子育てしながら「国家試験に合格」のシングルマザー 得たもの&失ったもの
シングルマザーの「リスキリング」挑戦。第4回~試験本番と合格発表~。試験直前から合格までの日々。アラフォーのフリーランス、シングルマザー、さらにADHDの特性を持つママライターが「社会福祉士」に挑んだ日々をルポ。
【画像】試験問題は難問奇問のオンパレード近年、子育て世代にも広がりつつある「社会人のリスキリング(学び直し)」。シングルマザーでフリーライターの藤川ユキさんも国家資格「社会福祉士」を取得した一人。「仕事・勉強・子育て」に七転八倒しながらも、2025年3月、無事合格へたどり着きました。
第4回では発達障害のADHD(注意欠陥・多動症)でもあるというユキさんの、“感情ジェットコースター”だった試験本番の前後を振り返ります。
試験日が近づくにつれメンタルは絶不調
【試験2週間前】
私が挑戦する国家資格「社会福祉士」は2025年2月2日が試験本番。この日が近づくにつれ、私のメンタルはどんどん不安定になっていった。
1月上旬に受けた2度目の模試も、合格基準点に達せなかった。過去問と予想問題集を解いても間違いだらけ。
そこからもう試験2週間前になったというのに、まだ○○が覚えられていない、まだ○○も終わっていない。1つ覚えたら1つ忘れるのなんで? え? あと○日しかないの? 時間が全然足りない! どうしよう、息子が今日インフルエンザをもらってきたら。ハッ、この咳はもしや……?
毎日、勉強面と健康面の不安が波のようにおそいかかり、胸が押しつぶされそうになる。
勉強以外のことをすると、ますます落ち着かない。中学受験生の中には、2月の試験本番前に、学校を長期欠席する児童が多くいるというニュースを聞いたことがあるが、その心境が痛いほどわかった。
【試験3日前】
今さらながら昨年(2024年)と一昨年(2023年)の過去問を初めて通しで解いてみた。過去問はさんざん解いていたが、過去2年分に限っては、まだやってなかったのだ。
解いてみると、おや、おやおや……? 何とか合格点に達しているではないか。単語帳効果か? よかった~。心の安定を取り戻したうえで、ラストスパートに取りかかった。
予想問題集の解説文の中で、覚えていないことは単語帳に書いて書いて書きまくるをひたすら繰り返す。おかげで、少し前までは「×」だらけだった予想問題集も、9割5分まで正答率が上がった。
過去2年分を1回使っただけの、新品同様の過去問解説集。
睡眠不足でのぞんだ試験当日
だが、ここでまた大きな魔物が現れた。それは尋常じゃない「緊張感」だ。
【試験2日前】
当日に備えて早めに寝ようと布団に入るが、なぜか全く寝られない。100匹の羊を数えても、普段は必ず眠くなる解説動画を聞いても、運動して体を疲れさせても、アロマを焚いても、息子との楽しい思い出で心を癒やしてみても、一向に眠れない。結局、夜明けまで眠れなかった。
【試験1日前】
眠くてもうろうとした頭でガスコンロに火をつけたら、なぜかこげ臭い。はて? 数分後に気づいた。コンロに火をつけたつもりが魚焼きグリルの火をつけていて、中に入れていた乾燥海苔のプラスチック袋が熱で溶けていたのだ。
試験前日なのに、焼き網にこびりついたプラスチック袋を必死ではぎ落とす私。まずい。こんなポンコツ状態で、本番大丈夫か?
