シリーズディレクター・酒井和男が振り返る 『ガールズバンドクライ』の画づくり③
TOPICS2024.10.02 │ 12:00
シリーズディレクター・酒井和男が振り返る
『ガールズバンドクライ』の画づくり③
『ガールズバンドクライ(以下、ガルクラ)』の映像面での魅力を、シリーズディレクターの酒井和男に聞くインタビュー連載のラストとなる第3回。「動き」やライブシーンの話題を中心に、映像の魅力と、それに関わったスタッフの仕事ぶりを語ってもらった。そして、最終回の展開についても……。
取材・文/前田 久
アニメクリエイターインタビュー_TOPICSガールズバンドクライ酒井和男
試行錯誤した「フルコマだけどリミテッド」のような動き
――ここまで断片的に出てきた「動き」についても詳しく聞かせてください。公開されているメイキング映像では、ライブシーンでモーションキャプチャーを撮っている箇所がありますが、お話を聞いていると手付けの動きもあるということですか?
酒井 専門的な話になってしまいますが、3DCGはブロッキングで動きを確認してから、それをシミュレーションでつないでいく作り方がおそらく一般的です。それをベースにしつつ、この作品では、各話を担当してくださっているCGディレクターさんの趣向もあって、リミテッド的(通常のアニメーション的)な表現を模索していただきました。フルコマなんですけど、あえて断ち切るような動きを作ってもらう――おかしな言い方ですが、「フルコマだけどリミテッド」みたいな動きの感覚が、現場で喧々諤々(けんけんがくがく)する中で生まれてきたんです。第1回で少しお話しした、フルコマで動かしたときに生じる「不気味さ」が出てくると、僕のように日本の2Dアニメに親しんだ人にはなかなか受け入れられない。だから普通はその「不気味さ」をなんとかして消そうとするのですが、今回は捨てずに全部一度飲み込んでみて、そこから受け入れられそうなものにあらためて構成していったんです。それが奇跡的な状態でまとまったんじゃないかな……と思っています。やっぱり、各話数の3Dディレクターさんのセンスがすごいのかな。僕以外の各話の演出さんも3D畑じゃない、セル(手描き)出身の方々だったので、3Dの人たちが「いい」とする動きと、セルとして魅力的な動きのせめぎ合いがあって、どちらも主張しすぎた結果、「フルコマだけどリミテッド」になっているところもあります。どちらのスタッフも、自分たちの「いい」をあきらめていない感じでしたね。
――とにかくカット単位での修正を積み重ねて作品ができているわけですか。
酒井 そうです。なので、再現性があるのかどうかは僕にもわからないですし、じつは各話で結構、動きの印象は違うんじゃないかなと思います。カット単位でもそう。そういうところも、この作品のいいところだと感じているんですよ。セルのアニメだと「このすごいカットは私がやりました!」と言いやすいのですが、3Dのアニメーターさんだとなかなか伝わりづらい。でも、今回はそういうことを言える作品にするのが、自分の目標のひとつでもあったんです。そして実際、それぞれの3Dアニメーターさんが担当カットで「カッコよさ」や「かわいさ」を追求してくれました。たとえば、第13話の「私たちの始まりの目撃者になってください」と仁菜が言うカットはすごくかわいくて品がある画でしたけど、あのカットの担当アニメーターさんは、他にもたくさん「かわいい」カットを作ってくれたんです。第1話で仁菜ちゃんがびょんと飛ぶカットも、アニメーターの個性が出ていたカットですね。アニメはやっぱり、最終的にアニメーターの画であるべきだと思うんです。第1話のそのカットが上がってきたときは「ここまでやっていいものかな?」と少し悩んだんですけど、結果としては、この方針でやってよかったと思っています。
手島nariさんは完全にスタッフの一員だった
――モーションキャプチャーを使っているのは、基本的にはライブのシーンだけですか?
