シンプルすぎて、気持ち悪い。自己啓発本の「この構造」が自己啓発すごく気持ち悪くもしてるし、一方で人をすごく救っている?
生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第3回は、「シンプル」の奥深さについてたっぷりと。
尾崎
古賀さんの書かれた『嫌われる勇気』って、ほんとに面白い本だと思うんです。
本の冒頭、哲人と青年の会話が「人生はシンプルかどうか」からはじまるわけです。そこで青年は「シンプルなはずがない」、哲人は「シンプルだ」って言うんですよ。
古賀
はい、そうですね。
尾崎
自己啓発ではやっぱり「人生はシンプルだ・単純だ」と考えるわけです。
それに対して青年は「そんなはずはない」と言う。一般的には若い人のほうがシンプルな思考を好むと思われがちですけど、むしろ青年のほうが「好きな子に直接『好き』と言うのは馬鹿で、『嫌い』と言わなきゃいけないんだ」みたいに考えているんです。
だけどシンプルって非常に奥深い、難しいもので。『嫌われる勇気』ではそのふたりが対話のなかで、シンプルに生きることの本当の意味に気づいていくわけですけど。
古賀
ええ。
尾崎
だから自己啓発本って、この本の青年のように、主張のシンプルさに騙されて「インチキなんじゃないか」とか思う人がそれなりにいるんだと思うんですよ。
「物事は複雑で、いろいろ考えなきゃダメなはずだ」という思いがあって、自己啓発本のシンプルな人生哲学に「そんな簡単なはずないじゃん」って決めつけてしまう。
やっぱりそういう人だと、入っていけないところがあるんじゃないでしょうか。
水野
シンプルな答えが、逆に気持ち悪くなるというか。
尾崎
そうなんです。
水野
そういえば、僕がこの前たまたま読んだ1冊の自己啓発本があるんですね。
聞いたことない著者の本だったんですけど、僕はもうめちゃくちゃたくさん自己啓発本を読んできてるから、もう、数ページ読んだだけで「あ、この人才能あるな」って思ったんですよ(笑)。
でもそれ、すごく不思議で。なにをもって僕は、そのまったく無名の自己啓発作家の本を、パラパラっと見て「うんうん、こいつ才能あるな」みたいに思ったんだと。
糸井
(笑)選考委員みたいな。
水野
そう。選考会とか別になにもないジャンルに。
で、なぜそう感じたかを考えてみると、その本はまず、最初に出てくる「こんな問題やあんな課題がありますよね」という説明が、たしかにそうだと思えるもので。
そしてその解決方法について「全部この1点でひっくり返ります」という構造を、すごくうまく書いてたんですよ。
古賀
ああー。
水野
おそらくこれが、自己啓発本のカタルシスだし、希望の構造で。
人間って追い込まれたとき「これもやって、あれも全部考えて」とかじゃなくて、小さな光の一点をきっかけに「ここを通れば全部解決!」みたいな感じで救われたがるものかなと思うんです。
尾崎
はい、はい。
水野
でもこの構造って、傍から見るとちょっと気持ち悪いんですよ。シンプルすぎて「なんか騙されてる?」みたいにもなりやすいのかなと。
だけど僕自身のことで言えば、僕は常にそういう構造の希望や答えを求めてきたんです。
「自分は一生、女の子と付き合えないんじゃないか?」という大いなる悩みに対して、「いやいや、男は顔じゃない!」というシンプルな教えに出合って、「そうだ! 俺はこの光の一点から出て行くんだ」みたいな。
糸井
(笑)涙。
水野
この構造が自己啓発をすごく気持ち悪くもしてるし、一方で人をすごく救ってるともいう。
だからさきほどの「世界はシンプルかどうか?」にしても、「世界は光と闇って両方あるし、なにかひとつで全部が解決するものでもない」というのももちろん正しい、ひとつの冷徹な世界の見方だと思うんです。
だけど自己啓発というのは、この世界をあるシンプルさで見ていくことによって、気持ち悪さを生みながらも、多くの人に希望を与えてくれるものなのかなと。
糸井
ふと思いましたけど、水野さんはあらゆる自己啓発書を読んできた過去を、パーンと明るく、相対化して語るじゃないですか。
水野
はい。
糸井
もし目の前に、誰にも内緒で100冊とか、自己啓発本を大量に読んできた人が現れたとしたら、その人とどんな話をしますか?
