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真っ暗闇のトンネルに、何かがいる……?大井川鐡道の大井川ダム旧線と長島ダム付け替え区間【前編】

さんたつ

廃なるものを求めて_4FK1194

大井川鐵道井川線は全線非電化で、千頭駅を起点に大井川の上流へと上っていきます。もともとは電源開発のために敷設された線路で、中部電力の専用貨物線でした。1959年に大井川鐵道へ運行が委託されて旅客化され、ナローゲージ規格の車体の列車が1067mm軌間の線路を走り、全ての列車が機関車+客車の編成となっています。「廃なるものを求めて」では、以前に終点井川駅から先の廃線跡を紹介しました。今回はもうひとつの廃線跡区間、アプトいちしろ駅〜接岨峡温泉駅間の長島ダム建設に伴う、線路付け替え区間です。前回の吾妻線に引き続き、ダム付け替え線路の紹介となります。

線路は長島ダム建設によって付け替えられた

井川線は全列車機関車牽引で、井川寄りに制御客車クハ600形、千頭寄りにディーゼル機関車の固定編成となっている。井川駅。2020年7月19日撮影。

長島ダムは奥大井のダム群としては新しく、2002年に使用開始となりました。ダム建設地にはすでに井川線が存在していたので、1990年に線路を付け替えることとなり、大加島仮乗降場、川根唐沢駅、犬間駅を廃止。新線は90‰(パーミル)の超急勾配となり、線路間にラックレールを配し、機関車側の歯車で噛み合うことで急勾配を克服するアプト式が採用され、日本唯一のアプト式区間となっています。

アプト区間を下っていく列車。勾配の下方にアプト式電気機関車ED90形を連結し、90‰の勾配を克服する。アプトいちしろ~長島ダム間。2020年7月19日撮影。

アプト式区間は川根市代駅を改称したアプトいちしろ駅から、ダムサイトのてっぺん付近にある長島ダム駅までを結び、井川線も「南アルプスあぷとライン」の愛称となりました。アプト式機関車の車庫があるアプトいちしろ駅の構内外れから、今回の物語は始まります。

立派な鋼製吊り橋と分岐する謎線路は旧線だった

アプトいちしろ駅で機関車の連結作業をしている光景を後にして、吊り橋の見える踏切へと歩きます。吊り橋は自動車も渡れる頑丈な鋼製ですね。この橋は「市代(いちしろ)吊橋」といい、昭和11年(1936)に鉄道用として架橋されました。吊り橋を列車が渡るのが俄(にわ)かに信じ難いですが、ナローゲージの森林鉄道にはよくあったケースですし、何よりも岡山駅と高松駅をつなぐJRの瀬戸大橋線は、瀬戸大橋という大きな吊り橋を列車が快走しています。鉄道の吊り橋は意外とメジャーな存在なのです。

市代踏切から見える市代吊橋。鉄道橋だったときはこの踏切も存在せず、写真手前付近で線路が右へカーブしていたとのこと。アプトいちしろ駅。2024年8月16日撮影。
市代吊橋を横から見る。鋼製の桁である。手前の線路は井川線。アプトいちしろ駅。2024年8月16日撮影。

市代吊橋が架橋された当時はまだ中部電力専用線になる以前で、大井川電力専用軌道という軌間762mmのナローゲージでした。その名が示すように、奥大井の電源開発用の軌道で、大井川ダム建設に使用され、ダム竣工後は木材運搬にも活躍。ダムを渡って対岸へ軌道を延伸するため、市代吊橋が架けられたのです。現在は大井川ダムの発電所への専用道路となっています。

市代吊橋は三菱重工神戸造船所の製造。ここを大井川電力軌道のナローゲージ線路が敷かれていた。2024年8月16日撮影。

また大井川電力軌道の時代は大井川ダム右岸を通るルートで、現在線の対岸にありました。アプトいちしろ駅へ到着する直前に第一大井川橋梁を渡って海野トンネルへ入りますが、鉄橋を渡る前にポイントを通過する音がして、左へ分岐する細い線路がチラッと見えます。それがそうです。

アプトいちしろ駅と大井川ダム周辺を空撮したことがある。白線が大井川電力軌道の右岸ルート線路で、市代吊橋を渡った先で曲がって積み込み所となっていた。赤線が1954年開通の中部電力専用線→井川線。その後アプト式へと変わり、3度も線路が変更したことになる。2019年11月18日撮影。

右岸ルートは1954年に現在線が開通した後も、大井川ダムのメンテナンス用などに残されていましたが、土砂崩れによって寸断され、線路は絶たれてしまいました。市代吊橋も現在線開業によって道路橋へ転身し、寸断された線路が車窓からチラッと確認できますが、あの一帯へは行くことができません。