酒井 そうですね。ただ、3Dスタッフの方々があえて手付けに変えてくることも多々ありました。ご本人たち曰く「(そのほうが)早い」そうなんですが、これはちょっと僕にはわからない感覚なので、機会があったらぜひ話を聞いてみてください(笑)。第5話の「視界の隅 朽ちる音」のライブシーンは三村厚史さんという『BanG Dream!』シリーズなどでCGディレクターを担当してきた方にお願いしたのですが、ここはまた違ったアプローチになっているはずです。あのライブシーンは、最初に見たときに驚愕しました。あんなすごい映像を作られて、この先どうしようかと思ったくらいです(笑)。
――いやいや。酒井さんが手がけた第11話のライブシーンのカメラワークも、それこそ見ているこちらとしては「驚愕」でしたよ(笑)。
酒井 あれは絵コンテを描く時点で、担当してくださったCGディレクターさんがBlender用のステージのアセットと、モーションの動きを全部入れたキャラクターの素材を僕にくださったので、それを動かしながらカメラをどこに置くかを検討したんです。もともとMacユーザーだったんですが、Blenderと(絵コンテを作る)Storyboard Proと連携させるために、Windowsマシンも買いましたね(笑)。
――SNSにときどき、手島nariさんが描いた線画が投稿されていましたが、あれはどういうことだったんですか?
平山 あれは、CGアニメーターさんがレイアウトを描いたあとに「ここだけ表情の参考が欲しい」と発注して、手島さんが上から修正を入れてくださったものですね。レイアウトからプライマリーアニメーション(表情や手足の主要な動きをつける工程)にするときに、それを参考にCGアニメーターさんが頑張って直していたんです。
酒井 直しが上がってきたら「もっと頑張れるでしょう!?」と、手島さんの絵を参考にさらに修正をお願いする(笑)。第8話の仁菜の「殴りたければ殴っていいですよ」のところとか、そのあと桃香が泣くところなどは、手島さんに描いていただいた絵の力が大きかったですね。臨機応変に対応していただいて、本当に感謝しかないです。
平山 手島さん、毎週スタジオに来ていただいていましたからね。
――そんなに深いレベルで現場に関わっていたんですか。
平山 もう完全にスタッフの一員でしたね。
酒井 第11話くらいから少しだけ妻にも手伝ってもらいましたけど、それまでは手島さんにお世話になりっぱなしでした。1話あたり50~60枚は描いてもらったんじゃないかな?
平山 多い話数だとそれくらいで、少ない話数だと10枚くらいです。逆にまったく入っていない話数もありますね。
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できればもっと手島さんの絵に近づけたい
――ここまで触れてこなかった部分ですが、撮影やライティングも印象的でした。
酒井 ライティングは、3Dのストロングポイントのひとつでもありますよね。セルでは出せないグラデーションが出るので、そこも最初、プロデューサーや各話の演出さんと話しあいながら手間をかけて調整しました。ライトの入れ方を間違えると、髪のテカりがヘルメットみたいになっちゃうんですよ。「すごく手間」くらいじゃ済まないくらいの回数、試行錯誤しました(笑)。いちばん苦労したところかもしれないです。
平山 いったんOKな設定を見つけても、髪の揺れ具合やカメラのレンズのミリ数の違いによってまた見え方が変わってしまうんですよね。とくにレンズを超広角にすると、どうやってもヘルメットに見えてしまう。そこも繰り返し試しながら、だんだんわかってきた部分で。本作では全話数のカットを「ShotGrid」というソフトで管理しているんですけど、最初のテストショット(仁菜のアップのカット)を開いてみたら、コンポジットのバージョンが13……つまり13回、撮影処理を入れ直していました。
――見せていただくと、たしかに初期のものはかなりヘルメット、金属っぽい……。
平山 これでもじつはかなり直したあとのものなんです。このテストに入る前段階で実験していたときのものとか、厳しかったですもんね。
酒井 でしたね。質感がそういう風に見えるとキャラクターが人形っぽくなってしまうので、とにかくここはこだわりました。
――髪の質感以外にも、今作の画作りのポイントのひとつである「イラストルック」にたどり着くまでの過程もあるわけですから、試行の回数を思うとめまいがしますね……。
酒井 今でも「できればもっと手島さんの絵に近づけたいな」という野心があるんです。イラストルックという新しいカテゴリーを見つけられたのは大きな発見で、そこからさらに、映像を作りきったことである程度このやり方の答えは出せましたが、まだ道半ばなのかもしれません。イラストっぽくもあり、セルっぽくもある中道のルックを、作る人、見る人の共通認識まで引き上げるというのは、なかなか難しいのかなと思います。
――答えに向かうには、とにかく手数をかけるしかない。大変ですね。
