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“ない”からこそ、育てられる——山口県周防大島で始まった私たちの子育て

田舎暮らしの本

“ない”からこそ、育てられる——山口県周防大島で始まった私たちの子育て

「子どもを授かることができたのも、いま幸せな気持ちで子育てができているのも、周防大島だったからこそだと本気で思っています」そう語るのは、山口県・周防大島(すおうおおしま)へ移住した、榮 大吾さん。銀行員というキャリアから一転、島での暮らしを選び、ご夫婦で移住。移住から7年を経て、新しい命を授かり、子育てをスタートしました。人のぬくもりと自然の豊かさに包まれた、島での出産・子育ての日々を伺いました。

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【さかえる(榮 大吾)】
1988年生まれ、東京都出身。2018年、29歳で銀行を退職し、山口県・周防大島へ夫婦で移住。「一生楽しく働いて生きていく」をテーマに、ひじき漁、畑仕事などの漁業・農業を中心として、Web・動画制作、講演など、多面的な生業を展開中。SNSやVoisyでは、田舎暮らしのリアルとその可能性を発信している。妻と、2025年3月に生まれた息子との3人暮らし。

自ら生産・加工・情報発信までを手がける、煮付けにせず“サラダで食べてほしい”高級ひじき『沖家室(おきかむろ)ひじき』は、全国に根強いファンを持つ逸品。

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周防大島の“あたたかさ”に包まれた出産と子育て

「子どもはまだ?」がなかった島で、スッと授かった命

結婚から10年——なかなか授からず、子どもを持つことは半ば諦めかけていたという、榮さん夫妻。妊娠がわかったのは、島に移住してから不妊治療も経験して7年が経過し「夫婦ふたりで島暮らしを楽しもう」と気持ちを切り替えた矢先のことでした。 「島では、拍子抜けするくらい誰からも“子どもは?”なんて聞かれなかったんです。けれど妊娠がわかってからは、それまでもわたしたち夫婦を助けてくださってきた先輩方たちからのサポートが、さらにすごくなって!」と、榮さんは笑います。

「妊娠期間中は、毎日のようにご近所からおかずや漬物が届きました。メンチカツや、焼く前のグラタン。美味しかったし、沁みましたね。妻が里帰りしている間は、ほぼ毎晩、漁師の先輩宅で夕食をご馳走になっていて……。もう、どうやって恩返ししようかと頭を抱えるレベルでした(笑)」

産院のない島で、“ありがとう”があふれる出産体験

周防大島には出産ができる病院はありません。榮さん夫妻は、車で約1時間の距離にある柳井市の病院で出産されました。

「その病院も、数年前に産科がなくなりかけたそうなんですが、病院、近隣市区町村、そして島の人たちなどいろんな方の尽力で残すことができたのだと聞いています。残してくれてありがとう、守ってくれてありがとうという気持ちでいっぱいです」

病院には今も2名の産科医が在籍しており、週に一度は島内の産婦人科で診療してくれるそうです。出産後は、町の産後ケアを利用してこころとからだのケアを受けることができ、さらに、退院後も手厚い支援が受けられました。

「本当に“拝むレベル”でありがたかったです。きっとこれまで大変な思いをしたパパ・ママたちがいて、そんな人たちを助けようと尽力した人がいて……。そうしてできあがってきた制度なんだと思います」

集落では数十年ぶりの赤ちゃんだったこともあり、集落全体がお祝いムードに包まれたそうです。
「ここまで喜んでもらえるなんて!って驚きました。たくさんの方がお祝いのことばをかけてくれて、それだけでも嬉しいのに、内祝いのための名簿を作らないと対応できないほど、いろんな方からお祝いをいただきました。こんなに喜んでいただけるなんて……。この島に生まれた息子は、それだけでもう幸せ者だと心から思います」

泣き声さえも風景の一部。島だからできる“おおらかな子育て”