大井川電力軌道時代の右岸ルート線路は、大規模な土砂崩れに遭遇して途中で寸断している。車窓から見た。2024年8月16日撮影。
右岸ルートの分岐部分は車窓から見える。下り列車だとちょうど第一大井川橋梁を渡る直前だ。ポイントも残っていて、謎の分岐に思えてしまう。2024年8月16日撮影。

構内外れにひっそりとたたずんでいるトンネル

踏切から吊り橋を眺めた後は、いよいよ長島ダムの付け替え旧線を散策です。旧線のほとんどは長島ダムの接岨湖(せっそこ)の底ですが、付け替え区間の始まりの一部はキャンプ場となって散策できます。

ED90形が待避所へ移動する横に線路付け替え旧線が始まる。「ミステリ~トンネル」のスタート地点。2024年8月16日撮影。

アプト式機関車の待避所と現在線がカーブしている付近が、付け替え区間の分岐地点。柵には「ミステリ〜トンネル 長島ダム アプトいちしろキャンプ場」と、手描きの看板が掲示され、「ン」の点が♡になっていて、思わず笑顔があふれます。

線路付け替え旧線と現在線との分岐箇所。右端はED90形の待避所。海野トンネルを出たあと旧線は左へ分岐し、この位置に川根市代駅のホームがあった。2024年8月16日撮影。

振り返ると、森の中に暗黒の口を開けているトンネル。トンネル好きにはグッとくる絶景であり、何かがおきそうな予感すらします。ミステリ〜トンネルはどうなっているのか、検索するとすぐ分かってしまうのですが、それだとつまらないので、とくに下調べをしませんでした。ただ、懐中電灯だけは必携なので、それだけは忘れずに……。

ミステリ~トンネルの「大加島トンネル」の坑口がぽっかりと開いている。わくわくする瞬間だ。2024年8月16日撮影。

トンネル番号は16、大加島(おおかしま)トンネルです。足を踏み入れると、散策道として整地された砂利道に、かつてのレールが頭をのぞかせています。ここに列車が走っていた紛れもない証拠に、束の間の興奮を覚えます。

大加島トンネルへ入ると地面にはレールの頭がのぞかせていた。ここを千頭行きの上り列車が走り去っていった。2024年8月16日撮影。

しかし、前方は漆黒の闇。人感センサーで照明でも点くのかな?といった甘い考えは捨てましょう。闇の中で砂利道を転ばないよう、慎重な足取りで先を進みます。どこまで闇を耐えられるかと思ったのですが、私はちょっと足が悪いので、ここで転んでは危ない。電灯を点けると、ゴツゴツとした岩場が……。あ、素掘りだ。荒っぽい削り方の岩盤のゴツゴツとした陰影が、懐中電灯によって浮かび上がります。

現役の頃の表記が残り、真っ暗になった先ではごそっと落下した岩盤もあった。この周囲は素掘りであった。2024年8月16日撮影。

あれ……。前方に灯りがある。もう出口か。

漆黒の闇の先にボーっと淡く光る謎の灯りと何かがいる

しかし、出口にしては様子がおかしい。ぼわぁと見える灯りは人工の明るさ。近づいていくと、トンネル断面が素掘りではなく部分的に覆工コンクリートで施工され、馬蹄型の断面が明かりに浮かび上がります。

闇の中に浮かぶ怪しい明かり。何かの照明がぼわぁっと輝いていて、怪しさが満点である。2024年8月16日撮影。

闇に浮かび上がるトンネル断面と照明。月並みな言葉で表すと「千と千尋のトンネルみたい」。あの明かりは神様が集う町の灯で、常世の世界ではないというアレ。歩みを進めていくと、右手に誰かいるような。

「!!」

闇がいきなり灯り、何かがカタカタ……うごめきました。カタカタカタカタ……決して襲ってこないソレは、トンネルの壁面に立ちこちらをうかがっています。私は暗闇は大丈夫なのですが、怖いモノが駄目でして、突如闇から現れたソレに少々固まってしまいました。ちょっと驚いた。

近づいてくると何かのシルエットが……!

目と鼻の先は怪しげな照明が輝き、そのさらに先にも何かいそうだ。後半へ続きます!

取材・文・撮影=吉永陽一

吉永陽一
写真家・フォトグラファー
鉄道の空撮「空鉄(そらてつ)」を日々発表しているが、実は学生時代から廃墟や廃線跡などの「廃もの」を愛し、廃墟が最大級の人生の癒やしである。廃鉱の大判写真を寝床の傍らに飾り、廃墟で寝起きする疑似体験を20数年間行なっている。部屋に荷物が多すぎ、だんだんと部屋が廃墟になりつつあり、居心地が良い。

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