妊娠したら眠れなくなった? 妊婦と不眠について専門医に聞きました
妊娠中の女性はなにかと体調が変わりやすく、さまざまな症状に悩まされることもあります。なかでも妊娠期に不眠でつらい思いをされる方も少なくありません。そこで本記事では、妊娠時期別に不眠の原因をまとめつつ、対処法についてもご紹介したいと思います。解説・監修は慶應義塾大学名誉教授で産婦人科医の吉村泰典先生です。
目次妊娠したら眠れなくなるのはなぜ?対処法について眠れないなら睡眠薬も産後の不眠 長引くようなら医師に相談を
妊娠したら眠れなくなるのはなぜ?
日本では成人の5人に1人が慢性的に不眠の症状があり、特に女性に多いことが知られています。また20人に1人は睡眠薬を服用しているともいわれています。その原因はストレス、精神疾患、神経疾患、アルコールなどさまざま。
一方、それまで睡眠に悩みを持っていなかった方が、妊娠をした途端に眠れなくなったというケースもよくあります。妊婦さんの不眠について、産婦人科医の吉村泰典先生はこう解説します。
「まずは妊娠初期。つわりが強い方はもちろんのこと、酷くなくても眠れない方が多いのですが、この時期の不眠はおもに妊娠や出産に対する不安な気持ち、ストレスが大きな要因となっていると考えられます。またホルモンバランスの急激な変化により、昼間に眠くなり、夜に眠れなくなるというケースもよくあります」
「妊娠中期は少し落ち着くのですが、お腹が大きくなり始めると、今度は赤ちゃんの胎動が気になったり、子宮が大きくなり膀胱が圧迫されることで頻尿になったり、おなかが苦しくて睡眠の質が下がることが往々にしてあります。運動不足などが原因で睡眠中にこむら返りになって目を覚ます場合もありますし、下肢の血行障害で脚に痒みを感じて眠れないなんてこともあります」
妊娠すると分泌されるプロゲステロンというホルモンの影響で日中眠くなり、つい長い仮眠をとってしまって夜の眠りが浅くなってしまったり、基礎体温が高くなった結果、寝つきが悪くなったりと、不眠の要因はさまざま。
でも、眠れなくなったからといって「そんなに気にする必要はない」と吉村先生はいいます。
「もちろん眠りたいのに眠れないのはつらいですし、赤ちゃんのことを考えたら不安になるのもわかります。でも、おなかの中の赤ちゃんは、ママの睡眠不足と関係なく眠っていますし、ママが眠れないことで赤ちゃんに悪影響があるわけではありません」
「眠れないことでストレスを感じることの方が、よっぽどよくないので、とにかく深刻に考えないでください。そもそも妊娠は、女性の人生における最大の試練ですから不眠になるのは当然です。眠れないことを気にしすぎないで。いつか眠れるようになりますから」
対処法について
妊娠中の不眠の対処法は、まずストレスをためないこと。
「イライラや不安な気持ちはホルモンの影響と考えて、ありのままを受け入れてください」と吉村先生。
その上で、少しでも眠れるようにするにはどうしたらいいのでしょうか。吉村先生のお話をもとに、以下にまとめました。
就寝前にお風呂に入ってからだを温めてください
お湯が熱すぎると交感神経を刺激してしまうため、38〜40℃のぬるめのお湯での入浴がおすすめです。体温が上昇すると、その後体温が下がる中で眠くなり、入眠しやすくなります。
就寝時刻の90分前くらいに入浴するのが理想的です。また、ぬるいお湯だからといって長風呂は控えてください。妊娠中は全身の血流量が増えてのぼせやすいため、入浴時間は10分前後が目安です。
日中は軽い運動をしましょう
日中に十分な運動をしていると、睡眠の質を改善してくれます。心拍数が過度に上がるような激しい運動や転倒やからだのへの衝撃を与えるような運動は控えて、ウォーキングやマタニティヨガなどの軽い運動にしておきましょう。たとえば妊娠後期の場合、朝夕30分ずつのウォーキングなどは非常に効果的です。軽い運動はストレス軽減にも役立つので、一石二鳥といえるでしょう。
日中の仮眠は15分程度で
妊娠中は、昼間に眠くなる方が多いのですが、その場合、日中の仮眠を取りすぎないことが夜の睡眠の質を上げることにもつながります。これは妊婦さんに限ったことではないですが、仮眠は15分程度の短いもので。1時間以上の仮眠は、生活リズムそのものを崩しかねないのでやめておいた方がよいでしょう。
