NVIDIAは人を“使い捨て”しない。CEOジェンスン・フアンの哲学と、日本に熱視線を向ける理由
ゲームの描画処理を加速させる「GPUの会社」。かつてそう呼ばれたNVIDIAは、今や世界のAIインフラを支配する巨人へと進化した。
NVIDIAの目覚ましい成長を支えるのは、その圧倒的な技術力だろう。ただ、同社の強さはそれだけにとどまらない。
「一度仲間と決めた人材は、簡単に手放さない」という、今日のシリコンバレーの潮流とは一線を画すスタイルも、NVIDIAの事業拡大を支える重要なエンジンだ。
2025年6月23日に開催された「AI SHIFT SUMMIT 2025」で、エヌビディア合同会社エンタープライズマーケティング本部長・堀内 朗さんが、その思想の核心を語った。
NVIDIA独自の企業文化、そして日本市場への特別な思いが語られた本講演の模様を、一部抜粋してお届けする。
目次
レイオフ時代に逆らう「辞めさせない」採用哲学NVIDIAが「フィジカルAI×日本」に見出した可能性日本企業がチャンスを掴むための「AI自前主義」
レイオフ時代に逆らう「辞めさせない」採用哲学
講演の冒頭、堀内さんはNVIDIAという企業の“現在の姿”を定義することから始めた。
「1993年、ITの世界では第2次AIブームが終わろうとしているタイミングで誕生したのがNVIDIAです。
当初は、ゲーム向けグラフィックスチップなどを中心に事業を拡大してきました。長年IT業界に携わってきた方にとっては、『NVIDIA=グラフィックスの会社、GPUの会社』といった印象が根強くあったのではないでしょうか。
しかしご存じの通り、現在のNVIDIAは、AIインフラを構築し業界をリードする『AIプラットフォーム企業』へと姿を変えました。設立時の時代背景を考えると、どこか皮肉めいた巡り合わせを感じます」
NVIDIAは驚異的な成長を見せ、2024年6月には時価総額でマイクロソフトを上回り世界首位(当時)となり、今や巨大テック企業群「Magnificent Seven」(※1)の一角を占める。特筆すべきは、社員数が全世界合計でも約3万人という少なさでこの時価総額を実現している点だ。
「日本法人は最近ようやく200人を超えた程度。少人数による効率経営が徹底されているのが、NVIDIAの大きな特徴です」
近年、シリコンバレーでは多くの巨大テック企業が大規模なレイオフに踏み切っているが、「NVIDIAはその潮流とは一線を画す」と堀内さんは語る。
「ジェンスンは常々から『採用は慎重に行いなさい。もし入社後にうまくいかないことがあったとすれば、それは見極めきれなかったあなたたちの責任だ』と言っているんです。これは、入社する社員をものすごく慎重に見極める文化がある証拠。
他のグローバルテック企業と比べても、NVIDIAの面接回数はかなり多い方でしょう。候補者と何度も対話を重ね、価値観や行動原理までじっくり見定める。それは私が約7年前に入社した時から今も全く変わっていません。
そうした過程を経て採用した人材を簡単に辞めさせるのはあり得ない、というのがジェンスンの考え方です。そのため、NVIDIAではピープルマネジメントが極めて重視されています。NVIDIAは定期的に“血の入れ替え”をするような企業ではありませんから」
NVIDIA本社(米カリフォルニア州サンノゼ)。左が2017年完成の「エンデバー」、右が2022年完成の「ボイジャー」。空調や音響をNVIDIA製GPU搭載のスーパーコンピューターでシミュレーションするなど、“自社設計”によって低コストで建設された
人を「コスト」としてではなく、長期的な視点で価値を生み出す「資産」として捉える。厳選して採用したからこそ、簡単に手放さない。NVIDIAの採用哲学は、AIエージェントが当たり前になるこれからの時代にこそ、より重要性を増していくだろう。
「AIエージェントの浸透によって、仕事のあり方そのものは確かに変わってきています。ただ、だからといって『人を減らそう』という発想にはならないのがNVIDIAです。
むしろ、AIでは担えない領域を人間がどう担っていくか。つまり、人とAIがどう共存していくかという方向に、組織としての意識が向いています」
(※1)米国株式市場をけん引する主要テクノロジー企業群のこと。「Google」「Apple」「Meta」「Amazon」「Microsoft」の「GAFAM」と呼ばれる5社に、「Tesla」と「NVIDIA」を加えた7社を指す
NVIDIAが「フィジカルAI×日本」に見出した可能性
今世界から最も注目されている企業のうちの一つであるNVIDIA。そんな彼らが熱視線を送る市場が、日本だという。
その証拠に、NVIDIAの日本法人はアジアパシフィック地域の一部ではなく、独立したリージョンとして米国本社と直接ビジネスを進める特別な体制が敷かれている。
首相官邸を訪問して日本政府への働きかけを精力的に行うなど、ジェンスン・フアンは日本に対して強い思い入れを持っている。その背景には、ビジネスを立ち上げた90年代、まだ会社が小さかった頃に、日本の名だたる大手企業から多大な支援をいただいた経緯があるようだ「写真=内閣官房内閣広報室」
