テック企業の視点で競合と差別化、ロンドン発のBaaS企業 Griffin
銀行業務とテクノロジーの融合が進む中、従来の銀行とは異なるアプローチで注目を集めているのが、イギリスを拠点とするデジタルバンキング・プラットフォーム「Griffin」だ。銀行業務に必要なコンプライアンスやマネーロンダリング対策などの要件を、APIを通じて簡単に利用できる形で提供。2024年3月に銀行免許を取得し、シリーズAラウンドでの資金調達も完了した。CircleCIやAirbnbのエンジニアから転身したCEOのDavid Jarvis氏に、ビジネスの特徴や将来展望を聞いた。
<font size=5>目次
・Airbnbのエンジニアから金融革新へ
・銀行免許を持ったBaaS企業の強みとは
・2週間に1社のペースで新規顧客獲得
・銀行の「製品体験」の向上に必要なこと
Airbnbのエンジニアから金融革新へ
―ご経歴と、Griffinを立ち上げた経緯を教えてください。
私はシカゴ大学で経済学を学び、2009年に卒業しました。金融危機の最中でしたので就職活動をするには最悪のタイミングでした。そのため、数年間政策関連の仕事をした後、西海岸に移り、サンフランシスコのベイエリアのテクノロジー業界に入りました。
その後、Airbnbも含め、いくつかのスタートアップで働き、ソフトウェアエンジニアになりました。そのうちの1社で、現在Griffinが実行しているようなビジネスモデル、つまりテクノロジーを活用してAPIプラットフォームを提供し、他の企業が銀行口座や決済インフラをプログラムで管理できるようにするというモデルに触れました。
2016年にイギリスのオンライン銀行Monzoが銀行免許を取得したとき、私は大きなひらめきを得ました。イギリスやヨーロッパ全体が、テクノロジー主導の新しいビジネスが銀行として規制を受けながら、次世代の金融サービスを提供する環境を積極的に育てていると感じたのです。母がイギリス人だったこともあり、イギリスに移住してGriffinを設立するのは私にとって自然な選択でした。
David JarvisGriffinCo-Founder & CEO金融テクノロジー、開発者ツール、スケーラブルなシステム設計の専門家。2014年にCircleCI勤務後、APIバンキングのスタートアップStandard Treasuryでコアバンキングシステムの開発を担当。2015年から2017年はAirbnbで勤務し、2017年にCircleCI創業者Allen Rohner氏と共にGriffinを設立。
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銀行免許を持ったBaaS企業の強みとは
―Griffinの事業内容について教えていただけますか?
簡単に言うと、私たちはフィンテックやプラットフォーム企業に「銀行サービス」を提供しています。いくつかの主要な市場があり、まず1つ目は従業員のライフサイクルに関連する分野です。これは、給与や福利厚生を扱う企業向けで、これらの企業のキャッシュフローや支払いをすべて私たちのプラットフォームで管理しています。
次に、不動産賃貸管理の分野があります。ここでは、家賃の徴収や大家への支払いをサポートしています。また、資産運用の分野では、銀行ではない資産運用会社と協力しています。これらの会社は顧客の証券や債券、株式、ファンドへの投資を支援していますが、銀行ではないため直接現金を保有することができません。そのため、私たちが顧客の現金を安全に保有し、さまざまな投資クラスに配分する前の管理を担うプラットフォームを提供しています。
さらに、非銀行系の貸付業者とも協働しており、彼らのバックオフィス業務を実質的に運営するための口座と決済インフラを提供しています。
―御社の強みや他のBaaS(Banking as a Service)プロバイダーとの違いについて教えていただけますか?