結局、試験前日も、ほとんど寝られなかった。
【試験当日】
ひどい睡眠不足で迎えた試験当日。リュックに問題集や単語帳、壁に貼っていた暗記紙の一部を詰め込み、いざ出陣。
電車内でもホームでも歩いている途中でも、一心不乱に単語帳をめくり、ブツブツつぶやく私。声が大きくなっているかもしれないが、人目を気にしている場合ではない。受験会場でトイレを待つ長蛇の列の中でも、単語帳をめくり続けた。
結局、この日に見ていた単語帳の中から数問は出題されたので、ギリギリまで見ておいて本当によかった。
試験問題は難問奇問のオンパレード
試験開始。1問目から面くらった。なんじゃこりゃ!? 去年までの問題傾向と180度毛色が異なる難問奇問のオンパレードだったのだ。
社会福祉士の国家試験は2024年度から新カリキュラムに切り替わり、今回が変更後初の試験となる。とはいえ、社会福祉士の試験とは思えない激変ぶりだ。
用語も聞いたことのないものばかり。社会福祉士の試験なのに、交通違反の罰則問題が出たり、大正時代のできごとを問う問題が出たり(西暦で覚えるときっと解けない)。2択の事例問題も多すぎる。
これまでは基礎知識で解ける問題が多かったのが、今回は基礎知識をベースとした応用問題が大半だった。つまり、過去問ベースで勉強してきた人が太刀打ちできない問題に様変わりしていたのだ。
チーン、撃沈。オワタ。
昨年までの試験からガラリと傾向が変わった2025年2月の社会福祉士試験では、多くの受験生が泣かされた。
帰りの電車では涙があふれた。社会福祉士受験生が集うオープンチャットを開くと、同じように戸惑い、悲しみ、怒り、混乱の声が連なり、受験生の多くが動揺していることを知った。
「ショックのあまり乗る電車を間違えた。車内で思わず涙がこぼれてしまった」と投稿すると、「泣いてしまうほど、がんばったってことですよね」とのリプライが。それを見てまた涙がじわっ。社福(社会福祉士)受験生はやっぱりみんな優しい。
帰り道、がんばってきた自分へのごほうびに、普段は絶対買わない高級ケーキを買った。一切れ650円也。でも、泣きながら食べる高級ケーキは、味がわからなかった。
夕方、元夫宅でお泊まりしていた息子を駅まで迎えに行った。その道中でも、また涙がこぼれてしまう。がんばってこらえようとしたものの、駅で息子の顔を見たらまた涙。そんな私を見て、息子の顔色はサッと変わった。
「試験、すっごく難しかったよ」ポロポロ涙をこぼし嗚咽しながら話す私を、息子は一生懸命なぐさめようとしてくれた。「……でも、まだわかんないんでしょ?」。そう話す息子自身、3日ぶりに会えた母親に、つもる話もあったはず。それなのに話しづらい空気にしてしまった。心を無にして、話題を変えた。
その夜、各予備校では、さっそくネット上で解答速報を出していた。ドキドキしながら自己採点。すると、おや? 予想合格ラインとされる「78点」ギリギリではないか。これは、も、もしや、奇跡が起こる、かも……!?
とはいえ、予備校によって解釈が異なるし、マークミスしていたら不合格だ。以前、模試でマークミスをして失点したため、本番ではきれいにマークを塗りつぶしたつもりだ。それでもうっかりの多い私のこと、ミスしていないとは限らない。
試験を終えて合否発表までの1ヵ月は、ふわふわ、そわそわと落ち着かない日々を過ごした。仕事を再開して気をまぎらわしつつも、結果が気になって仕方ない。
【合格発表日】
ついにこの日が来た。オンラインの合格発表は3月4日14時。14時前後に回線が混み合うと噂されていたので、事前にページを開き、リロードできる準備をしておいた。
ネット上で「合格発表ライブ」なる無料YouTube動画も見つけ、受験仲間とドキドキしながら待機。すると、14時オンタイムに、「合格基準点が例年より下がった!」との速報が舞い込んだ。よかった。それなら受かっている可能性もあるかもしれない!
