【野村喜和夫さんの新刊「観音移動」】 7色の光を放つシュルレアリスム小説集
静岡新聞論説委員がお届けする“1分で読める”アート&カルチャーに関するコラム。今回は静岡新聞で「読者文芸」を担当し、毎秋の「しずおか連詩の会」のさばき手(まとめ役)を務める詩人野村喜和夫さんの新刊「観音移動」(水声社)。
詩人がある作品を発表する。数年後。その内容に極めて近い事象が、現実となる。20世紀初頭に「シュルレアリスム」(超現実主義)を提唱したフランスの詩人アンドレ・ブルトンは、こうした現象を「客観的偶然」と名付けた。
野村さんの「観音移動」は、自分の身に降りかかった「客観的偶然」を詳説化した表題作が出発点になった「シュルレアリスム小説集」。筆者は現実と非現実が重なり合った面に裂け目を作り、手を突っ込み、ぬらぬらした物語を引っ張り出す。
母をかたどった観音像を自宅庭先に据え付ける話。臨終博物館なる何を展示しているのか定かでない場所を歩く話。朝、目覚めると自宅浴槽に見知らぬ女が漬かっている話。うっすらエロティシズムをまとった全7編が、7色の光を放つ。
本書には、静岡県立美術館で10月6日まで開催中の収蔵品展「ピラネージとローマの景観」に出品されているピラネージ作「牢獄」への言及がある。ご本人は静岡県立美術館収蔵を知らなかった。これもある種の「客観的偶然」か。(は)