「自分は男性」と思いながらも妊娠・出産 3人の子どもを生んだ今、家族の姿から伝えたいこと
「こころが男性どうし」のふうふ、ちかさんときみちゃん。
2人の間に宿った新しい命について、そして家族になっていく姿を、WEBマガジン「Sitakke」では、連載「忘れないよ、ありがとう」でお伝えしてきました。
こころが男性、からだは女性であるきみちゃんが、初めての妊娠に戸惑いながらも、ちかさんと一緒に向き合ってきた日々。
4年が経ち、5人家族になりました。
前編ではこれまでを振り返りながら、家族の今の姿をお届けしましたが、この記事では、妊娠・出産を経て、きみちゃんが今思うことについてお伝えします。
連載「忘れないよ、ありがとう」続編
こころが男性どうしのふうふは、5人家族に
ちかさんとパートナーのきみちゃん。
そして2歳になったみぃくんと、2月に生まれたばかりのじゅったんです。
ちかさんは、からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性よりの日もあって、好きになるのは男性だけ。きみちゃんのことは、「ひとりの人間として優しいし、頼りになる」と話します。
きみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。からだの性別と戸籍を男性にすることを考えていましたが、ちかさんと出会い、2人の子どもを持ちたいと思い中断。子どもを産むことを決意しました。
初めておなかに授かった羅希(らき)ちゃんを、失う経験をしました。
インターネット上で、「ただの変態カップル」「申し訳ないけど気持ち悪い」などの心無い言葉を浴びました。
それでもきみちゃんは、こう話していました。
「世間から、父親と母親っていう概念がどうとか、子どもがいじめられるとか、かわいそうって言われてた。そんなことない、そんなことさせない、そうじゃないっていうところを、ちかさんと見せていきたいと思っていた」
自分が男性だと思っているのに、妊娠・出産をすることには、大きな葛藤もありました。
5人家族になった今、きみちゃんが自分のこころとからだにどう向き合っているのか、改めて聞きました。
妊娠・出産を経て、「自身が男性」という意識は
久しぶりに会ったきみちゃんは、あごひげを生やしていました。
からだを男性に近づける治療を今後再開するのかついては、「する予定はあるけど、本当にどうするかいろいろと話して結論付けていきたい」と話してくれました。
今の日本の法律では、子どもが成人するまで戸籍の性別変更もできないため、「長い目で見ながら考えていきたい」と言います。
妊娠出産を経て、きみちゃんはまわりから「母性が出て来た?」と声をかけられることもあるといいます。しかし自身が男性であるという認識は、揺らぎません。
「子どもを守らなきゃと思うし、でもそれは同じようにちかさんも思っている、母性というより親心だと思う」と、きみちゃんはゆっくりと力強く話します。
2月に自民党など4党は、第三者が提供した精子や卵子を使った不妊治療のルールを定める法案を提出。対象を法律婚の夫婦に限定しました。ビジネス目的で精子・卵子を提供することへの制限や、生まれた子が自分の生物学上の親を知る権利に配慮することなどに触れる初めての法案である一方、法律婚を選ばなかったカップルや自分1人で子どもを育てたいと考える人は対象外としたのです。
きみちゃんはからだの性別を女性のままにすることを選び、ちかさんと法律婚をしているため、この法案が成立したことで直接受ける影響はありません。しかし仮に、きみちゃんがからだの性別も戸籍の性別も変えたあとにちかさんと出会っていたら、2人が子どもを持つ未来はなかったことになります。
廃案にはなりましたが、ゲイやレズビアンなどのカップルの生き方を制限しようとする流れが起きたことに、子どもを持ちたい当事者からは、将来への不安の声が上がっているといいます。
取材の1週間前に2人は、札幌で行われた、子どもを持ちたいLGBTQ当事者の集まりに参加したそうです。
「法律ができるかもしれないとなって、駆け込みで妊娠しているという話を聞いた。子どもがほしいという気持ちは、誰しもが持っていい当たり前の気持ちなんだと伝えたい」ときみちゃんは話します。
4年間の取材で、感じた変化
みぃくんやじゅったんを通わせている保育園などでは、これまでの放送で2人のことを知っていた保育士や保護者から、応援の声をかけられることもあるといいます。
「応援してくれるまわりの人たちがいるから、自分たちの暮らしも成立できている。周りの人への感謝も忘れずに育てていきたいし、これから子どもがほしいと思うLGBTQの当事者も自信をもって踏み出してほしい」と、ちかさんはまっすぐに答えてくれました。
真夏を訪れを感じる陽気だったこの日。かつてまだ子どもが生まれる前だった、きみちゃんとちかさん2人を取材した公園を訪れました。
みぃくんは草むらを走り回り、シロツメクサの花を摘んで私にプレゼントしてくれました。カメラマンと音声マンには、落ちていたきれいな石を手渡します。
4年前は2人で座ったベンチも、いまは家族4人で。
実はこの日は、報道部からの異動が決まっていたわたしにとって、「記者」として一旦最後の取材でした。
取材が本格的に始まった4年前からこの日まで、心無い批判に傷つく2人や、大切な家族を失い悲しむ2人を目の当たりにし、記者として何を伝えられるか、伝えるべきか、悩んだこともたくさんありました。
きみちゃんは今回の取材の中で、何度も「いまがとても幸せ」と答えてくれました。
少しでも2人の人生にとって、自分の取材や放送、そしてそれを見て2人を応援してくれた多くの人からの応援がエールとなり、またそのひとり一人にとって、「自分らしく生きていい」と思える勇気の輪ができていたのならば…本当によかった、と願います。
結婚前から初めての妊娠・出産、そして家族の姿を追ったこの4年間の取材は、連載「忘れないよ、ありがとう」でお伝えしています。
文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。記者歴7年。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。
編集:Sitakke編集部IKU
※掲載の内容は取材時(2025年6月)の情報に基づきます