夜中や早朝の泣き声に、まったく気をつかわなくていい。

「そもそも、泣き声が迷惑になるような距離に家がないんです(笑)。都会だったら、きっと泣くたびにヒヤヒヤしていたと思います。ここでは、息子が泣いても“おーおー、その調子だ!”と、ただただ可愛がっていられるんです」

そんなおおらかな環境に加え、周囲の人たちのさりげない気づかいにも心を打たれたといいます。 赤ちゃんが生まれる前は、しょっちゅうおすそ分けを持ってきてくれたり、家に立ち寄ってくれる方が絶えなかったのに、誕生後はパタリと来客が減少。

「きっと、赤ちゃんが寝ていることを気づかってくださっているんだと思います。それでも道で会えば、“首が据わるまでは大変よね”と、あたたかい言葉をかけてもらえるんです」

また、子育てに必要なものも、ほとんどが誰かからの“いただきもの”で、町中から集まり「気づけば家にあった」状態だったといいます。

「ベビーベッドに哺乳瓶、ベビーバス、チャイルドシートまで……。買ったものといえば、哺乳瓶スチーマーや消耗品くらいでしょうか。まさにフルコースでバックアップしていただいて“これはあたりまえじゃない”と自分に言い聞かせているくらいです。育児グッズはもちろんですが、先に子育てを経験しているちょっと上の先輩たちもたくさんいて、何かと気にかけてくださったり、困ったことがあったらすぐに相談できる人がいるというのはこんなにも心強いのかと実感しています。よく『頼れる人はいますか?』という質問がありますが、胸を張って『そんな人ばかりに囲まれています』と答えられます。

人によってはおせっかいに感じてしまうこともあるかもしれないですが、私たち夫婦にとっては、本当にありがたく恵まれた環境だなと感じています」

ないことを嘆かず、あるものを活かす——島の子育て哲学

とはいえ、子育て環境という点では、都会に比べて不便なことがあるのも事実です。周防大島町には保育所から高校、高専、専門学校まで揃っていますが、中学や高校から島外に進学する子どもも少なくありません。習い事や進路の選択肢、都市ならではの体験にふれる機会は限られることもあります。

「ないものをただ嘆いても仕方がない。ないなら、なんとかする。なければ、自分で作る。それが、移住してから島での暮らしの中で、私が先輩方に教えていただいたことなんです」

その言葉のとおり、榮さんは、今、約200坪の荒れ地を自ら重機で開墾し、公園づくりを進めています。「山に海と天然の遊び場はたくさんありますが、やっぱりちょっと親父として遊具ぐらい作ってやりたいじゃないですか」と笑います。

「“ないもの”ではなく、“あるもの”を見るようになりました。この島には、漁師や農家が身近にいて、畑を耕し、釣りをし、鶏を飼い、魚をしめる。風や潮、季節の移ろいを感じながら、命と自然の循環にふれる暮らしがあります」

子どもは、教科書だけでなく、生活の中で“収穫の旬”や“ものができる過程”を自然に学びながら育っていきます。知識と実感が結びつく環境があることは、息子にとっても、父親である自分にとっても、きっと人生の土台になる——そう感じているそうです。

「生活そのものが教育だと思うようになりました」

もちろん、不安がないわけではありません。初めての子育てで、息子が将来どんな道を選ぶのかも、今はわかりません。

「でも、まだ見ぬ未来を案じるより、いまこの瞬間に息子に見せたいもの、父として伝えたいことがこの島にはある。それが何よりも大切だと思っています」

「ここで産めてよかった」——心からそう思える場所

教育環境に不安がないわけではありません。それでも、榮さんは言います。

「ここで産めてよかった」

「この島で育てられることが、心から幸せだと思える」

出産や子育てに本当に必要なものは何か——。

制度や便利さは、もちろんありがたい。けれど、それだけじゃない。

島の人たちが自然に示してくれるやさしさや気づかい、日々の暮らしの中にある小さなつながり。

それこそが、榮さんに「ここで産めてよかった」と心から思わせてくれた理由なのかもしれません。

写真提供: さかえる(榮 大吾)

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