本役を務めながら、舞台裏でカバー役の台詞をブツブツ……。ロングランを支えるカバーキャストとは? その裏側に迫る!~舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』上野聖太×川辺邦弘×前東美菜子インタビュー
カバーやスウィングとは基本的に、本役の俳優が体調やスケジュールの都合で出演できなくなった際に代わりに演じる、複数役を担当する人のこと。特に長期間にわたって上演されるロングラン公演においてはその役割は大きく、欠かすことのできない存在だ。ロングラン中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』で、メインキャストのカバーを務める上野聖太、川辺邦弘、前東美菜子に、その面白さや苦労などを聞いた。
●前東美菜子(左)本役はマダム・フーチ。プレビュー(2022年6月~)から演じている。ハーマイオニー・グレンジャーとジニー・ポッターのカバーを担当。
●上野聖太(中央)本役はマゾーニほか。プレビュー(2022年6月~)から演じている。ハリー・ポッターのカバーを担当。この4月にデビューを控えている。
●川辺邦弘(右)本役は駅長ほか。プレビュー(2022年6月~)から演じている。ロン・ウィーズリーとドラコ・マルフォイのカバーを担当。
一作品で複数の役を担当~ロングランを支える大勢のカバーキャストたち
――皆さんはそれぞれ本役があり、その上でカバーの役もお持ちだとか。プレビューからご出演されているそうですが、すでにカバー役のデビューは迎えられているのでしょうか。
上野:僕はハリーのカバーを担当していますが、デビューはこれから。この4月に予定しています。(編集注:2024年4月20日(土)にデビュー予定)
川辺:僕はロンとドラコをカバーしていますが、ロンとしては2022年8月にデビューしています。
前東:私は(カバーの役は)ジニーとハーマイオニー。ジニーは2022年8月頃、週に1、2回やらせていただき、その後も一度緊急登板しました。2023年の6〜8月にはハーマイオニーも。その後もぼちぼちやらせていただいています。
上野:僕以外、初期からのカバーメンバーは全員デビュー済みなんですよね。
川辺:実はアンサンブルにもカバーがいて、駅長、マゾーニ、マダム・フーチにはそれぞれカバーが4名います。彼らも全員デビューしています。
――カバー役のオファーがあったのはいつ頃ですか。
前東:出演が決まった時です(笑)。
上野:僕はハリーのカバーについては、合格の時点で言われましたよ。
川辺:へえ! 僕は衣裳合わせまで何役なのかがわかりませんでした。本役すら知らなくて。ドラコやロンの扮装をして、あれ?これ着ちゃっていいの?って(笑)。
上野:そうそう、稽古の4カ月前に初めての衣裳合わせがあって、全役の衣裳を着ましたね。美菜子さんもでしょ?
前東:はい。全身が痛くなるくらい何着も着ました。
――メインキャストのカバーと聞いた時はどう感じましたか?
川辺・前東:へぇー!(笑)(って感じ)。
上野:わかります。全く現実味がなかったです。
本役の稽古に追われつつ、自主稽古で互いにフォロー。毎日役が違ったり、本番直前に登板が決まることも
――カバー役の稽古はどのような形で行われましたか。
上野:2022年4月から全体稽古が始まり、稽古2日目から自主的にカバー稽古を始めました。休憩が1時間ぐらいあって、ここで30分は読み合わせをしようと。誰が言い出したんだろう?
前東:聖太さんが「やろう」って言ったんですよ。
上野:俺だっけ?(笑)アルバスやスコーピウスも含め、カバーメンバーの席が近くて、思わず始めたんですよね。
――自主的にやらないと、稽古する時間がなかなか取れない?
上野:そうですね。日本初演で、本役の稽古も余裕がない状態でしたから。その上、稽古するスタジオがいくつかに分かれていたので、カバー役が何をするのかを見る機会もなくて。時間が空いたら見に行ったりもしました。
前東:本役の稽古に追われつつ、ひとまず台詞だけは合わせようと。
川辺:稽古が19時に終わって、そこからの1時間が本格的なカバー稽古。演出補の坪井さんや通訳の方が見てくれましたね。
――カバー役でいける!と思えたのはいつ頃ですか。
前東:デビューした時です。舞台に立つ前は、もうダメ!って首を絞められるような気持ち(笑)。いざ舞台に出て、うわーっ!終わった!できた!(笑)。立つ前はできるなんて思えなかったです。
川辺:そうだね。僕の場合、かなり前からデビュー日が決まっていたので、ゲネもやってもらいました。ロンとして10回出て、ようやく慣れた頃に終わり、そこから半年空いてまたちょこっと出て。毎回新鮮な気持ちで、ドキドキ感は止まらないです。
上野:美菜子さんは突然、デビューが決まった?