BaaSは大きく2つのタイプの企業に分類されます。1つ目は、銀行ではないものの、銀行商品を提供する企業です。これらの企業は、規制を受けていないか、決済規制の範囲内でより緩やかな規制を受けています。もう1つが、私たちのように銀行であると同時にテクノロジーを提供している企業です。
少なくともヨーロッパにおいて、銀行の免許を持たない場合は、商品の一部として利息付きの機能を提供することが非常に難しい現実があります。特に金利が高い現在の環境では、私たちの差別化のポイントとして、お客様が私たちに預けた預金で利回りを得られるよう支援できることが挙げられます。
銀行と私たちを比較するとき、製品の品質と実行のスピードにおいて大きな優位性があると考えています。銀行業界では、競合他社が『銀行免許を持つテクノロジー企業』という表現をよく使用します。ただし、それらの企業を実際に運営している人々の多くは、銀行業や投資ファンドといった伝統的な背景を持っています。
一方で、私のキャリアは全く異なります。直前の職業はAirbnbのソフトウェアエンジニアであり、キャリア銀行家ではありません。同じく共同創業者でCTOのAlan Rohner(CircleCI創業者)も同様の経歴です。この違いこそが、私たちが市場をどのように捉え、どのように進化させようとしているかを表す核心部分です。
―顧客の成功事例やユースケースを共有していただけますか?
率直に申し上げて、まだ初期段階です。私たちは約7年間この事業に取り組んできましたが、ご理解いただけるように、銀行として認可を受けるには数年かかります。完全な認可を受けたのは今年のことで、実際に顧客がプラットフォームを利用し、料金を支払いだしてからまだ8カ月目です。
その上で、例えばLettsPayという会社は私たちの顧客の一つですが、彼らの事例を紹介させていただきます。彼らは個人の不動産管理者向けにプラットフォームを提供し、管理物件の家賃徴収と大家への支払いのための決済インフラを提供するだけでなく、これらの企業が持つさまざまなユースケースやニーズをカバーする包括的な会計・税務ソリューションも提供しています。私たちと協力することで、彼らとその顧客は、これまでのように技術プラットフォームのLettsPayはもちろん、不動産管理者もほとんど利息を得られなかった市場で、利息を得ることができます。
このように、私たちは顧客に収益をもたらすだけでなく、LettsPayが保有する資金全体に対する手数料を得ることで、個々の不動産管理者向けの初期価格を補助できるため、ソフトウェア製品を非常に競争力のある価格で提供することを可能にしています。
image : Griffin HP
2週間に1社のペースで新規顧客獲得
―サービスを開始した2024年の3月ごろ、シリーズAラウンドで資金調達をされていますね。その後どのように展開されてきましたか。
私たちのビジネスは非常に特殊です。認可を受けるまでには長い時間がかかり、その間にソフトウェアを構築し、運用プロセスを整備していきますが、それらはあくまで理論上のものです。確実にうまくいくと信じていても、実際に顧客を持ち、スケールアップして市場に出てみなければ、本当の成果はわからないものです。
興味深かったのは、今年3月に認可を受け、シリーズAの資金調達を行った直後のことです。その際、私たちが設計していた顧客のオンボーディングプロセスや販売、収益化の方法の一部が、ある程度機能してはいたものの、十分ではないことが明らかになりました。そのため、抜本的な見直しを行う必要がありました。
ただ、このプロセスを通じて、私たちがさらに迅速かつ効率的になっていく様子を目の当たりにできたのは素晴らしい経験でした。現在では、非常に効率的なマーケティング活動を展開し、2週間に1社のペースで新規顧客を獲得しています。それぞれの顧客は年間で6桁から7桁の価値を生み出しています。
また、さまざまな業種向けのケーススタディも開発するなど、全体的なマーケティング活動も洗練しています。
―今後1-2年の間にどのようなマイルストーンの達成を計画されていますか?
私たちが最も優先しているのは、すべての顧客に満足していただくことです。事業を継続し、顧客を満足させることが何より重要です。その上で、さらなる成長を目指し、新しい製品ラインにも進出していきたいと考えています。特にクロスボーダー決済は、多くの顧客にとって重要なニーズです。このため、為替や国際決済、ヨーロッパ全体への事業拡大に向けたプロセスを進めるとともに、カード発行の開始や、貸付、クレジット商品への着手を計画しています。私たちのやるべきことは非常に多いです。
最大の課題は、このビジネスが複雑であり、エラーの余地がほとんどないことです。私たちは銀行ですので、「早く動いて物事を壊す」というスタートアップ的なアプローチは取れません。規制を遵守し、製品が約束通りに信頼性を持ち、一貫して大規模に機能することを保証するため、非常に慎重に進めなければなりません。その慎重さが必要なのです。
―日本企業との取引や関係構築についてはいかがでしょうか?
