「人口120万のIT先進国」で生まれた“闇鍋”ムービー『エストニアの聖なるカンフーマスター』は骨の髄までヘヴィーメタル
エストニア発のカンフー映画とは?
多くの人はエストニアという国名をご存知だろう。ヨーロッパ北東部のバルト海に面しており、ロシアとラトビアに摘まれるように位置する人口約120万人の小国である(※九州と同じくらいのサイズとのこと)。歴史の面影を残すクラシカルな街並みだがスタートアップフレンドリーなIT国家でもあり、ほぼすべての行政サービスがオンライン化されているという。
そんなエストニアから、なんとも珍妙な映画が登場した。2017年の『ノベンバー』で世界中の映画祭を席巻した、同国出身のライナル・サルネット監督による新作、その名も『エストニアの聖なるカンフーマスター』だ(10月4日より全国公開)。
のっけからシュール全開!噛めば噛むほどゾクゾクする珍作
映画のド冒頭、革ジャンに身を包んだワイルドな風貌の男たちが登場。かついだラジカセから流れる音楽をバックに、ダンスのような“型”を披露したかと思えばいきなり走り出し、ビューンと空を舞って高い木々の上を飛び移る。やがて彼らは塀に囲まれた国境検問所へと向かい、ボケっとしていた警備隊をボコボコに!
“ロック版「嵐の三人衆」(※『ゴースト・ハンターズ』)”みたいな彼らは何らかの拳法を体得しているようで、銃を持った大勢の兵士を秒でバタバタと倒していく。なにしろ浮遊スキルを持っているくらいだから、常人を無力化するなど赤子の手をひねるようなものだろう。そしてまだ意識のある若い兵士の前に立ち、おもむろにヌンチャクを授けて去っていくのだった……。
「いや、どういうこと!?」と聞かれても誰も答えられない、猛烈にシュールなオープニングである。しかし、理解できないのは自分の未熟さのせいなのかと思うほど自信満々で、どこか70年代ロックのヘンテコミュージックビデオのような趣もありつつ、とにかく奇妙な映像を観るとワクワクする! という人ならば一瞬でハートを掴まれる仕上がり。
そしてお察しの通り、そのヌンチャクを授けられた男が本作の主人公となるラファエルだ。
“メタル”を聴いて“神”の下で励む“カンフー”という闇鍋
本作の舞台となるのは、ポップカルチャーが禁じられたソ連占領下のエストニア。なにかと不自由を強いられる環境と思われるが、主人公ラファエルは謎の三人衆に感化されたのか、自らの道を信じ突き進み周囲の人々を問答無用で巻き込んでいく。演じるウルセル・ティルクはケイレブ・ランドリー・ジョーンズを少し汚したみたいな風貌で、目的に向かって突っ走るズッコケ主人公としてのキャラ造形もバッチリだ。
ブラック・サバスを爆音で聴きながらヌンチャクを振り回すラファエルの教科書のようなボンクラぶりは、ジャンル映画好きからすると微笑ましくて仕方ないだろうし、ある意味“なろう系”の主人公のようでもある。なお、ジャッキー映画やタランティーノ映画のオマージュもあるにはあるのだが、あまりにも演出が独特すぎるものだから、そのへんはどうでもよくなってくる。
カトリックが大半を占めるエストニアで神を信じながらもサバスを聴き、カンフーの頂を追い求める革ジャン&ロン毛のラファエル。しかし、偶然立ち寄った正教会の修道院で<神の奇跡>に立ち会ったことで認められ、そこで厳しい(?)修行を積むことになり――。
支離滅裂、だけどポップ&コミカルな<大願成就>ムービー
海外メディアでは「ジャッキー・チェン meets ベニー・ヒル(※英コメディアン)」などと評されている本作。ベニー・ヒルの部分を日本人にわかりやすく言い換えれば、「志村けんのだいじょうぶだぁ」といったところか。とにかく正教会の僧侶がアクロバティックなカンフーを披露する絵面はかなりシュールなのだが、不思議と既視感があるような気がする。……そうだ、対戦格闘ゲーム「ワールドヒーローズ」の怪僧ラスプーチンだ! だから何だという話ではあるが、実際劇中には格ゲーを意識したような演出もある。
宗教、カンフー、ヘヴィーメタル――ラファエルが愛するのは、かつてソ連で禁止されていたものばかり。つまり彼は反体制の塊のような存在であり、それが劇中に散りばめられたアイコンに込められているメッセージでもある(と思う)。ともあれ、中盤以降はザクザクとしたギターサウンドとともにカンフー要素=ケレン味もマシマシとなり、思わず頭を前後に振りたくなるはずだ。
そんな劇中曲を手掛けているのが、goatの日野浩志郎やDMBQの増子真二という重ねての衝撃。音楽制作の裏話は日野氏のインタビューを参照していただければと思うが、唯一無二の世界観にかなり貢献しているのは間違いなく、彼らによる音楽がなければ全く印象の異なる作品になっていたかもしれない。
『エストニアの聖なるカンフーマスター』は2024年10月4日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開