私の判断基準は「犬」でいい【穴澤賢の犬のはなし】
先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで感じた何気ないことを語ります。
このところ、天気予報では連日「猛暑に注意」と言っている。最高気温が40度に達するところもちらほら。ちなみに発表される気温は、コンクリートではなく芝生の上1.5メートルの高さで直射日光が当たらない場所で観測される。
暑さを回避できる八ヶ岳の暮らし
だから実際の体感温度はもっと高くなる。直射日光が当たるアスファルトの上は、まさに灼熱地獄である。しかも今年は6月から猛暑日が出ている。
気温のニュースを聞く度に、八ヶ岳に移住してよかったと思う。なぜなら、7月半ばでも朝の気温は16度だったりするからだ。室内でも20度ほどで、少し肌寒く感じる日もある。
晴れた日の日中は30度くらいになるが、湿度が低いからか、蒸し暑くはない。それでも昨年までと比べると、確実に暑くなっていると感じる。だからこそ昨年のうちに移住しておいて良かったと改めて思うのだ。
移住といっても簡単ではなく、それはもう大変だった。ただ移住するのではなく、私の場合5年ほど鎌倉と八ヶ岳の2拠点生活を続けていたので、ソファーや冷蔵庫、テレビから調味料まで、全部2個ずつある。それを一箇所に絞るとなると、置く場所がないから処分したり、売りに出したりする選別から四苦八苦した。
それらを全部自分たちで粗大ごみ処理場に何往復もして運んだり、リサイクルショップに持ち込んだり、様々な解約や工事など面倒なことが山積みだった。
全ては愛犬たちのために考えたこと
なぜそんなに大変なことを決行しようとしたのかというと、大福のことを考えてのことだった。正確には、暑さを避けるため毎朝5時に起きて散歩に行き、その度に「なんでこんなに早く起こすんだよ」と不満そうな顔をされ、夕方は「そろそろ散歩の時間だよね?」と圧をかけられて「いや、まだ外は暑くて出られないんだよ」となだめる生活に「もう嫌だ!」となったからだ。
そもそも気温が上がっているだけで、犬たちは何も悪くない。なら涼しいところへ行けばいいんじゃないか。幸い、私はパソコンがあればどこでも仕事はできるし、2017年に八ヶ岳にボロ小屋を手に入れていた。
当初は雨漏りはするし、隙間風はすごいし、とてもじゃないが定住できる環境ではなかった。それらを自分たちで少しずつ手直しして、地元の大工さんと知り合ったことで、小さな仕事部屋を増設したり、暮らしやすい環境へとあちこち修繕していた。その結果、2023年頃にはなんとか暮らせる状態になっていた。
それらは計画的にやったことではなく、ほとんどただの行き当たりばったりだった。雨漏りするから屋根を直し、新型コロナの影響で近くの温泉に行けなくなったから物置と化していた風呂場をとりあえず使えるようにして、山でも仕事ができるようにデッドスペースに仕事部屋を作った。そんな感じだった。
そして2023年8月27日の朝、移住してもなんとかなるのでは? と、初めてそのことに気がついた。「移住して何か困ることあるか?」と自問してみたら、特になかったのである。5年間通っていたから、道も分かるし、地元の知り合いもできた。これも結果的にそうなっていただけで、意識せずに移住への準備を着々と整えていたことになる。
けれど、その根底には大吉と福助が快適に暮らせればという思いと、かつて頓挫した富士丸と山で暮らす夢があったんだと思う。
大福がいなければ、山に家なんて買ってなかったと断言できるし、移住も決行していなかっただろう。私は自分のことだとすぐに手を抜くが、愛する者のためなら頑張ることができるタイプなのだ。
今回、移住する判断基準も「犬」だったが、それで良かったと思っている。彼らのためだと思うと気力が湧いてくる。そうやっていると、結果的に自分も快適になっている。
もちろん大福だけでなく、多くの犬や猫も幸せになってくれたらと思うし、それくらいの心の余裕がないと、自分が辛くなると思う。そういう意味で、犬は私にとって大切な存在だと思う。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。