そのあと、社会福祉振興・試験センターのHPをチェック。意外とすんなりページにアクセスできた。拍子抜けしつつ、自分の番号を探す。
あった! これだ!! 確かに自分の受験番号は記されていた。あ、でも、見間違いだったらどうしよう。10回くらい見返し、「たぶん受かっている」ことを何度も確認した。
数時間後、帰ってきた息子に感謝の言葉を述べ、ぎゅっとハグした。
「ありがとう。インフルエンザに感染しないように気をつけてくれて、受験勉強に協力してくれて、本当にありがとう」
息子は自分のことのように飛び上がって喜んでくれた。
ネットの合格発表では、息子にも自分の番号があることを確認してもらった。後日郵送された合格証書を見て、心底ほっとした。
国家試験で得たもの・失ったもの
社会福祉士を目指す受験生と化したこの約2年間を振り返ると、合格した代わりに失ったものもあった。
ひとつは、収入。実習や勉強のため仕事をセーブせざるを得なかったこの2年ほど、収入はそれまでより約半分近くに落ち込んだ。にもかかわらず、支出は多かった。
養成校に支払う学費やテキスト代など約74万円のほか、自分で買った参考書やオンラインスクールの受講料などが数万円かかった。
ひとり親向けの「高等職業訓練促進給付金」で170万円ほどの給付金を得られたけど、それでも、この2年間で数回に分けて総額300万円近くを貯金から引き出し、生活費や各種支払いにあてた。
ただし、これは予想していたこと。予定していた引っ越しをあきらめ、今の家賃をキープすることで、帳尻を合わせればよい。
もうひとつ失ったものは、息子のサポート時間だ。息子は今(2025年7月)、5年生。2027年2月に中学受験する。中学受験に親のサポートは不可欠とも聞くが、私は自分の試験直前期の3ヵ月は、ほぼ息子にノータッチだった。
もともと“家勉”が大嫌いで私にお尻を叩かれてしぶしぶ勉強していた息子は、私のフォローが皆無になったら、家で一切勉強しなくなった。当然ながら成績は急下降。試験終了直後から、私はこの大きな課題にぶち当たることになった。
受験後は、息子との時間を取り戻すかのように、水族館や映画など、いろいろなところに遊びに行った。写真は、その帰り道に撮った桜。
仕事と子育てと受験(勉強)は、絶対簡単には両立しない。「子育てしながら、仕事しながらリスキリングできる」という声も聞くが、それは祖父母や夫、会社などのバックアップがある、子どもが育てやすくて手がかからない、などといった好条件下で臨める人ではなかろうか──そう勘ぐってしまう。
結局のところ、何かを得るには、何かを捨てなければならない。これが2年のリスキリングを経て、私が痛感した本音だ。
それでも、私は国家試験を受けてよかったと思う。養成校の講師や同志の受験生、実習先の職員たちとの出会いは、大きな財産になった。一緒に合格を目指した受験仲間との交流は、今も続いている。彼らの優しく、あたたかい言葉に触れると、心がほんわかする。
どん底に落ちていた自己肯定感が上向きに
また、日常生活でも、学んだ用語がたくさん目に入るようになった。取材先の支援現場で聞いた話も、勉強した内容と結びつく。道を歩いていると、それまでは視界に入らなかった福祉施設が、家の近所や出先にたくさん存在していることに気づいた。
リスキリングに取り組む前は多忙で、映画などのエンタメを楽しむ余裕はなく、仕事の資料や子育て関連の書籍、新聞記事を読むのがやっと。それが、受験を機に仕事が減って時間ができたことで、福祉や障害に関する映画やドラマ、書籍にも手を伸ばせるようになった。
興味の範囲が広がっただけでなく、社福(社会福祉士)の知識があることで理解が深まり、見方が変わってきたことを実感した。
受験前に比べて見える景色は確実に広がり、心は豊かになった。
そして、自信もついた。それまでは、「役立たずのポンコツ」だと自分自身に烙印を押し、発達障害のADHDがあることも含めて自分の存在そのものを恥ずかしく思っていた。
でも、合格できたことで、決して優秀ではないけれど、少しばかりの学習能力はあるのかもしれないと思え、安堵した。何より、ほかの受験生の多くも、オープンチャットで「覚えた先からどんどん忘れていく」ことや、勉強から日常までのありとあらゆるミスについてつぶやいてくれたため、「忘れる」「ミスする」のは私だけではないと勇気づけられた。受験前はどん底まで落ちていた自己肯定感が、数センチくらい上がった。
勢いがつき、来年(2026年)はさらに別の福祉関連の国家試験を受けようと、動き出している。無謀と思われた大きな山を乗り越えたことで、次の試験はハイキングレベルの低山にも感じられる。
ただ、その次に待ち受けるのが、反抗期真っ只中の息子の中学受験だ。真冬の雪山のごとく過酷な登山になる気がするが、最後まで伴走できるだろうか。学んできたことを、子育てにも生かせるだろうか。戦いは続く。
【プロフィール】
藤川ユキ
フリーライター。出版社勤務を経てフリーに。結婚・出産・離婚を経て、2025年7月現在、小5(10歳)の息子と2人暮らしをするアラフォーのシングルマザー。2023年4月に社会福祉士養成課程のある通信制養成校に入り、2024年9月に卒業。現在はライター業を続けている。