カスハラ被害の黙認も犯罪!? 組織内の地位や役割を利用し、時に無自覚に行われる「ホワイトカラー犯罪」
(桐生正幸/集英社インターナショナル)第5回【全7回】
従業員を高圧的に攻撃し苦しめる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。コロナ禍を経てますます増加したカスハラから従業員を守るため、企業は早急な対策を求められています。犯罪心理学者の桐生正幸氏は、著書『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)で、豊富な調査実績をもとにカスハラが起こる理由とその対策を提案。いまや社会問題化しているカスハラの事例を通し、従業員や自身の心を守る方法、そして「客」としての自分自身を見つめなおしてみませんか。
※本記事は桐生正幸著の書籍『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)から一部抜粋・編集しました。
カスハラ被害の黙認は「ホワイトカラー犯罪」
※写真はイメージです(画像提供:ピクスタ)
黙認もまた罪である
カスハラは、客と従業員の間で起こる加害・被害でもあるが、同時に、従業員を守るべき企業(店)と従業員の間で起こる責任・権利の問題でもある。
日本では「ブラック企業」という言葉が2013年にユーキャン新語・流行語大賞を受賞し、悪質な労働環境や条件が社会的に問題視された。これに伴い、労働基準法の認知度も高まった。同法では、労働者の人権を守るための規定が記されている。従業員に働いてもらう雇用主や企業は、雇用や就業に関して、差別やハラスメントはもちろん、労働を強制してはいけないし、過重労働・時間外労働を抑制するためにマネジメントする義務がある。
同様に、接客対応をする従業員や顧客窓口の担当者たちが客からのカスハラ被害を受けた場合には、その従業員を守る必要があるはずだ。この意味で、カスハラを黙認する企業は「ホワイトカラー犯罪」を犯しているとも言える。
ホワイトカラー犯罪
ホワイトカラー犯罪(White Collar Crime)とは、次のように定義される違法行為のことだ[新田 2003]。
合法的組織体活動に従事する者が、組織の利益目的実現の為に業務機構を活用し、あるいは私欲充足の為に自己の組織上の地位、役割、社会的信用を利用して犯す違法行為
生産現場で働く「ブルーカラー」の対義語の「ホワイトカラー」は、白い襟(Collar)のシャツを着る管理業務のような職種を意味している。頭脳労働や管理職、行政に携わる者や専門家などの立場にいる者が、その地位や権限を悪用しておこなう犯罪だ。
ホワイトカラー犯罪の主な罪種としては、「脱税」「偽造」「マネーロンダリング」「詐欺」「贈収賄」「損失隠し」「横領」「虚偽広告」「独占禁止法違反行為」などが挙げられる。個人情報への不正アクセスや、スパムメールによるフィッシング詐欺など、「サイバー犯罪」もホワイトカラー犯罪だ。
そして、社内や職業的な権限を使って「パワーハラスメント」「セクシャルハラスメント」をすることも、ホワイトカラー犯罪にあたる。カスハラの黙認も、これにあてはまって当然だろう。
組織人による犯罪
ホワイトカラー犯罪は、暴力や殺傷行為が見られない犯罪のうち、とくに信頼関係や財産などを標的にしたものだ。組織を利用した犯行という点では、反社会勢力の犯罪と共通しているが、ホワイトカラー犯罪では公共社会で承認されている組織絡みという点で違ってくる。
反社会的集団に属する、あるいはそう自称している人は、それとは無縁の人から見てもわかりやすいはずだ。皆が皆というわけではないが、反社会性をアピールする装いや振る舞いが見られる。それに対して、ホワイトカラー犯罪者は一見"普通の人"に見える。犯罪心理学の視点でこうした人の性格を考えると、「組織の一員」であることがその人の個人的性格の特徴を変えていき、反社会的価値を内在化した社会的性格をつくっていると言える。平たく言えば、組織人であるために、悪いことにも手を染めてしまうのだ。ホワイトカラー犯罪に手を染める人は、「成功願望」「失敗恐怖」「組織忠誠心」が強い傾向があり、「成功したい」「失敗したくない」「会社のために」という思いから悪事を働き、同じ理由で犯行を合理化する心理的要因がある。
2022年、かっぱ寿司を運営するカッパ・クリエイトの元社長が、前職の仕入れに関する営業機密を持ち出し、不正競争防止法違反で逮捕された。若くして役職に就いたエリートで、コロナ禍で打撃を受けた飲食業界での期待に応えなければならない状況を想像すれば、成功願望や失敗恐怖という心理的要因は十分に考えられる[日本経済新聞 電子版 2022年10月7日]。
犯罪への無自覚さ
逮捕された前社長は、違法行為の自覚はなかったと供述している。役職に就いていた人物にその認識がなかったかについては疑問の余地が残るものの、悪いことをしているという思いがないまま、ホワイトカラー犯罪がおこなわれることは珍しくない。
というのも、上司からの命令や指示、教唆によってプレッシャーをかけられれば、心理的圧力に屈してしまい、本人は不本意でも逸脱行為に走らざるをえなかった......という事態は往々にして起きるからだ。
多くの場合、犯罪をおこなった自覚がある人は「なんてことをしてしまったんだ」「捕まるのがこわい」など、後悔や恐怖心で葛藤したりと悪行に伴う感情が沸き上がる。ところが、ホワイトカラー犯罪では、組織人たらんがために犯行に及んでいるため、その組織の反応に影響されやすい。「周囲からどう評価されるだろう」「周りの人たちにどんな感情を持たれるだろう」という思いばかりで、組織内の評価が最大の関心事になるのだ。
カスハラを見過ごし、被害者である従業員を切り捨てる企業も同じだ。プレッシャーに屈して「客に嫌われてはいけない」「悪評が立ったら大変だ」と、評価ばかりが重要視され、被害に対する責任や従業員への義務も、カスハラに加担している自覚もない。
ホワイトカラー犯罪の対策方法
では、こうしたホワイトカラー犯罪を防ぐには、どのような対策ができるのか。犯罪心理学の基本的な考えを思い出してみよう。「加害者」「被害者」「監視の有無」の三要素に加え、「時間・空間」が合致することがないようにしなければならない。状況に依存する「人間性悪説」の視点に立つことで、予防策を講じていくのだ。
ホワイトカラー犯罪者の特徴の「成功願望」の強さや組織への「忠誠心」は企業にとっては好ましいポイントだったりする。優秀な人や高い地位にある人、信頼の厚い人でも、手を染めやすいホワイトカラー犯罪に対しては「どんな人でも悪事を働くリスクはある」という考えに基づいて対策を講じねばならない。
個人が抱えていた原因、違法行為を許した状況的な原因、その行為に走らせた社会的な原因。こうした複数の要因は、実証的なエビデンスに基づいて明らかにすることができる。不正を防ぐシステムの構築とともに、ホワイトカラー犯罪を生み出さない組織へと体質を変えることが対策の要になる。