水野
ああ‥‥それはでも、こう言うとあれですけど「その人の成熟度による」というか。
糸井
(笑)いいキーワードですね、「成熟」。
水野
変な話、今日の座談会って、自己啓発本についてすごく成熟した人の集まりだと思うんですよ。
自己啓発本はシンプルを求めますけど、同時に世界はやっぱり複雑でもある。そこを飲み込んでるのは成熟してる人なんです。
また逆に言えば、世界はそんなふうに一概には言えないものだけれど、「いやいやそれでも人は、シンプルな希望や答えを求めるよね」という側面もある。それゆえに自己啓発は、最上の文学にもなり得るという。
だからすごい俯瞰した視点ですけど、「底辺」の自覚もありながら、「最上」にもなり得るのが自己啓発で。
そういうものだから、その100冊読んだ人の考え方が成熟していなかったら、僕はそっと席を離れるというか(笑)。読んでる量が重要ではないかもしれないです。
糸井
はぁー、なるほど。
それで言うと、古賀さんの『嫌われる勇気』は、成熟してる人もしてない人も集まったから世界で一千万部以上が売れてると思うんです。
書いた本人としては、そのあたりをどう見てますか?
古賀
『嫌われる勇気』はアドラー心理学、いちおう「心理学」というたてつけの話なんですね。共著の岸見一郎さんは長年にわたってアドラーの研究をされてきた方ですけど、「アドラーは哲学なんだ」とか「心理学なんだ」とかおっしゃるんです。
だけど僕から見ると、やっぱりこの教えは自己啓発のど真ん中にあるもので。さっき水野さんが言った「シンプルな答えがひとつあって、オセロの角をとったら全部がひっくり返るようにパラダイムシフトを起こしてくれるもの」として、明らかに自己啓発だったんで。
糸井
なるほど。
古賀
だから本を作るとき、容れ物としては心理学や哲学だとしても、中身はがっつり自己啓発のマナーに則って語っていくことに決めたんです。それがいちばんアドラーの教えを世に広めることになるかなと思ったので。
そうやって書いたものなので、結果的に読者の方は『嫌われる勇気』のことを心理学としてとらえてる方も、自己啓発としてとらえてる方も、両方いて。
そんなふうにいくつも入口があったのが、いろんな読者が集まってくれた要因なのかなという気はしてますね。
水野
ちょっと話が飛ぶかもしれないですけど、シンプルという話に絡めて、いま「あ!」と思ったことを言うと、自己啓発の名言って、真逆なものがけっこうあるんです。
「自分以外に身をまかせることが大事」みたいな名言もあれば、「川の流れとともに動くのは死んだ魚だけだ」みたいな名言もあって、どっちやねんみたいな(笑)。
糸井
「善は急げ」と「急がば回れ」とか。
水野
その2つもそうですよね。だから教え自体はシンプルですけど、自己啓発全体では矛盾をはらんでる。
糸井
ただ、そこでどっちかに決めたときには、行動力とか自信が増しますよね。
古賀
わかります。
水野
そう。決めることでエネルギーが出てくるんです。
糸井
「両方知らない方が楽なんじゃないの?」とか、また簡単なほうの結論を思ったりもしますけど(笑)。
水野
だけどまあ、そうやっていくつも名言があるのは、きっと人間の老いとかも関係していて。
若い頃って「善は急げだ!」とか1個の名言だけで、すごーく鋭いエネルギーが生まれるわけですけど。
だけど徐々にエネルギーが減ってきて、「いや、それだけとも言えないか」とかもわかってくると、「善は急げ」だけでは心もとなくて、人はまた別の名言が必要になる。
だから、よくできてるというか。状況に応じてぴったりくるアイデアは違っていて、だから結果的にさまざまな名言が生まれてきたということなのかなと思いますね。
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(3)シンプルだから、気持ち悪い。)
古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。
水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。