督は“食べる”という行為について、どのようにお考えですか?
ジン:最初、アバンはお坊さんに対して自分の心の裡に溜まっていた世の中への怒りや不平をぶちまけます。なぜ俺がこういう悲惨な環境の中で生きなくてはならないのか。そんな怒りの感情が、看守の「命ある限り、生きなきゃいけない」と言う言葉を得て、自分の心に抱えていた恐怖を受け容れることで、食べるという行為に繋がっていったわけです。
それまでは何も食べず、まるで社会を拒絶していたけれど、その時アバンは、こういうふうに抵抗したところでもはや無駄だと察し、残りの命を生き直そうと考え直したわけです。それは彼にとって人生の転換点になりました。たとえ残り短い、人生の終わりが見えていたとしても、そこにアバンの変化がありました。「民以食為天(民は食を以て天と成す)」という中国の諺の通り、食べることはいかに人間にとって重要であるかということを表しています。
そしてもうひとつ別の意図もあって、看守はアバンにとって人生の最期に温かさを与えてくれた唯一の人だったということです。だから彼の存在は、この映画にとってとても重要です。
ジャック「アディを演じるにあたって、つねにリラックスできていない状態でいようと」
――アバンとアディがバイクの二人乗りで富都の市場を行き交うシーンは、スラム街だからこその活気や熱気が感じられ魅力的でしたが、富都でのロケ撮影についてはいかがですか?
ジン:富都はクアラルンプールの中心部にある非常に古いコミュニティです。その中に、海鮮や肉を売る市場があって、それを取り囲むように高層ビルが立ち塞がっているのですが、どのビルも老朽化して、どんな人が住んでいるかすら分からない。けれど、私はこの光景が好きで、だからロケ撮影をしました。プドゥは中国語で「富都」と書きますが、そこには“富”はありません。貧しい人たちが富のない暮らしを送っているのが“富の都”というのは皮肉なことですね。
――最後にジャックさんへ。前半と後半でガラッと表情が変わり、目の色も見違えるアディを演じるにあたって、そして実際お会いしてみるとまた異なる表情をされていて。その変化を表現するために心掛けたことがあれば教えていただけますか?
ジャック:演技をするうえで、僕が一番大切にしたいのは、その人物が心身ともにどのような状態に置かれているかということです。アディを演じるにあたっては、つねにリラックスできていない状態でいようと考えました。
ほかの映画なら、ここでちょっと息を抜いたほうがこの先いい演技ができるってこともあるけれど、この映画ではそれをしちゃいけないと僕は思ったんです。というのも、実際に富都で生活している人たちというのは、絶えず何かに怯えながら一生懸命、緊張した状態の中を生きているわけですよね。僕もその状態を保ち続けることで、アディに近づけると集中しました。
だから気分的にもずっと休めず、映画をご覧になっていただければ分かると思うんですが、顔の肌荒れもひどかった。それぐらいの緊張感を持って演じたつもりです。そして先ほど仰った表情や目つきが前半と後半で見違えるというのは、それはこの映画が順撮りだったからです。撮影が進むにつれ、アディ自身の変化が僕の表現にうまくマッチしていったというわけです。
――刑務所に入ったアバンが次第に痩せていくのも、順撮りだったからこそ?
ジン:そうです。だからウー・カンレンさんは刑務所のシーンになってから、かなり食事制限をしていました。
――とても恵まれた撮影期間だったんですね。
ジャック:はい、俳優にとってすごく助けになりました。
<インタビュアー:増田統>
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』はヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開
配給:リアリーライクフィルムズ
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