睡眠前のパソコン、タブレット、スマホの使用は控える
これも妊婦さんに限らずですが、夜寝る前にパソコンやスマホを見るのはやめておきましょう。各種デバイスの画面から出るブルーライトは、睡眠を促すメラトニンの分泌を抑えるため、睡眠を妨げることが指摘されています。ついついベッドに入って、SNSをチェックしたり、動画を見たりしてしまいがちですが、それが睡眠の質を下げている原因のひとつかもしれません。
妊娠後期の睡眠姿勢は「シムズ体位」がおすすめ
おなかが大きくなる妊娠後期は、お腹の圧迫感や、寝返りが打ちにくくなるなどで、どうしても不眠になるケースが多いです。そこで、お腹の重みを感じにくい「シムズ体位」で寝てみてはいかがでしょうか。
やり方は簡単。からだの左側を下にして横向きに寝ます。少しうつ伏せ気味になりつつ、右足は付け根から曲げてください。このとき、抱きまくらやクッションなどを使って、右足を抱き枕の上にのせるなどして浮かせると結構楽ですよ。
またシムズ体位で寝ると、背中が蒸れにくいため、夏場に暑くて眠れない方にもおすすめです。
眠れないなら睡眠薬も
眠れなくて疲れも取れない。ストレスもたまるばかり…という方は、睡眠薬を服用することも選択肢に入れておいてもよいでしょう。妊娠中に睡眠薬を飲むのは不安だという方もいらっしゃると思うのですが、産婦人科で処方される種類の睡眠薬を、決められた量飲むのは問題ありません。
「日本では4種類の睡眠薬が認可されていますが、妊婦さんに使用されることが多いのはベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬です。ベンゾジアゼピン系の中でも、超短時間型のハルシオン、短時間型のデパス、レンドルミン、中間型のユーロジン、ロヒプノール、ネルボン、長時間型のドラールなどはよく使用されるものです。また非ベンゾジアゼピン系は超短時間型のマイスリー、アモバンが使われます。
これらの産婦人科で処方される睡眠薬は、妊娠前から妊娠初期、そして妊娠後期に至るまで継続的に使用しても、胎児への影響はないと考えていいでしょう。もちろん、用法用量を守ることは大前提ですので、服用する際はかかりつけの医師に相談するようにしましょう」
産後の不眠 長引くようなら医師に相談を
産後も不眠に悩まされる方も多いのですが、その主な原因は妊娠中に高まっていた女性ホルモンの急激な低下。このホルモンの急変に対して、からだが適応できず、自律神経が乱れて、睡眠の質やリズムに悪影響を及ぼすというわけです。
「あとはなにより子育てのストレスですね。育児不安やストレスが、不眠を引き起こすことになるし、夜泣きが始まれば、もはや物理的に眠れなくなります。これらも妊娠期間中の不眠同様に、ある程度は『仕方のないこと』ではあるのですが、妊娠期間中と違うのは、その不眠がマタニティブルースの症状である可能性があります」
「もちろん産後のメンタルヘルスの観点からすれば、不眠は“軽症”なのですが、それがより重いメンタルヘルスの問題につながることなのかを見極める必要があります。決して脅かしたいわけではないし、気にしすぎる必要もないのですが、より重い精神疾患の初期症状であることもあるので、そこはパートナーや周りの家族が様子を見て異変に気づいてあげる必要があると思いますね。おそらく本人ではなかなかわからないので」
妊娠中の不眠は多くの妊婦さんにとって共通の悩みとはいえ、眠れないのは本当につらいことですね。あまり気にしすぎず、上記でご紹介しているぬるま湯での入浴や日中の適度な運動、入眠前のデジタルデバイスの使用を控えるなど、睡眠の質を改善できそうなTIPsを取り入れてみてはいかがでしょうか。
【監修】吉村泰典(よしむら・やすのり)慶應義塾大学名誉教授 産婦人科医
1949年生まれ。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任した不妊治療のスペシャリスト。これまで2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩など、数多くの患者の治療にあたる一方、第2次~第4次安倍内閣では、少子化対策・子育て支援担当として、内閣官房参与も務める。「一般社団法人 吉村やすのり 生命の環境研究所」を主宰。