「ワンちゃんがいるので刑務所行きたくない」執行猶予中にレッカー業者に暴行…飼い犬4匹のため実刑を拒否する男
裁判所の周りの木々もすっかり秋めいてきたある日、その男の裁判は開かれた。
見学の高校生たちがいる中、拘束された状態で法廷に入ってきたのは年齢60すぎの男。紺色の作業着の上下姿で、青いスポーツサングラス。髪の毛は白髪のほうが多く、少し薄くなってきている。
レッカー業者に難癖つけ胸ぐらをつかむ…
起訴状によると、男が逮捕・起訴された経緯は次の通り。
・知人女性とドライブ中にガス欠&バッテリー切れ。
・かけつけた警察に業者を紹介してもらい、レッカー車に来てもらう。
・その後、自宅まで車をレッカーすることになると男は「レッカー車に一緒に乗せて自宅まで送れ」とレッカー業者の通常のルールを破り無理やり同乗。
・自宅についたところ男は「シャワーを浴びる」といって料金を支払わず自宅へ。
・業者が自宅を訪ね、ドア越しに「代金を支払ってもらわないと車を降ろせません」というと逆上し、業者の男性の胸ぐらをつかんだ…というものだ。
悪質ながら、いわゆる〝軽微な事件〟…しかし男が逮捕・起訴までされているのは「執行猶予中の犯行」だったことによる。
業者の車のドアをたたき始める…被告の異常な行動
前回逮捕・起訴されたのは、今年の春。わずか4か月後の逮捕だった。
高校卒業後、会社員などを経て現在は無職で収入は年金のみだという男。頼れる身寄りは誰もいないという。
車を搬送してくれたレッカー業者の男性によると、男の行動は常軌を逸していたものだったようだ。
以下、被害男性の供述
「レッカー搬送中『運転が下手だ』『大型免許を持っているから代われ』と言い、いきなり降車して運転席に回ってきたこともありました。断ると助手席側の窓を開けて、助手席のドアをたたき始めました。『やめてください』というとやめますがまた繰り返すようになりました。到着したら『シャワーを浴びたい』といって代金を支払わず家に入っていきました」
「家の窓越しに『代金を支払ってください』というと自宅から出てきて『お前詐欺だろ!』といって運転席のドアをたたき始めました。車から注意をそらせようと運転席から降りて向かいの公園に行ったところ、両手で襟元をつかんでねじりあげました」
その後、かけつけた警察によって逮捕された被告。
そしてこの日、初公判を迎えた。
被告人質問で、起訴内容を認め、反省の弁を述べた。
しかし傍聴席で聴いていると、反省は被害者のためというよりは、〝別の大切なもの〟のためだったのではないかという印象を受けた。
被告「刑務所行けない」弁護「行けないんじゃなくて行きたくないんでしょ」
弁護:被害者を両手でつかんでゆすった?
被告:記憶にはないですね、あのときは病気で…
弁護:病気のことは後で言うから。記憶にはない?まわりがゆすったとか言っていたからそうだと思った?
被告:はい。なぐったりはしていないです。
弁護:あなたはどんな病気を持っているの?
被告:統合失調症です。
弁護:どんな症状があるんですか?
被告:あの…くわしく説明できないです。
弁護:「ヤバイと思った」ということは、やってはいけないことをしたのはわかるよね?
被告:そうですね。暴行になると執行猶予中ついているんで刑務所に入らなきゃならないから。ワンちゃんがいるんで刑務所には行けないんですけれども。
弁護:行けないんじゃなくて行きたくないんでしょ
被告:ワンちゃんがいるんで行けないんですよ
弁護:刑務所に行きたくないだけでしょ
被告:はい
弁護:被害者の胸ぐらをつかむということは暴行だと前回の裁判でも言われていたでしょ
被告:はい
弁護:病気になったのは何歳ですか?
被告:37歳です
弁護:現在は?
被告:62歳です
弁護:病気になってから去年まで事件を起こしたことは?
被告:ありました
弁護:いままで守られていないんです。こんな事件で起訴までされているのはあなたが心配だからなんです。刑務所に行くことになっても仕方ないんですよ
被告:ワンちゃんがいるんで刑務所に行きたくないんです
弁護:犬は何匹飼っているんですか?
被告:4匹
弁護:あなたが刑務所に行ったらどうなりますか?
被告:誰も面倒みてもらえなかったら殺処分されるかもしれないです
「ワンちゃん…(泣)」犬のことが頭から離れない被告
被告:刑務所も行きたくないし入院もできないし今まで通りちゃんと生活して犬4匹と暮らしていきたいんです。
弁護:どんなにわがままなことを言っているかわかっています?
被告:わがままというか…
弁護:家族がいても刑務所に行く人もいるんですよ
被告:なんかアレしてもらって…罰金刑になんとかしてもらいたいと思って…ワンちゃん(泣)………更生しますので。
………………
検察:いま犬は誰が面倒をみていますか?
被告:振興局のかたが
検察:いま(統合失調症の薬は)飲んでいますか
被告:飲んでいます
検察:たまに飲んでいないということですか
被告:はい
検察:どれくらい?
被告:2、3日飲まないこともあります。運転するときは飲まないです。
検察:どうして飲まないんですか
被告:寝ちゃうんです
検察:あなたの生活の力になってくれる親族はいますか?
被告:いないです
検察:面会に来てくれる人は?
被告:いないです
検察:何を反省していますか
被告:事件を起こしたことです
検察:誰かには?
被告:被害者とか
検察:被害者に謝罪したんですか?
被告:していないです
検察:被害弁償もしていないですよね?
被告:はい
………
裁判官:レッカー代やおわび代を払うことはいまは難しい?
被告:そうですね
裁判官:そうやっておわびもできないのに犬がいるから刑務所に行かないって言うのですか?
被告:そうですね、連絡先を聞いて、筋を通して…
裁判官:逮捕されてから(謝罪する)日にちありましたよね
被告:(長時間の無言)
裁判官:お気持ちはわかりましたので私の質問はこれまでにします
被害者への謝罪よりも犬のことが中心に…求刑は
弁護側、検察側、裁判官から反省する姿勢について相次ぎ指摘を受けた被告人質問。そして求刑。
検察側は、自己中心的な犯行だとして懲役10か月を求刑。弁護側は当時は正常な精神状態ではなく、殴打するなどの悪質な犯行はしていないとして罰金刑を求めた。
裁判官から「最後に言いたいことはありますか?」との問いに、被告人は次のように答えた。
「罰金刑のほうで…ワンちゃんの面倒を見られる人もいないので、罰金刑のほうで…よろしくお願いします」
男の判決はおよそ2週間後に言い渡される予定だ。