酒井 東映アニメーションさんの制作システムじゃないと、絶対に成り立たなかったと思いますね。作り切るまで5年やっていましたからね。映画一本作るより制作期間が長いですよ(笑)。
平山 ルックの開発だけでも3年くらいかかりましたからね。
この先の仁菜たちに望むこと
――キャラクターのイメージカラーが反映されたカットも印象深かったです。
酒井 そうした表現に関しては、ビジュアルディレクターの涌元さんの力が大きかったですね。一緒に画面を詰めながらCGでできること、できないことを揉んでいくことができたのがものすごく重要だったと思います。この作品で初めてご一緒したんですけど、中でも第11話は圧巻でした。試写で見たときに、思わず「誰が作ったんだ、これ?」と感じてしまったくらいで。これを一度作ってしまったら、もう何もあとから作れなくなるよね、と。自分たちがそう感じられたものを、お客さんにも見て喜んでもらえてよかったです。あとはやっぱり、演奏シーンに関してはもちろん玉井健二さん含めagehaspringsさんの力も大きいです。とくに第1話から流れ続けた「空の箱」。あの曲はいろいろな場面でストーリーにマッチする曲になりました。そういう完成に至るまでのいろいろな苦労を思うと、すぐに「続きを」という体勢にはなれそうにないんですよね(苦笑)。
――やはり……ファンとしては、どうしても気になるところですが。
酒井 本当に、楽しんでいただくためにやれることは、思いつく限り全部やった作品です。各話数の編集作業も、ビデオ編集も担当の方々が最後の納品ギリギリまで粘ってくださいました。それを大勢の方が見てくださって、面白いと言ってもらえたことにホッとしました。「続編を見てみたい」と言ってくれる方々がいることが、最高のご褒美だと思っています。あとはアニメーターの皆さんの頑張りが伝わったこともうれしいです。今、ここで僕がどれだけ話しても足りないくらい、現場は本当に大変だったと思うので。もっともっと、現場で頑張ってくれた3DCGのアニメーターさんたちにスポットが当たると、さらにうれしいです。
――最後に、あのビターな、大成功して終わるわけではないラストについて、酒井さんの思いを聞かせてください。
酒井 シリーズ構成の段階から「仁菜たちが自分たちの選択を大事にすること」がテーマのお話だったんです。彼女たちにとっては負け惜しみではなく、あくまで何をしたかが大事、あくまで選択が納得のいくものであればいい。僕としては仁菜たちにそうあってほしかった。だから、最後の展開は「勝ち負け」では語れないものだと思っています。言ってしまえば、仁菜たちは5人で集まって、バンドで音楽を奏でた時点で、夢はもうある意味でかなっているんですよね。その先にあるのは「お金を稼ぐ」だとかですが、そういうことじゃない。それを言葉にできなくても、彼女たちはフィーリングで感じて、あのかたちで終われた。
――彼女たちの「言葉にならないもの」は、あのラストで描ききっていますよね。
酒井 きっと中田さんなんかは怒っている気がしますけどね。「そんな青臭いことを言って、プロの世界を舐めんなよ」って(笑)。「10年後、生き残ってたら……」というセリフは、中田さんが怒っているのと同時に僕は期待を込めながら、絵コンテを描いていました。最後の彼女たちは勝ってもいないし、見方によっては間違ってもいる。でも、他の人から見て正しいか、正しくないかの問題じゃなくて、彼女たちはそれがやれるし、やりたいからやる。それだけの話であって、そういう姿はきちんと描ききれたかなと感じています。……まあ、そんなことを考えつつ、この先も仁菜たちには辞めずに、これからもバンドを続けていってほしいですけどね。
酒井和男さかいかずお 1972年生まれ。熊本県出身。アニメーターを経て演出家となり、2007年に『ムシウタ』で初監督を務める。主な参加作品に『ラブライブ!サンシャイン!!』(監督)、『機動戦士ガンダムAGE』(助監督)、『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』(絵コンテ)など。作品情報
TVアニメ『ガールズバンドクライ』 Vol.5<豪華限定版>
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¥8800(Blu-ray+CD)
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[発売日]
2024年10月30日
トゲナシトゲアリ 3rd ONE-MAN LIVE『咆哮の奏』
[開催日時]
2024年11月2日(土) 開場17:00/開演18:00
[会場]
TOKYO DOME CITY HALL
[ライブ・チケット詳細]
https://girls-band-cry.com/live/post-4.html
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