堀内さんの話を聞くに、近年話題となりつつある「フィジカルAI」に関して、NVIDIAは「日本こそ主戦場になる」と考えているようだ。
フィジカルAIとは?|NVIDIAhttps://www.nvidia.com/ja-jp/glossary/generative-physical-ai/
「これまでのロボットは、決められたルールやプログラムに従って動作する『決定論的なシステム』が中心でした。インプットに対してあらかじめ用意されたアウトプットを返すだけで、自律性はほとんどありません。
しかし、大規模言語モデル(LLM)や強化学習、マルチモーダル認識といった技術の進化によって、AIがリアルタイムに環境を認識して自らの判断で行動を最適化できる――そんな考えて動くAI搭載ロボット、いわば、フィジカルAIが現実の技術として立ち上がってきています。
このフィジカルAIは、AIエージェントの次に来る大きな波になり得る。とりわけ、日本が長年強みを発揮してきた製造業や物流といった分野は主戦場になるでしょう」
堀内さん曰く、ジェンスン・フアンは『マジンガーZ』をはじめ、日本のロボットアニメの大ファン
少子高齢化による労働力不足という社会課題に直面する日本にとって、製造現場や物流倉庫で自律的に稼働するフィジカルAIは、まさに待望のテクノロジーだ。
「その未来を現実のものとするため、私たちは日本企業との連携をさらに深め、この領域でのAI活用を加速させていきます」という堀内さんの言葉に期待が高まる。
しかし、その開発には、物理的な試作と検証に伴う膨大な「コストと時間」といった高いハードルが存在するのも事実だ。この課題に対し、NVIDIAはデジタル空間を活用する、独自の解決策を提示する。
「ロボットには物理的なボディがありますから、動作確認の度に壊して修理を繰り返していては、資金がいくらあっても足りません。そこでわれわれは、トレーニングの工程を全て、当社のデジタルツインプラットフォーム『Omniverse』の中で行っています。
ロボットの頭脳となるAIの強化学習なども、全て仮想空間上で、現実の物理法則を再現しながら何万回、何百万回と繰り返す。そこで完璧に鍛え上げたAIを、現実のボディに搭載するのです。
NVIDIAが長年培ってきたシミュレーション技術が、今まさにフィジカルAIの世界とシームレスにつながり、その実現を加速させています」
日本企業がチャンスを掴むための「AI自前主義」
フィジカルAIという日本にとっての大きなチャンスが、目の前に広がっている。しかし、「多くの日本企業はそのチャンスを掴むためのスタートラインに立っていない」と、堀内さんは警鐘を鳴らす。
「AI全般にいえることですが、現場エンジニアの方々は最新技術を学び『使いたい』という方が非常に多い印象です。ただ、そこをドライブしていく経営層との間に、強いギャップを感じます。
欧米や中国の経営者と比較すると、日本の経営層は技術への造詣という点で、残念ながら遅れを取っていると言わざるを得ません。『新しい技術をどう取り込み、従業員をどう巻き込んでいくか』というリーダーシップの点で、日本の企業は弱いと感じています」
経営層と技術者の間に存在する壁。それが、日本におけるAI導入を阻む大きなボトルネックとなっている。
「逆に、AI活用がうまくいっている企業を観察すると、CEOクラスの方がディープラーニング協会のG検定を取得しているなど、エンジニアから見ても驚くような知見を持っているケースが多い。
『AIに仕事を奪われるのでは』という現場の不安に対しても、トップがうまくやっている企業は、“匠の世界”で活躍してきたベテランエンジニアを人材育成の方面で活用するなど、上手に再配置している印象があります」
エヌビディア合同会社 エンタープライズマーケティング本部長 堀内 朗さん
加えて堀内さんは、AIに対する考え方を根本から変える必要性を強調する。個別に技術を導入するのではなく、“自前主義”に転換すべきだ、と。
「各企業が外部のクラウドやAIサービスに全面的に依存するのではなく、独自のAIインフラを自社内に構築し、自社の最も重要な資産であるデータを自らの手で守り、最大限に活用していくことが必要です。
この考えを『AIファクトリー』と呼びます。こうした企業主体の動きをとることで、国家レベルの大きな潮流に乗ることができるでしょう」
ジェンスン・フアンが提唱する「ソブリンAI」(※2)というビジョンに応えるように、日本では経済産業省が総額1000億円を超える補助金を投じ、企業によるAIインフラ整備を後押ししている。KDDIやソフトバンクといった企業がNVIDIAとの協業を進めているのは、この追い風を受けてのことだ。
ジェンスン・フアンが日本のカルチャーから受け取った“夢”と“哲学”は、日本産業の未来に大きなチャンスをもたらそうとしている。そのバトンを受け取り変革の先頭に立つ覚悟が、今、問われている。
(※2)国家や組織が自国のデータやインフラ、人材を活用して、独自のAIシステムを開発・運用する概念
文/今中康達(編集部)