現時点ではまだ実現していませんが、いずれ日本市場に進出したいと考えています。特に、非銀行系の金融機関や、技術主導の金融サービス製品を提供したいと考える大手企業を顧客基盤として築くことに興味があります。これが私たちの事業の核心であり、決済、カード発行、流通など、さまざまな分野で多くのパートナーが必要になることは間違いありません。そのため、常に適切なパートナーを探し続けています。
いまのところ、日本の企業との直接の対話は行っていません。ただし、日本企業が出資している投資家が2社、私たちの株主に名を連ねています。そのため、投資家基盤を通じた長期的な戦略的関係の構築には可能性を感じていますが、まだそのネットワークを活用している段階には至っていません。その理由は、遠い将来の展望に目を向ける前に、まずはヨーロッパ市場で確実にカバレッジを拡大し、事業基盤をしっかりと整えることが、現在の最優先事項だからです。
―日本市場に限らず、どのようなパートナーシップを求めていますか?
私たちが考えるパートナーシップには、大きく2つの形態があります。1つ目は、機能を提供してもらうためのパートナーシップです。例えば、カード発行に参入したいと考えていますが、そのためにカード発行スタック全体をゼロから構築するわけではありません。決済処理やカードの物理的な製造を担えるパートナーを見つける必要があります。このような形態は、カード発行だけでなく、クロスボーダー決済、証券や資産運用インフラ、財務など、多くの分野にわたります。
2つ目は、流通パートナーシップです。私たちには既に顧客がいるため、顧客自体が流通パートナーとも言えますが、その間に位置する中間的なステップも存在します。これらのパートナーは、いわば『販売者への販売者』として活動している企業であり、テクノロジーを活用しています。
また、私たちが協力している企業の中には、技術投資を大規模に行うことは望まず、代わりに市場に投入したい製品のアイデアを持っている企業もいます。このようなパートナーは、技術提供や私たちとの統合作業、製品開発を行いますが、最終的な運営やマーケティング、製品やサービスの提供を担うわけではありません。むしろ、技術的な接続部分を担当する役割を果たしています。この形態のパートナーシップは、すべての関係者がビジネス価値を創出するために非常に効果的であることが分かってきました。
image : Dave Hoeek / Shutterstock
銀行の「製品体験」の向上に必要なこと
―長期的なビジョンについてお聞かせください。
銀行やその他の金融サービス企業が規制を受ける理由は、その製品の品質とはほとんど関係がありません。例えば、銀行の場合、資本や流動性については厳しく規制されますが、優れた製品体験を提供することについては規制されていないのです。その結果、多くの銀行が質の低い製品体験を提供しているのは驚くべきことではないと思います。これは、資本や流動性の管理と高品質な製品体験の提供が全く異なるスキルだからです。
実際には、優れた製品と顧客体験を提供する能力には長けているものの、資本や流動性の管理は不得意な企業も多く存在します。これを踏まえると、金融サービスの未来は、製造者と販売者という役割を分離することにあると考えています。製造者は、規制やインフラの管理に特化した高度に規制された事業体であり、顧客に直接優れた体験を提供することは得意ではないかもしれません。一方、販売者は、きめ細かく、高品質で顧客に関連性の高い体験を提供する能力に優れていますが、規制やインフラの管理については不得手な場合があります。
私たちの目標は、質の高い製品を顧客に提供することに専念する企業が、その得意分野に集中できるよう、基本的な技術的・規制的インフラを提供するグローバルプラットフォームを構築することです。このアプローチにより、各企業がそれぞれの強みを最大限に発揮できる環境を作り出したいと考えています。
―日本の潜在的なパートナーや顧客に向けて、特別なメッセージはありますか?
長期的なメッセージとしては、「必ず日本市場に参入します」ということですが、おそらく数年かかるでしょう。しかし、世界中で事業を展開し、国際的な顧客基盤に製品を提供したいと考えている日本企業が多くあることは明らかです。
もし、グローバル展開する日本企業を経営していて、ヨーロッパでの事業展開や製品販売があり、何らかの金融サービスを提供しているか、金融サービス要素の追加に関心があるか、支払いフローの効率化などに興味がある場合、私たちはヨーロッパでのローカルパートナーとして喜んでお手伝いさせていただきます。
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