前東:ジニーは3、4日前に出ることが決まって、稽古で全シーンを当たってもらいました。それでも余裕がなくて、緊張しましたけど。
――カバーとして、いつでも心の準備が必要ですね。
前東:常にクラウチングスタート、みたいな。
川辺:台詞を忘れないように、本番でアンサンブルをやりながら、舞台裏でロンやドラコに合わせて台詞をブツブツ言ったりしています。
前東:私もそう。着替えながら、よくジニーやハーマイオニーの台詞をブツブツ言っています。
上野:学生のスウィングは毎日役が変わったりもするので、僕らよりもはるかに大変なんです。階段を動かす方向も変わるし、ワンドダンスではポジションが変わる。上手から出る、下手から出るなど、細かい変化にも全て対応しなければならない。僕らも、このグリフィンドールの制服を着ている学生はヤンなのかジェームズなのか?確認しないとわからない。本人たちからは「髪型が違うでしょ?」って言われたりするけど(笑)。
前東:大人のアンサンブルでもありますよ。「今日は何役?」って聞くと「髭の角度で(わかってください)」って(笑)。
>(NEXT)支え合い繋ぐ、ロングランのカンパニー
本役もカバーも。支え合い繋ぐ、ロングランのカンパニー
上野:僕自身のことを言えば、アンサンブルとハリーは全く違うのでその意味での混乱はないです。初めてハリーの稽古をしたときに役者の引き出しを開けた感覚があって、そこからカバー稽古が楽しくなりました。この作品のアンサンブルは、動きながらモノを動かしたりと舞台転換の役割を担うことが多いんですよね。
前東:わかります。私もそれに支えられている部分がありましたね。体中が痛いけど、ご飯を早く食べて30分後にロビーに集まろう!って。
川辺:僕は文学座の劇団員で、劇団公演ではダブルキャストってほぼないんです。研修生のときにダブルキャストをやって以来。だから竪山(隼太)さんやエハラ(マサヒロ)さんがロンをやっているのを見て、そういう方向性もあるんだと大変勉強になりました。自分だけで考えるよりも、その人物が豊かになるなぁと。
前東:確かに。私も同じ役の方たちをじっくり見るようにしています。役作りもそうだし、動線もね。
上野:僕は最近月1回観劇して、今までのハリーはほとんど観てきました。普段は知り合いの出演者に「あそこ良かったよ」って言うためのネタを探したりするけど、今はあえてハリーに集中して観るようにしています。
――先輩たちから学ぶことは多そうですね。
上野:はい。ハリーは今まで5人いて、皆さんよく教えてくださいます。(石丸)幹二さんは変更があると「あそこ変わったよ」と。向井理さんはご自分の稽古後に僕の稽古を見てくれて、ちゃんとアドバイスもしてくれる。稽古からずっと一緒にやってきたこともあり、この関係性はロングランならではじゃないかな、と。学校の同級生や先輩後輩みたいな感覚で、皆さんに育てていただきました。
前東:向井さんは教えるためだけに稽古場にいらしたことがあって、感動しましたね。私がジニーデビューでものすごく切羽詰まった稽古の時には、馬渕(英里何)さんが全部細かく教えてくださって。私は馬渕さんを休めるために舞台に立つのに、デビュー本番まで観届けてくださった。もう休んでください!という気持ちになりました。本当に皆さん、親身になって教えてくださり、人に恵まれたなと感謝しています。
――役と作品に対しての責任感、そしてみんなで力を合わせないとこの舞台は成立しないと皆さんご存じだからこそ、でしょうね。逆にご自身の役をカバーの方たちに教えてあげることも?
川辺:もちろんです。舞台裏で付いてもらって「ここで着替えてこれを持っていくんだよ」「この台詞中には出ちゃダメ、転換とぶつかるから」とか。
上野:舞台上のことよりも舞台裏がわかりづらいし、何より安全第一ですから。
――この機会にカバーとして、みなさんにお伝えしたいことや訴えたいことはありますか。
上野:もっと注目していただけたら嬉しいです。海外ではスウィングやカバーの人たちがフィーチャーされることも多いんですよね。日本でもその存在により光が当たると、お客さんに楽しんで応援していただけるのではないかと思います。
川辺:僕はロン役を通算48回くらいやらせていただきました。3カ月ほど続けてやらせてもらって、やっと役が染みついてきたなと感じ始めたところ。間が空くと忘れてしまうこともあるので、できたらカバーの回みたいなものを作って、定期的に演じられる機会が欲しいです。月に2、3回でもあると、より役を深められると思うんですよね。
上野:確かに数カ月空くと、また一からと言う感じになってしまう。カバー役の回ができたらいいですね。
前東:本当に。安全面からも必要だと思います。
仲間のカバーデビューにはガン泣き! 何回観ても飽きない、誇りに思える作品
――複数役を演じて感じる、この作品の魅力を教えてください。
前東:どの角度から観ても絶対に面白いです!
川辺:そうだよ。絶対に面白いし、誰がやっても面白い(笑)。
前東:きっと犬や猫が観ても(笑)。そう言えるくらい、すごい舞台です。
上野:月1回観ても毎回面白いし、飽きることがありません。出ている人たちを本当に尊敬しますし、みんなすごいよ〜!って好きになっちゃいます。良くできているし、誇りに思える作品。ロングランする価値があります。
――観劇しながらグッとくることはありますか?
前東:私は客観的に観られないんですよね。みんな大丈夫?ってドキドキしながら観てしまうので。どうですか?
上野:アルバスのカバーの小松季輝くんのデビューが急遽決まって、ちょうど休みの日で観ることができたのですが。ずっと息子として一緒に稽古してきたアルバスが、別のパパを相手に頑張っているのを観て、ガン泣きでした。
前東:私も小松くんがデビューしたときはグッときました。ああ、やってるな、うわぁ!って。
上野:この二人のカバーデビューも感動しました。このロンとハーマイオニー、良いカップルで最高でした。
川辺:俺も聖太がハリーデビューしたら絶対泣いちゃうな。
前東:本当に。たまらないと思う。
上野:僕はこれまでミュージカルでの活動が多く、『呪いの子』はストレートプレイなので、ある意味アウェイなんです。ミュージカルを観に行くと知り合いがたくさんいて、「『呪いの子』、観に行くよ」「頑張ってね」とみんな言ってくれる。中には「僕らの希望だよ」とまで言ってくれた人もいて。その反響の大きさに、ハリーのデビューを控えて、これは人生の一大事だ!と実感しています。
川辺:タイトルロールだからね。
前東:すごいことですよ!
上野:頑張ります!……って、二人とも僕にプレッシャーかけてない?(笑)
取材・文=三浦真紀 撮影=荒川潤